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紅い桜  作者: 道豚
124/147

アブダビラウンド(1)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 中東アブダビにあるプライベートジェット用空港……そこのエプロンにサクラは立っていた。

 砂漠の国と言っても流石に1月はそれほど暑くはなく、日本の5月程度の気温で過ごしやすい。

『今日も風が強いわね……』

 隣に立ったイロナは、頭に巻いたスカーフを押さえた。

『……飛びにくいんじゃなくて?』

『そうだね。 でも、皆同じ条件なんだから……』

 サクラは、イロナを見た。

『……これに慣れないとね。 あ、ナタリーが降りたね……』

 目の前の滑走路に、黒い塗装の小型機が着陸した。

『……さあてっと。 私も、もう一度飛んでこようかな』

 レースのアブダビラウンドが行われるまで、あと1週間……

 サクラがアブダビに乗り込んできたときには、ナタリーは既に来ていたのだった。




 夕方になり、借りている格納庫に「ミクシ」を仕舞ったサクラは、隣の格納庫に居るナタリーのもとに行った。

『ねえ、ナタリー……』

 ナタリーは、腰に手を当てて黒い「エクストラ330LX」を見ている。

 サクラは、ファイルを取り出した。

『……これで間違いないのかな?』

『ん? どれ?』

 ナタリーは、手を下ろして振り返った。

『これ。 今度のレースコースなんだけど……』

 サクラは、ファイルを差し出した。

『……何だかオシュコシュのコースに似てない? 間違えてオシュコシュのコースをプリントしたんじゃないよね』

 そう……来週から行われる、今年1回目のレースのコースは……侵入方向こそ違っているが……去年のオシュコシュで飛んだデモコースによく似ていた。

『大丈夫だと思うわよ。 ほら……』

 ナタリーは、ポケットから折りたたまれたプリントを取り出した。

『……私の手に入れたのと同じよ』

『ホントだ……』

 サクラは、ナタリーの手元を覗き込んだ。

『……んじゃ、これで良いんだね。 でも、何故こんなに似てるんだろ?』

『私が決めたんじゃないから分からないけど……多分、皆久しぶりのレースだから……トチらないように……間違えないように、見慣れたコースにしたんじゃないかしら』

 ナタリーは、サクラの顔を見た。

『そんな事かなぁ?……』

 サクラは、視線を感じてナタリーを見た。

『……でも、これじゃ私たちデモを飛んだ者が有利だね』

『あら? そう思う?……』

 ナタリーは、微笑んだ。

『……よく見て、パイロンの数が増えてるわよ』

『ん~ そう言われてみれば……』

 サクラは、首を傾げた。

『……縦のターンまでは同じようだけど……その後の横のターンの途中に青パイロンが立ってる?』

『そう……そこで上手く旋回を合わせないと、大きくタイムを落とすわよ……』

 ナタリーは、ウインクをした。

『……これって、意外とデモコースを飛んだ者は、引っかかるかもね』

『そ、そうかも……ナタリーに聞いてよかったかもしれない』

 サクラは、ポカンとナタリーを見た。




 遂にレースの行われる一週間が始まった。

 これまでだだっ広かったエプロンには、カラフルな装飾のされた簡易格納庫が並んでいた。

「(……やっとここまで来た……)」

 その中の一つ……青地に赤い桜の花びらが舞っている装飾……新参者故か、一番端……の前にサクラは立っていた。

『サクラ……』

 メイが、格納庫列の方から歩いてきた。

『……ここにいたんだ。 もう直ぐパイロットミーティングがあるよ』

『ん。 何だか感慨深くてね……』

 サクラは、メイと一緒に歩き出した。

『……やっとレースができる』

『そうだね。 サクラの夢が、サクラの力によって実現した』

 メイは、横を歩くサクラの横顔を見た。

『私だけの力じゃないよ。 沢山の仲間たちが頑張ったんだ……』

 サクラは、メイの顔を見た。

『……勿論、その中にメイも居るからね』

『ありがとう。 そう言ってもらえると嬉しいよ』

