第33話「心の支え、闘う理由」3/4
「俺は……」
もう闘いたくない。
ジャスティに改めてその意思を伝えれば、創伍はこの重圧から解放される。
元の日常に戻れる。
それを望んでいるはずなのに……
「俺は……っ……!」
「………………」
言えないでいた。
一瞬、シロ達の姿が脳裏を過ったからだ。彼女達に黙って自分の勝手だけを通すなど、彼には出来なかった。
「今すぐに答えを出す必要はない。今日はあまりに濃い一日だったからな。ゆっくり休みながら考えておくといい」
「…………わかりました」
「ただし期限は設けさせてもらう――明日の18時までだ。申し訳ないが、事態はキミの決断をいつまでも待ってはくれない。我々も引き続き朱雷電の次なる攻撃に備えて準備を進めねばならん。定刻になったら迎えの隊員が二名、この部屋に来る。それまでに相棒達とも話をつけて答えを出してもらいたい」
時間は与えられたが、残された猶予は僅か一日。それまでにシロ達との関係と、自分自身がどうあるべきか答えを見つけなければならないのだ。
「加えて酷な事も一つ。仮に元の生活に戻ったとしても、今日までの出来事を無かったことには出来ない。キミは部外者になるだけで、何も知らぬまま戦火に巻き込まれる可能性も十分にあり得る……。我々にとって何か変わるかと言えば、戦場からキミが居なくなるだけだ」
「…………」
「責めたりはしない。キミの人生なのだから、後悔の無いようにしたまえ」
あくまで本人の意思に委ねるのみ。創伍は元々監視されるだけの予定だった人間――共に闘う意志を持たないのなら、お互い未練が残らないようにする為だろう。
ところが……
「だが、もしもだ。望まずして背負うことになったこの運命から逃げず、責務を果たす気持ちが少しでも残っているなら……キミはまだ我々W.Eの一員だと思っているよ」
創伍が目を丸くする。
何しろ自分は保護監視下の人間で、正式なメンバーではない。罪悪感に苛まれ逃げようとしていたというのに、何故そのような言葉を投げられたのか、すぐには飲み込めなかった
「俺が、どうして……」
「キミは何一つ成長していないと言っていたが……自分の弱さから目を逸らさず、闘う理由や資格が無いという悩みを言葉にしてくれた。ワイルド・ジョーカーに会う前は、辛いことは全て絵の中へ押し込めて終わっていただろう? だが彼女と契約してからは、乗り越えた痛みや恐怖は記憶して思い返せる。困難を前にどうしたらいいのかと思い悩む……それが出来ているだけでキミは今、飛躍的な成長を遂げているのだ」
不幸に見舞われた時の現実逃避として、絵を描くことでストレス発散をしていた創伍は、知らず知らずに産み出した破片者に記憶を抜き取られていたが……今の彼にそんな習慣はない。故にシロと出会ってからの記憶は、鮮明に思い出せる。
「人は生きている限り失敗し、傷付き、苦境を乗り越えて、少しずつ強くなっていく。キミの場合は記憶障害が原因で、成長や失敗、困難といった経験を遅れて濃く味わっているんだ。彼女達とどう向き合えばいいかなんて、これから経験するのだから分からなくて当然。思うままに接してみればいい。これは私やアイナ君でも、他の者でも代わりは務まらない――キミにしか出来ない事なのだからな」
「俺にしか……出来ない事……」
別に珍しい言葉でもない。ごく普通の人間からすれば当たり前の様にも聞こえるそれは、自分に否定的であった創伍には、不思議にも新鮮味があった。
「そう。世界を騒がせる道化師が唯一心を許し、英雄になって欲しいと選んだ――その期待に応えられる資格は、他の誰でもない真城君に有る。周りの者がどう言おうと、未熟という理由だけでこれから成長しようとする者の可能性を摘み取りたくない。むしろ共に闘う仲間になってくれるのなら、その歩みを支えてあげたいくらいだ」
「でも俺には……」
「覚悟や理由が不十分であると?」
「………………」
