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紅い桜  作者: 道豚
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デモレース(3)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 地上15メートルという超低空を信じられないほどの速度で飛ぶ「エクストラ300L」が、並んだ青いパイロンの間を通過した。

『さあ、サクラの二度目のターンだ!』

 スクリーンを背中に、男が叫ぶ。

 声に答えるように「エクストラ300L」は、機首を上げて宙返ループりを始めた。

 後ろに流れる白いスモークが、綺麗な円を描いた。

「……くっ……くっ……くっ……」

 スクリーンに映ったコックピットで、パイロットは上を向いたまま苦しそうな息を吐いている。

 それもその筈、Gを表すバーグラフは9.5~10を示していた。




 「エクストラ300L」は、宙返ループりの頂点を通過して背面姿勢で降下を始めた。

 ゆっくりと……ここまでのフライトに比べて、であり……並みの軽飛行機とは比べ物にならない……ロールをする。

『おや?……少し捻れてますか?……』

 そう……何故か「エクストラ300L」は、ロールしながら右にカーブしたのだ。

『……あれだと、次のゲートを斜めに通る事になりますね。 ムロフシさん』

『そうですね。 ただ、そのリスクを冒すだけの利点もあります……』

 横に居た東洋人が、解説を始めた。

『……彼女は、おそらく次のゲートを通過した後、右にコースを取るのだと思います。 その場合は、ああして斜めに通過することにより、無駄な旋回をしなくてすみます』

『しかし、ゲートを斜めに通過するとなると、パイロンに当たる可能性が増えるはずです』

 そう……簡単な三角関数の問題だ。

『その通り。 しかし、彼女はそのリスクを取った、と言う訳ですね……』

 室伏は、スクリーンに表示されている時計を見た。

『……ナタリーより0.5秒遅れています。 起死回生の一手、と言う事です』

『さあ、サクラは無事にゲートを通過できるか? ……今!……』

 「エクストラ300L」は、青いポールの間を突き抜けていった。




「(……上手いこと通れた……)」

 「ルクシ」のコックピットの中で、サクラはさっき通ったゲートのことを考えた。

「(……一か八かだったけど……これで0.2秒位短縮できるかな?……後は、速度を落とさずにゴールするだけだ……)」

 左前方にチェックのポールが見えている。

「(……スロットル……)」

 間違い無いと思うが、スロットルレバーを押して……

「(……OKだな……ん、そろそろ……)」

 サクラは、最後の左旋回を始めた。




『サクラが、最後のゲートに向かう!……』

 「エクストラ300L」が、左にバンクをしたのを見て司会者が叫んだ。

『……ターンの前は、ナタリーから0.5秒遅れだったが……さあ、どこまで近づけられるか?』

『ターン後のゲートでは0.4秒遅れでした。 楽しみですね』

 そう……サクラはGに耐えることで、ターンの間に0.1秒タイム差を縮めていたのだ。




 上空のヘリコプターから送られる映像に、綺麗な円を描く白いスモークが映っていた。

 その横にナタリーとのタイム差を表すデジタル表示がある。

『……0.3秒……0.25秒……』

 その数字が、少しずつ減っていく。

 そして……

『ターンが終わった……』

 ゲートの正面に向かい、「エクストラ300L」は旋回をやめた。

『……さあ、どうだ!』

 司会者の叫び声と同時に、サクラはゲートを通り過ぎた。




「(……ふぅ……無事に飛べた……)」

 急上昇する「ルクシ」のコックピットで、サクラは大きく息を吐いた。

「(……タイムは、どうだったんだろう?……)」

{『レーサーピンク レースコントロール サクラ様、聞こえますか』}

 ペーテルから通信が入った。

{『レースコントロール レーサーピンク はい、感度良好』}

{『お疲れ様でした。 高度2000で湖に向かって、他のレーサーと合流してください』}

{『了解。 ALT2000で湖に向かいます。 ところで、私のタイムは?』}

 そう……当然、サクラの関心はタイムだ。

{『サクラ様のタイムは、1分14秒580でした』}

{『そう……負けちゃったんだ……』}

 サクラは、遠くなっていく滑走路を見た。

{『……ひょっとして、って思ったんだけどな』}

{『サクラ様のフライトは、見ごたえが御座いました。 観客も随分盛り上がりましたし……一緒に飛んだ者達からも聞かなければなりませんが、サクラ様は我々の仲間としてレースに参加される資格は十分だと思われます』}

