女性なんだから
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広い敷地に幾つかの建物が立っている、救急対応のキングシティ病院。
その病室の一つで……
『立派だったわよ。 流石は私の弟だわ……』
メッドの横に座ったメアリは、うつ伏せで眠ったままのメイナードに話しかけた。
『……でもね……助かったから良かったものの……もし死んじゃってたら、私は気が狂ったかもしれないのよ。 あなたは、たった一人の家族なんだから』
そう……救急車で運ばれたメイナードは、直ちに手術を受けたのだ。
今は無事に手術も終わり、麻酔が切れて目覚めるのを待っている状態だった。
『やあ、どんな様子かな?』
ドアをノックして、ツェツィルが入ってきた。
『寝てるわ』
メアリは、顔をあげた。
『うん……』
ツェツィルは、ベッドに近寄りメイナードの顔を覗き込んだ。
『……そうだね……問題は無いようだ』
『ねえ、どんな傷だったの?』
手続きや何かで「バタバタ」と忙しく、メアリはまだ説明を聞いてなかった。
『そうだねー……』
ツェツィルは、椅子を引っ張ってきて座った。
『……まず弾丸は、右の肩甲骨に食い込んで止まっていた。 22口径と、小さな銃だったのが良かった。 これが38口径や45口径なんかだったら、肩甲骨は砕けていたかもしれないし……もしかしたら、貫通してサクラも傷つけていたかもしれない』
『後遺症は? 残りそう?』
そう……気になるのはその事だ。
『大丈夫だろう。 重要な神経とはズレていたし、大きな血管にも触ってない』
ツェツィルは、安心させるように微笑んだ。
『はぁ……そう……良かったわ』
メアリは、大きく息を吐いた。
『さて……ここからは、ちょっと込み入った話をしたい』
ツェツィルは、真っ直ぐにメアリを見た。
『そ、そうね……治療費は、幾らかかるのかしら。 たとえ、どんなに掛かろうとも……』
メアリは、視線を下げた。
『……私が支払うわ』
『そう、慌てなさんな。 メイは……』
ツェツィルは「ちらっ」とメイナードを見た。
『……マーガレット・リチャードソンは、サクラのことが好きなんだね。 プロポーズしたと聞いた』
『え! 何故……何故それを……』
メアリは、眼を剥いた。
『……ああ、医者なら分かるのか』
『そういうことだよ。 彼のことは、調べがついている』
ツェツィルは、片側だけ口角を上げた。
『調べ? どういうこと? プライバシーを調べたっての!』
メアリは、立ち上がった。
『勿論、しっかり調べさせてもらったよ。 何たってサクラは、ヴェレシュの次期当主だから……』
ツェツィルは腕を組んで、平然とメアリを見上げた。
『……変な人間を近付ける訳にはいかないからな』
『次期当主? サクラが? ヴェレシュって何よ』
メアリは、ゆっくりと座り直した。
『ヴェレシュとは……グループを集めれば50万人程の従業員を有する、ハンガリーの企業だ。 その当主は、代々ヴェレシュ家が勤めている。 そしてサクラは、ただ一人正当な「血」を受け継ぐ者だ』
『そうか……やっぱりサクラは、お嬢様だったんだね』
メアリは「うんうん」と頷いた。
『分かったかい。 つまり、メイは……マーガレットは、サクラの配偶者にはなれない。 だって、彼はサクラとの間に子供が作れないから。 今のままでは無理だよな、何たって女性なんだから』
ツェツィルも、深く頷いた。
『そう……メイナードが可哀想……こんなに好きなのに……何故? 何故メイナードは女に生まれてしまったの? ちゃんと男に生まれていれば……家族が崩壊することもなかったし、サクラと一緒になることも出来たかもしれないのに』
メアリは、手を伸ばしてメイナードの頬に触った。
『その事だが……』
メアリの手の動きを横目で追ったツェツィルは、視線を再びメアリに向けた。
『……俺が救ってやることが出来る。 どうする? 俺に賭けてみるか?』
『どうするの?』