「確かにキミの場合、望んで創造世界へ来たというより、連れて来られたというのが強いからな……闘う理由が記憶集めという使命のままでは実感は薄かろう」
それでも自信を持てない創伍に、ジャスティが言葉を続ける。
「とはいえ、あの日キミには二つの分かれ道があった。日常へ引き返せたにも関わらず、危険も承知でワイルド・ジョーカーを追いかけた――その覚悟の決め手は、高尚な使命や理屈ではなく、キミの中にある純粋な気持ちの筈だ」
「純粋な気持ち……?」
「その気持ちが無意識に心の支えとなって、今日までのキミに闘う勇気を与えていたんだと私は思う。それが何だったかを思い出せば、この先自分が何をすべきかもすぐに分かるさ……」
心を支えるもの――取り戻した記憶や、勝ち得た異能でもない。創伍の中に元々存在していた気持ちが原動力となっていた……と言われても、今の彼にはそれが何なのかは直ぐに思い浮かばなかった。
「とまぁ、ここ最近のキミを見て私なりに感じた事も話してみたところで……そろそろ時間が来てしまった。あまり長く話せず申し訳ないが、真城君の方から何か言いたいことはあるかね?」
「………………」
「なければ……次の現場へ向かうので失礼するよ。先程の件は明日の18時までに――」
「――長官っ!」
ゆっくりと腰を上げたジャスティを創伍が呼び止める。
「すいません……やっぱり俺、自信が持てないです。思うままに接しろと仰いましたけど……今の俺じゃ、シロ達を前にしたら何を言えばいいのかも、浮かんで来なくて……!」
創伍は未だに踏ん切りがついていなかった。ジャスティの励ましの言葉はいずれも彼にとって抽象的で答えが示されていない。その曖昧さが決心を思い留まらせていたのだ。
「…………」
藁に縋る思いで尋ねてきた創伍を見つめるジャスティは、少し間を置いてから真剣な眼差しを向け、静かな声でその問いに答えた。
「真城君、難しく考える必要はない。この後どっちの道を選ぶにしても、最後はキミと相棒達が納得できる道を見出せたならそれが正解だ。特別な言葉を掛けてやったり、英雄らしく振る舞わなくてもいい……まずはキミがあの二人にどうしてやりたいのか――その気持ちにただ素直になれ」
そう言ってジャスティは今度こそ部屋を出ようと立ち上がる。
「……私から言えるのはここまでだ。教わって知ることと自ら気付くことでは得られるものが違う。今一度、今日迄の経緯を一つ一つ思い返して見て欲しい。その上でキミがどう決断するのか、私はその結果を楽しみに待つ……」
「長官……」
踵を返して創伍の部屋から立ち去るジャスティ。豪快な体格とは裏腹に、玄関扉へ向かう彼の背中はどこか穏やかであった。
だが、その直前――
「おぉっと、最後に一つだけ!」
玄関ドアの手前でジャスティが立ち止まる。
「真城君、くれぐれも! 明日の18時まで出入りは厳禁だぞ!」
「え? あっ……はい」
「もしどうしてもな急用が出来た際は! このドアノブの大鷲の頭を二回撫でて、用件を伝えてくれたまえな!」
気付けばいつしか寮の玄関扉は、W.Eの本部で見かけたアンティーク調の扉に差し替えられており、ドアノブにも喋る大鷲のオブジェが付けられていた。
「仮にもしも地震などの緊急事態が起きた時は! 大鷲の首を右に強く捻って外せば外に出られるが、緊急時以外は触れるんじゃないぞ! 絶対になっ!!」
「………………」
「ではくれぐれも大人しくしていたまえよ! 明日の18時までだぞっ! いいなっ!!」
厳重なルールと期限を言い残すと、ジャスティは大鷲のドアノブを二度撫でて扉を開け、今度こそW.E本部へと戻って行った。
足音も遠ざかり、再び部屋には静寂だけが残っていく……。
* * *
PM21:18
長官が退室し、再び静かになった居間。織芽の寝ているベッドの真横に腰掛け、窓際で頬杖をつきながら創伍は思い耽っていた。
(思い返したところで……長官は俺に何を思い出させたかったんだ……?)
