キングシティからキャンプ地への飛行
ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。
{ }で括られたものは無線通信を表します。
エプロンに止めた「ミクシ」の中にサクラは居た。
前席にはメイが収まっている。
『それじゃ、後は頼んだわね……』
サクラは、機体の横に立っているメイド姿のジルを見た。
『……イレムも残るから、心配は無いよ』
『はい。 いってらっしゃいませ。 お帰りをイレムと共に待っております』
ジルは、深くお辞儀をした。
さて……どういう事か。
つまり、サクラはレースに向けてのキャンプに参加するため、これからアリゾナ州に向かうのだ。
他のメンバーは「サイテーション・サクラ」で追ってくることになっていた。
と言っても、目的地には「ミクシ」の方が後に着くだろう。
リゼとイレムが離れたことを確かめ……
『クリヤー!』
サクラは、キャノピーについた小窓から外に宣言してキーを捻った。
「ウィ・ウィ・ウィウィ……ズドドドドドド……」
森山の調整したエンジンは、軽いクランキングで始動した。
「(……ミクスチャー、リッチ……アイドル……)」
始動に際してやや薄目だった混合気を戻すと、そのまま少し待つ。
「(……オイル温度、圧力。 シリンダー温度……オールグリーン……)」
サクラの目の前で、エンジンの状態を表す計器が全て許容値に収まった。
「(……よし……)」
サクラはゆっくりスロットルレバーを前に倒した。
スロットルの動きに合わせ、タコメーターの針がゆっくり上がり……
「(……1750……ここで良いな……)」
サクラは、ハーフスロットルの位置にレバーを置いた。
「(……マグネトーR……)」
Bothにあったマグネトーのスイッチを、サクラはRに切り替える。
「(……ん。 100回転落ちか……)」
タコメーターの微妙な変化を読み取り、サクラは再びスイッチをBothにした。
少し待ち、今度はスイッチをLに切り替える。
「(……ん、100回転落ちだ……OK……Bothにして……アイドル……)」
あまり長く通電しないでおくと、プラグが汚れてしまう。
サクラはサッサとBothに切り替え、スロットルレバーをアイドリングの位置にした。
『それじゃメイ、行くね』
森山のおかげで、今日も「ミクシ」は良い調子だ。
サクラは、前席にいるメイにインカムで伝えた。
『ああ、OKだよ。 途中の天候も問題ない』
今日のメイはナビゲーター役なので、目的地のアリゾナ州バグダッドまでの天気を調べていたのだ。
『了解……』
サクラは、スティックについているスイッチを押して、ATCに繋いだ。
{『……KICトラフィック N821CG 「エクストラ330LX」 離陸のためタキシー RW29』}
スロットルを開かれた「ミクシ」は、スルスルと走り出した。
『KICトラフィック N821CG 離陸する RW29』
滑走路の端まで誘導路を走ってきたサクラは、一旦停止するとATCに宣言した。
『KICトラフィック HA-SKL サイテーションX タキシーRW29』
どうやら「サイテーション・サクラ」も出発するようで、ローザの声で無線が流れてきたが……
それきりATCは沈黙した。
「(……誰も飛んでないね……)」
離陸に支障ないと判断して、サクラは「ミクシ」を滑走路に侵入させた。
『……Vr』
メイの声を聴いてサクラは、それまで押していたスティックを少し引いた。
「ミクシ」のメインギヤが滑走路から離れる。
サクラはそのまま殆ど上昇させずに加速させた。
「(……110ノット……よし……)」
いつも上昇に使う速度に達して、サクラはスティックを引いた。
「ミクシ」は、機首を上げて上昇を始めた。
サクラは操縦桿を左手に持ち替え、右手でサイドにある「エレベータートリム」のレバーを調整した。
「(……よっし、こんなもんかな……)」
ある所で、スティックを引く力が要らなくなる。
これでずっと力を込めてなくても、「ミクシ」は110ノットで飛行するようになった。
「(……2400rpm……)」
再び右手でスティックを握り、左手でスロットルとプロペラピッチを調整する。
いつまでもフルパワーでは、エンジンをオーバーヒートさせてしまう。
このライカミングエンジンは……フルパワーではプロペラを2700rpmで回せるのだが……それは5分以内に制限されていた。
「(……ブーストポンプOFF……)」
そして、上昇姿勢の安定したことを確認して、サクラは電動ポンプを止めた。
パワーを絞ったせいで、それまで毎分2600フィートで上昇していた「ミクシ」は、上昇率を2200フィートに下げていた。
{『オークランドセンター N821CG「エクストラ330LX」 KKICから西に1マイル 1500フィート フライトフォローニングを頼む』}
左にぐるっと周り、下にキングシィティの街並みが見える辺りでメイは……長距離を飛ぶので……ATCにフォローを要請した。
有視界飛行(VFR)で行くつもりだが、こうすればレーダーのアシストを受けることが出来る。
{『エクストラCG オークランドセンター スコーク4464』}
管制官からの連絡はすぐに来た。
「(……スコーク4464、っと……)」
それを聞いて、サクラはトランスポンダの摘まみを回した。
{『エクストラCG オークランドセンター レーダー補足 KKICから南西に1.5マイル ALT2000 高度計補正 3022』}
無事にレーダーに映ったようだ。
{『オークランドセンター エクストラCG 了解』}
「(……高度計3022、っと……)」
メイの返信を聞きながら、サクラは高度計の中にある小さな窓に表されている数字を3022にした。
これは当地の地上付近の気圧……実際は、測定値を海面高度に換算した値……を水銀柱の高さで計ったもので、単位はインチの100倍だ。
こうして逐一補正をしておかないと……高度計とは、結局気圧計なので……狂った高度で飛ぶことになってしまう。
『ヘディング125度だっけ?』
サクラは、インカムのスイッチを入れた。
『それでいいよ。 0CA9まで』
メイの返事を聞いて……
『了解』
サクラはコンパスについたマークを、125度の位置にセットした。
離陸して30分ほど経った。
「ミクシ」は、高度7500フィートをIAS(対気速度)150で飛んでいた。
割と遅い……何故なのか?
