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紅い桜  作者: 道豚
114/147

再びキングシティへ

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 9月の終わり……高知空港のエプロンの隅に立てられた小さな格納庫。

 機体を入れる大きな扉ではなく、横に付けられたドアの鍵をサクラは閉めた。

「中村さん……」

 サクラは、隣に立っている男に鍵を差し出した。

「……それじゃ、お願いします」

「はい、お願いされました……」

 中村は、それを受け取った。

「……偶に見に来る事と、年末には機体検査をする事でいいんだよね」

「はい、それでいいです……」

 サクラは、頷いた。

「……お正月には、帰国するつもりですが……その時には「ルクシ」を飛ばしてあげたいですから」

 そう……今日からサクラは、レースの準備のためにアメリカに行くのだ。

 置いていく「ルクシ」を維持するために、サクラは何時も機体検査をしてもらっている中村の会社に連絡をしたのだった。

「OK。 しっかり整備しておくよ。 レース、頑張ってね」

 フットワークの軽い中村は、社長という立場でありながら、自分で飛んできた。

「はい、ありがとう御座います。 それじゃ……これで」

 サクラは手を振ると、エプロンに止まっている「サイテーション サクラ」に向かって歩き出した。




「お姉ちゃん。 もう行っちゃうの?……」

 「サイテーション サクラ」から下りたステップの下で、志津子はサクラの腿に掴まって見上げた。

「……チョッとしか遊んでくれなかったのに」

「ゴメンね。 私も忙しいから……」

 サクラは、志津子の頭を撫ぜた。

「……また帰ったら、遊ぶから」

「志津子、サクラさんが困ってるだろ。 コッチに来なさい」

 少し離れた所で、父親である敦が呼んだ。

「だって……」

 志津子は、頬を膨らませて振り向いた。

「……つまんなく、なるんだもん。 お父さん、遊んでくれる?」

「あ……ああ……そうだなー……い!痛い!……」

 突然、敦が悲鳴を上げた。

「……由香子! 何するんだ」

「あら、ゴメンなさいね……」

 「しれ」っと由香子は、敦の脇腹から指を離した。

 敦の脇腹は、真っ赤になっている。

「……ねぇ……遊んであげるわよね?……ね?」

 「ガクガク」と敦は頷いた。




「いってきまーす!」

 サクラは、ステップの上から手を振って昇降口を潜った。

『閉じます』

 ローザの操作により、ステップが持ち上がり始めた。

『先ずは千歳だね……』

 サクラは、機内を見渡した。

 今回同行するイロナ、アンナ、ドーラ、そしてマールクは既にシートに座っている。

『……どれ位で着くかな?』

『飛行時間は1時間15分を予定しております。 が、サクラ様もご承知の通り……管制によっては、もう少し掛かるかと……』

 ローザは、頭を下げた。

『……ハンガリーなら、そんな事は無いのですが』

『いやいや……着陸で待たされるのは、普通だからね。 気にしなくていいよ』

 サクラは、イロナの隣に座った。




 ------------------




 「サイテーション サクラ」は、特に待たされる事なく新千歳空港に着陸した。

「(……ふぅ……流石にアンカレッジまで飛ぶには、燃料を入れるのにも時間が掛かるよな……)」

 サクラ達は、出国手続きをしてソファに座っていた。

 千歳からアラスカのアンカレッジまで、凡そ4800キロ。

 「サイテーション サクラ」の航続距離は、凡そ5800キロ。

 ここ新千歳で出国することにしたのは、高知からの1000キロ少々を余分に飛ぶとアンカレッジに届かない……そういう訳もあったのだった。

 燃料は、満タンで凡そ850リットル程入る。

 大体1リットルで100円程度……かなり変動するが……なので、燃料代は85万円くらいだ。

「(……7人で85万円なら……1人12万円位だから……安いよね……)」

 資産家になっているのに、サクラが何だか貧乏くさい事を考えている横で……

『……終わった? そう……11時ね。 分かったわ』

 イロナは、スマホでマールクからの連絡を受けていた。

『給油、終わった?』

 サクラは、イロナを見た。

『ええ、今終わったそうよ。 11時に離陸するから、それまでに乗ってだって……』

 イロナは、スマホに表示されている時刻を見た。

『……今、10時だから……そうねー……40分位?……それ位で用意させるわ』

 イロナは、空港の何処かで食料や飲み物を用意しているであろう……クルー達にメールを送った。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




