銃撃
ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。
{ }で括られたものは無線通信を表します。
シルバー地にブルーのチェック、その上からレッドのラインが大胆に引かれている「エクストラ300L」が、青い空の上を飛んでいた。
『エクストラは、如何?……』
サクラは、通話ボタンを押してインカムに話した。
『……スホイとは、だいぶ違うでしょ』
『ああ、随分と軽く感じるよ。 こんなに違うんだ……』
メイナードの声が、インカムから返った。
『……これは良い経験になるね。 ありがとう、サクラ』
キングシティにメアリ達二人が来た翌日、サクラはメイナードを誘ってスクールの「エクストラ300L」を借りたのだった。
『如何いたしまして……』
サクラは、時計を確かめた。
『……まだ飛べるよ』
『ん! そうだね。 今度はループをしようかな?』
メイナードは、スティックを押して「エクストラ300L」を加速させた。
『やっぱりメイ、って……男だよね。 私とはパワーが違う……』
「エクストラ300L」を駐機場に置いて、サクラとメイナードはスクールの事務所に向かっていた。
『……ロールの入り、止め、なんか……切れが良いもの』
『それは、それなりに鍛えてるからね。 姉さんには負けるけど……あれは誰だ?……』
メイナードは、事務所の影に居る薄汚れた男に気が付き、サクラを後ろに隠した。
『……変な男が居る』
『え? 何処?……』
前に出たメイナードの後ろから、サクラは覗いた。
『……あれ? あれって……ジャックだ』
『やあ! サクラ、久しぶりじゃないか……』
ジャックは、ゆっくりと歩いてきた。
『……俺の誘いを断って……そんな男と付き合ってるんか?』
『あなた……頭の怪我は、もう良いの? 病院から消えたって聞いたけど』
そう……ジャックは頭蓋骨折で入院したはずだった。
『俺の親父が破産した。 お陰で治療費が払えなくなった。 途中で治療を打ち切るより仕方ないだろうが!……』
ジャックは、段々と興奮していく。
『……ふははは……親父は行方不明だ! 俺に帰る家は無いんだ!』
『……サクラ、奴は何処かおかしい……』
メイナードが囁いた。
『全部サクラ、お前の所為だ! お前が俺の前に現れなければ……俺の未来はバラ色だったんだ……』
ジャックは、ズボンのポケットに手を入れた。
『……消えろ!』
『サクラ!』
ポケットから引き出された手に握られている拳銃を見て、メイナードはサクラを包み込むように抱きしめた。
次の瞬間……
「パーーーーン」
開けた場所ゆえの「比較的」軽い銃声が響いた。
『ん? 帰ってきたかしら』
事務所のソファに座ってたメアリは、外で話し声がするのに気が付いた。
『そうね。 時間から言っても、そろそろ帰る頃だわ』
日曜日で休みだと言うのに、事務所に来ていたジェニーは壁の時計を見た。
その時……
「パーーーーン」
乾いた炸裂音が響いた。
『銃声?』
ジェニーが、体を強張らせた。
『銃声よ!』
メアリは立ち上がり、エプロンに出られるドアに向かって駆け出した。
『(……っつ! メイナード……)』
エプロンに出たメアリの目に飛び込んできたのは、メイナードとサクラが縺れる様に倒れていて……
『(……アイツか!……)』
少し離れて立っている、まるで浮浪者のような風体の男……
『(……させてたまるか!……)』
拳銃を二人に向けて、ゆっくりと近づいていた。
どう見ても、止めを刺そうとしている。
『止めろ!』
メアリは叫ぶと、男に向けて走り出した。
『(……コイツ……イカれてるんか?……)』
男はメアリに気がつかない様で、倒れた二人を見ている。
『(……チャンスだ!……)』
メアリは、難なく男の側にたどり着くと、持っている拳銃を蹴り上げた。
『……っあっ!……な! 何だお前は!……邪魔するな!』
突然拳銃が飛んで行った事で、やっと気がついた男はメアリに殴り掛かった。
メアリは体を捻って躱すと、その腕を取った。
そのまま「くるり」と体を回す。
『うわぁーー!』
男は、勢いよくコンクリートの上に叩きつけられた。
『……くぅぅぅぅぅぅ……』
メアリの足元で仰向けになって呻く男の手を握ったまま、もう一度メアリは体を回す。
『……う……や、やめろ!……』
肩の痛さに負けて、男はうつ伏せになった。
メアリは、その背中を踏みつけ握った腕を捻り上げた。
