第19話「初めての××」1/2
海に咲く氷の白蓮花の上では、稲妻が走り、炎が燃え盛り、吹雪が舞う。
戦場と化した今のブルータウンに、賑やかな水上都市の面影はない。大英雄と九闇雄の熾烈極まる攻防が留まる所を知らず、生き死にを懸ける修羅共の巷となっていた。
「しぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ――!!」
朱雷電はスキーを楽しむかの如く、雪の積もった斜面を駆け降りながら赤光波を乱れ撃つ。
その威力はただ電流を走らせるだけにあらず。彼の行く道を塞ぐ氷塊が、一方は砕かれ、もう一方は切り裂かれる――闘気のコントロールだけで朱雷電の赤光は電磁砲にもなり、衝撃波にもなり、真空波にも化けるのだ。
自然現象の雷には遥かに劣るが、ヒバチやつららの相手に不足はないのだろう。先の奇襲で凍傷を負っていることも忘れ、敢えてハンデ有りで闘っているようであった。
「……アタシたち二人を同時に手負いのまま相手しようなんて、電々ちゃんもそれなりに鍛えてきたって訳か」
「はっ! 心配するまでもねぇよ、つららちゃん。ヤツに刺し違える覚悟が有ろうと、俺達ぁ不死身の双璧だぜ? どんだけ実力をつけてようが最後に命ァ残してる方が勝つ。こんなぶっ殺し合いにおいちゃ、俺達が負ける理由なぞ一つも無ぇやな!」
仮にも不死身のヒバチやつららを相手に、不死特性を持たない者が挑むのは無謀の極み。二人の固有の弱点を突かねば勝てぬことは朱雷電も承知のはずだ。
「いつまでもガキ扱いしてんじゃねぇよ。テメェらとは住む世界も……吸ってきた空気も違うんだからなぁ!!」
だが朱雷電は止まらない。相手が誰であろうとも、鍛え培ってきた実力を証明しようとする――
「どはぁっ……!」
「うわっ……!!」
それも一瞬でだ。助走をつけ走り出した朱雷電の姿が忽然と消え……その直後にヒバチの右半身とつららの左半身が、破裂音と共に弾け飛んだではないか。飛び散る肉片と血飛沫が雪山を赤く染め上げ、つらら達に膝までつかせるのであった。
「な……なんじゃこりゃぁぁ〜!?!?」
「一体……何が起きたっての……!?」
理解が追い付かない。はっきり覚えているのは朱雷電が消えた直後、視界に赤き閃光が走ったということだけ……。幸い弱点を突かれていないため、それぞれの肉体は再生する。ヒバチの傷口からは炎が沸き起こり、つららの傷口からは氷が張り、元通りとなった。
「フフフフフ……! 片足に全ての電気エネルギーを集約し、俺自身が稲妻に乗り赤光と同化するこの飛翔脚――『電迅蹴屠』には、たとえ不死身の大英雄様だろうと一生追いつけねぇよ」
どこからともなく二人の前へ現れ、勝ち誇る朱雷電。ヒバチ達は不死という特性を持っているだけで、瞬発力や機動力などは人間をベースにしているため、朱雷電のようなマッハを超えるスピードに追い付く能力は持ち合わせていない。
「……蹴りの一瞬に闘気を極限に高めて電気と同化とはね。考えたもんだ」
「確かにお前さんの言うとおり、その速さに追い付く足を俺達ぁ持ってねぇよ。だがな……」
故にどれだけ生き返ろうとも、朱雷電の速さに追い付けなくては不死など持ち腐れとなる。
「「その足を止める方法はいくらでもあんだよ」」
ならばその速さを止める障害を用意するまで。炎や冷気という自然の力を武器にしたつららやヒバチだからこそ、環境を味方にすることで対等に渡り合える闘法は心得ている。
「……むっ!?」
反撃は始まっていた――既に足元の雪の中から白い手が飛び出し、朱雷電の両足首を掴んでいた。
