第31話「決死の脱出」2/4
「イヒヒャアアッハハハハッ――!! アーッハハハハハハハハァァァッ!!」
創伍を仕留める絶好の好機というところで、斬羽鴉に反旗を翻された朱雷電の怒りは限界に達していた。全身に纏った赤光が、頭上に落ちてくるコンクリートや鉄骨を熱波で細切れにする様がまさしくその憎悪の表れだ。
「あんにゃろー、W.Eに見つかっても構わないってくらいの闘気ダダ漏らせて……まさかこのまま現界ごと破壊するつもり?!」
「現界侵攻がヤツらの作戦のゴールだ。俺達だけ殺して大人しく引き返す必要なんて今更ねぇしな。ほぼヤケクソだろ」
「――くたばりやあぁぁぁっ!!」
大きく右肩を引かせ、鋭い弧を描くように腕を振り抜く朱雷電。空を切り裂くその指先からは赤光が放たれ、一直線に鴉と乱狐の背後へと迫る!
「うわ来た! ヤバいヤバい! ヤバいって!!」
「おぉっと――」
迎え打つ鴉が上着の懐から素早く何かを取り出す。それは先の闘いで創伍の左腕を撃ち抜いた拳銃よりも半分サイズの小型式。
朱雷電相手に使うにはとても心許ないが、臆することなく鴉は振り向きざまに引き金を引いた。
パンッ――という軽い発砲音の直後……二人に襲いかかろうとした電撃が、驚くことに霧散したのだ。
「っ!?」
わずかな熱気と焦げた臭いだけが残り、射止められなかったことに朱雷電が眉を顰める。
「麟鴉!」
「おうよっ!!」
次に動いたのは麟鴉だ。鴉の呼び掛けに応じ、グリフォンからネイキッドバイクへと姿を変える。後ろ足であったバイクの後部両側面の装甲には機関銃と小型ミサイルが搭載しており、それらを朱雷電に向けて全弾発射。
「よく足掻くッ!!」
銃弾は赤光を纏った片腕で薙ぎ払われ、傷の一つも付けられない。銃火器もまともに通用しない相手に乱狐が青褪める一方で、鴉の顔にはまだ余裕が残っていた。
撃ち放ったミサイルの数本が無作為に飛来し、壁や天井を爆破。瓦礫の山が一層勢いを増して雪崩れ落ち、一時的ではあるが朱雷電の追撃を防ぐ防壁となった。
役目を果たすと麟鴉は再びグリフォンの姿に戻り、してやったりと歓喜の声を上げる。
「DUDE! 見たかよ、あの電撃がぶっ飛んだ時のヤツの面ときたら! ちぃとばかし胸がすいたぜ!」
「バーカ、全然足んねぇよ。まだいつかのお返しをしてねぇんだ。お楽しみはこれからさ」
「ちょっとアンタ、今何を撃ったの!? なんかヤツの攻撃を無効にしたような……!」
「あぁ、電撃を中和する特殊な化学物質を仕込んだ銃弾だ。弾が電撃に反応すれば破裂後に三秒間、半径一メートル内は赤光もただの闘気の無駄打ちになる。対朱雷電用に俺が発明した」
「そんなもんまで……まさかその化学物質ってのがさっき言ってた、ヤツの弱点!?」
「……これは只の対抗手段だ。結局ヤツの電撃は動きが少しトロいだけの電気ってだけで、落ち着いて行動すればどうとでもなる。だが希少な素材を使っているから弾はあと四発しかねぇ。マジでヤバい時の切り札として使うぜ」
PM13:35 ショッピングモール メインフロア
一本道を走り抜け、別棟の大広間に到着した一行。裳抜けの殻でありながらも被害は極めて少なく、施設内の電気も最低限点いていた。
出発地点のフードコートと比べて特徴的なのは、中央の広場を堂々と占めた巨大な噴水。放水は止まっていたが、溜まった水の中心には水瓶を天井に向けて掲げる女神像が立っていた。
