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紅い桜  作者: 道豚
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あなたの彼氏でしょ

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 吉秋サクラの居るVIPルームは今……3人の客を迎えて普段より大人数なのに……静寂に包まれていた。

 元気良く飛び込んできたマーリアは、吉秋サクラの隣に座って目を見開いている。

 その正面のエリカは口に拳を当て、アンドレアは隣で目を閉じて、今聞いた事を理解しようとしていた。

『……もう一度聞くけど、記憶が無いんだって?』

 アンドレアが、目を開けた。

『……その……低酸素脳症っていうので……』

『……うん……』

 吉秋サクラは頷いた。

『……気がついたときは 病室だった。 最初に見たのは ニコレットだった……』

『……あの時は嬉しかったわ……』

 丁度ニコレットが、人数分の紅茶を淹れてきた。

『……そ、それじゃ ニコレットは覚えてたの?』

 紅茶を受け取りながらエリカが訪ねた。

『……ううん……』

 吉秋サクラが首を振る。

『……覚えてなかった……って言うか 女神様が現れたかと思ってた……』

『……ねえ……本当に私の事覚えてないの? マーリアだよ……』

 腕に抱きつき、吉秋サクラの顔をマーリアは覗き込んだ。

『……ごめんなさい……』

 吉秋サクラが目を伏せる。

『……病室で 目を覚ました時より 昔の事は 何も覚えてない。 私の 人生が その時から 始まった様……』

『……それで 言葉も……』

 アンドレアが首を傾げた。

『……うん……話せなかった。 だから勉強した。 でも片言……』

『……仕方が無いよ ハンガリー語って 難しいらしいから。 たった2ヶ月でそこまで話せるんだから やっぱり少しは何処かに残ってるのよ……』

 エリカが、吉秋サクラの言葉を遮った。

『……マーリア サクラを離してあげて。 そのままじゃ紅茶が飲め無いよ……』

『……う、うん……』

 マーリアが吉秋サクラから離れた。

『……ありがとう……』

 吉秋サクラは、持ち上げたソーサーからカップを取り、ゆっくりと香りを嗅ぐと紅茶を口に含んだ。

『……ん! おいしい……』

 『……サクラ……まるでお嬢様みたい……』

 驚いた様なマーリアの声がした。

『……え? な、何か おかしかった?』

『……だって……』

 マーリアが、慌ててソーサーをテーブルに置く吉秋サクラを見た。

『……以前は……こう、なんと言うか……男っぽいと言うか……荒っぽいって言うか……例えば、今の様に紅茶を飲む時も……ソーサーを持ち上げたりせずカップを持つし……ふーふー息を吹いて冷まして、一気に口に入れてたし……』

『……そうそう……そんなワンピースなんか着てるのを、私は見た事なかったわ……』

 エリカが言う。

『……そうよね……いつもジーンズとTシャツだったわ。 だから今みたいにしっかり膝を揃えてるなんて、無かったわね……』

 アンドレアも頷いている。

『……そ、そうなの?』

 吉秋サクラは首を傾げた。

『……ニコレットが こうしなさい って言ったんだけど……』

 全員の顔が、ニコレットに向いた。

『……ニコレット……』

『……記憶が無いからって……』

『……此れ幸いに……』

『……サクラをお嬢様にしようとしたわね……』

 4人の声は、地の底から響く様だ。

『……い、いいじゃない……だってサクラは、ヴェレシュ家のお嬢様なんだもの……そ、そうよ……これまでが自由すぎたのよ……』

 ニコレットの視線は、宙を彷徨っていた。




『……ああ~~ 楽~~……』

 ジーンズにTシャツ姿の吉秋サクラが、ソファーの上で背中を反らせてバンザイをしている。

『……イロナが 持ってきた 洋服は ジーンズとTシャツばかり だったのが、やっと理由が 分かったよ……』

 さっそく吉秋サクラは、ワンピースから着替えてしまったのだ。

『……ああ~~ せっかくここまで上手くいってたのに……』

 それを見てニコレットは、少し離れたテーブルに伏せてしまっていた。

『……そうそう、これよ。 サクラはこれでなくちゃ……うん。 以前と同じ大きさ、同じ手触りだわ……』

『……で? なんで マーリアが 胸に 触ってるのかな……』

 横から伸びた小さな手が、吉秋サクラの胸を下から持ち上げ、摩っていた。




『……そういえばさー……』

 アンドレアが、口を開いた

『……アンナはどうして誘わなかった?』

『……アンナって?』

 マーリアの手を押さえながら、吉秋サクラが首を傾げた。

『……友だち……んー 声は掛けたんだけどねー……』

 頬杖を突いたエリカは、言い難そうだ。

『……なんか……サクラに会いにくいって言って……』

『……そうか……そうかもね……』

 アンドレアが頷く。

『……どういうこと?』

 吉秋サクラには、話が読めない。

『……アンナはあの日、サクラと一緒にボートに乗ってたの……』

『……そ、そうなんだ……』

『その事で私、気になることがあるの……』

 吉秋サクラの言葉を遮って、マーリアが話し始めた。

『……あの事故の映像がネットに上がってるんだけど……あ、サクラをメインに映してる訳じゃないのよ。 あの飛行機が落ちるときのビデオなの。 その後ろにボートが映ってるんだけど……サクラが倒れてるのよ。 そしてその側にアンナが居るの……』