 メイは、サクラの肩に手を回した。




 格納庫の前に、白や黄色、シルバー、紺……カラフルで大胆なカラーリングの小型機が並んでいた。

 その中の一機……青地に赤い桜の花びらのカラーリング……そう「ミクシ」のコックピットに収まり、キャノピーを開いたままサクラは無線を聞いていた。

 横には森山とマールクが立っている。

{『マーティン こちらレースコントロール フリーフライトタイムアップ 空港に帰れ』}

{『レースコントロール 了解 空港に帰る』}

 今日は、レースコースを自由に飛べる日だった。

 エキスパートクラス14人、チャレンジクラス6人、合わせて20人が飛ぶのだ。

 一人当たり10分に制限しても、午前午後それぞれ一回しか飛べない。

 そのため皆、制限時間をいっぱい使って、コースに慣れようとしていた。

{『サクラ こちらレースコントロール 離陸して待機空域に行くように』}

 フライト順はくじ引きで決めたので、エキスパートクラスとチャレンジクラスの区別なく順番が来る。

「(……よし! 来た……)」

『無線が来たよ。 行くね』

 サクラは、森山とマールクに言って、キャノピーを閉めた。

 森山とマールクは、車輪止めを持って離れた。

{『レースコントロール こちらサクラ 離陸します』}

{『マティアス こちらレースコントロール レースコースクリアー』}

 サクラの通信に被さるように無線が聞こえた。

「(……あれ?……通じなかったかな……)」

{『レースコントロール こちらマティアス コースに侵入する』}

 戸惑うサクラを置き去りに、無線は話されている。

「(……ま、いいか……)」

{『アルバティーングランド  N821CG リクエスト タキシーRW13』}

 離陸が遅れると、待機空域に到着するのが遅くなるかもしれない。

 今コースに侵入したマティアスの時間が終わるまでに着かないと、フリーフライトの時間が短くなってしまう。

 サクラは、サッサと離陸することにした。

{『 N821CG アルバティーングランド タキシー許可 RW13手前でタワーに連絡』}

 この一週間はレース機に遠慮しているのか、一般の機体が飛んでこないので、管制は直ぐに答えた。

{『アルバティーングランド  N821CG タキシーRW13 RW13手前でタワーに連絡』}

 サクラは、アイドリングで回っていたエンジンの回転を上げた。




「(……周りが囲まれていて、狭いね……)」

 サクラは、待機空域からレースコースを見ていた。

 コースは人工的に作られたビーチとヨットハーバーに挟まれた場所に設定されていて、何棟かの高層ビルが立っている。

 今は白い機体が、スモークを引きながらパイロンを回っていた。

「(……ビーチの方は飛行禁止エリア……)」

 そちら側に高層ビルが建っているので、当然だろう。

「(……ハーバーの近くを、ハーバーを右に見てスタート……)」

 サクラは、計器盤正面に貼り付けてあるコース図を確かめた。

「(……これなら、低く近づいても大丈夫だね……)」

 そう……そっちがこの入り江の入口だから、水面が広がっている。

「(……スタートして、スラローム……左、右、左と旋回して……右旋回して縦のターン……これ飛行禁止エリアが近い……)」

 丁度縦のターンをする所が、高層ビルの正面になっている。

「(……低く降りたら、パイロンに沿ってビーチの近くを通る……青パイロンで左のターン……途中にも青パイロンがあるから、上手く旋回を合わせて間を通らなくちゃ……)」

 そう……途中にあるパイロンにより、単純に一定半径で飛べばいい、という事ではなくなっている。

「(……で、スタートに戻る……)」

{『マティアス こちらレースコントロール 時間だ 空港に帰れ』}

 飛んでいたエキスパートクラスのマティアスが、時間切れになったようだ。

{『レースコントロール 了解 空港に帰る』}

 マティアスの機体は、急上昇した。

「(……よし! 私の番だ……)」

{『ハンネス こちらレースコントロール 離陸して待機空域に行くように』}

