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紅い桜  作者: 道豚
117/147

これ、楽しいー

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 午後になって、サクラはマールクと共に、「ミクシ」の点検をしていた。

 直ぐ近くでは、森山がメアリとリゼを伴って「ボナンザ」のエンジンカウルを外していた。

「(……意外とメイド服が似合ってる……)」

 ついサクラは、リゼの様子を窺ってしまう。

「(……ホントにお腹がすいてたんだなぁ……)」

 そう……さっきの昼食の席で、リゼは誰よりも沢山……それこそ森山以上に……アンナの買ってきたファストフードの類を食べたのだ。

『サクラ様……』

 マールクが話しかけて来た。

『……此処は私が見ておきますので、あちらに行かれては如何でしょうか』

『ん! いいぇ、別にいいわ』

 慌ててサクラは、メインギヤのチェックを始めた。

『ですが……あちらが、気になっているご様子で……』

 マールクは苦笑を浮かべた。

『……作業に集中できてないかと』

『はぁ……そうね。 不注意で「ミクシ」を壊すわけにはいかないわね……』

 溜息を付いて、サクラは立ち上がった。

『……それじゃ、行ってくるわ。 後は頼める?』

『はい、承りました』

 マールクは、頭を下げた。




『如何? 何か分かった?』

 サクラは、エンジンを覗き込んでいる森山に声をかけた。

「おっと……」

 森山は、驚いたように顔を向けた。

「……ああ、サクラちゃんか」

『何故日本語? 皆が分かるように英語で話すのがルールでしょ』

 サクラは、首を傾げた。

『ああ、ビックリしたから……つい日本語が出たんだ。 それがネイティブなんだから、仕方が無いだろ?』

 森山は、ぽりぽりと頭を掻いた。

『え! 森山って日本人? 日系じゃなくて?』

 近くで見ていたリゼが、割って入った。

『おう、そうだ。 俺は日本人だ』

 何故か森山は、胸を張った。

「わたし にほんご すこし、できる……」

 リゼが、嬉しそうに……かなり鈍った日本語で話してきた。

「……れんしゅう させて」

「おお、そうか。 そういえば、日本まで飛ぶんだったな……」

 森山は、頷いた。

「……日本語が出来た方が、便利だな」

「そういうこと おねがい ね」

 リゼは、ニッコリした。




『分かりそう?』

 ライトを片手にエンジンを下から確認している森山に、サクラが聞いた。

『いや……今のところ、おかしな所はない……』

 森山は、首を振った。

『……止まった時のことを聞いたんだが。 スー、っとトルクが無くなって止まったそうなんだ』

「そう へんな しんどう なくて……」

 リゼが頷いた。

「……なめらか? に とまった」

『だから……燃料関係だと思うんだ。 ガスが来なくなったんだろう。 キャブ……こいつはインジェクションだが……又はポンプだと思う』

 森山は、エンジンの下に付いている部品を指差した。

「はずす?」

 リゼが首を傾げた。

「ああ、そうだな。 外してチェックしよう。 オーバーホールだな」

 森山は、頷いた。

『じゃ、格納庫に入れた方がいいね』

「サクラ にほんご わかる? さっきから かいわが とおってる」

 リゼが、驚いた様にサクラを見た。




『クリヤー!』

 キャノピーの左に付いている小さな窓を開けて、サクラは大きな声を出した。

「(……誰も居ないね……スティック引いてベルトで留め……マグネトーON……)」

 少し待って、サクラはキーを捻った。

「(……OK……スタート……)」

 更にキーを捻ると……

「ウィ・ウィ・ウィ・ウィウィウィ……」

 スターターが回りだし……繋がっているプロペラがゆっくりと回りだした。

 そして……

「……ズドドドドドド……」

 新品のAEIO-580は、「ミクシ」を震わせて始動した。

「(……回転数OK……)」

 今はアイドリングではなく、始動に適したスロットル位置なので1000rpm程度で回っている。

「(……オイルプレッシャーOK……燃料プレッシャーOK……電圧OK……)」

 サクラは、エンジン計器を次々に確認していく。

「(……オールグリーン……アイドル……)」

 サクラがスロットルレバーを引くと、エンジンは静かにアイドリングを始めた。




 十分にエンジンのウォーミングアップを済ませると、サクラはマイクのスイッチを入れた。

{『KICトラフィック N821CG 「エクストラ330LX」 離陸のためタキシー RW29』}

「(……ん……誰も飛んでないね……)」

 ATCに返事がないことを確かめると、サクラはブレーキを離してスロットルレバーを進めた。




「(……さて……「ミクシ」ちゃんは、どんな飛行機かな?……)」