ここはつららが用意したフィールド。彼女の冷気で生成された氷山の雪の中からは、無尽蔵に雪男が加勢できるのだ。
「――巨大雪男!」
抜け出す余裕すら与えない。つららは水分を放出し、三体の巨大な雪だるまを生成。一斉に朱雷電を襲わせる。
「小賢しいやぁ!!」
ただ見掛け倒しと見抜かれればそれまで。朱雷電が赤光波を放っただけで、雪だるまは脆く崩れ去る。
『ウヘ!』
『ウヘへーイ!』
『ウヘー!』
「これは!? 纏わりついて……うっ……!」
だが相手は九闇雄――チャチな戦法で勝てないのはつららも承知の上だ。
巨大な雪だるまで襲わせたのは見せかけの攻撃。崩れた雪の中からは、小さな手の平サイズの雪だるまがいくつにもなって分裂して飛び掛かり、朱雷電の全身に次々としがみ付いて離さない。瞬く間に彼を雪で覆い尽くし凍結させた。
「『白銀の氷棺桶』――さぁ後は頼むよ。ヒバチ!!」
「おぉっしゃあ! ご指名入りましたぁっと!!」
つららに続き、ヒバチは腰に携えていたものを朱雷電目掛けて放り投げた。
それはサッカーボール並の瓶二つ。わら縄に紐付いた木製の蓋に閉められたその中に入っているのは火薬だ。ヒバチは投げる瞬間に縄に火をつけ、落下する瞬間に爆発するよう計算して投げ入れたのだ。
「ドデカい花火咲かせて散りやがれっ!!」
伊達に長生きして闘っているだけあって着弾は完璧だった。氷山の一角に凄まじい爆音が響き、雪崩をも巻き起こす程の大爆発。逃がれようもない灼熱地獄と大雪崩が同時に発生し、凍結された朱雷電を飲み込むのであった。
「ガーハッハッハッハァイ! どうだいどうだい、やってやったぜぃ!」
「どうだか。こんなんで勝たせてもらえる程、九闇雄が甘いとは思えないね。手応えは多少あったけどさ……」
白蓮花の氷山の一片が爆発によって崩れ落ちる。
既に別の山頂から朱雷電の最期を見届けたヒバチとつらら。これで終わるのであれば、労少なくして最上の首を取れたと言えよう。
「――しかし残念。この程度じゃ死なねぇんだなぁ」
「んなっ!?」
「やっぱり……!」
朱雷電は生きていた。火傷すらも負っていない。つららの『白銀の氷棺桶』で拘束されたあの状況から、いとも容易く脱出したのだ。
「チェエエエエイッ――!!」
いつしか背後を取っていた朱雷電に、二人は咄嗟に飛び退こうとしたが……僅かに出遅れたヒバチが、朱雷電の手刀によって首を刎ねられてしまう。
「のわああぁぁ!! 俺の首が〜!!」
しかも氷山の斜面が急なために、ヒバチの首はまるでおむすびころりんと、転がり落ちていくではないか。
「フフフフハハ……! さて、その首拾って海にでも捨ててきてやんぜぇ!!」
「馬鹿やめろっ! 待て待て待って俺の首ぃぃぃっ!」
まさに危機一髪。水はヒバチの唯一の弱点。彼の首が水に浸かったら最後、二度と再生することは出来ない。
山の上を首が転がり落ち、それを首から下のヒバチが全力疾走で追い掛ける。しかし疾風迅雷の跳び蹴り「電迅蹴屠」を持つ朱雷電には、ヒバチがどれだけ必死になって走っても追い付くことも出来ない……。
「電迅蹴屠――!!」
「わわ……! うひぃ〜!!」
再び助走をつけて稲妻に乗る朱雷電。一直線に山の斜面を駆け降りてヒバチの首ただ一つを狙う。
しかし……
「――『氷山楽園』」
その土壇場で朱雷電の前に障害物が割り込んだ。氷山の斜面から突如、別の氷塊がいくつも連なり飛び出して、氷山を築き始めたのだ。ヒバチの首はその飛び出した氷塊により、バレーボールのトスの如く運ばれ、間一髪で朱雷電の魔の手から離れていく。
(馬鹿なっ……! このタイミングで……?!)