{『アンカレッジアプローチ HA-SKL サイテーションX ALT5200 着陸のため接近中 情報C

を確認済み』}

 アンカレッジは、深く切れ込んだクック湾の奥にある。

 既に暗くなった事により、タマーシュは安全を考えて「サイテーション サクラ」を湾に沿って降下させていた。

{『サイテーションサクラ アンカレッジアプローチ 07Rに着陸予定 ALT2400に降下 ローカライザーを捕らえるまで、そのままのヘディング 速度120ノットに減速 グライドスロープに乗ったら連絡をくれ』}

 ネイティブのアメリカ英語は、聞き取りにくい。

{『アンカレッジアプローチ サイテーションサクラ ALT2400に降下 ローカライザーを捕らえるまでこのままのヘディング 120ノット グライドスロープに乗ったら連絡』}

 しかし、タマーシュは聞き取った様で、余裕で復唱した。

「(……うわ!……結構急に減速するんだ……)」

 いつもの様にATCを聞いていたサクラは、交信が終わった途端に急減速を始めたのにビックリした。




 -------------------




 にこっ

 不機嫌そうに「ムッツリ」としたアンカレッジ空港の入国審査官に睨まれ、サクラは微笑を返した。

『……ん!……』

 当の審査官は、何度もパスポートとサクラを見比べると、口を開いた。

『……サクラ様、無事の到着お慶び申し上げます』

『え? あ! ありがと。 ひょっとして、貴方はヴェレシュ関係者?』

 一瞬「ポカン」としたサクラは、帰されたパスポートを受け取った。

『はい……』

 審査官は、表情を緩めた。

『……サクラ様のことは、広く連絡が回っております。 春のサンフランシスコの時の様な不手際は、起こしません』

『そう……それは良かったわ』

 サクラは、パスポートをバッグに仕舞いゲートを潜った。




 手荷物受け取り場所を素通りしてサクラがロビーに出ると、そこにはイロナが待っていた。

『お待たせ。 早かったね。 私も今回は、簡単に通れたんだけど』

 サクラは、イロナの前に立った。

『そんなに待ってないわよ。 私は「顔パス?」みたいな所があるから……』

 イロナは、声を潜めた。

『……現に、他のクルーはまだ来てないわ』

『そう言えば、そうだね……』

 サクラは、周りを見渡した。

『……で、これからは? ホテルに行くんだよね』

『ええ、流石にもう遅いものね』

 そう……時差もあり、既にアンカレッジは真夜中の0時を回ろうとしていた。

『そうだね。 何か変な感じだよね。 もう一度同じ日を繰り返すなんて』

 壁に掛かった時計を見て、サクラはスマホを取り出してその時刻を確かめた。

『そんなの、気にしなけりゃ良いのよ。 さて……』

 イロナは、手荷物を持って此方に来るクルー達を見た。

『……揃ったようね。 行きましょう』

『ザ・ホテル・キャプテンクックだよね』

 歩き出したイロナの横で、サクラは聞いた。

『そうよ。 ま、割と近くて……そこそこのホテルね』

 ルームチャージが10万円程度では、イロナにとっては「そこそこ」なのだろう。




 ----------------------




 遮光カーテンが掛かり薄暗い部屋の中で、スマホの呼び出し音が響きだした。

「……はい……」

 サクラは、のろのろと手を伸ばし、それを取った。

『サクラ様、おはよう御座います。 8時で御座います……』

 耳に当てたスマホから、アンナの申し訳なさそうな声がした。

『……御支度は、後どれぐらいで伺えば宜しいでしょうか』

『そうねー……』

 サクラは、ぐるりと部屋を見渡した。

 特に散らかっている訳でも無いし……シャワーを浴びればいいだろう。

『……30分後に来て』

『分かりました。 30分後……8時30分に伺います』

「(……はぁー……もう8時かー……まだ眠い……)」

 通話の切れたスマホをベッドに投げ出し、サクラはブランケットに包まった。




 --------------------