メアリは、首を傾げた。
『生殖器を移植する。 アテは有る』
事も無げに、ツェツィルは答えた。
『出来るの? そんな事、聞いたことがないわ』
そう……医学に詳しくないメアリでも、そんな事が簡単に出来るはずがないのは分かる。
『出来る。 これぐらいの事、脳を移植するのに比べたら大した事じゃない』
だが……ツェツィルにとって、それは造作も無いことだった。
『……する……』
不意にメイナードの声がした。
『目が覚めた? メイナード』
メアリが見ると、メイナードが目を開けていた。
『うん……姉さん、居てくれたんだ……』
メイナードは、うつ伏せだった体を回そうとした。
『……いたたたた……』
『ダメよ! 背中側から手術したんだから……』
メアリは、慌ててメイナードを止めた。
『……うつ伏せのままで居なさい』
『うん、分かった……』
メイナードは、力を抜いた。
『……ねえ、仕事は大丈夫? 月曜から仕事があっただろ?』
『そんなの良いわよ。 あなたの方が大事よ』
メアリは、ゆっくりと首を振った。
『ダメだよ。 今、何時なんだろう?』
そう……メイナード達は、午後にはキングシティを発ってエフラタに帰るはずだったのだ。
『夜の8時だ』
ツェツィルが口を挟んだ。
『そうなんだ……帰れないね、姉さん』
メアリとメイナード……二人とも計器飛行のライセンスを持っていないので、夜間飛行をする訳にはいかないのだ。
『ヴェレシュの飛行機を出そう。 あれなら夜でも飛べる』
ツェツィルは、ポケットからスマホを取り出した。
『ヴェレシュの飛行機?』
『君達が来たときに、飛んできたジェット機があっただろ? その飛行機だ』
スマホを指で摩りながら、ツェツィルがメアリに答えた。
『サイテーション・サクラだよね……サクラ! サクラは? 無事だったよね……いてててて!』
つい体を起こそうとして、メイナードが悲鳴をあげた。
『全く怪我は無かったよ。 君のお陰だ』
ツェツィルは、スマホをポケットに仕舞った。
『はぁ……良かった。 今は? どこに居る?』
ベッドに崩れ落ちたメイナードは、首だけをツェツィルの方に回した。
『家に帰した。 あんなに恐ろしい目にあったんだ、精神安定剤を飲ませたよ……』
ツェツィルは、メアリを見た。
『……で? どうする? サイテーションは、いつでも飛べるようだ』
『ど、どうするって言っても……』
メアリは、いきなりの事に目を「パチパチ」と瞬いた。
『……メイナードを置いて帰るのは……ちょっと心配だし』
『大丈夫だよ、姉さん。 もう僕は25歳だよ。 子供じゃないんだし……』
動けないメイナードは、上目遣いでメアリを見た。
『……それに……仕事をサボったら、今度こそ姉さんはクビだよ』
『だ、大丈夫よ……多分、大丈夫だから……大丈夫よね?……』
段々とメアリの声が、小さくなった。
『……大丈夫じゃないかも』
『姉さんは、もう帰った方がいいよ。 と言うか……帰るべきだ』
『分かったわ……』
メアリは、メイナードに頷いた。
『……それじゃ、ドクター……お願いできる? 費用はツケで』
『ああ、分かった。 費用は、コチラ持ちだから……心配しなくて良い……』
ツェツィルは、立ち上がった。
『……それじゃ、行こうか』
『ええ……』
メアリも立ち上がった。
『……それじゃメイナード……次の休みには来るから、大人しくしてるのよ』
『分かってるよ』
病室を出ていくメアリに向かって、メイナードはベッドサイドから垂らした手を振った。
遮光カーテンが引かれ、薄暗い寝室……
『……サクラ、まだ寝てる?……』
小さなノックの後、ニコレットがドアを薄く開けた。
『……ん?……』
ブランケットの膨らみが「ピクリ」と揺れ……
『……ん~~……』
白い腕が伸ばされた。
『そろそろ起きたほうが良いわね……』
ニコレットは、伸ばされた腕に触ると、窓の方に行き……
『……はい!……もう朝よ』
勢い良くカーテンを開けた。
『……眠いよ……』
