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紅い桜  作者: 道豚
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結婚してほしい

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 サクラ達がデモレースをして数日後……

「(……随分少なくなったなー……)」

 あんなに沢山の飛行機で埋め尽くされていた空港は、本来の姿に戻ろうとしていた。

「(……あー また飛んでいく……)」

 離陸していく「ボナンザ」……V尾翼の軽飛行機……を「ルクシ」のそばに立ってサクラは眺めていた。

『ハイ! サクラ……』

 そんな黄昏たそがれている所に話しかける声があった。

『ハイ。 ナタリー』

『何? 何を黄昏てるのかしら?』

 Tシャツにジーンズ姿のナタリーは、「ルクシ」の主翼に凭れた。

『んー……お祭りが終わっちゃったんだなー、って……』

 サクラは、ナタリーの隣で……同じ様に主翼に凭れて足を交差させた。

『……思わない? お祭りの後って、寂しくなるよね』

『そうね。 確かに、少し寂しい気分になるわ……』

 ナタリーは、顔を上げて空を見た。

『……でも、そんなの飛んでしまえば直ぐに忘れられるわよ』

『そう……そうだね。 飛べばね……』

『おーい! お二人さん。 「ルクシ」を動かすから、離れてくれないかな?』

 トラクターから降りてきた、森山の声が割り込んだ。

『ハーイ。 もう運ぶの?』

『運ぶって? 「ルクシ」をどこかに持っていくの?』

 振り返って答えたサクラに、ナタリーは「キョトン」とした顔を向けた。

『うん……日本に運ぶんだ……』

 サクラは、頷いた。

『……残念だけど「ルクシ」は、レースに出られないんだって。 チャレンジクラスは、「エクストラ330LX」だけでレースをするから……「300L」を改造した「ルクシ」じゃダメなんだ。 だから「ルクシ」は日本で使う事にした』

『あら、そう……この子ともお別れね……』

 ナタリーは、エンジンカウルを撫ぜた。

『……で? 次の機体は? もうアテがあるのかしら?』

『うん、もうメーカーに発注してる。 秋ごろには出来上がるんじゃないかな』

 サクラは、森山の運転するトラクターに引かれて動き出した「ルクシ」を見た。

『まさかの新造機……』

 ナタリーは、ゆっくりと首を振った。

『……流石、お金持ちは違うわね。 普通は中古でしょ』

『確かにお金があるのは、その通りなんだけど……私は貧乏性なのか、あまり使わないのよ。 でもそれじゃダメだって。 お金を使って経済を回さなくちゃならないんだって。 ニコレットがそう言うから』