視線を上げると、中央の吹き抜けを囲むように交差して配置されたエスカレーターが広大な円形フロアの各階と繋がっている。
その先の天井には、翼の生えた白い天使像がスチールケーブルで吊るされており、女神像が中央の吹き抜けを通して、天使像を見上げるような構造となっている。
安らぎを齎す開放感のある空間に出てきたとはいえ、ひと息吐きたい気分……には到底なれなかった。
「………………」
「ちょっとカラス、どうして立ち止まんのさ。早く逃げないとヤツが来ちまうよ!」
朱雷電の魔の手から逃げ切らない限り、どこへ行っても地獄と変わらない。鴉は、やがて追い付いてくる彼をどう対処するか、次の作戦を実行すべくフロア内を見渡しながら思考していた。
そして一つの判断に至る。
……
…………
………………
「その場凌ぎのっ! 小細工だけでぇ! この俺をどうにか出来ると思ってんじゃねぇぞ……っ! らあああああああっっ!!」
怒声を通路内に轟かせながら、瓦礫を荒々しく蹴散らす朱雷電。麟鴉の妨害も虚しく、ほんの僅かな時間稼ぎにしかならなかった。
一足遅れて通路を抜け、メインフロアへ辿り着くが……
「むっ……!!」
纏った闘気と、勢いよく駆けていた足を制御して立ち止まる。踏み入って真っ先に現れた噴水を鋭い目で一瞥した後、周囲を見渡し始めた。
「散り散りにでもなったかぁ!?」
まだ遠くへは逃げられないはずが、鴉達の姿がどこにも見当たらない。自分の叫び声が反響して聞こえるほど、このフロア全体の異様な静けさが朱雷電に違和感を与えていたのだ。
(フフ……馬鹿が。何を企んでるかは知らんが所詮は低級品。気配がダダ漏れなんだよ……!)
九闇雄ほどの実力者なら視覚を頼らずとも、空気の揺らぎや張り詰めた殺気を感じ取り、敵の居場所を見つけ出すのは造作もない。
そして朱雷電の視線がある一箇所へ向く。標的を捕捉したのだ。すかさずエスカレーターを一段だけ踏み跳んで二階へ辿り着くと――
「それで隠れたつもりか女狐ぇぁぁぁっ!!」
「わわっ! ちょっとタンマぁ!!」
そこには乱狐が膝をついて柱の陰に隠れていた。傍には創伍と織芽が横になっている。結構な距離を走って二人を運んでいたため、一瞬だけ息を吐こうとしたのだろうが、そんな暇はおろか反撃も命乞いも許さない。朱雷電は乱狐の胸元目掛けて問答無用で手刀を突き入れた。
「……かはっ……!」
「まず一匹イィィ!!」
指先が乱狐の白い肌を通り、肉と骨を抉る。そして心臓を裂いた確かな感触に、朱雷電は頬を吊り上げ甲高い声で笑い出す。
「せめてもの情けだ……!そこの足手纏いとおまけの人間も、すぐにあの世に向かわてやるよぉ!」
「ぐ……あぁ……!」
貫いた腕が勢い良く引き抜かれる。乱狐の瞳からは生気が消え、柱を背にしてずるずると座り込んだ。
「フフフ、残すはチキン野郎か。こんなついで感覚であっさりと殺すのは性に合わねぇが……仕方ねぇ」
死んだ者にはもう興味がない。あとは傍で横になっていた創伍と織芽にトドメを刺さんと、朱雷電が手刀を二人に向けた。
「斬羽鴉もすぐに追わせてやるぜ道化師様よぉ。お仲間が多くてさぞ嬉しかろうぜ。これでもう……死ねや――」
その時だ。
(殺気――)
背後から何かが襲ってくる。それを本能で察知した朱雷電が上体を微かに横へ傾け、足を滑らせるように後方へ引いた刹那……
「――おっらあっ!」