つまり……高度が上がると、空気は薄くなる。
薄いため、ピトー管で測定する動圧が低くなってしまうのだ。
それを修正した速度にTAS(真対気速度)というのがあるのだが、「ミクシ」にはそれを計算してくれる計器が付いてなかった。
それでも、そんなものだと……サクラは納得して飛んでいるのだった。
ちなみに、GPSを使ってGS(対地速度)を出す計器は……実はこっそりと前席に積んでいるのだが、それは165ノットを示していた。
また、過給機が付いてないので、エンジンのパワーも下がっている。
そんなこんなで……「ミクシ」はのんびりとサンタモニカを目指していた。
『そろそろ0CA9かな?』
あまり変わり映えしない景色……皴のある台地に挟まれた、高速道路の通っている谷間……「ミクシ」は、その高速道路に沿って飛んでいた。
{『エクストラCG オークランドセンター 124.15でロサンゼルスセンターと交信せよ グッデー』}
前触れもなく、ATCから無線が入った。
「(……おわっ! びっくりしたな~……)」
どうやら管制空域が変わるらしい。
{『オークランドセンター エクストラCG 124.15でロサンゼルスセンターと交信 グッデー』}
驚いているサクラをよそに、メイは落ち着いて返信をしている。
『サクラ。 周波数を124.15に変えてくれる?』
無線機の調整は後席にあるので、メイがインカムでサクラに言ってきた。
『OK。 124.15だね』
サクラは左手にスティックを持ち替え、右手で無線機のボタンを押した。
「(……124.15、っと……)」
『はいOK。 切り替えたよ』
『ありがとう』
メイは、律儀にお礼を言うと……
{『ロサンゼルスセンター エクストラCG ALT7500』}
早速ロサンゼルスに通信した。
{『エクストラCG ロサンゼルスセンター 高度計補正3022 そのままコースを飛べ』}
オークランドから連絡は行っていたのだろう、直ぐに……しかし、ちょっと上から目線の通信が来た。
{『ロサンゼルスセンター エクストラCG 了解』}
メイも、ちょっと「むっ」としたのか、いつもに比べてぞんざいな返事を返した。
{『アメリカンAA2882 ロサンゼルスセンター 127.1でロサンゼルスセンターと交信』}
{『ロサンゼルスセンター アメリカンAA2882 127.1了解』}
{『スピリットNK267 ロサンゼルスセンター 119.05でロサンゼルスセンターと交信』}
{『ロサンゼルスセンター スピリットNK267 119.05に変更』}
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かなり空域が混んでいるようで、次々と無線が飛び込んでくる。
「(……はぁ……皆大変だねぇ……)」
サクラが、他人事のように思っていると……
{『エクストラCG ロサンゼルスセンター 119.05でロサンゼルスセンターと交信せよ グッデー』
例外なく、こっちにも無線が飛んできた。
{『ロサンゼルスセンター エクストラCG 119.05 グッデー』}
メイは、待ち構えていたように返信をした。
『メイ。 119.05に変えたよ』
慣れたもので、サクラはサッサと周波数を切り替えた。
『ありがとう』
{『ロサンゼルスセンター エクストラCG ALT7500』}
{『エクストラCG ロサンゼルスセンター 高度計補正は3022 そのまま飛行を継続して』}
今度の管制官は、丁寧な口調だった。
『ねえメイ。 管制官ってさ、いろんな人がいるよね……』
サクラは、インカムで話しかけた。
『……口調一つとっても、乱暴だったり丁寧だったり……さっきの上から目線は、ちょっと気になったね』
『ああ……そうだね。 あれはダメだね、交代して良かったよ。 でなかったら、僕はヴェレシュに報告するところだった』
サラッとメイは、物騒なことを言う。
『メイ……貴方……随分とヴェレシュに染まってない?』
『そうかな? でも……サクラが乗ってるんだよ。 上からものを言うなんて……何様か、ってね。 大統領でもあるまいし』
『ちょと、ちょっと……それは大袈裟』
あまりの言い草に、サクラの声は引き攣った。
サクラ達はアリゾナ州のキャンプ地に行くのに、サンタモニカを中継して飛んでいきます。
サイテシーションで行くクルー達は、キングシティから直接キャンプ地に飛ぶので……巡航速度が早いのも合わさって……先に着いてサクラを待つことになります。
ま……早い話が、久しぶりのデートです。