一度放った電迅蹴屠の軌道を急にズラすことなど出来ない。まして速過ぎるゆえ、そんな事態に備えられない。朱雷電は何層にも連なる氷塊の中に、そのまま蹴りを入れるしかなかった。
そして暴発。朱雷電は分厚い氷塊を全て砕くことは出来ず、氷山の麓にまで到達した時点で止まり、氷塊の中に埋もれる形で再び拘束されるのであった。
「――残念無念♪ どんだけ速くたって向かう先が分かってれば、あとはそれを止めるだけ。ましてやヒバチを殺す千載一遇の好機が転がってたら、その技を使わない手はないよね~」
「っ……!!」
ヒバチの首を餌にして、朱雷電の高速を逆手に取ったつらら。そして首を拾えたヒバチはやれやれと取り付けながら、ようやく彼女と合流した。
「火ューッ! さすが我が愛しのつららちゃん! 氷山を作りまくってクッション代わりにして朱雷電のヤツを捕まえるなんて戦法、よく考えたもんだぜ!」
「あんたねぇ、アタシみたいに少しは頭使って戦えないの? 猪じゃないんだからさ……」
「んんっ! 手厳しいお言葉! でもそれはつららちゃんを火傷させないようにする俺の愛情こもった配慮ってことには、もうお気付き?」
「バカ。アタシ達に遠慮なんて要らないでしょ」
「ガハハハ! そうだったそうだった! そんじゃ……奴さんがまた何かやらかす前にさっさとキメるぜっ! つららちゃん!!」
「言われるまでもなくっ」
朱雷電の動きは止めた。それも先刻より強固にだ。今度こそ確実に倒すべく、念には念以上の追い討ちをかけるのであった。
「『大紅蓮爆炎波』――!!」
「『完全結晶』ッ――!!」
闘気を扱い熟せるのは九闇雄だけではない。ヒバチ達も闘気を混ぜ合わせることで、より強力な炎や冷気を放つことが出来る。
「「はぁっ――!!」」
呼吸の揃った二人の一撃は螺旋状に交わり、朱雷電の拘束した氷塊に命中。白煙と黒煙が渦巻き、白蓮花の氷山までも木端微塵に粉砕した。
「へへ……これならどうだい。俺達二人の愛の勝利だぜ」
凍りついたブルータウンの海の上に立っているのは自分達のみ。そう確信していたヒバチ達だったが……
「フフフフ…………今のはちょいと痛かったぜ」
その期待はあっけなく潰えてしまう。なんと爆風の中からは、赤光を纏った朱雷電が……傷一つ負うどころか、コートについた氷塊の破片を手で払いながら鼻笑いして立っていたのだ。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ……」
「……こりゃあちょっちヤバいかもねぇ」
まさかの結果に終わって愕然する二人を、朱雷電が嘲笑う。
「思った通りだ」
「あぁ何がだ? 俺達が似合いのカップルって事がか!!?」
「……違うって、馬鹿」
「テメェらは決して弱かねぇよ。名だたる英雄が集うW.Eの中でも『双璧』と呼ばれる実力が有ることにゃ間違いはねぇ。コンビネーションに磨きが掛かってるのも認めてやる……」
過去の話ではあるが、二人とも朱雷電とは対等に戦えていたのだ。それが今やヒバチ達が彼に遅れを取っているという現実に直面している。
理由は単純だ。
「ただし……テメェらの実力は、俺が最後に相手した時と何一つ変わっちゃねぇ!」
「「――!?」」
「弱点である火と水を受けない限りは不死身。だから死んだってどうにかなるという驕りが力を停滞させる。相手のスタミナ切れを狙ったり、手の内を知ろうとするような助平心が戦術を曇らせる」
ヒバチ達は反論をしなかった。事実不老不死である以上、それらも戦術の内に入っていたからだ。
「だが俺は違う。不老不死が相手だろうと、何度やってもまるで負ける気がしねぇんだ――」
朱雷電が語る途中で氷の上を駆け出す。
「う……っ?!」
「ぐ……あっ……!」
なんと今度は正面から堂々。一瞬の隙を突いた朱雷電の貫手が、ヒバチとつららの喉奥を同時に貫いたのだ。
二人の喉から溢れ出る血が、氷の上を赤く染める。