鋭い正拳突きが飛び込んできた。拳は彼の身体に掠りもせず直径約2mの柱に当たる。岩を砕くような重い一撃に亀裂が走り、フロア内を少し揺らす程の威力。当たれば一撃必殺と言っても過言ではなかったが、朱雷電の意表を突くのには十分な奇襲であった。
「新手か――いや、テメェは……」
「あっちゃー惜しいっ! もう少しでその憎たらしい顔、あたしがぶん殴れたのにさぁ!」
奇襲を仕掛けたのは――乱狐だ。たった今、手刀で殺されたはずの彼女とは別に、もう一人の乱狐が朱雷電の目の前に現れる。
「……変わり身の術。確かいつぞやのデブとまとめて相手した時にも使ってたっけな」
倒れている乱狐の方に目を向けると、傷口からは一滴の血も流れておらず、貫いた腕も赤い血に染まっていない。傍に居た創伍と織芽も、よくよく見ると積まれただけの木の葉に、洋服店から持ち出した衣服を被せただけのダミーであった。
仕留めることに集中していた朱雷電の殺気を、乱狐が逆に利用してやったのだ。
「そこの二人はそうだけど、あたしのは特別。正確に言うならアンタが殺したのはあたしの妹の七狐さ」
「妹だぁ? テメェ、我が身可愛さに身内を盾にしたってのかよ」
「否定はしないよ。そういう技なんだからね」
そして彼女もただ隠れていたわけではない――
「ん……!?」
「影分身の術――って言えば分かるかな。一人の術者が何人も増える忍法」
別方向からも乱狐の声が聞こえる。周囲を見渡すと、全く同じ姿の乱狐が五、六人ほどフロア内に立っている。罠にかけてやったと言わんばかりの勝ち誇った様子で朱雷電を包囲していた。
「ごく一般の影分身は術を使っても、本物はたった一人だけど」
「これはその上位互換。あたしには他に八人の姉妹の人格があって、それらを魂として分身に憑依させる」
「だから分身といっても虚像なんかじゃない。人格を宿らせた実体を持つ分身」
「それぞれが自我を持って、自分の意思を持って行動できる」
「「「「「これが乱狐流――『九狐惑乱の陣』」」」」」
つまり乱狐の完全な同個体ではない。乱狐の異なる人格がそれぞれの分身に憑依した別個体なのだ。
「虚像に殺気は出せないが、生身の肉体を持った分身なら話は別ってわけか。しかしあのチキン野郎はどうしたよ。なんでテメェだけ残った?」
「ほんっと情けない男だよ。一足先に逃げちゃったんだ」
「それでテメェは足手纏いを担いだままじゃ逃げ切れんと見るや、俺を相手に悪足掻きねぇ。フフフフフ……!」
乱狐の包囲網に囲まれて尚、朱雷電には一切の動揺が見られない。
「その判断力と潔さは買うが賢いとは言えねぇな。月光でさえ俺と五分で渡り合うのがやっとというのに、女狐が徒党を組んで俺に歯向かってどうなる。本物とまとめて殺しちまえばそれで終いだ。何も戦況は変わんねぇだろ」
「分かんないよ〜、三人寄れば文殊の知恵って言うじゃん。その三倍だ。あんたを出し抜く方法や、こんな絶望的な状況が変わる可能性だって――」
――と、挑発する乱狐に朱雷電の片腕が突き出る。
「がっ……!」
指先から放たれた赤光が乱狐の腹部に直撃。そのあまりの威力に二階から一階へと派手に弾き飛ばされてしまう。
「――変わんねぇって言ってんだよ。俺が虫一匹、生きて帰さねぇと決めたんだからなぁっ!!」
背は床に叩き付けられ、腹は赤光で焼き切られる。何が起きたかも理解出来ず、あんぐりと口を開けたまま二人目の乱狐の呼吸が止まった。
「野郎!」
「よくも六狐をっ!!」
姉妹の仇を取らんと、他の階に居た分身が脱兎の如く駆け出して朱雷電へ襲い掛かる。
