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紅い桜  作者: 道豚
109/149

木曽川滑空場

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 昇降口の向こうに見える山は緑に輝き、手前の田圃には……まだ8月だと言うのに……黄金色の稲穂がこうべを垂れていた。

「(……暑い~……)」

 空は青く澄み渡っていて、コンクリートの地面に暖められた空気がサイテーションのキャビンに吹き込んで来る。

 サクラは、ショートパンツから伸びる長い足を進めた。

 ステップを降りるにつれ視界が広がり、エプロンの隅にある小さな格納庫が見えた。

「(……もう組み立ては終わってるよね……)」

 そう……その中には「ルクシ」が待っている筈だった。

 そんな風にサクラが辺りを見渡していると……

「お姉ちゃん、お帰りー!」

 腰に志津子が飛びついてきた。




『サクラ様、おかえりなさいませ』

 志津子と手を繋いでクルー達の並んでいる所に行くと、いつもの様な挨拶をされた。

 当然の様にイロナもその中に居る。

『ただいま。 相変わらずイロナも居るのね……』

 サクラは、苦笑を浮かべた。

『……そろそろ上に立ったら?』

『嫌よ。 私は、このままメイドで居たいの……』

 イロナは、肩を竦めた。

『……シャロルタ様みたいに』

『そう……って言っても、イロナは既に私の秘書なんだけどね。 肩書きはメイドじゃないよ』

 サクラは、微笑んだ。

『ま……そこは気持ちの持ちよう、って事よ』

「ねえねえ、早く行こうよ」

 イロナを遮って、志津子が手を引いた。

「う、うん……何処に行くの?」

 サクラは、首を傾げて志津子を見た。

「海水浴! 「てい」の海水浴場に行くんだよ」

「海水浴って……私、水着を用意してないよ?」

 ねっ……とサクラはイロナを見た。

『大丈夫よ。 ちゃんと優秀なメイドであるわたくしが、用意しております』

 イロナは、ニッコリと笑った。




 真っ赤なビキニで渚の視線を独り占めにした「手結てい」の海水浴場から帰った夜、久しぶりにサクラは自分の部屋のベッドにいた。

「お久しぶりです、成田さん……」

 いつかの様にスマホが置いてある。

「……今日、日本に帰ってきました」

「やあ、本当に久しぶりだな。 元気だった様だねー……」

 一年ぶりに聞く成田の声は、変わっていない。

「……オシュコシュでは、随分と暴れてた様じゃねえか」

「ぇえー……あれは、そんなリクエストだったんです……」

 サクラの声が裏返った。

「……って、日本でも知ってるんですか?」

「ああ、ゴールデンタイムのニュースで大々的に放送されてたぜ……」

 成田は嬉しそうだ。

「……たとえ養子だと言っても日本人だろ? 日本人が有名なオシュコシュでレースのデモをしたり、エアロバティックで会場を沸かせたんだ。 そりゃ、喜ぶ奴は多いだろう。 それに美人だから、テレビ映えするだろ?」

「そ……そうですか? 私より綺麗な方は、いくらでも居ると思うんですが」

 スマホの前で、サクラは首を傾げた。

「そりゃ、美人は世界には沢山居るだろうさ。 でも、エアロバティックをしてレースもする、ってのは世界を見ても数人だろう? 勿論女性で……」

 成田は、苦笑しているようだ。

「……そんな訳で、今やサクラちゃんは有名人だぜ。 そして、そんな有名人がデモ飛行をするんだ。 世界選手権には、観客が集まるだろうな。 博美ちゃんも可愛くて、そしてチャンピオンだから……そっちでも集まるだろうし」

「あ、やっぱり私が飛ぶんですね?」

 そう……今日サクラが成田と連絡を取ったのは、8月終わりから9月の始めに行われる模型飛行機の世界選手権でのデモ飛行の事だったのだ。

「ああ、ぜひ御願いしたい。 あまり準備期間が無いんだが……大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。 そうですね……」