{『それじゃ……私はレースに出られる?』}

 そう言えば……これは試験だとニコレットが言っていたのだった。

{『はい、その通りです。 ようこそレースの世界へ』}

{『ありがとう……や、やったーーーー!』}

 サクラは、スティックから手を離して「バンザイ」をしていた。




「(……あそこだ……)」

 湖の上空に三本のスモークが見えた。

 サクラが見つけやすい様に、レースの仲間達がスモークを出したのだ。

{『レーサーシルバー レーサーピンク スモークが見えた そちらに向かう』}

 サクラは、スティックを倒した。

{『レーサーピンク レーサーシルバー 待ってるから、早くおいで そして、おめでとう これからは、我々の仲間だ』}

{『レーサーピンク レーサーブルー サクラのこと、侮っていてすまなかった 貴女は、レーサーだ』}

{『レーサーピンク レーサーブラック おめでとう 手強いライバルが現れたわね』}

 サクラとペーテルの無線を聞いていたのだろう……三人から次々に無線が入った。

{『レーサー レーサーピンク みんな、ありがとう やっと夢の一つが叶ったわ』}

 サクラの前方に、3機編隊で飛ぶ小型機が見えた。

{『レーサーピンク レーサーシルバー レース出場が一つ目なんだね 次の目標は?』}

{『レーサーシルバー レーサーピンク 次は、チャレンジクラスからうえのぼる事です』}

 サクラは、「ルクシ」を3機の後ろに回りこませる。

{『レーサーピンク レーサーブラック それは私に対する挑戦と取っていいかしら? 受けて立つわよ』}

{『レーサーブラック レーサーピンク 結果的には、そうなりますね お手柔らかに願います』}

 サクラは、スロットルレバーを引いて「ルクシ」の速度を落とした。

{『レーサー レーサーシルバー サクラも定位置に付いた様だ さあ、空港に帰るぞ』}

 サクラが4番機の位置に収まったのを見て、ハンネスは高度を下げ始めた。




『いや、パイロンの撤収も素早かったです……』

 司会者は、綺麗さっぱりと片付いた空港を見渡した。

『……さて、レーサーの皆さんは? どこに行ったのでしょう』

『もうすぐ帰ってきます。 っと……ほら、あそこに!……』

 ペーテルが、空を指差した。

 と、突然4本のスモークが見えた。

 よく見ると、スモークの先にダイヤモンド編隊を組んだ4機の小型機が居る。

 そして、それは物凄い速度で空港に向かってきた。

『……彼らはレーサーであると同時に、エアロバティックの達人達です。 ちょっとした曲技をお見せします』

 滑走路の上まで来たとき、小型機は編隊を組んだまま機首を上げ垂直上昇を始めた。




 サクラの目の前をハンネスが飛んでいる。

「(……垂直だ……)」

 サイティングデバイスを外しているため、正確にはわからないが……経験でサクラは機体が垂直姿勢になっているのが分かった。

{『ブレイク!』}

 ハンネスから一言入った。

 途端にマーティンが右に、ナタリーは左に、そしてハンネスはサクラから見て上に離れていった。

{『サクラ、後は任せた』}

{『頑張ります!』}

 答えると、サクラはスティックを左に倒し「ルクシ」に垂直上昇ロールをさせた。

 地平線が翼端に沿って走る。

「(……そろそろかな……)」

 森山チューンのエンジンをもってしても、何時までも垂直に上昇できる筈は無い。

 機体の速度が落ちてきて、それに連れてロール速度も遅くなる。

「(……えい!……)」

 サクラは、スティックを左前に大きく倒し、右ラダーペダルを蹴った。




『……うおーーーーーー!……』

 目の前で引き起こし、垂直上昇するダイヤモンド編隊に観衆が喝采を上げた。

 やがて、高く上がった編隊がばらけ……3方向に機体が降ってきた。

 残った一機は、そのまま上昇をしながらロールを始めた。

『……どうなるんだ……』

『……おい、どこまで上がるんだ……』

『……なんていうパワーだ。 レーサーって言うのは、あんなにパワーが有るのか……』

     ・

     ・

     ・

『……遅くなってきた……』

『……失速するぜ……』

     ・

     ・

『あ!!』

 その場に止まるのではないか、と思うほど遅くなった機体が「くるくる」と回り始めた。

 そして……

『あーーー!』

 そのまま「フラットスピン」に入って降下を始めたのだった。




「(……くふぅぅぅ……)」

 ネガティブスナップロールをする「ルクシ」の中で、サクラは-Gに耐えていた。

「(……よし!……)」

 何度目かの背面姿勢になったとき、サクラは左に倒していたスティックを中央に戻した。

 これによりロール方向の運動が無くなる……しかしこれまでの慣性力により機体は機首を振る方向に回転を続ける。

「(……上手くいった……)」

 「ルクシ」はフラットスピン……まるでブーメランが飛ぶように、主翼が水平になったまま回転する……に入っていた。




 「くるくる」とフラットスピンをする「エクストラ300L」……

『……おい、いつまで回ってるんだ……』

『……大丈夫か?……』

『……回復できないんじゃないか?……』

     ・

     ・

     ・

