表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い桜  作者: 道豚
123/147

お正月、そして出発

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 高知市街から南に走り、トンネルを抜け、更に少し……

 もう少しで太平洋を見渡せる海岸に出ようとするあたり。

 瀬戸地区に建っている、特に特徴があるわけでもない家。

 そこの門の前に「エルグランド」が止まった。




「おめでとうございます!」

 玄関が開き、元気な声が飛び込んできた。

 その声の持ち主は、駆けるように廊下を進み台所に向かう。

「シーちゃん。 あけまして、おめでとう」

 しかし彼女は、手前の部屋から出てきた背の高い晴れ着の女性に捕まった。

「サクラおねえちゃん……」

 志津子は、嬉しそうにサクラにしがみ付いた。

「……キレイ。 おねえちゃん、すごくキレイ」

「ありがと。 シーちゃんも、可愛いよ……」

 サクラは、目線を合わせるようにしゃがんだ。

「……私おめでとう、って言ったんだけど?」

「おめでとうございます」

 ちょっと横を向きながら、志津子は言った。

「はい、よくできました……」

 サクラは、帯に挟んでいたポチ袋を取り出した。

「……私からのお年玉」

「ありがとう、おねえちゃん」

 志津子は、ニッコリして受け取った。

「まあ、ありがとう。 サクラさん……」

 志津子の母であり、サクラの姉である由香子が玄関を上がってきた。

「……明けましておめでとう。 はい、お年玉よ」

「明けましておめでとうございます。 えっ! わ、私に?」

 サクラは、差し出されたポチ袋と由香子を交互に見た。

「ええそうよ。 貴女はまだ独身でしょ……」

 由香子は微笑んだ。

「……もらう権利があるわ」

「あ、ありがとうございます」

 サクラは、ポチ袋を受け取った。




 皿鉢さわちが乗ったテーブルの周りに、全員が座っていた。

「サクラさん。 一杯どうだい?」

 敦が、徳利を差し出した。

「あ、はい。 頂きます」

 サクラは、慌てて箸をおいてお猪口を持った。

「ダメー!……」

 横に居た志津子が、サクラの手を抑えた。

「……イロナさんがいってたよ。 おねえちゃんは、おさけをのんじゃダメだって」

「え~?……」

 サクラは、志津子を見た。

「……そんなの、いつ聞いたの? って、イロナって日本語話せたっけ?」

「おうちに、かえるときだよ。 クリスマスのまえ……」

 そう……イロナ達は、「偶には家族に会ってきて」というサクラの命令により、ハンガリーに里帰りしているのだ。

「……それに、イロナさん にほんごはなせるよ。 ゆっくりだけど」

「はぁ? いつの間に覚えたのかしら? 私のまえでは、使わないのに……」

 サクラは、お猪口をテーブルに置いた。

「……ごめんなさい、敦さん。 そう言う訳で」

「いいよ、良いよ。 それなら仕方がないね。 看護師のイロナさんが言うなら……」

 イロナが看護師だという事は、最初に会ったときに「そう」紹介したのだった。

「……ドクターストップのようなものだね」

「ドクターストップってなに? おとうさん」

 志津子は、首をかしげて敦を見た。

「ドクターストップというのはね、お医者さんが健康のために患者に「これをしてはダメ」って指導することだよ」

 敦は噛み砕くように、ゆっくりと志津子に言った。

「そうなんだ。 じゃね、ドクターストップじゃないよ」

 志津子は「うんうん」頷いた。

「ん? どうして?」

 サクラと敦の声がユニゾンした。

「だって、イロナさんがいったもん。 おねえちゃんってよっぱらうと ぐちゃぐちゃになるからって。 これって、けんこうには かんけいないよね」

「…………」

 サクラと敦は「ポカン」と口を開けた。




「こんな所から入れるんだね」

 フェンスに付いた簡単なゲートを潜りながら、敦は感心したように零した。

「そうだよー おとうさんは、はじめてだもんね」

 敦の手を引きながら、志津子は胸を張った。

「誰でも勝手に入れるわけじゃないですけどね……」

 先を進むサクラは、目線で横を指した。

「……ちゃんと警備員が居ますから」

「はい、そうですね……」

 聞いていたのか、警備員が話してきた。

「……通行証を持っていないと、ダメですから。 ま、サクラさんは顔パスですけど」

「という訳です。 それじゃ、行きましょう」

 警備員に手を振って、サクラは歩を進めた。




 目の前に「ボナンザ」が在った。

 そう……以前キングシティで出会った、あの機体である。

「あけましておめでとうございます、濱田さん……」

 サクラは、そばに立っていた男に挨拶をした。

「……今日は、ありがとうございます」

「明けましておめでとうございます……」

 濱田と呼ばれた男は、にっこりとした。

「……いいですよ。 こいつも、飛べて嬉しいでしょう。 サクラさんのおかげで、無事に日本まで飛んでこれたんですから。 使いたいときには、いつでも声をかけてください」

