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紅い桜  作者: 道豚
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練習(プラクティス)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 オシュコシュ市の北西に広がる「モーツ湖」の上を小型のプロペラ機が4機、綺麗なダイヤモンド編隊で飛んでいた。

「……ふぁ……」

 その最後尾の位置を「ルクシ」で飛ぶサクラは、小さく欠伸をした。

「(……楽だなー 4番機って……)」

 先頭はハンネスの「エッジ540V3」が飛んでいて、右前にはマーティンのウイングレットの付いた「エッジ540V3」、左側はナタリーの「エクストラ330LX」だった。

「(……航法はハンネス、右の見張りはマーティン、左はナタリーに任せとけば良いんだから……)」

 そう……最後尾を飛ぶサクラは……先頭のハンネスに……ただ付いて行けば良いのだ。

{『シカゴセンター レーサー 9WN1の南3マイル 9WN1に着陸』}

 ただ、そんなのんびりしたフライトは、ハンネスの無線通信で終わった。

{『レーサー シカゴセンター 了解』}

 レースの練習プラクティスをする飛行場は、すぐ目の前にあった。




{『ブレイク……』}

 ハンネスの指示が飛んできた。

{『……着陸順は、レーサーシルバー、レーサーブルー、レーサーブラック、そしてレーサーピンクだ。 各自、先行機との間隔を2分開けろ』}

{『ブルー了解』}

{『ブラック了解』}

 マーティンとナタリーが答えるのが聞こえ、2機は左右に分かれていった。

{『ピンクは? サクラは、分かったのか?』}

{『ピ、ピンク了解……』}

 サクラは、左右を「キョロキョロ」と見渡した。

{『シルバー 私は、如何飛べば良い? って言うか、ピンクはやっぱり恥ずかしい』}

{『機体の色がコールサインだ、ってのは分かりやすいじゃないか? サクラ以外は反対しなかったしな。 ああ、ブレイクは左右どちらでも良い。 まあ、左に回ってブラックに付いていけばいい』}

