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紅い桜  作者: 道豚
119/147

室伏さんも、遂に始動ですか?

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


『お世話になったわね、サクラ……』

 ボナンザの横で、リゼは右手を出した。

『……お陰で日本まで飛べそうよ』

『どういたしまして。 でも、それはメアリや森山さんに言ってあげて……』

 サクラは、リゼの手を握った。

『……私は、ただ彼らに許可を出しただけだから』

『勿論よ。 でも、サクラがやっぱりボスだから、一番に言わなくちゃね。 それに1万ドルもプリペイドカードに入れてくれたでしょ?』

 リゼはニッコリすると、森山たちのほうに歩いて行った。




『クリヤー!』

 リゼの声が聞こえ、次の瞬間……

「ズドドド…………」

 ボナンザのエンジンが始動した。

「森山さん。 リゼと最後に何を話したの?」

 少し離れたところに立って、サクラは尋ねた。

「ん? 大したことは話してないよ。 彼女から感謝されたのと、俺からは気を付けて、って言ったぐらいだ」

「そうなの? 割と話してたみたいだったけど……」

 サクラは、ボナンザから森山に視線を移した。

「……アプローチ掛けられたとか?」

「いや! 流石にそれは無いな……」

 森山は、ボナンザを見たままだ。

「……目的地を聞いただけだよ。 高知だってさ」

「え! 高知?……」

 サクラは、再びボナンザに視線を向けた。

「……そうなんだ。 じゃ……今度帰ったら、ボナンザが高知空港に居るってことだね。 リゼは、その後どうするんだろう?」

「ん~ 流石にそんな事まで聞けないな。 イロナにバレたら、ヤキモチ焼かれるぜ」

 森山の視線の先で、リゼは忙しく計器を確認している。

『わぉ! お惚気? あ……OKみたいだね』

 リゼが顔を上げてサクラ達を見た。

「ああ、そうだな。 良い音で回ってる」

 リゼは、ニッコリすると手を振った。

『またね。 どこかで会いましょう』

 手を振り返すサクラ達の前から、ボナンザは走り出した。




『何処まで飛んだかなぁ?』

 リゼの離陸を見守ったサクラは、スクールのソファにメイと並んで座っていた。

『サンフランシスコの空域侵入要求をする無線が聞こえてから、もう30分は経ったから……』

 メイは、壁の時計を見た。

『……ゴールデンゲートブリッジが見えてるんじゃないかな』

『無事に日本にたどり着けたら良いね。 少しお金をあげたから……』

 来たばかりのリゼの様子を思い出すように、サクラは天井を見た。

『……流石にあんな状態で飛んでいかないと思うけど』

『聞いただけなんだけど、そんなに酷い恰好だったのかい?』

 メイは、サクラを見た。

『酷かったよ~……』

 サクラは、顔を顰めた。

『……アンナが、有無を言わせずシャワールームに突っ込んだんだから。 全部ひん剝いてさ』

『ひん剝いた……』

 何を想像したのか……メイは顔を赤くした。

『……大人の女性を』

『な……何、想像してるのよ……』

 釣られてサクラも頬を染めた。

『……シャ……シャワーを浴びるんだから、脱ぐのは当り前じゃない』

「よっ! なかなか良い雰囲気じゃないか」

 エプロンに出られるドアが開き、日本語が聞こえた。

「えっ!……」

 びっくりして、サクラはそちらを向いた。

「……室伏さん」

 そう……そこにいたのは、二人の男を連れた室伏だった。




「室伏さんも、遂に始動ですか?」

 ローテーブルの向こう側に座った室伏に、サクラは尋ねた。

『此処は英語で話そう……』

 室伏は、チラッと周りを見た。

『……秘密じゃないからね。 っで、その通り。 俺たちもレースに向けて準備を始めることにした』

『分りました……』

 サクラは、頷いた。

『……それでは……お二人は、室伏さんのチーム員?』

『ああ、そうだ。 彼はデズ。 マネージャーだな』

