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紅い桜  作者: 道豚
103/147

デモレース(2)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 全体が黒に塗られ、それにイエローのラインが入った小型機が急降下しながらロールを始めた。

『さあ、ナタリーが引き起こし前のロールを始めた!』

 スクリーン……高い位置のヘリコプターからの映像、パイロンと同じ高さのクレーンからの映像、そしてコックピット内の映像が写っている……の前で司会者が叫ぶ。

『うん……なかなかスムーズなロールです』

 ペーテルは、落ち着いた話ぶりだった。

『そうですね。 彼女、エアロバティックがとても上手い。 今も、ループを少し捻った事で、真っ直ぐにロールすればパイロンに向かう様にしてます』

 ペーテルの言葉を受けて、室伏は少し細かいテクニックを話した。

 そう……今回のコースは、縦のターンを真っ直ぐにすると次のパイロンに向かうために、少し右に旋回する必要があるのだ。

『えっと……つまり?』

 司会者には、それの結果が分からないようだ。

『つまり、0.1秒……0.2秒……位タイムが良くなるだろう、と言うことです』

『なるほど、それはすごい事ですね。 っと、引き起こしも滑らかです』

 ナタリーの「エクストラ330LX」は、高度15メートルで水平飛行を始めた。




 最後のパイロンを通過して、ナタリーは少し右に機体を向けた。

『(……これで、よし……)』

 ゴールのチェックに塗られたパイロンが、だんだん左に見えてくる。

『(……今だ!……)』

 タイミングを見計らい、ナタリーは左に旋回を始めた。

『(……ふっ!……)』

 宙返りと同じ4Gの加速度が、ナタリーを襲う。

 しかし、そんな物は大したことではない。

 ナタリーはスティックを細かく動かし、機体をパイロンの正面に向かわせた。

『(……よし……)』

 ナタリーは、スティックを右に倒した。

 瞬間……「エクストラ330LX」は、パイロンの間を通過した。




『ナタリー、ゴール……』

 パイロンを通過して急上昇をした「エクストラ330LX」を、司会者は見上げた。

『……えーっと……タイムは……1分14秒? ですか』

『1分14秒332ですね。 なかなか良いタイムだと思います』

 ペーテルが、正確なタイムを読んだ。

『さっきまでの男性陣は、1分10秒台だったと思いますが? これは、女性だからですか?』

 そう……ハンネスやマーティンは、10秒台で飛んでいたのだ。

『いや、そうとは言えません……機体が違うんです。 今日は男性達はレース専用機を使ってます。 しかし、これから飛ぶサクラも一緒ですが……彼女達はエアロバティック機を使っているのです』

 室伏が、説明した。

『つまり、エアロバティック機は遅いと?』

 そう言うことになる。

『ええ、そうです。 エアロバティックは、狭いボックスの中で演技をします。 早すぎる機体では、急旋回をしなければならなくなって……高Gを掛けることになります。 それはパイロットの負担が大きいですね』

『だからエアロバティック機は、比較的空気抵抗が大きいんです。 速度を抑制するために』

 室伏の説明をペーテルが補足した。




{『レーサーピンク レースコントロール サクラ様、スタートできますか?』}

 湖の上空で旋回していたサクラに、ペーテルから無線が入った。

{『レースコントロール レーサーピンク はい、大丈夫です』}

 ナタリーの「エクストラ330LX」の行方を目で追って、サクラは答えた。

{『それでは始めてください。 レースコース クリヤ』}

{『レースコース クリヤ』}

 サクラはスロットルレバーを少し引き、「ルクシ」を降下させ始めた。




 高速回転のエンジン音を響かせ、青からピンクにグラディエーションで変わる……遠くからはそう見える……塗装の「エクストラ300L」が、湖の方からRW27に向かって低空を飛んで来た。

