第29話「運命の岐路」2/2
「おい……いつまで下んねぇ茶番を見せるつもりだぁっ!? こちとら暇潰しに来てやってんじゃねぇんだよ……! 早く決着つけやがれっ!!」
宙で見下ろしていた朱雷電が鴉に怒声を浴びせる。一方的に創伍を痛めつけるだけで、未だにトドメを刺さない彼に対して痺れを切らしつつあったのだ。
「………………!!」
自らの手で創伍を殺すか、朱雷電に譲るか――どちらを選んでも生き残る確率が低い分かれ道に追い詰められても尚、鴉は動けないでいた。
けれども、今の彼を凍り付かせていたのは、死への恐怖ではなかった。
『――どれだけ絶望しても……』
「……『希望』は必ずある……」
希望――この言葉が頭から離れない。今際の際に創伍が放った台詞が、鴉の時間を止めていた。
深い意味がある訳でも、何かの合言葉とも思えない。
ただ彼にはその言葉が特別だったのだ。
「……はっ、そうゆうことかい」
地を見つめたまま棒立ちしていたが、程なくしてその希望という言葉から何かを察した鴉。
すると先程までとは別人のように様子が変わっていた。今まで震えていた身体は憑き物が取れたように落ち着き、ゆっくりと上げた顔は、まるで遠い過去の記憶を思い起こし、どこか懐かしむかのように頬を緩ませていた。
「――さっさと撃ちやがれってんだ!! このチキン野郎があぁぁ!!」
そして何より……迷いが消えていた。
「……あぁ、分かったよ……」
朱雷電の叫びに背を押され、とうとう覚悟を決めた鴉が引き金を引く。
――バシュンッ
(さぁ、何を仕掛けてきやがる道化ェ!)
炸裂する射出音と光。創伍が死ぬという瞬間に、愚者が何もしない筈がない。魔物が出るか天災が起こるか、若干興奮気味であった朱雷電が身構える。
だが……放たれたものは彼が期待したような、重々しい拳銃の銃声とマズルフラッシュではなかった。
「――っ!?」
拳銃とは別の引き金を引かれ、刹那の閃光。直後に刃物が擦れ合う金属音を鳴らしながら空を切る勢いで宙に飛ぶ飛行物体。
「斬羽凧――『黒銀』」
バネ仕掛けで高らかに射出されたそれは、鴉が背中に背負っていたリュックサイズの銀翼のホバーボードであった。
単独可動で下部のファンからエアーを吹き出し、いくつものナイフを纏った翼を水平に羽ばたかせると、朱雷電目掛けて飛び込もうとしていく。
「フフ……本性を現したなあぁ! テメェから仕掛けんでも、俺がきっちり殺してやるつもりだったがよおぉ!!」
鴉の怪しい動きを背後から注意深く監視していたが、音と光で一瞬の不意を突かれたことに気付く朱雷電。だがこんな事態を彼は既に予期していた。二択を与えられた鴉は第三の選択肢として、無謀にも自分に牙を向けるであろう……その読みが的中して馬鹿めとほくそ笑む。
「チャチな小細工で何が出来る! まとめて始末してやらぁ!!」
下級の異品が九闇雄に反旗を翻すなど自殺行為に等しいが、いずれ殺す予定だったのが前倒しになっただけのこと。僅かな命を拾うために死に急いだその選択を後悔させんと、二人まとめて殺す特大の赤光を、片腕振り下ろして撃ち放つ――
しかし……
「んっ!? 何……!!」
一体何が起きたのか。突如朱雷電は腕を引っ込ませて放電を止めた。そして我が身を守るかのように素早く身体を仰け反らせ始めたのだ。
それもその筈、おかしなことに撃ち放たれた赤光は創伍達が居る正面とは真逆――朱雷電の下へ逆戻りし、撃った本人に襲い掛かっていた。
(何だコレは……赤光がまるで跳ねっ返るように……!?)