今度は二人の乱狐が同時に挑んだ。拳、肘、膝、脚を使いカポエラと功夫を組み合わせたような乱れ舞う連撃をテンポ良く打ち込む。
見る者によっては目を奪われかねない華麗なラッシュだが、朱雷電は二人の一打一打を確実に見切り、腕や脚でガードしていく。その受け止める打撃音を聞けば骨が軋んでいてもおかしくはないのだが、まるで心地良い音を楽しむかのように余裕の表情を浮かべていた。
「フフ……しゃらくさいッ」
接近戦においては間合いを詰めるほど死角が生じやすい。
その一瞬を朱雷電は狙っていた。片方が顔面狙って放った蹴込みを右手の甲で防ぎ、もう片方の脇腹を目掛けて放った回し蹴りを左手の掌で受け止める。
直後、腕に赤光を纏わせるだけ。両腕はたちまち高熱を放つレーザーナイフと化し、動かさずとも乱狐の猛攻はそこで止まってしまう。
「「うわっ……!」」
火傷による脊髄反射で手足を引っ込めた乱狐達へ一気に距離を詰め、すれ違いざまの一刀を振るう朱雷電。
そこからは二人に目も暮れなかった。何故なら彼女らの胴体は既にバターのように切り裂かれ、動かぬ肉塊となったからだ。
「チマチマやり合うのも面倒だ。全員掛かって来いよ! まとめて相手してやらぁ!!」
フロア中央のエスカレーターに立ち、朱雷電が残っている乱狐達に向けて高らかな叫び声で挑発する。
無論、彼女達に逃げる選択肢はない。
上階から三人の乱狐達が一斉に飛び降りて着地後、朱雷電の包囲網を更に狭める。
その直後――
「く……たばれっ!!」
包囲した姉妹達に気を逸らせ、一瞬の隙を突いた二度目の奇襲――四人目の乱狐が数秒遅れて朱雷電の頭上に迫っていた。
しかも飛び降りざまに高らかに上げていた片脚を一気に振り下ろし、強烈な踵落としを見舞う。エスカレーターの踏面はゴシャッという巨大な音を響かせて真っ二つに砕き割れたが……
「――ヤツは……!?」
「八狐! 上だよ、上!」
直撃には至らず。朱雷電は紙一重で素早く真上に跳躍し、既に四人の頭上を取っていた。
「一網打尽〜……!」
複数まとめて撃ち抜ける痛快感。自分だけが味わえる殺しの悦に浸りながら、再び赤光を放たんと腕を振り抜く。
しかし乱狐達も一筋縄ではいかない――
「「「散っ!!」」」
合図で一斉に散り、エスカレーターの側面や壁、手摺や柱を掠めるように宙へ跳び始めた四人。吹き抜けの上層・下層の間を素早く変則的に駆け巡ることで、まとめて撃ち抜くつもりだった朱雷電の攻撃をやむなく中断させた。
「――せりゃあっ!!」
「ッ……?!」
改めて標的を絞ろうと着地した朱雷電にその隙も与えない。まず彼の背後を狙って乱狐が飛び蹴りを仕掛ける。無論そんな不意打ちは振り向きざま腕でガードをされたが、乱狐はすぐさま片足でバネのようにして弾け跳び、再び壁を蹴って空中に逃げていく。
朱雷電もその後を追って跳ぶものの、空中でまた別の乱狐が死角から膝蹴りを仕掛ける。
地に足をつけてないため、ぶつかった衝撃で双方弾き飛ばされてしまうが、身体を回転させたのち壁を足場に反動を利用して復帰し、そしてまた次の攻撃を別の乱狐が仕掛ける。
四方八方から襲う乱狐と、空中で迎え撃つ朱雷電。衝突するたび激しい衝撃が吹き抜けに炸裂し、まるで無数の弾丸が錯綜する銃撃戦のようであった。
「つけ上がんなよこのアマぁぁっ!!」
彼にとっては羽虫に集られたくらいの気分だろう。しかし防戦一方を強いられ痺れを切らした朱雷電は一気に最上階へと跳躍。闘気によって宙に浮遊したまま天井に飾られた天使像を背にし、両腕を大きく広げる。