 スクリーンには、桜の花びらが散りばめられた模様のフライトスーツを着て、コックピットに収まっているサクラが映っている。

 カメラがやや下側に取り付けられているせいで、彼女の大きな胸がしっかり映っていた。

『ミス サクラ スモーク オン』

『スモーク オン』

 司会者の掛け声に合わせ、サクラはスイッチに手を伸ばした。

 ポンプが回り、熱い排気管にオイルが送られる。

 「ブワッ」っと煙が吐き出され、機体の後ろに白い航跡が現れた。




 上半分にチェックの模様が描かれた2本のポールが、正面から近づいてくる。

 凄い勢いで流れる風景の中で、その対になったポールが見る間に大きくなり、そしてその間が広がってきた。

「(……178……)」

 サクラは、取り付けられた速度計のデジタル表示を見た。

「(……よし、このまま……)」

 スタート時の速度は、180ノット以下にしなければならない。

「(……高さ……OK……バンク……OK……)」

 目線を遠くにして、ポールの模様と地平線を見通し、機体の姿勢を確認する。

「(……今!……)」

 二つのポールが視界から消え去ると同時に、サクラはスロットルレバーをイッパイ前に倒し、左手をスティックに添えた。

「……くっ!……」

 両手を使いスティックを左に倒し、左ペダルを蹴る。

 地平線が右に回った。

「……はっ!……」

 地平線が垂直になる寸前に、サクラはスティックを右に倒しロールを止めた。

「……くっ……」

 空かさずスティックを引く。

「(……ぐぅぅぅ……)」

 体をシートに押し付けるGに耐えながら、顔を上げて次のポールを見つめる。

 その青いポールが正面にやって来た時……

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを右に倒した。

 地平線が左に回る。

「……ふっ!……」

 それが水平になった時、サクラはスティックを中立より少し左まで動かし、直ぐに中立に戻した。

 直後、対になった青いポールが機体の左右に消える。

「(……次はあそこ……)」

 スラロームをする赤いポールが、正面に見えた。

「(……少し右に向けて……)」

 スラロームは、左旋回から始めなければならない。

 サクラは、小さくスティックを倒し、緩やかに右旋回をした。




『サクラ選手……スタートは、上手く飛んでますね』

 ステージの上で、こちらに向かって飛んでくる「ルクシ」を見ながら、司会者が室伏に話をふった。

『そうですね。 今のところペナルティは無いようです……』

 室伏は、頷いた。

『……まあ、まだ始まったばかりですから……どこまで集中力が持つかどうかです』

『なかなか厳しい意見ですが……さあ、サクラのスラロームです!』

 スクリーンに、サクラが左にスティックを倒すのが映った。




「……くっ!……」

 真横に倒れたコックピットの中で、サクラはスティックを引いた。

「(……ぐぅぅ……)」

 Gによりシートに体が押しつけられる、が……

「……くっ!……」

 それもわずかな時間でサクラはスティックを戻し、すぐに右に倒した。

 地平線が左に回り、次の赤いポールが視界に入った。

「……ふっ!……」

 地平線が垂直になったところで、スティックをニュートラルに戻す。

「……くっ!……」

 左ペダルを踏んで機体が沈むのを防ぎながら、サクラはスティックを引いた。

「(……ぐぅぅ……)」

 当然、体がシートに押しつけられる、が……

『……ハーイ!……』

 大きく上を向いて観客を見ると、サクラはスティックから左手を離して振った。




『見ました? サクラが、旋回中に手を振りましたよ!』

 盛り上がった観客の歓声に負けないように、司会者は大声でペーテルに聞いた。

『ええ、見えました。 なかなか余裕があるようです……』

 ペーテルは、目を丸くしている。

『……まあ……意外と旋回中でも釣り合いが取れていれば、手を離すことは出来るんですが……彼女がそんな事をするのは予想できませんでした』

『そうですか? 彼女、意外とお茶目な所がありますよ……』

 室伏が、口を挟んだ。

『……地上に居るときは、大人しくて「シャイ」なんですが……空に上がると、途端に「はっちゃける」様になりますね』

『そうなんですね。 それは知りませんでした。 私にとって、彼女は「様」をつけて呼ぶ様な方ですから……』

 ペーテルは、ゆっくりと首を振った。

『……にわかには、信じられません』

『おっと……話している間に、サクラはスラロームを終わってました』

 サクラの「エクストラ300LX」は三本目のポールを周り、滑走路の方に離れていくところだった。




 右前方に二本並んで青いポールが見える。

「(……もうちょい、もうちょい……今!……)」

 サクラはタイミングを計り、「ルクシ」を右旋回させた。

「(……よし! 正面……)」

 旋回を止めた所で、二本のポールは正面に見えた。

「(……水平……OK……高度……OK……)」

 ポールを通過する瞬間は、完全な水平飛行でなくてはならない。

 そしてこの後には、宙返ループりが待っている。

「(……スロットル……OK……)」

 之までもフルスロットルで飛んできたのだが、サクラはスロットルを確認した。




 上半分が青いポールが、視界の両側に消えた。

「……くっ!……」

 両足を踏ん張り、サクラはスティックを引いた。

 Gメーターは跳ね上がり、レッドゾーンに近づく。

 そして……

「(……ぐぉぉぉぉぉぅ……)」

 サクラは、これまでに無い力で……メーターは10Gを指している……シートに押し付けられた。

「(……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……)」

 エアロバティックの宙返ループりならば、上昇するにつれスティックを戻して行くのだが……早くターンを終わらせたいレースでは、逆にスティックを引き足してGが下がらない様にする。

「(……くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……)」

 そのため、機体が宙返ループりの頂点を過ぎるまで、サクラはGに耐えていなければならなかった。




 Gを耐えるサクラの様子が、スクリーンに映っている。

『かなり苦しそうです! サクラ……』

 司会者は、スクリーンを見つめている。

『……これは、どうですか?』

『そうですね……』

 室伏もスクリーンを見た。

 そこには、テレメーターで送られてくる速度とGの値が、コックピットの画像と共に映っていた。

『……かなり頑張って10Gを保っています。 これは、上手いですね』

『Gを耐えるのは、無駄ではないと?』

『ええ、これは小さくターン出来ますよ。 ただ……』

 室伏は、映っている速度の数値を見た。

『……んー おかしい……速度の低下が少ない』

『それは?』

 司会者には、室伏の言葉が理解できなかった。

『あんなにGを掛けていたら、もっと速度が下がるはずです……』

 室伏は、司会者を見た。

『……あのエンジンは、もしかしたら……特別にパワーが有るのかも知れない』

『それは、聞き捨てならないな……』

 ペーターが、割り込んできた。

『……このレースは、イーブンの条件で行うのが基本だ。 エンジンのチューンはしてはならない』

『そうだな。 ま、あくまでも俺の想像だから……それに、今はデモだ。 細かい事は言わずにおこう』

 室伏は、ペーターの肩に手を乗せた。




 逆さになったポールが見える。

 引いていたスティックを戻したサクラは、今は背面姿勢で降下していて-Gを受けていた。

「(……ロール……)」

 スティックを左に倒す。

 「ルクシ」は左に回り始めた。

 ポールが右に回る。

「(……よし!……プル……)」

 ポールが真っ直ぐになった所でロールを止め、サクラはスティックを引いた。

 段々と地面は近づき、そしてポールが正面に見えてくる。

「(……よし、水平……)」

 ポールの青く塗られた場所と地平線が同じ高さになった時、機体は水平飛行をしていた。




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