サクラは、腕をブランケットの中に仕舞った。
『もう9時になるのよ……』
ニコレットは、ブランケットを引っ張った。
『……ほら、起きなさい。 メイナードの所に行くんでしょ……』
ショーツにキャミソール……ナイトブラを着けてない……という、とんでも無く薄着のサクラが現れた。
しかも……キャミソールは捲れて、辛うじて胸に引っかかっているだけ……
『……はぁ……アナタ……私がちょっと目を離していただけで、随分とだらしない格好になってるわね』
『あ、あはははは……』
慌てて座ったサクラは、キャミソールの裾を引っ張った。
『……寝苦しいじゃない? ナイトブラって』
『変ね。 ヴェレシュ謹製のブラは、サクラにピッタリの筈だけど?』
首を傾げるニコレットだが……眼光鋭くサクラを見ている。
『そ、そうだね』
サクラは「こくこく」と頷いた。
『で? 本当は?』
『ごめん! めんどくさかった』
『正直でよろしい……』
ニコレットは、にっこりとした。
『……それじゃ、しばらくは私が監視する事にするわね』
『はーい』
サクラの返事は、如何にも元気の無いものだった。
『呑気なものね……』
キャデラックを運転しながら、ニコレットが零した。
『……心配じゃ無いの? 彼氏でしょ』
『まだ彼氏じゃ無いよ……』
助手席のサクラは、シートベルトの位置を気にしている。
『……プロポーズはされたけど』
『まだ、なのね』
『うん、まだだよ……なんか、しっくりこない……もう良いや……』
サクラは、シートベルトから手を離した。
ベルトは、胸の谷間に落ち着いた。
『……ツェツィルが、変な事を言ってたんだよね。 メイには、生殖能力が無いって……そして、そんな過去のことも含めて治すって。 これって、どういう事なんだろう? 大きな事故にあって、子供が作れない体になったって事なのかなぁ』
『そう……そんな事を言ってたの……』
ニコレットは、交差点を右折した。
『……どういう事かしらね』
『それに……ヴェレシュが、私に何を期待してるか? だって……』
サクラは、シートの上で背伸びをした。
ベルトが谷間に食い込み、二つの山が強調された。
『……ま、それは何となくわかるよ。 やっぱり子供が欲しいんだろうね。 つまり、私はそういう事をしなくちゃならないんだ。 その時にならないと分からないけど……それは、男の脳を持つ私には辛い事なのかもしれない』
『そうね……私には想像できないけど、そうかも知れないわね』
『ツェツィルは、その為にメイが特別だって言ってたけど……』
サクラは、上にあげた腕を首の後ろで組んだ。
『……分からない。 でも……きっと私は、メイのプロポーズを受けるんだろうな』
『嫌いじゃ無いのね』
『うん、嫌いじゃ無い……好きだよ。 これが「愛」なのかは……』
サクラは、腕を膝の上に下ろした。
『……まだ分からないけど』
『そう……そうね、急ぐことはないわ。 貴女が……貴女の気持ちが分かるまで……きっとメイは待っていてくれるわよ』
キャデラックは、病院の駐車場に滑り込んだ。
夜間飛行中のサイテーションサクラ……
『……そう言えばドクター……警察の姿が無かったわよね。 ジェーンは呼んだって言ってたのに……』
『……ああ……そいつは、ヴェレシュが通話をカットした……』
『……えっ! 何故? アイツ……ジャックってサクラが呼んでた……黒塗りのワゴンで逃げたわよ。 またサクラを狙うんじゃない?……』
『……大丈夫だ。 そのワゴンはヴェレシュの車だからな。 ジャックはヴェレシュが確保した……』
『……どういうこと?……』
『……サクラに危害を加えようとしたんだ。 ヴェレシュがキッチリと落とし前を付ける……』
『……どうするの? 殺す?……』
『……いや……それは流石に犯罪だ。 奴は別人になってもらう……サクラへの恨みなんか忘れるさ……』
『……そ、そう……ちょっと怖い話ね……』
『……大丈夫さ。 俺が失敗するはずは無いからな……』
『……そう言う事じゃないんだけど……』