{『はーい、分かりましたー』}

 コールサインの事はとりあえず我慢して、サクラは左旋回を始めた。




 湖の上から見た9WN1のRW36は、荒地の向こう側に左右を潅木に囲まれて伸びている。

「(……ちっちゃ……)」

 かなり表面が荒れていて、平行している道路の方が滑走路だといわれても納得してしまいそうだ。

「(……何にも支援灯火が無いんだ……)」

 そう……まったく灯りが点いていない。

 恐らく暗くなったら着陸できないだろう。

{『9WN1トラフィック レーサーブラックは滑走路から出た』}

 ナタリーは着陸して滑走路から出たようだ。

{『9WN1トラフィック レーサーピンク RW36 ファイナル』}

 もう滑走路は目と鼻の先だ。

 サクラは、幅が10mしかない滑走路の中央を目指して「ルクシ」を降下させた。




 駐機場とも呼べないような草原に、4機のエアロバティック機が並んだ。

「やあ、サクラちゃん。 無事に来たね」

 そこに森山が来た。

「森山さん……今まで何処に居たんですか?」

 そう……日曜日にはオシュコシュに来るはずの森山は、何故かサクラの所に現れなかったのだ。

「ああ、俺はレースのコースを作ってた。 特に今回は、素早く設置と撤収が出来ないといけないからな。 それの手順の確認もしてたんだ」

『サクラ、彼は何者? 何を話してるの?』

 見知らぬ東洋人と話すサクラを見て、ナタリーがやって来た。

『あら、ナタリー。 彼はミスター森山。 私の親の会社に勤めてて、今はエンジンメーカーに出向してるの。 レースコースの設置をするんだって』

『始めまして、ミス ナタリー……』

 森山は、右手を出した。

『……サクラが言ったとおり、ヴェレシュの社員だが、今はエンジンメーカーに居る。 メンテナンスは任せてくれ』

『こちらこそ、始めまして。 私はナタリー アストル……』

 ナタリーは、森山と握手をした。

『……それで? コースの設置? 貴方が?』

『そうだ。 もちろん俺一人じゃない。 中断しているレースのクルーだった者と、ヴェレシュが雇った者を使ってるんだ』

 それはそうだろう……森山一人で出来る事ではない。

『それで……コースは何処?……』

 サクラは、周りを「キョロキョロ」見渡した。

『……何処にも見えないよ』

『今からパイロンを立ち上げるから……』

 森山は、トランシーバーを持った。

{『……ブロアーON』}

『ん? 何処に?……』

 ナタリーも周りを見渡し始めた。

『……あ! あった』

『あ! 本当だ』

 ナタリーの指差す方を見て、サクラも声をあげた。

 そこ……湖の方……に、伸び上がってくる赤や青、そしてチェックに塗られた、パイロンがあった。




「(……向こう岸にあったんだ……)」

 「ルクシ」に乗って上空から見ると、コースは飛行場のある湖岸ではなく、反対側の岸辺に作られていた。

 まずは一度飛んでみようと、四人は整備もそこそこに離陸したのだ。

「(……流石はナタリーだね。 初めて飛ぶのにスムースな旋回だ……)」

 今はナタリーがコースを飛んでいて、サクラは邪魔にならない所から見ていた。

{『レーサーブラック フィニッシュ』}

 コースを2週したナタリーが、機体を上昇させて離れた。

{『コースクリヤー レーサーピンク 貴女のタイミングでスタート』}

 ペーテル……湖に浮かぶクルーザーに乗っている……からの指示が来た。

{『レーサーピンク 了解』}

 サクラは、スロットルレバーを調整しながら「ルクシ」を降下させ始めた。

{『サクラ様、最初は無理をせず……タイムを気にせず安全に飛んでください』}

 ペーテルの声が、サクラのヘッドセットから聞こえてきた。




 モーツ湖の湖面が、高速で後ろに飛び去っていく。

「(……177……178……179……)」

 サクラは、そんな物には目を向ける事なく、近づいてくる2本並んだチェックのパイロンの中央に向けて「ルクシ」を進めていた。

「(……179……このまま……)」

 レースに出場するために取り付けられた計器……速度、高度、G、プロペラ回転数等をデジタル信号で送信する……に表示される速度を見て、サクラはスロットルレバーを動かしていた。

 そう……機体についた速度計の指示は記録として使われず、この計器の速度が使われるのだ。

 今回会場が狭いこともあり、スタート時の速度が180ノット以下に決められていた。

「(……スモークON……)」

 サクラは、スモークを出すスイッチを入れた。




 「ルクシ」は、並んだチェックのパイロンの間を飛び抜けた。

 パイロンとパイロンの間は14メートル……チェックに塗られているのは高度15メートルから25メートルの間……この高さ10メートル、幅14メートルの四角形の中を通らなければならないのだ。