朱雷電も難なく躱しているが、敵からの攻撃ならともかく自分の攻撃に襲われるこの不可解な状況を理解出来ず混乱していた。
やがて黒銀が彼の目の前へ迫ってきた時、その理由を否が応でも知ることになる。
黒銀は、銀と黒色の装甲と羽を付けただけの鳥を模した飛び道具ではない。ボディは鏡と錯覚するほどの光沢を放っており、そのメッキ感は銀粒子をふんだんに使ったメタリック特殊加工が施されていた。
朱雷電の赤光は、熱エネルギーと電気エネルギーを闘気で調整できるレーザー光そのもの。それが鏡の反射作用によって跳ね返されたのだ。対朱雷電用に用意した、鴉のささやかなトラップである。
「テメェ……! 最初から俺をメタる準備もしてたってのかぁ……!! 下級異品が生意気にいいぃっ!!」
無論これで勝てる相手でないことは、鴉は百も承知している。
次に黒銀が朱雷電の間合いに入り込むと、翼部分を反転させる。密集した羽代わりのナイフが槍のように突き入れられ、腕と肘、腹部などに数本食い込んだ。
「う……っ!?」
正面から黒銀の刃を受けて怯んだ朱雷電の声と確かな手応えから、鴉はようやく振り向きざまに狙いを定めて追い撃ちを仕掛ける。
「どっかの誰かさんみてぇに不用心じゃねぇだけだ。バーカ」
狙いは黒銀のファンであった。弾丸を一発で小さな穴へと貫通させ、電源部に直撃。ホバーボードからは激しい煙と火花が巻き起こる。
黒銀は赤光の特性を確かめる為の囮だ。不意を突いてそれを確かめたのならもう用はない。中に搭載した火薬を起爆させ、いよいよ仕上げに入るのだ。
「殺すっ!! 必ずテメェと道化を……殺してやる!! 生かして帰さねぇ!! 覚悟し――」
猛り狂う朱雷電の雄叫びを道連れに、黒銀はそのまま崩落していくモールの奥の方へと墜落していき……
瓦礫と粉塵を派手に巻き上げ、爆発。
「お達者でぇ♪ ……はぁ」
拳銃をスタイリッシュにしまい、溜息は吐くものの、九闇雄を自力で退かせたことに満更でもなさそうな顔をする鴉。
二択を迫られていた彼ではあるが、朱雷電が襲ってきた場合の装備の用意はしていたのだ。ただし相手は九闇雄。交互に技を出し合うようなお遊戯染みた闘いで勝てる相手ではない。始まれば一度の油断で死ぬ。一秒でも長く生き残る為には、攻め立て続けるしか方法はなかった。
「あーあ……危険な道は渡らない主義だったんだがな……」
鴉は二つの運命の岐路を選ばず、新たな道を切り開いたのだ。
そのきっかけを与えたのは……非力さを悔やみながらも全力を尽くし、それでも希望だけは捨てなかった創伍の言葉が大きかったであろう。
「……鴉、お前……どうして」
「…………ふん」
だが倒れていた創伍はそんなこと露知らず。何故自分を殺さずに朱雷電と交戦したのか、鴉の心情に何の変化が起きたのか、傍で見ていても瀕死の状態では察しろと言うのが無理な話だ。
「勘違いしてんじゃねぇ。今の腑抜けたテメェを朱雷電に殺させても、俺が殺しても……俺が生き残れる保証がなかっただけだ」
「……………………」
「大人しく死んでりゃ良かったものをよ……。おかげで俺も此処から逃げられるか分かったもんじゃねぇ。こんな所で崩れかけの豆腐メンタルした奴に道連れにされるのも癪だ。この地獄から抜け出るまでは付き合ってもらうぜ。死ぬのはその後だ……」
自分が仕組んだ闘いではあるが、ハプニングの連続により予定が大きく狂った。朱雷電の魔の手が再び忍び寄る前に、創伍と鴉は、ひとまずこの地獄からの脱出を最優先にするのであった。
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