行間06「心からの願い」
創伍は敗れた――朱雷電との圧倒的な実力差を見せつけられた果てに、力尽き倒れてしまった。
死んだ訳ではない。今の彼には体を起こせる体力も、目覚めようとする気力も無いだけ。微かな心臓の鼓動もするし呼吸も出来る。睡眠と似た感覚で、自分が死んでないことだけは分かっていた。
ただ……もがく事も出来ず、一筋の光も射すことのない心の闇の中へ、どんどん沈んでいくような感じだけが重苦しかった。
その心中で彼は嘆く――
(俺に……もっと力があったら……)
……なんとも彼らしく、それに漠然とした愚かな願いだろう。自分がどうしたいかではなく、あくまで仮定で考えている。
だが無理もない話だ。例えば創伍は、どんなに辛いことも自分が耐えればそれでいいと思っており、相手がどんな悪人だろうときっと根は良い奴だ――と自分には厳しく、他人には優しいのだ。
一番最初の行間で述べた「自分は人生の主人公と思ったことがない」原因は、彼自身のどうしようもない程の甘い性格からも来ている。
しかし創伍にはもう一つの欠陥があった――
こんな事態に陥ってしまうまでの四半世紀、彼は誰に対しても心の底から抱いたことがないのだ……。
――殺意を。
誰だって、本気じゃなくても一度は人に抱いたり、口にしたことがないだろうか。
「死ね」
「くたばれ」
「消えろ」
「ぶっ殺す」
「いなくなっちゃえ」
事情はどうあれ、相手の存在を否定してまで憎いと感じたことくらいあるはずだ。
だが真城 創伍は……怒りはしても、殺意までは微塵にも抱いたことがない。
それ故に――彼は主人公になりたいという願望とは別に、内に秘めた本当の願いと、真の能力に気付いていない。
殺されるのに笑顔で死にますと応じる阿呆は居ない。領土を奪われるのに喜んで明け渡す阿呆も居ない。
だったら足掻くだろう、戦うだろう――そんな自分の身を守るための……『必要悪』というのが、彼には欠損しているのだ。
だからこそ……
『だからこそ、ボクが思い出させるんだ――』
深い闇の中、聞こえてくるのは創伍に寄り添う声。
『そしてこれは……ボクにしかできないことだから……』
声の主はシロではない。どんな不安も吹き飛ばしてくれる、あの明るい彼女とはまるで正反対。不安なんて抱かせない、むしろ何物も近付けさせない……鋭い棘を持つような少女のものであった。
『やはりキミの本能は……本当の真城創伍に戻りたがってたんだ。主人公になりたいという、表向きと真の渇望との間で葛藤していたんだね……』
それは当たらずとも遠からず。少女は結果的に自らが求められていることと解釈し、狂喜する。
『あぁ……真城 創伍。ボクだけの愛しの真城創伍。キミの為なら……ボクは我が身を捧ぐ事を厭わない。何故なら壊れるまで振り回されたって、キミに愛されていると感じられるし、ボクもキミを愛しているから……』
この状況は少女にとって待ち焦がれた瞬間――彼女は、嘘偽りなく創伍に必要とされている。また創伍の本能も、知らず知らず彼女を求めている。そうでなければ、少女がこうして創伍に近付くことも叶わなかったのだ。
『でもね……残念だけど今はその時じゃないんだ。ボクが力を与えなくても、キミには朱雷電を倒せる力がある。後は願いを行動に変えるだけ……。きっと久々の感覚に慣れないだろうから、今回はそのきっかけだけ与えてあげる……』
主君の欠損を補うのも忠臣の役目――まずはこの死の淵から這い上がらせる為、少女はほんの囁かな『愛』を注ぐ。
『さぁボクの手を握って。そして目覚めるんだ。「殺戮の道化師」――』
たとえそれが……自我を失い全てを滅ぼさんとする破滅の刃であろうとも……創伍は手を伸ばして望むのだ――
(朱雷電を……××したい……!!)
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