第17話「天翔ける赤光の朱雷電」2/3
AM0:54 アンダーアイズ・ブルータウン
死屍累々のブルータウンの中心で、九闇雄の一人と名乗る青年――朱雷電との死闘が始まった。
「ひっはああああぁぁぁぁ――!!!!」
歓喜混じりの奇声を上げる朱雷電は、鎖を解かれた餓狼の如く真っ先にシロへ先制攻撃を仕掛ける。
繰り出すは目にも止まらぬ貫手突き。一度突けば十の手刀が残像となり、数秒で百に達する程の速さで空を切る。
シロは持ち前の軽い身のこなしと動体視力でその尽くを躱していくが、その顔に余裕の表情はなかった。
「どぉしたあぁぁぁぁ愚者の化身っ!! 避けるんならもっとピエロらしく戯け舞ってみせろやぁ!!」
「っ……!」
理由は朱雷電の両腕に――彼の指先から肘までには、煌々と輝く赤い光が纏ってあり、その威力の未知数ゆえに反撃出来ないのだ。自然現象でないにしても彼の強さの表れと言えよう。避けることは出来ても受けたら最後、致命傷は免れないとシロは読んでいた。
「――シロ!!」
そこへ創伍が『勇者の剣』で加勢する。想像力で具現化された白銀剣は、如何に強力な法則があろうとも全て無視する一刀両断の必殺技。
その剣で、シロを追い詰めていく朱雷電の背後を取って薙ぎ払う!
「なっ!?」
しかし……位置的に命中を確信していた創伍に、目を疑うような事態が起きた。
まさか背中に目でも有るというのか、創伍の剣先が掠る寸前で、朱雷電は忽然と姿を消して躱したのだ。
「――フフフフ! こいつぁまた大胆に攻めてきたな。その威勢だけは買ってやる」
(後ろ……!?)
「女の子守りたい気持ちは分かるがよ、そう殺気をムンムンかましてたら振り向かずとも避けられるってもんだ」
気付けば朱雷電の手刀が創伍の首筋へと突き付けられ、二人の立場は一瞬にして入れ替わってしまう。
抵抗しようものなら指先が優しくなぞるだけで切り裂かれるであろう。創伍は身動き一つ出来なかった。
「先に仕掛けた俺が言うのもアレだが、背後を襲うとは英雄にしちゃ少々マナーに欠けるな」
「ぐっ……!」
「だが俺達は現在試合ではなく殺し合いをしている。だからその点においてテメェの判断は実に迅速且つ的確だ。恥じるこたねぇよ。ただ強いて残念な点を挙げるとしたら……技の使い所だ。今放ったのはテメェの数少ない必殺技だろ。しかも一発即死の」
(コイツ、どうしてそれを……!?)