 サクラは、RW29に「ミクシ」をセットするとスロットルを開けた。

「(……オー……軽い……)」

 「ミクシ」は走り始めると、すぐに尾翼を上げた。

「(……よし……ローテイト……)」

 加速も早く、100メートルも走らないうちに離陸速度になった。

「(……110ノット……クライム……)」

 いつもの様に、サクラは110ノットで上昇させる。

「(……2500フィート?……わー……パワー有る!……)」

 「ルクシ」の上昇率は2400フィートだったので、それより100フィート早く上昇していた。




「サクラ とんで いった……」

 格納庫の中で、リゼはレシーバーから聞こえるATCを聞いた。

「……かのじょ とべるんだ」

「ああ、上手いよ。 あの「エクストラ330LX」は、サクラちゃんの機体だ……」

 森山は、外した燃料ポンプを作業台の上に置いた。

「……テスト飛行は、親から止められて出来なかっただけさ」

『メアリが飛んでたのは、サクラの代わりにテスト飛行してたんだね?』

 リゼは、レシーバーの前に陣取っているメアリを見た。

『そう……私は、スクールで「エクストラ」のレッスンを受けて、この為の用意をしてたんだ……』

 メアリは、リゼに向かって頷いた。

『……私は、彼女の使用人だからね』

『その言い方からすると、彼女って……資産家のお嬢様?』

 リゼは、首を傾げた。

『そうよ。 しかも彼女自身も資産を持ってるわ。 それを使って、サクラは「レース」のスポンサーになったのよ……』

 メアリは、微笑んだ。

『……とんだ飛行機バカよね』

『スポンサーなのに自分も飛ぶの?』

『だって……出場することをスポンサーになる為の条件にしたんだもの』

 掌を上に向けて、メアリは両手を肩の高さに上げた。




「くしゅん……くしゅん……」

 「ミクシ」のコックピットの中で、サクラはクシャミをした。

「(……へんだなー……誰か噂してる?……)」

 地面を頭上に見ながら、サクラはムズムズする鼻を擦った。

「(……ま、そんなことは良いや……これ、楽しいー……)」

 十分な高度を取った「ミクシ」は……「水を得た魚」の様に……縦横無尽に飛び回っていた。




「さて……インジェクションも外れた」

 森山が、エンジンの下から出てきた。

「オーバーホール できる?」

 リゼは作業台の上に置かれた燃料ポンプを、恐々(おそるおそる)見ていた。

「問題ない……」

 森山は、インジェクション装置を、燃料ポンプの隣に置いた。

「……オーバーホールについちゃ、問題ないんだが。 少し気になることが有る」

「きになる?」

 リゼは、森山に視線を向けた。

「ああ。 今、燃料配管を外したんだが……」

 森山は、ウエスで手を拭った。

「……ガソリンが出てこなかったんだ」

「ガソリン でる?」

 リゼは、首を傾げた。

「配管を外したんだ。 管に残っていたガソリンが漏れるのは、当たり前だろ?……」

 森山は、頷いた。

「……それが、まったく出てこなかった。 ただの一滴も」

「どういうこと?」

「つまり……ガス欠じゃないか? って事だ」

「おかしいよ ゲージは のこってた」

「そう……おかしいんだ。 燃料系統を、徹底的に調べる必要があるな」

 森山は「ふぅ」と息を吐いた。




 29と白く大きく書かれた滑走路端を「ミクシ」は通り過ぎた。

「(……さて……フレア……)」

 「ミクシ」にとって、この「メサ・デル・レイ空港」の滑走路は大きくて長い。

 小さな飛行場のつもりでフレアを掛けると……「高おこし」と言われる状態になり……失速させてしまう。

 そんな訳で、サクラはノンビリとフレアを掛けた。

「(……OK……ぴったりだ)」

 「ミクシ」は滑らかに、滑走路に車輪を付けた。




『森山さん。 何か分かった?……』

 「ミクシ」を駐機場に置いて、サクラは格納庫に来た。

『……森山さん?』

「……お! ああ、サクラちゃんか……」

 腕組みをして「ボナンザ」を睨んでいた森山は、ゆっくりと首を回した。

「……ん~ 分からない、って事が分かった」

「何ですか、それ?……」

 サクラは、森山の隣に立った。

「……森山さんでも分からない?」

「いや……まったく手がかりが無い、って事ではないんだが……」

 森山は、組んでいた腕を下ろした。

「……どうもガソリンがタンクから来てない様だ」

「ガソリンは、入ってるんですか?」

 サクラは、首を傾げた。

「入ってる。 計器盤のゲージを見ると、1/8程度入ってるはずなんだ……」

 森山は、「ボナンザ」に近づいた。

「……サクラちゃんも見るかい?」

「はい。 見ます」

 サクラは、森山に続いて「ボナンザ」の主翼に上った。

「リゼには許可を貰ってるから、入っていいよ」

 森山は、ドアを開けた。