勿論これでは二人とも死ぬことはない。弱点を突かれぬ限り何度でも蘇る。
しかし喉を貫く朱雷電の貫手を引き抜かない限り、再生は始まらない。
朱雷電は……それを見抜いていた。
「フフフフフ……」
「おめぇ……まさか……!」
「ヒバチ……早く引っこ抜いて……っ!!」
「――生き地獄を味わえ」
朱雷電がぼそりと呟いた後、ヒバチとつららの全身がビクビクと震え出す。
「があああぁぁぁぁっ!! おぉっ……ああああああっ……!!」
「うぅぅぅぅぅぅぅっ……あぁぁぁぁぁぁぁっ…………!!!!」
そう、朱雷電が体内から電気を一気に流しているのだ。心臓から神経の先にまで電流が流されるヒバチとつらら。不死といえど、痺れ続けては電撃地獄から抜け出すことはできない。そして死ねないのだから、抵抗しようとする意思も沸かないまま最高出力の電流に苦しみ叫ぶしかなかった。まさに死ねない地獄そのものであった。
「ヒヒヒアハハハハハアアァァッ――! アッー!!」
その光景を肴にして楽しむかのように朱雷電はマスク越しに高笑いする。
(チク……ショウ……これまで……か……)
創伍とシロを守ろうとしたヒバチ達の奮闘も虚しく、朱雷電の前に成す術もなく敗れ去ってしまう。その無念さと劣等感により、ヒバチ達の意識は崩壊に差し掛かる。
「落ちろよぉぉぉぉっ――!!」
朱雷電の勝利の瞬間だった――
「……あ?」
大英雄をも完全に圧倒し、勝利を確信する寸前だった。朱雷電は何故か沈黙し、辺りを見回し始めたのだ。
「何処だ大英雄様よ! 俺はたった今までこの手でテメェらを……!!」
彼はたった今まで片手でヒバチ達の首を掴み、電流を流していたはず……。しかしどうだろう。放電は止まり、そのヒバチもつららも忽然と姿を消しているではないか。
「これは一体……」
首を絞めていた感触も、手にはっきりと残っている。それでも数秒前まで幻を見ていたのかと錯覚しそうな事態に、朱雷電は狼狽えていた。
だがその違和感の原因を、間も無くして知ることとなる――
「……テメェか」
振り向けば朱雷電の視線の先には、もう立てるはずのない者が立っていた。
――創伍だ。
朱雷電の電撃によって満身創痍のはずの創伍が、彼に背を向けて立っていたのだ。下に俯く創伍の足元には、つららとヒバチが横たわっている。
あたかもこの数秒で、二人を救い出したかのようで――
「おいおい道化英雄様よぉ。何したか知らねえが……最初から本気出せたんじゃねぇか」
「………………」
「テメェがいつまでも本気出さねぇからその二人、とんだ死に損被ったな。まぁ何度蘇ろうが何万回挑もうが、もうコイツらは俺には勝てねぇ。そこで不老不死でもないテメェが立ち上がったとこで一体どうなる?」
不死身の双璧を圧倒した以上、今更創伍など脅威ではない。そうタカをくくっていた朱雷電だったが……
「――!?」
またも奇妙な違和感に目を疑った。ゆっくりと顔を上げて振り向いた創伍に、多くの異変が起きていた。
見当たらないのだ……先程まで抉った肩の傷はおろか、流血の痕が存在しない。自分が創伍にダメージを与えたと証明できるものがない。最初からそんな事実はなく、鮮明に覚えていたさっきの快進撃は、全て幻だったのかと錯覚する。
しかも――
「なんだ、その目は」
再び相見える創伍は、餓えた獣のように、赤く鋭い目付きで、朱雷電を一点に睨みながら小言を呟いていた。
「……ヤル……」
彼の身に起きてる異変はそれだけじゃない。彼の周りには、何やら黒い瘴気が込み上げている。
その出所は、彼の黒光りする左手からであった。
「……シテ、ヤル……!」
創伍自らが意思を持って立ち上がったのではない。黒い瘴気がよりドス黒く荒ぶると、創伍の体も少しずつ動く。まるで黒の左手が宿主を突き動かすかのように……
そして――
「殺シテヤル――ッ!!」
今日まで他者に抱こうとさえしなかった「殺意」を――本能のままに吐き出させんと、人形の如く操っているようであったのだ……。
* * *