焦る創伍の心を見透かすように、朱雷電は彼の落ち度を指摘する。
「フフフフ、長年見てきたのさ。ちょっとばかし背を向けるだけで、一撃で仕留めようと死角を狙ってくる数多の雑魚共をな。敵のもがき苦しむ姿見たさにチャチな技使う馬鹿は居ねぇ。必殺技を当てればいい。それが当たると確信した時には、もう俺が避けるかもという些細なリスクも考えない……。そんな殺されていった雑魚共と同じく、テメェも嬢ちゃんを守りたい一心で無意識に剣を振るったんだよ。当たりさえすりゃどうにでもなるんだからな」
シロを攻める一方で創伍の出方も見逃していなかった。彼女を追い詰めれば創伍は必ず自分に攻撃してくる。そこでわざと隙だらけの背後を襲わせることで、創伍の戦術や心理までも読んでいたのだ。
「フフフフ……! しかし必殺技ってのは馬鹿の一つ覚えみたいに出すもんじゃねぇ。最後の最後に出す奥の手だからこそ……絶対に命中する状況で放たなきゃな。こういう結果を招く――」
答え合わせをしたところで、これまで殺して来た者達と同じ結末を創伍にも下そうとする朱雷電。
「創伍っ! 伏せて!!」
――だがそれをシロが放っておくはずがない。不意を突いて創伍を助けようと、真横から二人の間へ超速で飛び込む。
創伍も彼女の声に反射的に従い地面に倒れ込む。辛くも手刀から逃れることが出来たが……
「こんな具合にっ! 仲間の足を引っ張るという結果になぁぁぁっ!!」
「っ!? あぁっ……!!」
これも全て朱雷電の読み通りであった。振り向き様に手刀が突き入れられ、シロの身体に命中してしまう。
「し……シロぉ!!」
創伍の叫びも虚しく、迎え撃たれて地面に転がり落ちるシロ。不幸中の幸いは、直前に軌道を反らしたことで急所は回避出来たが……右肩から背中へかけて鋭い斬傷が刻まれていた。
「ハッハハハ! 相手が何人増えようと俺には関係ねぇ。テメェらみたいなコンビプレーを仕掛ける奴ほど、面白ぇくらいに俺の思い通り動いてくれるからな。片方を追い詰めれば、もう片方が釣られるように突っ込んでくる。そん時にゃ連携なんてガタガタだ」
シロが標的であることに変わりはないが、創伍が危機に陥れば必ず彼女は捨て身の攻撃に入ってくることも見据えていた。わざと隙を見せるべく創伍を殺さなかったのだ。
「そして嬢ちゃんが食らった俺の赤光は、体内の闘気をエネルギーに変換し、手刀へ集約させたレーザーサーベルそのもの。軌道をズラしてなきゃマジで死んでたろうが、そんなザマじゃ使える手品も限られるだろうぜ」
「シロ、大丈夫か!? しっかりしろ、オイ!」」
「うぅぅ……あぁ……!」
創伍が駆け寄ると、シロの切り傷からは赤い血がとめどなく溢れ、更に煙も上がっている。痛みと焼けるような熱さが二重の苦しみとなって彼女を襲っていた。
「おいおい……まさか舞台の進行役が肩を負傷したくらいで閉幕か? ファンの期待を主催者が裏切るのは一番あっちゃなんねぇぜ」
「…………!!」
「それとも何だ。舞台の連続公開はスケジュールに無かったか――此処へ来る前に既に体力使い切ってて最高のコンディションじゃないってのか? だから本気を出せてないと……殺し合いの中でそんな甘ったれた言い訳を通そうなんて思ってねぇだろうな」
「はっ……!」
ここまで朱雷電の掌の上で踊らされたかの様に手も足も出ない創伍。今になってその理由に気付かされる。
恐らく朱雷電は二人がパンダンプティとの闘いから間もないことを知っていたのだ。破片者含めた異品を束ねる存在が、敵である創伍達の動向も知らず気まぐれにやってくる訳がない。
そしてシロが防戦一方で手品一つ出せていなかったのは、結論からしてスタミナ切れだ。舞台演出や手品の効力は集中力によっても左右すると、鴉との闘いでも見破られている。
「フフフフ……今更気付いたか。恨むならテメェの運命を恨みな。この世界じゃ何処で何していようが手ぇ出されて死んだらソイツが悪い。自然界で生きる動物と同じだ。餓えた虎が幼い小鹿を見つけても成長するまで喰うのを待ってくれんのか? 喰った虎は責められる道理があんのか? そんな生き方しか教わらず、してこなかった俺が、律儀にテメェらの都合に合わせて足を運ぶ訳ねぇだろ」