 室伏は、褐色の髪をした……やや額が広くなり始めた……ともすれば、セールスマンのような風貌の男を指した。

『初めまして、デズモンドだ。 デズと呼んでもらっていい』

 デズは、右手を出した。

『初めまして、サクラです。 室伏さんの生徒? です』

 サクラも右手を出して握手をした。

『そちらは長江ながえ。 空力が得意なんで、テクニカルコーディネーターをしてもらってる。 日本人だ』

 デズの隣に座った長江が、軽く頭を下げた。

『初めまして、長江です』

 長江も右手を出した。

「初めまして、サクラです。 日本語も話せますよ。 よろしく」

 サクラは、握手をしながらウインクをした。




『室伏さんのチームって、これだけですか? 室伏さんを入れて3人?』

 サクラは、ジェーンの淹れたコーヒーの入ったカップを持った。

 それぞれの前に、同じコーヒーが置いてある。

『いや、あと二人。 ……』

『室伏! もう来てたのか?』

 エプロンに繋がるドアが開いた。

『……っと……丁度来た。 ベンもチームに入ってる。 戦略担当だ』

『ん? ……ま、そういう事だ。 今更自己紹介はいらないよな』

 ベンは、サクラを見ると「ニヤッ」とした。

『へ?……ベンが戦略? ベンが?……』

 サクラは、ポカンと口を開けた。

『……室伏さん……人選、間違ってません?』

『な・何が間違ってるんだよ!』

 ベンは、顔を真っ赤にして怒鳴った。




『あと一人は、少し遅れてくることになってる……』

 ベンが落ち着いたところで、室伏は続けた。

『……俺の体調管理とフィジカルトレーナーだ』

『フィジカルトレーナーですか……』

 サクラは、頷いた。

『……やっぱり室伏さんもトレーニングしてるんですね』

『そりゃそうさ。 何もしなかったら、どんどん筋力も落ちていく齢だからな』

 室伏は、苦笑を浮かべた。

『そんな……まだまだですよ。 ちなみに、男性ですか?』

『いや……女性だ。 って言うか……俺の娘だよ』

 室伏は、ポリポリと頬を掻いた。

『娘さん? そう言えば……』

 サクラは、宙を見上げた。

『……以前聞きましたね。 私と同い年の娘さんが居るって』

『ああ、確か言ったことがある。 真由佳まゆかと言うんだが……』

 室伏は、頷いた。

『……大学でスポーツ科学を専攻しててな。 なんか……手伝ってくれるそうなんだ』

『うわぁ! 親孝行な娘さんですね』

『いや……恐らくは……俺の監視だと思うよ。 浮気しないように』

 室伏は、再び苦笑した。




『それで……サクラちゃんの方は? こっちに来て、もうそろそろ一か月経つから、人選も進んでるだろ?』

 室伏は、ソファの背凭れに体を預けた。

『そうですねー……』

 サクラは、隣で黙っているメイの肩を叩いた。

『……彼が……メイが戦略担当になります』

『あらためまして。 メイナードです……』

 メイは、室伏に右手を出した。

『……Mr.ムロフシとは、久しぶりです。 あとの二人とは、初めまして』

『ああ、久しぶり。 パインカップの時以来だな。 それに……』

 室伏は、メイの手を握った。

『……サクラちゃんと婚約したんだって? おめでとう。 サクラちゃんを守った経緯いきさつも聞いたよ』

『ありがとうございます。 あの時は夢中でした』

 メイは、はにかんだ微笑みを浮かべた。




 「ミクシ」の格納庫から数棟離れた格納庫の前に、サクラは来ていた。

 跳ね上げ式の大きなドアの横で、長江がスイッチを押している。

「さてと……」

 森山は、少し持ち上がったドアの下を潜った。

「……久しぶりだが……どうかな?」

「森山さん。 危ないですよ」

 言いながらも、サクラは同じようにドアを潜って格納庫に入った。




「うわぁ!……綺麗!」

 サクラは、照明に照らされて輝く機体を見て歓声を上げた。

 そこにあったのは、シルバーグレーにブルーが鮮やかな……「エクストラ330LX」と違って純粋なレーサーである……「ジブコ・エッジ540Ⅴ3」だった。




 エプロンに引き出された「エッジ540Ⅴ3」の周りに、サクラ達やスクールのメンバーが集まった。