 意気込むサクラだが、無線は次のパイロットへの指示だった。

{『レースコントロール こちらハンネス 離陸する』}

 パイロットからの返事が聞こえた。

 直後……

{『サクラ こちらレースコントロール レースコースクリアー』}

 待望の無線が入った。

{『レースコントロール こちらサクラ コースに侵入する』}

 サクラは、スロットルレバーを引いて「ミクシ」をコースに向けた。




 ハーバーを右に見て「ミクシ」が飛ぶ。

「(……時間は有るんだから、先ずは安全に一周しよう……)」

 そう……フリーフライトは10分有る。

 二周するのに1分程度しか掛からないのだから、最初からコースを攻める必要はないのだ。

 サクラは速度を180ノットに落とし、高度も50メートルと高くした。




 チェッカーフラッグ柄のポールが2本、「ミクシ」の両翼の下に消える。

「(……よし! スロットル フル……)」

 サクラは、左手で握っていたスロットルレバーを進めて、その手をスティックに添えた。

「(……くっ!……くっ!……)」

 先ずスラロームなのだが、その並んだ赤いパイロンは僅かに……嫌らしいことに……右にズレている。

 サクラは、スティックを右に倒し直後左に倒した。

 これにより「ミクシ」は、左翼を下にした「ナイフエッジ」状態でスラロームの最初のパイロンの右側に向かうことになった。

「(……もうちょい!……もうちょい!……)」

 右ラダーペダルを踏んで「ミクシ」を支えながら、サクラは近づくパイロンを見つめた。

「(……よし!……)」

 パイロンが左下に見えたところで、サクラはスティックを引いた。

「(……くうぅぅ……)」

 「ミクシ」はパイロンを巻くように曲がり、途端に立ち上がるGに、サクラは堪えた。

 しかし、それも一瞬……

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを戻すと右に倒した。

 遠くに見えていた高層ビル……横倒しに見えている……が左に回り反対向きに倒れた。

「……ふんっ!……」

 左ラダーペダルを踏んで、機体が下がるのを防ぎ……

「……くっ!……」

 空かさずサクラはスティックを戻し、お腹に付くほど引いた。

「(……くうぅぅ……)」

 再びGにより、サクラはシートに押し付けられた。

 それも一瞬……

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを戻すと左に倒した。

 横倒しの高層ビルが、今度は右に回った。

「……ふんっ!……」

 右ラダーペダルを踏んで、機体が下がるのを防ぎ……

「……くっ!……」

 空かさずサクラはスティックを戻し手前に引いた。

「(……くうぅぅぅぅぅ……)」

 再びGにより、サクラはシートに押し付けられた。

 「ミクシ」はスラローム最後のパイロンを回り、機首を反対側の岸辺……ビーチの方向に向けた。

「……くっ!……」

 サクラは、引いていたスティックを戻し右に倒した。

「(……はぁ……)」

 一瞬ではあるが、「ミクシ」は水平飛行に入り、サクラは息をついた。




 右前に二本並んだ青いパイロンが見える。

「(……何処まで行く?……)」

 次は、そのパイロンを水平に通過した後、縦のターンをする。

 何処かで右旋回をして、それに向かわなければならない。

 何も目標がないので、サクラは取り敢えずヤマカンで旋回することにした。

「(……そろそろ良いかな?……)」

 サクラは、スティックを右に倒し、右ラダーペダルを蹴った。

 「ミクシ」は右旋回をする。




「(……遅かった!……)」

 旋回が遅かったのだろう……「ミクシ」が二本のパイロンの間を向いたとき、そのパイロンの間は狭く見えるようになっていた。

「(……ま、練習、練習……このまま飛んでみるかな……)」

 そう……今はあくまでも練習の時間だ。

 失敗も経験になる。

 サクラは、そのまま「ミクシ」をパイロンの間に向かわせた。




「(……あちゃー……高く飛んでなかったら、パイロンヒットしてるよ……)」