 「サイテーション サクラ」は、高度42000フィート……凡そ12800メートル……をマッハ0.92で南に向けて飛んでいた。

『サクラ様、昼食のサンドイッチです』

 そう……二度寝をアンナに起こされたサクラは、無事「サクラ」に乗ってキングシティに向かっていた。

 アンカレッジからキングシティまで、凡そ3500km……飛行時間は4時間弱程度。

 時差が1時間あるので、11時に離陸した「サクラ」は4時ごろに到着するだろう。

『ありがと……』

 サクラはドーラから包みを受け取ると、早速それを開いた。

『……ん! 普通のBLTサンドだね』

『はい。 やはり運動してないので、軽いものがよろしいかと。 直ぐに紅茶をお持ちいたします』

 ドーラは、前方にあるギャレーに向かった。




 -------------------------




{『キングシティトラフィック サイテーションサクラ 北35マイル 高度8000 着陸のため接近中』}

 タマーシュの流すATCが聞こえた。

「(……大分高度が下がったなー……)」

 サクラは、外を見た。

 下には広い平地と、その所々に有る畑が見えている。

{『キングシティトラフィック N666SU スホイ29 北西25マイル 高度4000 着陸のため接近中』}

「(……あれ? スホイが居る……)」

 タマーシュに答える様に、他の機体から無線が入ってきた。

 距離がある所為か、ザラザラとした声で聞き取りにくいが、同じキングシティに着陸する様だ。

「(……前にも同じ様なことが有ったよな……)」

 オシュコシュから帰ってきた時も、確かスホイが飛んできたのだった。

「(……って……666SUって言ったら、メアリのスホイじゃない……)」

 そう……「同じ様な」どころか、飛んでいたのは前回と同じメアリのスホイだった。

{『スホイSU サイテーションサクラ 距離は遠いが、こちらが早い。 先に降りていいか?』}

 進入速度は、サイテーションが120ノットでスホイは精々80ノットである。

{『サイテーションサクラ スホイSU 了解』}

 メアリも理解している様で、簡単に答えが返った。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 サクラの目の前に止まった「スホイ」から、金髪を顎のラインで切りそろえた女性が降りてきた。

『メアリ!……』

 サクラは、両手を広げて彼女に飛びついた。

『……久しぶり。 元気そうね』

『久しぶり、サクラ……』

 メアリは、サクラを受け止めてハグをした。

『……貴女も元気そうだわ』

『ええ、もちろん元気よ……』

 サクラは、ハグを解いてメアリの顔を見た。

『……メアリは、少し変わった? 何だか、落ち着いてるね』

 そう……7月に会った時に比べて、メアリの表情は穏やかになっている。

『そうかしら? そうねー そうかもしれない……』

 メアリは、小さく微笑んだ。

『……いくつか原因は思いつくわ……』

 二人は、並んで歩き出した。

『……聞きたい?』

『良ければ教えて』

 サクラは、頷いた。

『そうね。 まず……メイナードの生まれた時からの問題が、解決したことね』

 メアリは、指を折った。

『メイナード?……』

 サクラは、首を傾げた。

『……彼は、ハンガリーで入院してる筈よね。 まだ退院してないと思うけど』

『ええ……でも、もうすぐ退院できそうよ。 今はリハビリしてるみたい。 そして、もう一つ……』

 メアリは、再び指を折った。

『……あの、くそったれな……忌々しい仕事をやめた事』

『仕事を辞めた?……』

 サクラは、メアリを見た。

『……そんなに嫌な仕事をしてたんだ。 ちなみにどんな仕事だったか教えてくれる?』

『いいわよ。 私たちの両親が離婚していなくなった、って事は言ったわよね。 だから、私はメイナードを大学に行かせるために、高校を卒業して働き出したの。 いろんな仕事をしたけど……』