「それじゃ、しつれいして……」

 サクラは、森山の支えているドアからコックピットに入った。

「……ん~ これがバッテリーのスイッチかな?」

「そうそう、それがスイッチだ。 入れてみて」

 森山は、頷いた。

「あー 本当だ。 少し入ってるね、でも……」

 ゲージを読んだサクラは、森山を見た。

「……普通、こんなになるまで使わないよ? これじゃ、もし天候が悪かったりしたら、何処にも行けないじゃない」

「それは……まあ、仕方ないんじゃないか? ガソリンが買えなかったみたいだし……」

 森山は、苦笑を浮かべた。

「……食事すら十分に食べられなかった位だから」

「ふぅ……そうは言ってもね……」

 サクラは、息を吐いた。

「……エンジンが止まったら、死んじゃうかも知れないんだからね。 今回は、偶然助かっただけだよ」

「その辺、彼女……何だか危機感を持って無かった様だね。 ただ、今回の事で……考えさせられたみたいだよ」

「それで? リゼは?」

 そう……格納庫には、今は森山だけしか居ない。

「試しにガソリンを入れてみよう、って事になって、今はメアリと一緒にタンクローリーを呼びに行ってる。 っと……来たみたいだ」

 開け放している格納庫のドアの外から、ディーゼルエンジンの音が聞こえてきた。




 主翼の前に置いた踏み台に乗ったリゼは、ホースのノズルを給油口に差し込んでいた。

「どう? すこし はいった」

 小さくレバーを握りながら、リゼは機首の下に居る森山に聞いた。

「ダメだ。 まだ出てこない……」

 森山は、バケツに突っ込んでいるチューブの先を見た。

「……サクラちゃん。 そっちは?」

「ん~ ゲージは、少し動いたよ」

 サクラは、計器盤の燃料ゲージを見ていた。

「ダメだな。 どうやら何処かで詰まってる……」

 森山は、機首の下から出てきた。

「……リゼ、もういいよ。 一旦、やめよう」

「はい」

 リゼは、ノズルを引き抜いた。




『さて……どうするか?』

 反対側のタンクも調べて……同じようにガソリンが出てこなかった……作業台に凭れた森山は「ボナンザ」を見ながら腕を組んだ。

『如何します?』

 サクラも同じように隣で凭れていた。

『普通なら……出口から順番に外していくところなんだが……』

 森山は、ゆっくり首を振った。

『……俺の勘は「タンクじゃないか?」って言ってるんだ。 でもなー』

『森山さんの勘、って……よく当たるじゃないですか……』

 サクラは、横に居る森山の顔を見た。

『……躊躇する所があるんですか?』

「いや……片方だけなら、タンクだって言い切るんだが……両方ともだろ? 二つが同時に詰まるなんて、普通無いよな?」

 森山もサクラの方に顔を向けた。

「普通じゃないことだって、結構起こりますよね? やるだけやってみませんか」

 サクラは、ウインクをして見せた。




「……なんだこりゃ!」

 工業用のファイバースコープを注油口から突っ込んで覗いていた森山は、素っ頓狂な声を上げた。

「ど、如何しました?」

 下に居たサクラは、ビックリして声を掛けた。

「なにが あった?」

 普通の声じゃないのに気が付いて、リゼも近くに来た。

「……いや……これは……酷いな……」

 森山は、スコープから目を離して二人を見た。

「……ヘドロだ。 何かドロドロした物が、タンクの底に溜まってる」

「ヘドロ? そんな物が?」

「へどろ?」

 サクラとリゼは、顔を見合わせた。

「ああ、正確には分からないが……そんな見た目のものがタンクの底を覆っている……」

 主翼の上にスコープを置いて、森山は踏み台から降りた。

「……見てごらん」

「みて いい?」

 リゼは、サクラに断って踏み台に登った。

 そしてスコープを覗き……

『ナニこれ! 気持ち悪い!』

 悲鳴を上げた。




「森山さん。 随分と生活感がある後部席ですね」

「ああそうだな、サクラちゃん。 例によって、お金が無いから野宿してたみたいだな」

「へえー ここで寝てたのかな? こんなに狭いのに」

「そう言ってたよ。 洗濯物を干して、その下で丸くなって寝るんだそうだ」

「よく体を壊さなかったね」

「そうだな。 何か……彼女、生きるって事に無頓着な所があるね。 悟りなのかな? まるで死ぬことを怖がってない、っていうのか……そう……まるでゲームの中だから、死んでも生き返る……そう思ってるように」

「そんな……変だよ。 リゼって、まだ大学を出たばかりだよ。 丁度メイと同い年ですよ。 死んでも生き返るなんて……どんな生き方をして来たんだろう?」

「それは分からない。 でも、それも少しずつ変わってきてるようだよ」

「そうですよね。 現実はゲームじゃない。 死んじゃったら、そのままなんだから」

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