『それはそうね。 溜め込んでおくだけじゃ、なんともならないわ。 それに、貴女のような人が新しい飛行機を作るから、次々と中古機が出るんだものね』

 その飛行機は、次は私が使うわ、とナタリーは笑った。




『さよなら、みんな……』

 「サクラ」の搭乗口に立って、サクラは手を振った。

『……次は、秋に会いましょう』

『OK!待ってるからね』

 マーティンが……

『新しい機体、期待してるわ』

 ナタリーが……

『しっかり練習しろよ』

 ハンネスが、それぞれ手を振った。

『ハーイ。 グッデイ・グッバイ!』

 もう一度手を振って、サクラは「サクラ」の中に入った。

『閉めます』

 空かさず、ローザがハンドルを操作した。

 軽い音を立ててステップが持ち上がり、搭乗口は閉ざされた。




『皆、いい人たちね』

 アルベルトを抱いたニコレットが、むかいのシートに着いたサクラに言った。

『うん、そうだね……』

 サクラは、シートベルトを腰に回した。

『……やっぱり、同じ競技をしてる、っていう仲間意識があるよね……』

{『サイテーション サクラ オシュコシュグランド エンジン始動』}

 どうやら飛ぶ準備が出来たようで、タマーシュがスピーカーから流す管制との通話が聞こえてきた。

『……ニコレットは、バーティちゃんを抱っこしたままで重くない? 私でいいなら、替わってあげても良いけど』

『ありがと。 でも今はいいわ。 それに辛くなったらヤンカに頼むから』

 ニコレットは、微笑んだ。

 そう……アルベルトには、既にヤンカという女性が使用人として付いていた。

『そうか……流石は、お父さんの初孫だね。 生まれて直ぐにメイドを付けるなんて……』

 サクラは、客室の前方に視線を向けた。

 ジャンプシートに座った褐色の髪をした小柄なメイドが、視線を受けて頭を下げた。

『……私の使用人たちは……イロナはオシュコシュに残ったし、アンナもドーラもキングシティに居るから……ここに居るのは、ローザくらいだね』

 そう……今「サクラ」に乗っているサクラの使用人は……ニコレットはサクラ付きの使用人ではなくなっている……ローザだけだった。

 しかしローザはコパイなので、コックピットに居て客室には居ない。

『そうね……サクラの使用人は、ちょっと少ないかも。 あと一人ぐらいは増やしたほうが良いわね』

{『サイテーション サクラ オシュコシュグランド RW36にタキシー』}

 後方からの「キーン」というエンジン音が、大きくなってきた。

『増やさなくても良いんじゃない? イロナがいるんだし……丁度今居ないだけで』

 サクラは、首を傾げた。

『イロナねー 彼女、モリヤマさんとの事、結構本気よ。 時機を見て一緒になるんじゃないかしら。 そしたら貴女の使用人が……直ぐではないけど……また一人減るわね』

 気付いてない? とニコレットはサクラを見た。

『何だか、最近森山さんと一緒にいることが多いな、って思ってたけど……』

 サクラは、頷いた。

『……そういう事だったんだね』

『……ぁう……ぁう……』

『あらあら……どうしたの? アルベルト……』

 ニコレットの腕の中で、アルベルトがぐずり始めた。

『……おしっこかしら……違うわね。 お腹が空いた?』

『凄いね、泣き方で分かるんだ』

『分かるようにもなるわよ。 毎日聞いてるんだから』

 ニコレットは、胸を肌蹴させた。

『……おっきい……』

 サクラは、アルベルトの吸い付く乳房を見て目を丸くした。




{『サイテーション サクラ オシュコシュタワー クリヤード フォー テイクオフ』}

『サクラ様、ニコレット様……』

 離陸許可のATCが聞こえたと思うと、タマーシュの声がスピーカーから流れた。

{『……離陸いたします。 ベルトの確認と、アルベルト様の安全確認をお願いします』}

『離陸するんだって。 大丈夫? ニコレット』

 サクラの目の前で、アルベルトは未だにニコレットの乳房に顔を埋めている。

『ん……大丈夫よ……』

 ニコレットは、アルベルトを包む様に抱き方を変えた。

『……こうしておけば、離陸時の加速位なら落としたりしないわ』

『そう……それなら良いけど……ふふ……』

 サクラは、その様子を見て小さく笑った。

『……なんか……凄い食欲だね。 さっきから全然乳首を離さないや』

 そう……アルベルトは体の向きを変えられても、器用に顔をニコレットの乳房に押しつけたままだった。




『……サクラ……サクラ……』

 肩を揺すられ、サクラはゆっくり目を開けた。

『……サクラ……やっと起きたわね』

『……あれ、ニコレット。 どうして……』

 目の前にニコレットが居る。

『……あ! そうだった……寝ちゃってたんだ』

『何? はぁ……寝ぼけてたの? もうすぐキングシティに着くわよ』

 呆れた様に、ニコレットは息をはいた。

『ごめん、夢を見てた……』

 サクラは、リクライニングしていたシートを起こした。

『……もう着くの? あれ……ニコレット。 バーティちゃんは?』

 そう……ニコレットはアルベルトを抱いていない。

『今はヤンカが見てるわ』

 ニコレットは、視線を横に向けた。

『寝ちゃってるんだ』

 ニコレットの視線の先には、ベビーバスケットを揺らすヤンカが居た。




{『キングシティトラフィック サイテーションサクラ 北東35マイル 高度8000 着陸のため接近中』}

 ベルトをしてシートに座っているサクラたちに、タマーシュの流すATCが聞こえた。

「(……大分高度が下がったなー……)」

{『キングシティトラフィック N666SU スホイ29 北西25マイル 高度4000 着陸のため接近中』}

「(……あれ? スホイが居る……)」

 タマーシュに答える様に、他の機体から無線が入ってきた。

 距離がある所為か、ザラザラとした声で聞き取りにくいが、同じキングシティに着陸する様だ。

{『スホイSU サイテーションサクラ 距離は遠いが、こちらが早い。 先に降りていいか?』}

 進入速度は、サイテーションが120ノットでスホイは精々80ノットである。

{『サイテーションサクラ スホイSU 了解』}

 相手も理解している様で、簡単に答えが返った。