 メアリは、力こぶを作った。

『……結局、学歴が無いじゃない。 最後は、この腕力を生かしてガードマン……ガードウーマンかしら……をしてたわ……』

 メアリは「ふぅ」と息を吐いた。

『……でもね、そこでも私は下っ端。 どうでもいい様な仕事しか回してもらえなかったの。 当然、給料は安いわ』

『そうだったんだ。 メアリって、苦労してたんだね』

 サクラは、うんうんと頷いた。

『ま、それも、もう終わった事よ。 そして、もう一つ……』

 メアリは、3本目の指を折った。

『……新しい仕事についた事。 とてもやりがいがあるわ』

『そう……良かったね。 やりがいがあって。 で……今日は休みなの?』

 サクラは、首を傾げた。

 そう……今日は週末では無いのだ。

『ううん、休みじゃないわ』

 メアリは、微笑んで首を振った。

『さぼり? そんな、笑ってる場合じゃないよ……』

 サクラは、顔を顰めた。

『……クビになっちゃうよ』

『大丈夫、今も仕事中だから』

 イロナは、ウインクをして見せた。

『ん? どういうこと?』

 サクラは、再び首を傾げた。

『んふふ……今の仕事はね……』

 メアリは、ニッコリした。

『……サクラ、貴女のボディーガードよ……』

 メアリは、素早く周囲を見渡した。

『……サクラ様。 周囲に危険は御座いません。 ってね』

『ええーー! メアリ……貴女、ヴェレシュに入ったの? 本当に!』

 はしたなくも、サクラの大声がエプロンに響いた。

『サクラ。 新しい使用人を紹介するわ』

『ん? もう知ってるよ。 メアリでしょ、イロナ』

『そうだけど、もう一人居るのよ』

『もう一人? いっぺんに二人増やしたんだ』

『そうよ。 ちょっと、これまでが少なすぎたからね。 コッチに来なさい、ジル』

 イロナに呼ばれて、くすんだ金髪の女性がメイド服を着て現れた。

『サクラ様、ジルで御座います。 まだ慣れておりませんので、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、精一杯努めさせていただきます』

『貴女が新しく入ったのね。 しっかり頼むわね』

『はい。 心得ております。 失礼します』

 ジルは頭を下げると、他のメイドたちの後ろに戻った。

『彼女、記憶が曖昧なのよ。 昔の事が思い出せないの』

『え! そうなの? 大丈夫なの、イロナ』

『仕事をするには、問題ないわ。 気質も穏やかだしね』

『そう……貴女が言うなら、問題ないのでしょうね』




 --------------------




『ツェツィル。 無事にジルをサクラに紹介した様よ』

『どうだった? 無事って事は、うまくいったって事だね、ニコレット』

『ええ、まったく問題なかったって』

『よしよし。 これで一つ問題が消えたな』

『そうね。 ジャックが消えて、ジルが現れたって事ね。 ジルがジャックの記憶を取り戻す事は無いのでしょう?』

『ああ、それは絶対にない。 完全に記憶を消去した』

『後は、サクラが気が付かなきゃね』

『それこそ、絶対に起こりえないだろう。 性別が違うし、顔もかなり変わってる』


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[一言] メアリ、ヴェレシュに加入。 ジャック、さらっと矯正性転換でジルにされていた。
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