「ぼきり」と男の肩から音する。
『……いででで……やめ……やめろ……ぅあーーー』
肩を外された痛みで、男は悲鳴をあげた。
股間を中心に水で濡れた様なシミが、コンクリートの地面に広がった。
『メアリ!……』
ジェニーが、事務所のドアから顔を出した。
『……大丈夫? 今、警察と救急車を呼んだわ』
『大丈夫よ。 コイツは、もう動けない……』
メアリは、男の腕を離した。
「パタリ」とそれはコンクリートの上に落ちた。
『……それより、メイナードとサクラが心配よ』
『そうよ! 二人は?……大変! 倒れてるわ』
ジェニーは、飛び出すと二人の元に走り出した。
『……メイ……メイ……しっかりして!』
仰向けに倒れたサクラの上に乗ったまま、メイナードは青い顔をして浅い息をしていた。
『サクラ!』
ジェニーの声が近づいてきた。
『ジェニー! メイが……メイが撃たれたの! 動けない!』
そう……メイナードがしっかりと抱きついているので、サクラは動けないでいたのだ。
『今、救急車が来るわ……』
ジェニーは、サクラの横に膝をついた。
『……もう少し待って。 貴女は怪我をしてないの?』
『私は、大丈夫。 倒れた時も、頭の下に腕を回してくれてたから……』
サクラは、下敷きになっているメイの腕に触った。
『……コンクリートで打たなかった』
『二人は? 怪我は?……』
メアリも来た。
『……あらあら……メイナードったら、サクラに抱きついてるの?』
『そんな冗談を言ってる場合じゃないよ。 メイは撃たれたんだよ……』
サクラは、メアリを見上げた。
『……私を庇って。 そう言えば……あの男……ジャックはどうしてるの?』
『ん? アイツはジャックって言うのか……』
メアリは、親指で後ろを指した。
『……あそこに倒れてるよ』
『倒れてる?……』
サクラは、メアリの指すほうに顔を向けた。
『……ほんとだ。 どうしたんだろ?』
『……ね、ねえさん……ねえさんが、た……倒した……んだろ……』
苦しそうに、メイナードが話し出した。
『メイ! 気が付いたの?』
密着している所為で、サクラはメイナードの声が体に響くように聞こえた。
『……あ、ああ……ごめん、上に乗っかっちゃってるね……い、今起きるから……』
メイナードは、腕を突いた。
『……ぐぁぁぁぁ……』
『無理しないで! メイ……』
悲鳴を聞いて、サクラはメイナードを下から抱いた。
『……貴方は、撃たれてるのよ。 重くは無いから……救急車が来るまで、このままでいいわ』
『……で、でも……』
『メイナード! サクラが良いって言ってるのよ。 ここは、それに甘えておきなさい……』
メイナードの言葉を、メアリの声が遮った。
『……それに、これは役得でしょ。 サクラを押し倒したのよ。 ここがベッドルームなら、最高だったでしょうね』
『……ね、ねえさん……冗談は止めてくれよ……』
青かったメイナードの顔に、赤みが差した。
サイレンを響かせて、救急車がエプロンに入ってきた。
『来たわ!……』
ジェニーは、立ち上がった。
『……ん? 随分とカラーが違う……』
そう……その救急車は、何故だか赤色の部分が多く……白は申し訳程度に入っているだけだ。
『……変ね? 911に電話した筈なのに』
『出払ってたのかしら?……』
メアリも立ち上がった。
『……吹っ掛けられないでしょうね』
アメリカの救急車は有料で、しかも公共の物ではなく民間企業の救急車も在るのだ。
『仕方が無いわね。 背に腹はかえられないわ』
ジェニーとメアリが顔を見合わせているうちに、その救急車は近くに止まった。
白衣の男が助手席から、そして後部ドアからストレッチャーを抱えてツナギを着た数人の男が、救急車から降りてきた。
『やあ! どんな状態だい?』
白衣の男が、軽い調子で尋ねてきた。
『どんなも、こんなも無いわよ。 そこに倒れてる男に撃たれたのよ……』
メアリは、つい「いらっ」として答えた。
『……さっさと病院に運んでよ』
『へぇ? どこに倒れてるって?……』
男は、周りを見渡す様子を見せた。
『……誰も居ないようだが』
『そこよ!……』
メアリは、さっきの場所を指差したが……
『……居ない……逃げた?……』
そこに倒れていたはずのジャックは、居なくなっていた。
『……そ、そんな……あれだけ痛めつけてやったのに。 あ! あそこだ!』
