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紅い桜  作者: 道豚
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サクラの胸に間違いない

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 レースのカーテン越しに射し込む午後の明るい日差しの元で、吉秋サクラはワンピースの中で足を組んで雑誌を開いていた。

 事故を起こして入院してから2ヶ月経ち9月になったが、未だにリハビリは続いていた。

 窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえるだけの静かな部屋に、時折ページをめくる音がする。

 逆光線の中、長い睫毛を伏せて膝の上の雑誌を見つめる様子は、写真集の中のファッションモデルのようだ。

「(……今年もアレックがチャンピオンかー……)」

 ただ読んでいる雑誌は、ニコレットに買ってきてもらった「エアワールド」という飛行機関係の物で、あまり女性が読むものではないだろう。

「(……曲技飛行の世界選手権も終わったなー……)」

 一つ息を吐くとページを捲る。

「(……そう言えば……エアレースの記事は無いんか?……)」

 吉秋が事故にあった、ハンガリー大会から2ヶ月以上経っている。

 予定では、ロシアとポルトガルの大会が、行われているはずだった。

「(……無いなー……ポルトガルの大会は、記事が間に合わないかもしれないけど……ロシアの大会は、一ヶ月以上前だよな……)」

 吉秋は、パラパラとページを捲ってみる。

「(……ん? コレは……)」

 エアレースの記事は見つからなかったが、何か特別企画のようなページが目に止まった。

「(……ふ~ん……模型飛行機の世界選手権?……)」

 見開きになったページに……日本人だろうか?……ショートボブの可愛い女性が、飛行機を持った写真が載っている。

「(……え~っと……なになに? 日本の妖精ちゃんは、今回はチャンピオンになれるか? それともフランスの妖精が守るか?……かな?……)」

 英語で書かれた記事なので、吉秋は単語を拾い読みする。

「(……やっぱり日本人なんだな……しかし……可愛いよな。 こんなに可愛いが、模型とはいえ曲技飛行するんだ……)」

 見開きのページをめくると、次のページからは送信機を肩から下げて操縦していたり、エンジンを始動している写真があった。

「(……HIROMIって言うんだな。 どんな字を書くんだろう? って、この……モデルしてるんか?……)」

 なんと綺麗にメイクをして、ポーズをとる写真まである。

「(……チーム ヤスオカ……やっぱりチームを組んで戦うんだな……)」

 企画の最後のページに、女性を囲む3人の男が映っている。

「(……ヤスオカ……ヤスオカ……ひょっとして、安岡模型か?……)」

 中学生の頃、ショーケースに飾られているラジコン機が欲しくて、アルバイトをしたことを吉秋は思い出した。

「(……やっと貯金が貯まったのは、3年生の夏だったっけなぁ……)」

 吉秋は、雑誌をテーブルに乗せると目を瞑った。

「(……受験勉強そっちのけで飛行機を作ったんだよな。 よく高校に入れたもんだ……)」

 ふふ、っと笑うと吉秋は背もたれに体を預けた。




 軽くドアをノックしてニコレットは、首を傾げた。

『(……変ね……一人じゃ何処にも行かないはずなのに……居ないのかしら……)』

 そう、吉秋サクラから返事が無いのだ。

 しかし所詮、病室のドアである……ロックなどは付いてないので、ニコレットはハンドルを倒してドアを押した。

『(……まあ……)』

 窓の近くに置かれた椅子の上で、天使が微睡まどろんでいた。

 纏った淡色のワンピースは深いドレープを作り、一部は床に触っている。

 背中に流れる、ウエーブの掛かった赤毛のウイッグ……これは手術のために切った、サクラの髪を使って作らせた……には、所謂「天使の輪」が輝いていた。

『(……リハビリで疲れたのかしら?……)』

 今日も吉秋サクラは、朝からリハビリに取り組んでいたのだ。

 そっとドアを閉めると、足音を立てないように、ニコレットは近づいた。

 レース越しの柔らかな光の中、白い頬に高い鼻の影が出来ている。

 青味がかった灰色の綺麗な瞳は、閉じられた目蓋で見えない。

『(……良い香り……)』

 覗き込んだニコレットの鼻を、花の香りがくすぐった。

『(……不思議ねー 体はサクラ様とは言え、これで元男だったなんて……ん?……)』

 かたわらのテーブルに、開かれたままの雑誌があるのに、ニコレットは気がついた。

『(……うふ……やっぱり男ね。 可愛い女の子の写真を見てたなんて……)』

 それは、丁度HIROMIの特集ページが、開かれたままになっていた。

『(……でもね、あなたは今は女の子よ。 ビアンになっちゃうわ……)』

 それにしても可愛いわね、とニコレットは雑誌の写真に釘付けになった。




 吉秋は空気が動くのを感じて、薄く目を開けた。

 白衣を着た誰かが、吉秋サクラの体越しに、テーブルに手を突いて雑誌を見ている。

「(……ん~~ これはニコレットかな?……)」