(俺の所為だ……俺が長官の言葉を無視してシロを連れてきたから……)
あの時少しでも踏み止まっていれば……と、今になって自分の愚かさを悔いる創伍。小刻みに肩を揺らし嘲笑う朱雷電を相手に、一人では成す術が浮かばなかった。
「さぁ――二人でなら勝てると高を括ったテメェらの内一人が倒れた訳だが、この後の道化英雄様はどう俺を魅せてくれるのかねぇ……フフフフフ!」
「…………クソぉ!」
それでも創伍は落としていた剣を手に取り、地面を蹴って再び朱雷電に斬り掛かる。
「創伍……ダメだよ……! すぐに逃げて……!」
シロを守らなくては――己に言い聞かせて剣を振るう創伍に、シロの声は届かない。
しかし剣先は勢い任せに半円を描くだけで、いずれも掠る寸前で簡単に避けられてしまう。
そして朱雷電は、それがせめてもの抵抗と気付いていた。ならば最早一手先を読まずともただ避けるだけで良いのだから、後は創伍一人の体力勝負なのだ……。
「うぉぉぉぉっ!!」
「――はい。そこまで」
遂にはその猛攻も止められてしまう。心臓目掛けて突き入れた剣を、朱雷電は右手の三本の指で摘まむように眼前で受け止めたのだ。いくら力んでも剣は突き通すことも抜くことも出来ず、苦し紛れの抵抗さえ封じられてしまう。
「づっ……は……っ! あぁ……!!」
「フフフ。人間のはぐれ者にしちゃ頑張った方だろう。九闇雄の一人を相手に、臆せず立ち向かったと後世まで言い伝えられてもいい。だがテメェの実力の無さに飽きちまった。追い詰められれば鼠でも噛み付く――その様子じゃあ、もうネタ切れなんだろ」
「勝手に決め付けんじゃねぇっ……俺はまだ……!」
「分かるんだよ俺には。テメェまだこの状況でお嬢ちゃんが何かしてくれると思ってんじゃねぇか?」
「何ぃ……!?」
「なんたって未知を武器とした二人一組の英雄だからな。テメェに何の実力が無くたって、相棒はこんな状況をいつでもひっくり返せる。これまでだってそうだったから……誰が相手だろうと絶対に勝てる……そんな根拠のない自信が根付いちまってた所為で、この現実を受け止められねぇんだ」
自分が驕っているなど有り得ない、と創伍は否定しようとした。
だが今の状況はどうだ……心のどこかでまだシロを後ろ盾にしているから、無意識にこんな抵抗をして時間を稼いでいるのではないかと疑ってしまい、朱雷電の指摘が的を得ている気がしたのだ。
「元々実力が何も備わってねぇのに、ただ恵まれた能力を振り回し、ただW.Eの掲げる正義の下、テメェの使命だの朧げな目的を遂行してきたんだろ。そういう自惚れ屋の英雄、この世界には数が多過ぎて俺も何人殺したか覚えてねぇ」
「…………!」
自分もその一人と思い知らされていくうちに、剣を握る手が緩んでいく。
今の実力では朱雷電には勝てない……創伍が敗北を認めた瞬間だ。
「分かったか。だからテメェら平和ボケした英雄は、九闇雄に及ばねぇのさ。使命だの信じるものの為にだの、守りたい奴の笑顔だの、ふわふわしたもん背負ってりゃ勝てるとでも勘違いして、終いにゃ奇跡に縋り付く。俺達闇雄は、世界に害をなす脅威として歴史の影へ消され、そこから常に生き死にを賭けた綱渡をして這い上がってきた。その俺達に有るものは己が命一つ……英雄ごっこしてる連中とは、背負う物の重さが違ぇんだよぉ!!」
朱雷電は天を指差し、命一つを背負ってこそ強者と誇示し、創造世界の真理を体現する。
「……そういうことだ。テメェも深く考えず、潔く負けを認めるんだな。楽になれるぜ」
「うぅ……」
最早戦意が崩壊しかけている創伍に待ち受けているのは、朱雷電から与えられる完全なる敗北のみ。
それは死以外の他にはない。
「これで……終わりだっ!」
「……っ!!」
再び赤光を纏った手刀で、朱雷電が創伍に最後の一撃を下すのであった。
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