「(……スホイ29でレジナンバーが、N666SU……何か見覚えがある様な……)」

 サクラは、スマホを取り出した。

「(……確かレジナンバーで検索出来たはずだ……)」

 そう……アメリカには、そんなデータベースがあるのだ。

「(……えっとー……あ! やっぱりオーナーがメアリってなってる……メアリとメイのスホイだ!……)」

 サクラはスマホから顔を上げ、見えるはずのないスホイを窓の外に探した。




 白地に紺……殆ど黒に見える……のラッピングがされた「スホイ SU-29」が、サイテーションの隣に止まった。

 エンジンが止まり、キャノピーが開くと……

『ハイ! サクラ』

 後席からメアリが、大きく手を振った。

 そして……

『姉さん、声が大きい……』

 ヘッドセットを慌てて外したメイナードも、サクラに顔を向けた。

『……やあ、サクラ。 来ちゃったよ。 その子誰?』

『ハイ! 二人とも、よく来たわね……』

 サクラは、抱いているアルベルトを掲げた。

『……可愛いでしょ、バーティちゃんよ。 甥っ子なの』

『甥っ子なのね。 良かった……サクラの子かと思ったわ……』

 コックピットから降りて、メアリは歩いてきた。

『……あら、ホント。 可愛い赤ちゃんね』

『でしょ、可愛いよね。 メイも早くおいでよ』

 まだコックピットにいるメイナードを、サクラは呼んだ。

『待ってくれ、チェックリストが途中なんだ。 姉さんも手伝ってくれよ』

 そう……飛行機は車の様にエンジンを止めて、ハイ終わり……とはいかないのだ。

 さっさと降りて行ったメアリに替わって、メイナードは駐機するためのチェックリストを開いていた。




『やっぱりサクラは、お嬢様なんだね。 こんな良い家が別邸だなんて』

 リビングのソファに座ったメイナードは、キョロキョロ周りを見ている。

『落ち着きなさいよ……』

 隣に座ったメアリは、肩でメイナードの肩を押した。

『……恥ずかしいじゃないの』

『そんな、大した家じゃないよ。 アメリカに居るときの仮住まいだから』

 サクラは、紅茶のカップを持った。

『はぁ……大した家だよ。 僕たちなんて、アパートに住んでるんだよ』

 メイナードは、一つ息を吐いてコーヒーの入ったカップを持ち上げた。

『ん? メアリとメイって、二人で住んでるの? 両親は?』

 サクラは、カップを持ったまま首を傾げた。

『居ない。 離婚して……二人とも再婚して……どこかに行っちゃった』

 吐き捨てる様にメイナードが言った。

『あ! ゴメン……聞かない方が良かったね』

 慌ててサクラが謝るが……

『良いのよ。 別に隠してるわけじゃないから……』

 メアリが、横から口を挟んだ。

『……あんな奴ら。 メイナードに酷い事をして……勝手に居なくなったんだから。 せいせいしたわ』

『姉さん、もう良いよ。 終わった事だから……』

 メイナードは、メアリの腕を掴んだ。

『……いつも怒ってくれて、ありがと。 でも……今はこれからの事を考えようよ』

『そうね、いつまでも過去に捕らわれていちゃいけないわね』

 メアリは、握った拳を解いた。

『将来の事かー メイは、どんな未来を思ってるの?』

 サクラは、メイナードの顔を見た。

『サクラ……』

 メイナードは、サクラの顔を見返した。

『……僕に貴女の側に居させて欲しい。 僕はサクラのことを全て知ってるわけじゃない。 でも……僕はサクラと離れて暮らしたくないんだ。 こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ……』

 メイナードは、サクラの手を取った。

『……僕をサクラのパートナーにして欲しい』

『え? えっと……どういう事?』

 サクラは、握られた手とメイナードの顔を交互に見た。

『はっきり言うよ……』

 メイナードは、握った手に力を込めた。

『……僕と結婚してほしい』

『け・結婚? 私と?』

 サクラは、「ぽかん」とメイナードを見ていた。




 キングシティのホテルの一室……

『……姉さん……あれで良かったんだろうか?』

『良かったわよ。 ちょっと唐突だったかもしれないけど……こんな事はサプライズも必要よ』

『……でもさ……サクラ、びっくりしすぎて……何も答えられなかったじゃないか』

『大丈夫よ。 メイナードの気持ちは届いたわ。 後は、サクラが如何答えるかよ。 YESかNOか……どんな答えが返っても、それでサクラを恨まないようにね』

『うん、分かってる』




 サクラの部屋……

『はい、サクラ綺麗になったわよ』

『ありがと。 ニコレットは、ドライヤーの使い方が上手だね』

『そうでしょ。 イロナとは違うのよ』

『イロナも上手だよ。 ちょっと雑な所があるだけでさ』

『その「ちょっと」が重要なのよ』

『そのイロナも、もしかしたら離れちゃうんだよね。 何だか、段々と人が減っていくなー』

『そうね。 早いうちに新しい人を見つけなくちゃ……って、あのメアリは如何? 彼女、割と出来る人間よ』

『何でそんな事しってるのさ。 もしかしてヴェレシュで調査した?』

『勿論よ。 メイナードの事もね。 で? 如何するの? プロポーズされたんでしょ』

『分からないよ。 ねえ、如何すればいいんだろう……』

『貴女の思う通りにすればいいのよ。 彼は、ヴェレシュにとって害にならない男?だわ』

『それも調べたんだね。 はぁ……ホントわからないんだよなー でも何で男に疑問文?』

『それは、本人から聞くべきだわ』

『そう? そんなに秘密にしておく事なんだね』

『そうね。 そしてもしかして、彼はヴェレシュの事を知らないかもね。 もし知ったら……サクラが次期当主だってわかったら……身を引くかもしれないわよ』

『ぇえー やだよ』

『あら? どうして?』

『え? どうしてだろう? 何で離れていかれるのが、嫌なんだろう』

『うふ……何故かしらね。 考えてみて。 答えが出ないなら……少し返事を伸ばすのもアリよ』

『そっか……そうしようかな』


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[一言] サクラさんプロポーズされる。
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