 一旦言葉を切ると、マーリアは唾を飲み込んだ。

『……一瞬カメラが切り替わって、次にボートが映った時にはサクラは居ないのよ。 そして手を突き出したアンナが映ってるの……』

『……あなた……アンナがサクラを突き落とした、なんて言ってないわよね?』

 エリカは怒ったようだ。

『……だって、だって……』

『……エリカ、そんな事も有るかもよ……』

 目を閉じて腕組みをしたアンドレアが、マーリアに助け舟を出した。

『……ローベルトよ……あいつったらサクラに会いにこないでしょ……』

『……誰?』

 どうも吉秋サクラの知らない名前が、次々と出てくる。

『……ローベルト……サクラ、忘れちゃったの?』

 アンドレアが溜息を吐いた。

『……ローベルトはね、あなたの彼氏でしょ……』

「……え? ええ! えええーーーー!」

 吉秋サクラのソプラノが、病室に響き渡った。




『……でね、そのローベルトが最近、アンナとよく一緒に居るのよ……』

 吉秋サクラが落ち着いた所で、アンドレアが続ける。

『……ねえ、それって……』

『……そう思うわよね……』

 アンドレアは、エリカに向かって頷いた。

『……つまり……アンナはローベルトが好きだった。 だからサクラが消えてくれたほうが良い……』

『……あるいは……既にローベルトとアンナは付き合っていた。 だからサクラは邪魔になった……』

 アンドレアとエリカの二人が、何か危険な領域に差し掛かる。

『……ねえ、二人とも……本当に そうは思って ないよね……』

 このままでは危ないと、吉秋サクラが止めに入った。

 しかし……

『ローベルトとアンナの事をヴェレシュ様に報告するわ。 マーリア、その映像のアドレスを教えて……』

 いつの間にかニコレットが、吉秋サクラの後ろに立っていた。




『……美味しそう……』

『……でしょ。 最近出店した店なの……』

 アンドレアが、持ってきた紙袋からクレープを出すのを、吉秋サクラは食い入る様に見ている。

「(……不思議だ……この体になって、甘いものが好きになった……)」

 男の体の頃は御多分に洩れず甘いものが苦手だったのに、目の前にあるチョコレートの掛かった甘そうなクレープは吉秋を楽園に誘う様だ。

『サクラ、もう夕食が近いわよ。 食べるの?』

『……う~ん……』

 ニコレットの言葉を後ろに聴きながら、吉秋は胸を持ち上げるように腕組みをして唸った。

『食べちゃおうよ。 夕食は食べなきゃいいよ』

 吉秋サクラの胸を横目で見ながら、マーリアがクレープを皆の前に並べた。

『……うん、食べよう。 それで良いよね ニコレット……』

『……はあ サクラがそれで良いなら……』

 早速、フォークを構える吉秋サクラを見て、ニコレットは溜息を吐いた。




「(……なんだろ? なんか下っ腹が痛いような……)」

 三人が帰り、吉秋は風呂に入っていた。

 この体になってもう二ヶ月、最初は浮き上がる乳房に戸惑ったものだが、今では慣れて余裕がある。

「(……クレープしか食べてないのに……)」

 お湯を張ったバスタブの中で、吉秋は下腹を強く押してみた。

「(……腰も重いかな?……ん?……)」

 体を捻ったりしていて、ふと気が付くと、お湯が透明でなく薄いピンクになっている。

「(……変だな? 入浴剤なんて入れてないんだが……って言うか、最初は透明だったじゃないか……)」

 首を傾げながら吉秋が水面(湯面?)を見ていると、赤い色素が水中(湯中?)から上がってきた。

「(……何だコリャ?……)」

 何処から来るのか……次々と赤い物が上がってくる。

 吉秋は良く見ようと、顔を上がってくる場所に近づけた。

「(……え! 股の間? ひょ、ひょっとして……これって血?……)」

 慌てて吉秋は立ち上がる。

「……ち、ち、血が出てる! ニコレット!……」

 太腿を垂れてくる赤い流れを見て、吉秋は叫んだ。




『……良かったわね。 遅れてただけよ……』

『……良くない……頭が痛い 気持ちが悪い……』

 ベッドの中で丸くなった吉秋サクラが、見下ろしているニコレットを睨んだ。

『だって 考えてごらんなさい。 毎月来るものなのよ。 もし来なかったら 妊娠を疑うわ。 彼氏が居たみたいだものね』

 ニコレットは口角を片側だけ上げた。

『……や、止めてくれ。 それって、男と寝たって事だろ? うわ! 考えただけで鳥肌が立つ……』

『サクラ 英語になってるわ』

『……ごめん。 えっと……止めて。 そんな事 考えられない。 気持ち悪い……』

『……ん よろしい。 それじゃ 暖かくして 寝なさいね……』

 吉秋サクラの頬を優しく撫でると、ニコレットはドアに向かって歩き出した。

『……ありがとう ニコレット おやすみ……』

『おやすみ サクラ……』

 にっこり笑うとニコレットは、ドアを閉めた。






 大人しく入っていれば水圧が掛かるお陰で漏れたりしなかったのに、変にお腹を押したり捻ったりしたので、経血が出てきてしまったようです。

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