 余裕を持って高く飛んでいたので「ミクシ」は何ともなくパイロンを通過したが、どう見ても機体はパイロンの上を飛んでしまった。

「……くっ!……」

 ただそんな事を考えている暇はない。

 サクラは、スティックを引いて宙返りを始めた。

「(……くうぅぅぅぅぅ……)」

 当然のようにGがサクラをシートに押し付ける。

「……くふっ……くふっ……くふっ……」

 着こんでいる対Gスーツのお陰で、血液が下がることによる貧血のような症状は起こさないが、呼吸はしにくくなる。

 サクラは、細かく息を吐いて酸欠になるのを防いだ。




 苦しくなって、ついスティックを戻そうとするのを我慢しながら、サクラは首を大きく上げて「ミクシ」の降下地点を見つめていた。

「(……くっ……も、もうすぐ……)」

 そこには対になった青いパイロンが、逆さまに見えている。

 そしてそれが正面に見たとき……

「(……ロール……)」

 サクラは引いていたスティックを戻し、左に倒した。

 「ミクシ」は背面降下の姿勢から左ロールを始めた。




 水平飛行を始めたところで「ミクシ」は、並んだ青いパイロンの上を通過した。

 前方には一本の赤いパイロンと、その先に対の青いパイロンが見える。

「(……あいつの横を通って、青パイロンから左旋回……)」

 右にビーチを見ながら、サクラはコースを確かめた。

「(……ビーチの上は飛行禁止エリアだから、赤パイロンのスレスレを飛ばなくちゃ……)」

 そう……ビーチには、沢山の観客が……まだ練習だというのに……集まっていた。




「(……水平……OK……)」

 赤パイロンの上を緩やかな左旋回で回り、サクラは対になった青パイロンの間に向けて「ミクシ」を水平飛行させた。

 直ぐに青パイロンは近づき……

「……くっ!……」

 パイロンの上で、サクラは左旋回を始めた。

「(……あそこ……)」

 横のターンとは言っても、機体は殆ど真横に倒れている所為で、進行方向は頭上に見える。

 サクラは宙返りの時と同じように、頭を上に向けて、更に上目遣いで次の青パイロンを見ていた。




 だんだんと対になった青パイロンが正面に見えてくる。

「(……よし、ここだ!……)」

 サクラは、パイロンが完全に正面になるまえに「ミクシ」を水平にした。

 そう……対になった青パイロンを通過するときは、機体は完全に水平飛行をしていなければならない。

 その為この横のターンは、途中で旋回を中断することになる。

「(……よし! 通過……旋回……)」

 水平飛行をするのは一瞬で、直ぐにサクラは左旋回を再開した。




「(……あそこがスタートパイロン……)」

 再び上を向いたサクラはついさっき……ほんの30秒前……通過したチェッカーフラッグ柄のパイロンを見ていた。

 それを通過して二周目が始まるのだが……

「(……取り敢えず、仕切り直すかな……)」

 サクラは、一旦コースを飛ぶのを止めることにした。

「(……コースに不安はないから、正規の高度で飛ぼう……)」

 特にコースに問題はない。

 サクラは最初に決めた通り、改めてスタートを切り直すことにした。




 ビーチのそばに立っている高層ビル。

 その最上階の一室に、メイはメアリと共に居た。

 近くに置いた無線機から、エアバンドの交信が流れている。

『此処は良い場所だね、姉さん。 コース全体が良く見える』

『そうね。 流石はヴェレシュだわ。 ここって、前の住人に譲ってもらったそうよ。 いくら払ったか? 考えたくないけど』

『そうだね。 そこは考えないでおこう……っと、サクラがコースに侵入してくる。 姉さん、ビデオカメラをお願い』

『了解。 しっかり撮っておくわね。 あなたもしっかり見て、対策を考えるのよ』

『分かってるよ。 サクラが僕に、タクティシャンを任せてくれたんだ。 最高のコース取りを見つけてみせるよ』

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[一言] レース復帰は高難度コースから。
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