「轟雷降っ――!!」
次の瞬間、朱雷電が振り下ろした掌から、無数の雷閃が豪雨のごとく降り注いだ。
「オラオラオラオラオラオラァァァッ!!」
機関銃の乱射にも匹敵する赤光が、吹き抜けに連なるエスカレーターを次々と貫き、下層フロアを容赦なく破壊していく。
鉄骨が裂け、床が砕け、粉塵が視界を埋め尽くす。
「ん……!?」
確かな手応えがあった。それだけの弾幕を浴びせたのだ。普通なら悲鳴の一つでも響くはず。しかし耳を劈く衝撃音の中、聞こえてくるのは瓦礫の崩落音のみ。
朱雷電が目を凝らす。視界を覆う粉塵の向こうで何かが動いている。
蠢く影。それも見覚えのあるシルエットが次々と粉塵の中から姿を現す。それらは今しがた交戦していた四人の乱狐――だけではない。
「みんな、行くよ!」
「「「「「「応っ!!」」」」」」
朱雷電が殺したはずの分身達までも、死体となって倒れていた場所から立ち上がり、攻撃を続ける彼の真下に集結していたのだ。
「チッ……W.Eはゴキブリの寄せ集めか。どいつもこいつもしぶとさだけは一丁前だ」
殺した分身がゾンビの様に蘇る。またも不死身もどきを相手してることに愚痴を溢す朱雷電だが、自分には遠く及ばない存在。恐れることは何もないと、そのまま攻撃を止めず一掃しようする。
――その時だ。
「!!」
乱狐達が朱雷電目掛けて一斉に跳び出した。
「乱狐流――『美撃昇流弾』っ!!」
一人が印を結んで忍法を唱えると、それぞれの乱狐の腰から生えた尻尾がスルスルと伸び、枝分かれし、9本の拳を握った腕へと変化する。
50本はゆうに超えているそれらは勢い良く高く舞い上がり、華麗に流線を描きながら広がって空間を覆い尽くす。まさしく宙に浮かぶ万華鏡のようであった。
咲き乱れた幾つもの拳は朱雷電を捉え……吹き上がる暴風となって雷光の雨へと殴り込む。
「ハッ……面白ぇ!!」
吹き抜けを通して繰り広げられる拳と赤光の激しい衝突。
雷鳴が直撃した破裂音が痛々しそうに響くものの、岩をも砕ける乱狐の尻尾は、拳を握った握力によって鉄球ほどの頑丈さを誇る。一度や二度、赤光に撃たれても怯みはしない。
「どりゃりゃりゃりゃりゃりゃあああっ――!!」
「ぬああああぁあああアアアアッ!!」
だが……朱雷電に対し数に物を言わせたような戦術は通用しなかった。乱射に見える轟雷降はただの弾幕ではない。迫り来る拳の一打一打を、間隙を縫うように正確に連射していたのだ。
「ぐっ……!?」
無尽蔵に放たれるはずの拳が寸前のところで弾かれ、軌道を逸らされる。乱狐の攻撃は惜しくも朱雷電には届かず、周囲の天井を砕くだけの無駄撃ちとなってしまった。
そして分身を活かした特攻技ゆえ、拳を放った後の彼女達は全くの無防備……。
「フフフフッ、もう打ち止めかぁ!? 俺はまだまだ行けるぜぇぇっ!!」
今度は簡単に立ち上がらせまいと、朱雷電は七人の乱狐達にトドメの轟雷降を放つ。赤光は螺旋を描くように降り注ぎながら乱狐の尻尾を切り裂くと、そのまま彼女らの首や腕、脚までも容赦なく斬り刻んでいった。
「おっらあぁぁぁぁ――!!」
「ぐっ……! うっ! うぁああっ……!!」
凄まじい空中戦に終止符が打たれ、痛々しい悲鳴を上げながら乱狐達は真っ逆さまに地上階へと落下する……。