『……流石はレーサーだ。 見るからに早そうだ……』

『……小さいよな……』

『……あれで、エンジンは340馬力だぜ……』

     ・

     ・

     ・

『……あのキャノピーの小ささを見ろよ……』

『……あれじゃ……ヘルメットがやっと出るくらいじゃないか?……』

『だよね……よくあれで離着陸できるよね』

     ・

     ・

     ・

 野次馬の騒ぎをよそに、室伏と彼のチーム員は全員で機体の点検をしていた。




 軽くテスト飛行をした後、室伏のチームはサクラの家に招かれていた。

 テーブルには御馳走が並び……真ん中には、皿鉢がある……それをサクラのチームと室伏のチームが囲んだ。

 当然のように、其処此処にメイドが……メアリも混ざっている……立っていた。

『これは……何だろう? 「さしみ」みたいだけど……』

 メイは、カツオのたたきを箸で摘まんだ。

『……なんか、縁の色が違ってる……焼いてるのかな?』

『それは「たたき」だよ。 カツオの表面を焼いて、その後刺身の様にスライスしてあるんだ』

 説明しながら、サクラは巻き寿司を取っている。

『へえ……刺身とは違うの?』

 メイは、しげしげと「たたき」を見た。

『食べると分かるよ。 私は「たたき」の方が好きだな。 滅多に食べられないけど「うつぼ」の「たたき」なんかは、最高だよ』

 サクラは、パクリと巻き寿司を咥えた。

『これは高知の郷土料理ですよね……』

 向こう側に座った長江も「たたき」に箸を伸ばした。

『……ワサビじゃ無くて、生姜醤油で食べるんでしたっけ。 って……何で高知の料理が?』

『ああ……サクラちゃんは、両親が高知に居るんだ。 っと、ありがと』

 森山の持ったコップに、イロナが日本酒を注いだ。

『へぇ……サクラさんは、日本人? 見た目は、コーカソイドだけど……』

 長江は「たたき」を醤油につけた。

『……そう言えば、日本語が話せるって言ってましたね』

「ええ、話せますよ……」

 サクラは、ニッコリした。

『……ここでは主に英語で話してますけど。 ハンガリー語も話せます。 ハンガリー生まれですから』

『ん?……どういう事?……』

 長江は、首を傾げながら「たたき」を口に入れた。

『……美味い』

『長江さん。 戸谷君を覚えてるかい?』

 お猪口を持った室伏が、横から話しかけた。

『うん、覚えてるよ。 もう2年半前になるのかな? 確かハンガリーで墜落したんだっけ……』

 長江は、ナプキンで口を拭った。

『……残念な事だったね』

『サクラちゃんは、その戸谷君の家に養子に入ったんだよ。 だから、サクラちゃんは戸谷君の妹だね』

 室伏は「くいっ」とお猪口を空けた。

『私は、その時……目の前で見てたんです。 って言うか……彼は、私を巻き添えにしないように、無理な操作をして……』

 サクラは、目を伏せた。

『いや! あれは、橋に機体を当てた戸谷君が悪い。 サクラちゃんが其処に居たことは、ただの偶然だ……』

 室伏は、サクラを見た。

『サクラちゃんが、責任を感じることはないよ。 もっとも……こんな美人がレースに出場してくれることになって……戸谷君は、いい仕事をしたね』

『そう……そう言っていただけると……ありがたいです』

 サクラは、うっすらと微笑んだ。




「室伏さんたちは、これから如何するんですか?」

「ん?……そうだな。 あと少しテスト飛行をして、いい具合だったらスロベニアに移動するよ」

「スロベニアですか。 そろそろレースの準備に入るんですね」

「ああ、向こうでクオリフィケーションキャンプがある。 サクラちゃんたちは?」

「私たちチャレンジクラスは、アリゾナでキャンプが予定されてます。  11月の中旬になったら移動します」

「そうか。 調子はどうだい?」

「今のところは、問題なく飛べてますね。 だいぶ慣れてきました」

「そうか。 無理せず安全に飛んでくれよ」

「はい、分ってます。 もう事故は起こしません」

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