 しかも通過時には完全な水平飛行でないと、ペナルティーが課せられる。

「(……よし!……)」

 通過すると同時に、サクラはスロットルレバーをイッパイ前に進め、左手でもスティックを握った。

「(……くっ!……)」

 スティックを左に倒し、同時に左ペダルを蹴飛ばす。

 地平線が右に周り、垂直になった。

「(……くっ!……)」

 真上を見るように頭を上げて……そこには次に通過する青いパイロンが見えている……サクラはスティックを引いた。

「(……ぐぅぅぅぅぅぅ……)」

 体をシートに押し付けるGに耐えながら、スティックを引き続ける。

 見る間にパイロンが正面に移動する。

「(……くっ!……)」

 サクラはスティックを右に倒し、機体を水平にした。

 と同時に「ルクシ」は並んだパイロンの間を通過した。




 左前に3本の赤いパイロンが真っ直ぐ並んで立っている。

「……くっ!……」

 そのパイロンに向かって、サクラは「ルクシ」を旋回させた。

「……くっ!……」

 いつの間にか、気合を入れる声がサクラの口から漏れている。

「……くっ!……」

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左右に倒す。

 「ルクシ」は、パイロンを左右に縫って飛んだ。




「……ふっ!……」

 3本目のパイロンを巻き込むように回ると、サクラは「ルクシ」を水平にした。

「(……あそこ……)」

 対になった青いパイロンが右前に見える。

 次はその間を通らなければならない。

「(……よし!……)」

 サクラはタイミングを計り……

「……くっ!……」

 スティックを右に倒した。




「(……よし!……)」

 サクラが「ルクシ」を水平にしたとき、一対のパイロンは正面に在った。

 「あっ」と言う間に「ルクシ」はその間を通過した。

「……くっ!……」

 サクラはスティックを引く。

 Gメーターは跳ね上がり、サクラはシートに押し付けられた。

「(……く・く・くぅぅぅぅぅ……)」

 息も出来ないほどのGの中で、サクラは限界まで上を向いている。

「(……ぅ……まだ……まだ……)」

 機体が上昇するにつれ、速度が落ちGも小さくなってくる。

「(……見えた!……)」

 次に通過する青いパイロンが見えた。

「(……少し左……)」

 進行方向が少しずれている。

 サクラは、スティックを少しだけ左に動かした。




「(……うん、正面……)」

 宙返ループりの頂点を通過し、今はパイロンが正面に……エルロンで修正したお陰で……逆さまになって見えている。

「(……もうちょい手前を狙って……)」

 このパイロンは青なので通過するときには、機体は水平になっていなければならない。

 引き起こす距離を考えて、パイロンの手前を狙って降下する必要がある。

「(……ロール……)」

 サクラは、スティックを左に倒した。

 「ルクシ」は左にロールをする。

 2本のパイロンが右に回り、正面やや上に正立に立った。

「……く!……」

 「ルクシ」は高速で降下している。

 サクラは、スティックを引いた。




 大きなGを掛ける必要は無く、「ルクシ」は水平飛行に移りパイロンを通過した。

 左前方にスタートパイロンが見える。

「(……もう一周……)」

 そう……今回は、コースを2周するタイムを争うのだ。

 サクラは、スタートパイロンを通過しやすくするため、一旦「ルクシ」を右旋回に入れた。




「(……よーっし、2周目……)」

 右旋回で距離を取った「ルクシ」は、比較的緩い左旋回でチェックのパイロンに向かっていた。

「……くっ!……」

 パイロンを通過する直前、サクラはスティックを右に動かし「ルクシ」を水平にする。

「……くっ!……」

 そして次の瞬間、1周目と同じように左に急旋回をした、が……

「(……あれ? 旋回が遅れた?……)」

 そう……次の青いパイロンが後ろの方……垂直旋回中なので、より頭の上の方に見えていた。

「(……仕方がない。 斜めに通過するしかないな……)」

 サクラが「ルクシ」を水平にした時、パイロンは正面に有るが……その間が狭く見えていた。




「(……頼む……当たらないで……)」

 「ルクシ」の翼長は8メートルあり、パイロンの間は14メートルだ。

 真っ直ぐ通過するなら、左右に3メートルの余裕が有るのだが……斜めに通過すると、その余裕が無くなっていく。

「……ふっ!……」

 どうやらサクラは、二つのパイロンの間を通過したが……

「(……うわ……右に有る……)」

 一周めは左前に見えていた赤いパイロンは、今回は右前に見えていた。

 当然、それの右側を通過するため、サクラは右旋回を……余分な旋回……することになった。




「……くっ!……」

 余計な右旋回から始まったスラローム……

「……くっ!……」

「……くっ!……」

 サクラは、ミスなく飛ぶことができた。

「……はぁはぁはぁ……(……次はあれか……)」

 3本目のパイロンを回ると、右前に次通過する青いパイロンが見えた。

「……はぁはぁはぁ……くっ!……」

 息を切らしながら、サクラはスティックを右に倒した。




「(……よし!……)」

 「ルクシ」は、青いパイロンの間を通過した。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを引いた。

「(……ぐ・ぅぅぅぅぅぅ……)」

 巨大なGが、サクラを襲う。

「(……ぅ……まだ……まだ……頑張れサクラ……)」

 視野の狭くなるなか……サクラは自分自身を……吉秋からすると、体を借りている存在を……鼓舞する。

「(……み、見えた……って随分ズレてる……)」

 そう……真っ直ぐスティックを引かなかったのだろう……通過するべきパイロンは、大きく右……背面姿勢なので、実は左……にズレていた。

「(……み、右かな?……)」

 サクラは、スティックを右に動かした。




 急降下する「ルクシ」の前方に、並んだ青いパイロンが見える。

「(……ちょっと左に移動して……少し斜めに、右方向に通過しようかな……)」

 今はGが掛かっていないので体は楽で心に余裕があり、サクラは次の作戦を考える余裕があった。

「(……いや……無駄に距離を飛ぶ必要は無いな。 真っ直ぐ行こう……)」

 そう……少しばかりパイロン通過後のコース取りが楽になるからと言って、手前で長い距離を飛ぶのは本末転倒である。

「……く!……」

 サクラは、スティックを真っ直ぐに引いた。




 パイロンの間を通過すると、ゴールのパイロンは左前方に見える。

 サクラは、「ルクシ」を右に少し旋回させた。

「(……こんなものかな?……)」

 パイロンの位置は、前方から横の方になった。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒し、同時に左ペダルを蹴る。

「(……ぐぅぅぅぅ……まだ……まだ……)」

 Gにより体をシートに押し付けられながら、サクラは頭上に見える……垂直旋回なので……ゴールのパイロンを見つめた。




「(……ここだ!……)」

 サクラは、スティックを右に倒した。

 「ルクシ」は右にロールして、水平線は左に回った。

「(……よし!……)」

 正面にチェック模様のゴールパイロンが見えた。

{『レーサーピンク フィニッシュ』}

 次の瞬間、「ルクシ」はパイロンの間を通過していた。




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