朱雷電は後を追うように最上階から一気に降下し、真下にあった女神像の上へと見事に着地。先の衝撃によって多少損壊はしていたが、床に転がる乱狐達の分身の死体を見下ろすには最適な足場となっていた。
「フッ、俺を出し抜くだぁ? 九闇雄を相手に勝つか死ぬかの二択以外、選択肢なんざ有りゃしねぇんだ。蘇ったとこで苦痛を引き延ばしにするだけなのが分かんねぇか? マゾヒストか、テメェ」
乱狐の分身は蘇る――つい今し方の攻防でその事実を知った朱雷電は、彼女の影分身の仕組みを知るためにもう一度殺す必要があったのだ。
分身達が血を流さないのは既に知っている。倒れている乱狐は全員血を流していないため、この場に本物は居ない。
すると間もなく、分身達の斬られた切断面の肉片がモゾモゾと動き出した。まるで砂鉄のように体のパーツが引き寄せられ、粘土のようにゆっくりとくっつき、傷口を塞いでいくではないか。
「なるほど……幻影ではない生身の肉体を持った分身は、いくら負傷しても本物の術者が死なない限り闘気が供給され続け、肉体を再形成していく。これが不死身のくノ一軍団の仕組みか」
少しずつではあるが分身は再度復活しようとしている。これでは朱雷電の一方的な体力の浪費とも言えるが、数秒死体を観察したところで、ある事に一つ気が付いた。
「だが再生が遅い……こうもバラバラに斬り過ぎちゃ何人殺したかもあやふやだが、さっきは四人まとめて相手してる間に、三分も経たず殺した奴らが傷跡一つなく蘇りやがった。一体だけなら大したことないが、複数となれば再生に求められる時間と闘気の消耗量は比例していくってとこだろう。つまりそのリスクを承知の上で分身だけ寄越すということは、本物は安全な場所で体力を温存している……」
乱狐は我流の体術と忍術で敵を翻弄する設定のため、他のメンバーよりも体力と闘気の消耗が著しい。だが刺し違える覚悟ならコソコソ隠れる必要など無く、体力がある内に朱雷電と交戦し仕留める必要がある。
そうしないのは乱狐に何か企みがあって、此処で時間を稼いでいたから――という理由に他ならない。
一瞬にしてその結論に辿り着いた朱雷電は……
「となると考えられる居場所は、この広大なフロアを一望することが可能で、戦況に応じていつでも逃げられる――そんな高みの見物と洒落込める安全地帯……其処に居るな、本物ぉ!!」
朱雷電の背後――中央フロアから20メートルほど少し離れた三階の通路を繋ぐ渡り廊下に向け、間髪入れずに赤光を放った。
「――ひっ!?」
……赤光は渡り廊下の手摺に命中。
だがそこには創伍をおぶり、織芽を抱えていた乱狐が立っており、手摺のおかげで軌道が逸れて彼女の長い黒髪が宙に舞っただけで済んでいた。
指で摘めるほどの束が斬り落とされたが、あと数十センチでもズレていたなら……織芽も、自分も創伍もまとめて殺されていただろう。まさに九死に一生だ。
「〜〜〜〜……!!」
「テメェの姉妹達は非力ながらも俺を相手に闘い抜いたんだ。まさか主人格様はトリを務めないなんてことはあるまい。さぁ、かかってこいよ。フフフフフフッ……!」
分身との闘いを通しただけで、自分の行動心理から居場所まで炙り出されてしまう乱狐。
一目散に逃げ出せばすぐ追い付かれるような距離ではない。だが朱雷電の目に捉えられたら最後、どう足掻いても一瞬で追い付かれ、瞬きする間に殺されてしまうような光景が目に浮かぶ。
凄まじい殺気と絶望が、彼女の全身を恐怖で拘束しているようであった……。
* * *