 サクラは、宙を見て少し考えた。

「……明後日にでも、東京にイロナを向かわせます。 彼女と契約を詰めていただけますか。 それに平行して、私は会場で飛ばす許可などを取っておきます」

「分かった。 明後日だな? イロナさんっていうと……」

 少し間が空いた。

「……あの大きな女性だったよな」

「はい、そうです。 英語での会話になると思いますので、通訳の方をお願いします」

 そう……少しは話せるようになったイロナだったが、流石に契約などは日本語では無理だ。

「分かった……話せる奴を呼んでおこう。 それじゃ、取り合えず今日の所は良いかな? おやすみ」

「はい、良いです。 おやすみなさい」

 サクラは、スマホに手を伸ばして通話を切った。




{『木曽川滑空場 JA111G 10マイル東 着陸のため接近中 マールク、風を知らせて』}

 県営名古屋空港で燃料補給をしたサクラは、木曽川と長良川を仕切る中洲にあるグライダーの飛行場に向かっていた。

{『JA111G 木曽川滑空場 はいサクラ様、現在150度から5ノットの風』}

 車で先回りをしていたマールクが、トランシーバーで答えた。

{『グライダーは? 飛んでない?』}

 グライダーは動力がないのだから、エンジン機である「ルクシ」が着陸を譲らなければならない。

{『Naganoの方で大会があるそうで、今日は飛んでおりません』}

{『木曽川滑空場 JA111G 了解 ベースレグで連絡します』}

{『JA111G お待ちしております』}

「(ふぅ……グライダーが居ないなら、気楽だな……)」

 サクラは息を吐くと、カウリングの先に見えてきた……並行して流れる……二筋の川を見た。




 南風が吹いているので、着陸は北側からになる。

「(……割と近くに橋が掛かってるんだなー……)」

 滑空場の北端から1キロ程の所に東海大橋が掛かっている。

「(……小さく回るかな?……)」

 サクラは……橋を飛び越さない様に……ベースレグを滑空場に近づける事にした。




{『木曽川滑空場 JA111G 現在ベースレグ』}

 すぐ左前に滑空場の刈り込まれた草原……幅100メートル、長さ1キロ……が見えている。

{『サクラ様 ランウェイ クリヤー』}

 慣れてないマールクの返事が返った。

{『木曽川滑空場 JA111G 着陸するわ』}

 サクラは、スティックを左に倒した。




 「ルクシ」を水平に戻すと、もうすぐそこに滑空場がある。

「(……流されたらヤバイ……)」

 やや東から風が吹いているので、機体は西に……そちらには高い堤防がある……流される。

「(……左を踏んで……)」

 サクラは左のラダーペダルを踏んで、「ルクシ」を西に向けた。

「(……良い感じだ……このまま……)」

 「ルクシ」はクラブを取って降下して行く。

「(……ん? 割と先の方に停めたんだな……)」

 そう……マールクが乗ってきた「移動リビング」のマイクロバスは、滑空場の南側に停めてあった。

「(……少し伸ばすか?……)」

 サクラは、スロットルレバーに力を入れようとした……が

「(……ま、いいか……タキシーすれば良いんだから……)」

 結局、このまま降下する事にした。




 草原が、すぐ下に……クラブを取っているので、サクラからは右下の視界が良い……見える。

「(……右踏んで……少し左に倒して……)」

 このまま接地すると、メインギヤに横向きの力をかけてしまう。

 サクラは右ラダーペダルを踏んで、「ルクシ」を進行方向に向けた。

 ただそのままだと、やはり風に流されてしまうので少し左に機体を滑らせる。

 流される速さと横滑りの速さが同じなら、結果として機体は真っ直ぐ飛ぶ事になるのだ。

「(……スロー……フレア……)」

 サクラはスロットルレバーを手前に引き、スティックも引いた。

 一瞬の後……

「トン・トン・トン」

 後ろ、左、右と車輪が草原に着いた。




 サクラは電動リフトを使って、スクーターをマイクロバスから降ろした。

『それじゃマールク、整備を頼むわね。 私は博美の所に行ってくるから』

 ここから下流に2キロ程行った所に、博美の所属しているラジコンクラブの飛行場があるのだ。

『はい、行ってらっしゃいませ』

 マールクは直立不動の姿勢から、大きくお辞儀をした。




 堤防の上は、車が一台通れる程度の道路になっている。

 そこをスクーターで走るサクラは、左の河川敷に長さ100メートル、幅30メートル程に草の刈り取られた場所を見つけた。

「(……あれだよな……)」

 そう……そこが博美の所属しているラジコンクラブの飛行場だった。

「(……いる筈だけど……)」

 昨夜のメールで、博美が練習に来ている事を知っているのだ。

「(……居た!……)」

 何張りかのタープが並んでいて、その一つの前で機体を整備する女性が見えた。

「ひ・ろ・みーーー!」

 スクーターを止め、サクラは大きく手を振った。




 世界選手権まで2週間を切って、博美はここ最近頻繁に……勿論有給を取っている……飛行場に来ていた。

「(……外国に行くより楽だけど……その分、何だか気になっちゃうんだよなー……)」

 そう……流石に博美でも、段々と緊張してきているのだった。

「(……今更、設定を変えるわけにもいかないし……ちょっと確認するだけなんだけどな……)」

 ここに来て、今更機体の設定を変えるのは、あまりに無謀だ。

「(……調子も悪くないし……今日は、もう良いかな?……)」

 博美は、燃料ポンプを繋ぎ燃料を抜き始めた。

「(……そういえば……サクラさん、今日来るってメールしてきたけど……)」

「ひ・ろ・みーーー!」

 飛行場にソプラノが響き渡った。




 サクラの呼びかけに、女性は体を堤防の方に向け、大きく手をふった。

「(……やっぱり博美だ……)」

 サクラは、スクーターを停めるとヘルメットを投げ捨て、堤防の斜面を駆け下り始めた。

「サクラさーーん!」

 博美も堤防の方に走ってきて……

「久しぶりーー!」

 二人は、堤防の下で「ハグ」した。




「ねえ、博美……康煕こうきは? 来てないの?」

「ん? 今日は仕事だよ。 違う会社で働いてるから、休みの取れる日が違ってるんだよね」

「そう……ちょっと残念」

「どう言う事? 残念って」

「今日こそは「ハグ」しようかなって思ってたんだ」

「だ、ダメだよ。 康熙君は、私の旦那様だから」

「良いじゃない。 凄く鍛えてるようだから……きっと硬いんだろうな」

「ダメだよ! 誘惑しないで!」

「えへへ……冗談よ。 そんな事するわけないじゃない」

「はぁ……冗談……」

「そ、冗談。 焦る博美は可愛いね」

「なら良いけど。 サクラさん……彼氏居ないの? そんなに綺麗でプロポーションも良いのに」

「ん~ プロポーズはされたよ」

「へー そうなんだ。 で? 受けるの?」

「分からない。 返事は保留してる。 彼は怪我をして、今入院してるしね」

「心配じゃないの?」

「うん。 正直、心配してない。 なんたって、これ以上無い名医が見てるから」


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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりの日本、そして立場は違えど新旧主人公共演での大会間近。
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