メアリが視線を上げて見渡すと、ジャックと思わしき男が倉庫会社の敷地の方に「よたよた」と歩いていくのが見えた。
と……
その男の側に黒塗りのワゴンが止まった。
その中から黒服の男が数人出ると……件の男をワゴンに乗せた。
『(……何? 何が起こってる?……)』
メアリが呆然と見ているうちに、ワゴンは急発進してエプロンから出て行った。
『(……仲間が居たっての? 畜生! 逃げられた……)』
メアリは「がくっ」と肩を落とした。
メアリがジャックの方を見ているうちに、ツナギを着た男達に持ち上げられて、メイナードはストレッチャーに乗った。
『はぁ……まさかツェツィル……貴方が来るとは思わなかったわ……』
そう……白衣を着た男は、ツェツィルだったのだ。
サクラは、手を引かれて立ち上がった。
『……と、いう事は……あの救急車はヴェレシュの物?』
『ああ、そうだ。 運が良かったね……』
ツェツィルは、ウインクをした。
『……丁度こっちに来た所だったんだ。 で、サクラに怪我は?』
『ん……』
サクラは、体を捻って彼方此方に触った。
『……特に痛いところは無いわ』
『それは良かった。 あの……メイ? だっけ。 お手柄だったね』
ツェツィルは「うんうん」と頷いた。
『ツェツィルなら心配ないと思うけど……』
サクラは、救急車に乗せられるメイナードを見た。
『……彼のこと、しっかり頼むわよ。 命の恩人だから』
『任せてくれ。 過去の事からしっかりと直してやるよ……』
ツェツィルは「ニヤッ」とした。
『……なんたって、サクラのボーイフレンドだからな』
『ボ、ボーイフレンド?』
サクラは「ぽかん」と口をあけた。
『ん? 違うのかい? どう見ても、二人は恋人同士に見えるんだが?』
ツェツィルの笑みが、深くなった。
『ち、違うわよ。 まだそんなんじゃない!』
『まだ、だね。 もうすぐそうなるって事かな?』
『……も、もう良いわ。 それより……』
サクラは、首を傾げた。
『……過去の事から……って、どういうこと? メイの過去に何があったの? そして、それを何故ツェツィルが知ってるの?』
『それは、個人のプライバシーだから言えない……』
ツェツィルは、ゆっくりと首を振った。
『……ただ……今の彼には、生殖能力が無い。 このままでは、ヴェレシュの当主になるサクラの配偶者にはなれない……』
ツェツィルは、サクラを見つめた。
『……どういう事か、分かるよな。 そして、サクラに対して「何」を期待されてるか。 「ヨシアキ」の脳を持つサクラには、なかなか「キツイ」未来が待ってる……』
ツェツィルは「ふっ」と息を吐いた。
『……ま、心配するな。 この俺が、上手い事やってやる。 そのためにも、メイは特別な存在だ』
『……サクラ! 私はメイナードに付き添って病院に行くわ』
メアリが駆けて来た。
『う、うん……そうね、それが良いわ』
ビックリしたように、サクラは答えた。
『大丈夫? サクラ……何か「ぼー」としてるわよ。 メイのことは心配かもしれないけど……きっと大丈夫だから』
『う、うん……そうだね。 このツェツィルが居れば、死人でも生き返らせるから』
サクラは、親指でツェツィルを指した。
『おいおい……流石に死んでしまったら無理だぜ。 ま、寸前なら救って見せるけどな』
ツェツィルは、両手を顔の前で広げた。
『それは頼もしいわね。 さ、ドクター……行きましょ』
メアリはツェツィルの手を引いて、救急車に向かって走り出した。
黒塗りのワゴンの中……
『お、お前たちは何者だ?』
『助けてやったんだ。 感謝してほしいものだな、ジャック』
『う、うるさい。 もう少しであの女を消せたのに……邪魔をしやがって』
『まあ、そう言うな。 その腕じゃ、何も出来ないだろ? 俺たちが治してやるよ』
『お、お前たちは何者なんだ?』
『俺たちか? 俺たちは、ヴェレシュの影だ』
『ヴェレシュ? ヴェレシュって言えば……あのヴェレシュか』
『そうだ。 そのヴェレシュが、お前をご招待するぜ。 一緒にハンガリーに行こうな』
『嫌……嫌だ……た、助けてくれ! な、なんだそれは? 何を注射するんだ』
『ん? 腕が痛いだろ? 楽にしてやるぜ。 目が覚めたときには、嫌な事は綺麗さっぱり忘れてるからな』
『や、やめろ……やめろ……やめてくれ……う、うあぁぁぁ……』
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