 普通のスピンと違って、落下速度は遅いのだが……それでも段々と高度が下がってくる。




「(……そろそろいいかな?……)」

 サクラはラダーペダルを右に踏み換え、スティックを引いた。

 「ルクシ」はゆっくりと回転を止め、機首を下に向ける。

「(……アイドル……)」

 機首が真下を向いたとき、サクラはスロットルレバーを手前に引いた。

「(……ちょっとズレてる……)」

 正面に見える滑走路が少し斜めになっている。

「(……右……)」

 サクラはスティックを少し倒し、滑走路が真っ直ぐに見える様に機体の向きを変えた。

「(……よし!……)」

 これでスティックを引けば、湖の方に離脱することが出来る。

「(……プル……くぅぅぅぅぅ……)」

 高度に余裕が無いので、大きなGを掛けて引き起こさなければならない。

「(……ぅぅぅ……ふぅ……)」

 それでも「ルクシ」が水平飛行になったのは、レースで飛ぶ時と同じ高度15メートルだった。




『……ああ、止まった……』

 フラットスピンが止まり、観客は「ホッ」と胸を撫で下ろした、が……

『……低い!……』

 「エクストラ300L」は、見る間に高度を下げる。

『……引き起こせ!……』

 このままではヤバイ……観客全員が固唾を飲む中……

『……あぁぁぁぁぁ……はぁ!……』

 「エクストラ300L」は、事も無かった様に湖に向かって飛び去った。




『さあ、改めて紹介しましょう!……』

 ステージの上で、司会者が右手を水平に上げた。

『……レーサーシルバーこと、ハンネス・アルヒ』

『ハイ!』

 ステージの裾から、手を振りながらハンネス歩いてきて、司会者と握手をした。

 そう……サクラ達は着陸してステージの下に来ていた。

『レーサーブルー。 マーティン・ソンカ』

『ヤア!』

 マーティンは、ステージに飛び上がった。

『レーサーブラック。 ナタリー・アストル』

『ハイ!』

 観客に向かってウインクをすると、ナタリーはマーティンの隣に立った。

『そして最後は、さっきエアロバティックで皆の肝を冷やした……』

 もったいぶる様に、司会者は息を吸った。

『……レーサーピンク! サクラ・トヤ!』

『ハーーーイ!』

 手を振りながら司会者の前まで来ると、サクラは観客の方に向いてお辞儀をした。




『……さて、ここからは皆さんの事を聞きたいですよね?』

 レースのルールや技術的な事の質問……殆どペーテルとハンネスが答えた……が終わり、司会者は観客に訴えた。

『……イェーー!……』

 当然の様に、観客から歓声が上がった。

『そうですね。 何方から尋ね……』

『……サクラ!……』

『……サ・ク・ラ!……』

『……サ・ク・ラ!……』

     ・

     ・

     ・

『……サ・ク・ラ!……』

 司会者が言い終わるより早く、「サクラ」コールが沸き起こった。




『では、ミス・サクラ……』

 司会者は、サクラの所に来た。

『……先ほどのエアロバティックは、凄かったですが……あの「エクストラ300L」は、何か特別製なのでしょうか? 普通の機体よりパワーが有るんですよね?』

『はい、あの「ルクシ」は……』

 サクラは、渡されたマイクを持った。

『……えっと、私は「ルクシ」って呼んでるんです。 あの「エクストラ300L」は、エンジンが330LXの物なんです。 だから「エクストラ300LX」と、勝手に名前を付けてます』

『なるほど。 エンジンが違っていると……』

 司会者は、頷いた。

『……そういうことでしたか。 綺麗なラッピングですよね。 あれは、「サクラ」の花びらですか? 名前に合わせて』

『ええ、そうです。 デザインは、私が考えた物をプロのデザイナーが手直ししました』

『それは素晴らしい。 そのフライトスーツもご自分で?……』

 司会者の視線が、サクラの体に向かった。

『……日本のテレビ番組で見たことがある様な、そんなデザインですね』

『……キンサン!……』

『……サムライ!……』

『……トオヤマ サバキ……』

     ・

     ・

     ・

 知っているのか……観客達が口々に叫んでいる。

『そうですねー これは、私のデザインでは無いのです。 実家の方から送ってきた物です……』

 恥ずかしそうに、サクラは体を捻った。

『……ちょっと恥ずかしいですね』

『……わぁーーー!……』

 観客から歓声が上がった。

『そんな、恥ずかしくなるようなフライトスーツを着てるのは? 何か理由があるのでしょうか?』

『えっと……ですね。 このフライトスーツは、対Gスーツになっているんです。 つまり……体を締め付けて、血液が下半身に行ってしまわないようにしてくれるんです』

『なるほど。 だからそんなに体形が浮き上がっているわけですね。 素晴らしい』

 司会者の視線は、サクラの体を舐めるように動いている。

『だから……別に体形を見せよう、って訳じゃ無いです!』

 サクラは、ナタリーの後ろに隠れた。




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[一言] サクラ、試験は合格、レース復帰へ。
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