「そう言えば、リゼは?」

 サクラは「きょろきょろ」と見渡した。

 そう……キングシティで会ったのは「ボナンザ」と、パイロットのリゼだった。

「彼女は今、新しい機体の試運転に飛んでますよ……」

 濱田は、少し先の空を指さした。

「……大丈夫だと言ったんですけどね。 サクラさんのトコから借りる機体だから」

「あ、そうなんですね。 降りてきたら、話せるかな?」

 サクラは、濱田の指した先を見た。

「話せると思いますよ。 彼女、新しい機体に喜んでましたから」

 濱田は頷いた。

「それは良かった。 新しい企画も上手くいくと良いわね……」

 サクラは、ニッコリした。

「……彼女の配信動画……「空飛ぶメイド、お使いで日本に行く」は、スポーツに特化している私達の配信としては異色だけど、意外と人気があるんですよね」

 そう……リゼはサクラの会社と契約して、キングシティから高知までのフライトの様子を動画でインターネットに配信していたのだ。

 これが、ちょっとした冒険のようだと……リゼの容姿が良いことも合わさって、メイド服で軽飛行機を操縦するという意外性もあり……割と人気が出たのだった。

「今度はシドニーですか? 彼女、乗り気ですし……きっとまた上手くいきますよ。 私も楽しみにしてます」

 濱田は、再び頷いた。




「……ドア……閉まってる……」

「おねえちゃん、おねえちゃん!」

 サクラが飛行前の点検で「ボナンザ」の貨物室のドアを確認していると、後ろを付いてきていた志津子が焦ったように呼びかけた。

「ん?……」

 サクラは、のんびりと振り向いた。

「……なあに?」

「おねえちゃん。 このひこうき、しっぽがこわれてる!……」

 志津子は「ボナンザの」尾翼を指さした。

「……ふたつしか ついてない」

 そこには「ボナンザ」の特徴である「V尾翼」が在った。




「ほんとうだ。 ふたつでもとべるんだ」

 コパイ席に座った志津子は、サイドウインドに顔をくっつけるようにして後を見ていた。

 今「ボナンザ」は、志津子とその両親を載せて遊覧飛行のため、離陸した所だ。

 滑走路が離れていく。

「(……昇降計……ポジティブ……ギヤ アップ……)」

 サクラは手を伸ばして、引込み脚の操作レバーを上げた。

「言ったでしょ。 これは、そんな風に出来てる飛行機だって」

「うん、わかった」

 志津子は、サクラの言葉に頷いた。




 サクラが志津子の家族と遊覧飛行をした翌日、仁淀川の河口近くにある「ヤスオカ」の飛行場は、正月の三日というのに「飛行機バカ」達が何人も来ていた。

 そしてその中に、サクラと里帰り中の博美も含まれていた。

「イロナさんの紅茶、ひさしぶりだね」

 二人は、優雅にテーブルを挟んで座っている。

「夏以来だもんね。 イロナが帰ってきてて良かった……」

 サクラは、皿に乗っているクッキーを摘まんだ。

「……これ、美味しいよね」

『サクラが強請ったんでしょ。 わざわざ買ってきたのよ』

 イロナは溜息を吐きながら、テーブルの横に座った。

「イロナさん、何処かに行ってたんですか?」

 博美もクッキーに手を伸ばした。

「クリスマス前から年末年始に掛けて、里帰りをしてもらったの」

 サクラはクッキーを飲み込むと、ティーカップを持った。

「へぇ、そうなんだ。 イロナさんがサクラさんから離れるって、珍しいね……」