シロと初めて出会ったあの日の事を思い返す。
部室の中で血塗れで寝ていた彼女を見かけたのが全ての始まり……あの瞬間から、創伍の人生が大きく変わってしまった。
(どうして俺は、あの時シロを追いかけたんだろう……)
惨劇が始まった直後、守凱達に追われていたシロは創伍を待ってると言い残してこの部屋から飛び去った。
その時アイナに気絶させられ、一部始終を忘れかけた創伍であったが、掌に残っていたシロの血を見て全てを思い出し、彼女の期待に応えたくて後を追った……。
不幸の法則から逃げられる解放感……記憶を取り戻したいといった欲求が闘う理由ではない――長官はそう言っていたが、他にどんな理由で自分はこの世界へ足を踏み入れたのか……思考を巡らしても答えは見つからない。
途方に暮れた創伍が、窓から夜の街をぼんやりと眺めていたところ……
(ん……?)
現界と裏ノ界の境界線となったこの異空間の部屋でも、現界の外の景色はしっかり映し出されるようになっており、街灯に照らされた歩道を見ると一組の親子が歩いていた。
銭湯か外食からの帰宅途中だろうか……少女が一人、両親に見守られながら楽しそうに歩道を走っている。
だがその拍子に躓いてしまい、膝から前のめりに倒れて大声で泣き出してしまう。
そんな我が子のもとへ、両親が慌てて駆け寄る。
叱ることもない。父親がただ優しく抱き寄せ、小さな頭を撫でながら「大丈夫」と笑い掛けていた。
すると少女も……痛みは消えてないはずなのに抱かれた安心感によるものだろうか、一瞬で泣き止んだのだ。
「…………!!」
その少女の顔を見た時、妙な違和感が起きた。まるでずっと抜け落ちていたパズルのピースが嵌るような感覚と同時に、創伍は思い出した。
シロに出会ったあの日、部室に向かう前の出来事。
通学途中で出会った女の子の事を……
手放した風船が木に引っ掛かってしまい、泣いていた姿を見ていられず、織芽を木に登らせて風船を取らせている間、自分は少女に手品を披露して慰めていたのだ。
誰かに命じられた訳でも、使命感があってやった訳でもない。
ただ困っていた少女を笑顔にしたかったから――
「そうか……俺……」
その願望は自然とシロの方にも通じる。彼女の時だって同じだ。守凱に追われながらも、自分を待っていると言ったシロを見捨てることが出来なかった。
もし無視して日常に帰っていたりしたら、シロはどんな顔をしてしまうのか……。そんな事を考えるとずっと頭から離れない。だから使命といった好奇心や不幸の法則から逃れる解放感以前に、後を追わずにはいられなかったのだ。
誰かの泣き顔や困った顔を、そのまま見て見ぬフリでやり過ごしたくないから……。
創伍は、自分が不幸に襲われて道化師と笑われようとも構わない。困った人の顔を笑顔にしてあげたいという純粋な気持ちがあった。
それがいつからか、何をしても不幸に襲われ、周りの嘲笑の的となる。ただ誰かが笑顔になってくれれば良いという諦めた受け取り方になっていただけなのだ。
(バカかよ俺は……! なんでこんな単純な事を忘れて……!)
シロが自分を求めてくれたから応えた。彼女と一緒に居るから、自分の手の届く人を助けられる。その人の笑顔を守ることが心の支えとなっていたから闘えた……。
だが朱雷電や鴉に敗れて心が折れ、ついさっきまで自分はシロやクロからも逃げようとしていた。
(じゃあ今の俺に……シロやクロに出来ることって……!!)
そんな自分が今更になって闘う理由に気付いた時、何が出来るのかを考えようとした
その時だ――
「――創伍」
聞き覚えがある声に、創伍が振り返る。
「……シロ」
結局小走りで部屋を出たジャスティが閉めずに外されたままの引き戸を挟んで、二人が向かい合う。
「「………………」」
夜の静けさを背負うように佇むシロと、ベッドの傍らに座る創伍。
長時間隔離されていた二人が再会し、彼らの間にあった迷いが、これから静かに消えようとしていた。
* * *