『……ん? サクラ、目が覚めた?』

 上手く回らない頭で吉秋が考えていると、ニコレットが振り返った。

 無意識で動いた手が、覆い被さっていたニコレットのお腹に触ったのだ。

「あ、ごめん。 手が当たっちゃったね」

『……サクラ 日本語よ。 ハンガリー語は?』

『……んーー 寝ぼけてただけだよ……』

『サクラ それは英語。 ちゃんとハンガリー語で話して』

『……ご、御免なさい。 手が 当たったね……』

『……ん! よろしい……』

 体を起こし、ニコレットは頷いた。




 ドレッサーの前に吉秋サクラを座らせ、ニコレットがウイッグにブラシを掛けていた。

『……ウイッグといっても これは 綺麗な髪ね。 流石は サクラ様の 髪で作った 逸品ね……』

『……ニコレット 逸品 って何?』

『……ん~ 優れた 品物ってことね』

 相変わらず、吉秋は難しい言葉が分からない。

『……そうなんだ。 んで なぜ いきなり ブラッシングを 始めたの?』

『お客様が 来るのよ……』

 ニコレットは、ブラシをテーブルに置いた。

『……お客様?』

 鏡の中のサクラが首を傾げた。

『……ん そうよ。 サクラ様の 大学の 友人ね。 フランツィシュカ様が 知らせたみたいなの……表の 病室に 移ったことを……』

『……お姉さんが?』

『……そうよ。 話をすることで 何か 思い出さないかって 考えてみえるのね……』

 無理なのに、とニコレットはため息を吐いた。




 ブダペストの郊外、少し小高くなった場所にある病院の駐車場で、小さなフィアットが四苦八苦していた。

『……やーん また斜めになったー……』

『……ちょっとちょっと、そんなに進んだらぶつかるー……』

『……ねーー もう諦めようよ……』

 中では娘が三人、キャイキャイと騒がしい。

『……あーーー もういいや!……』

 やっと諦めたのか……枠に対して斜めに止まったフィアットの運転席から、黒い髪を所謂「姫カット」にした娘が降りてきた。

『……エリカ……諦めるぐらいなら、さっさとめればよかったのよ……』

 続いて助手席から、ストロベリーブロンドの髪を編み込んだ娘が降りた。

『……んー なんか悔しいじゃない……』

 エリカと呼ばれた娘が、ふっくらした頬をさらに膨らせた。

『……そんな事よりー アンドレア、早くどいてよー……』

 フィアットの後部座席から、声が聞こえた。

『……ああ、ごめんごめん。 って言うかさー あんた小さいんだから、出られるでしょうが……』

『……小さいって言うなー! この大女ー……』

『……大女じゃない! ちょっと背が高いだけでしょ……』

『……あー! あんたたち煩いよ。 マーリアもさっさと出ておいでよ……』

 助手席を倒して、エリカが後部座席からブラウンの髪をショートカットにした、小さなマーリアを引っ張り出した。

『……ありがとう、エリカ……』

『……どういたしまして……さあ、サクラの所に行くよ……』

 エリカが、マーリアの手を引いて歩き出した。

『(……ぷっ! まるでお母さんに連れられた小学生ね……)』

 紙袋を下げて、にこにことアンドレアがそれに続いた。




『……ねえエリカ、サクラの部屋って……たしか5階だって聞いたよね……』

 尋ねるマーリアは、未だにエリカの手を握ったままだ。

『……フランツィシュカ様が、そう言ったじゃない。 マーリア、あんたも居たわよね……』

『……だったらさー なんでボタンが4階までしかないのよ……』

 エレベーターの中で、三人娘が揃って首をひねっている。

『……どういうことかしら……ねえ、フランツィシュカ様は何か言ってなかった?……』

 操作盤を見ながら、アンドレアが聞いた。

『……5階のVIPルームだって事以外は、何にも聞いてないけどー……』

『……それよ!……』

 アンドレアが指差した先には「VIP」と書かれた押しボタンがあった。

『……なーんだ……』

 それを見てマーリアが、繋いだ手を離して近づいた。

『……あれっ!……と、届かない……』

 「VIP」ボタンは、操作盤の一番上にあった……

『……はいはい。 これでどう?……』

 エリカが、マーリアの脇に手を入れて、持ち上げた。

『……わーい……届いたー♪……』

『(……やっぱり お母さんと子供ね……)』

 押されてランプの点いたボタンを見て、アンドレアは「ニンマリ」していた。




 コンコンコン、とノックの音が聞こえ吉秋サクラはドアの方を見た。

『……はい……』

 返事をして、ニコレットがドアに向かって歩き始める。

 しかし……

『……サクラ! 元気ーー……』

 外からドアが開かれ、小さな影が飛び込んできて……

『……居たーー!……』

 部屋を横断すると、ソファーに座る吉秋サクラに正面から抱きついた。

『……ううー これよ! この大きさ、この香り……サクラの胸に間違いないわ……』

「……な、な、なんだー!……」

 いきなりの事に、吉秋はハンガリー語でなく、日本語が出てしまう。

 見下ろすと、ブラウンの髪の中学生?……もしかして小学生?……の少女が、吉秋サクラの胸の中から見上げていた。




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