 博美は、クッキーを一口齧った。

「……ほんと美味しい。 バターの風味が良いね」

「お姫様たちは、優雅にティータイムかい?……」

 博美の夫である康煕が、ウエスで手をふきながら来た。

「……俺たちは、手を汚して機体の準備だぜ。 なあメイ」

『サクラ、機体の準備は出来たよ。 飛ばすの?』

 康煕の言った事とは、少しズレた調子のメイが後を付いてきた。

 そう……年が明け、メイはイロナに連れられて高知に来ていた。

 所謂いわゆる……「両親に挨拶」というものだ。

 ラジコン機を飛ばす、というサクラに付いてきたメイだが……初めて会った康煕とも打ち解けていた。

『もう少し待っててね。 メイも紅茶を飲むでしょ……』

 サクラは、空いている席を指した。

『……イロナ、お願いね。 康煕の分もね』

『はい、はい。 淹れるわね』

 さっき座ったばかりのイロナは、「よっこらしょ」と立ち上がった。




 楽しい時間は、早く過ぎてしまうもので……

「おねえちゃん。 もういっちゃうの?」

 「サイテーション サクラ」から下ろされたステップの下で、志津子はサクラにしがみ付いていた。

「うん、ごめんね。 もう仕事にいかなくちゃ」

 サクラは、志津子の頭を撫ぜた。

「さあ志津子。 お姉ちゃんも困るでしょ……」

 母親の由香子が、志津子の手を引いた。

「……また会えるから。 ちゃんとバイバイしましょ」

「うん……」

 志津子は、おとなしく由香子に引かれてサクラから離れた。

「……おねえちゃん、バイバイ」

「バイバイ……」

 サクラは、手を振った。

「……5月になったら、帰ってくるからね」

「きっとだよ。 ぜったいかえってきてね」

 ステップを上るサクラを、志津子は見上げた。




 比較的小型の旅客機しか飛来しない高知空港の中でも、更に小さく見えるビジネスジェット「サイテーション サクラ」が、遠くに見える滑走路を走り始めた。

「おねえちゃん……」

 志津子は、由香子に手を引かれて送迎デッキに立っていた。

「……いっちゃた」

「そうね。 お姉ちゃんは、外国で仕事してるから」

 由香子の見ている前で「サイテーションサクラ」は、滑走路を半分ほど走り、機首を上げて浮き上がった。

「うん、しってる。 ひこうきでレースするんだ……」

 志津子は、由香子を見上げた。

「……うんとまえに、テレビでやってた」

「そうだったわね。 去年の夏にニュースでやってたね」

 そう……オシュコシュでのデモレースの様子は、日本でも大々的に放送されていたのだった。

「おねえちゃん、かっこよかったんだよ。 いちばんたかく とんだんだから」

 よく分かってない志津子には、レース後のエアロバティックでのサクラの演技の方が記憶に残っているらしい。

「5月に、日本でレースがあるのよ。 その時は、応援に行きましょうね。 さ、帰ろうか」

 「サイテーションサクラ」は、もう青空の中に小さくなっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] サクラ、正月に里帰り。 禁酒令は伝わっていた。 リゼさん、スポンサーを得て配信者に。 康煕&メイの飛行機使いを支える夫コンビ、良いコンビになりそうですね。 そして世界大会へ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