第17話「天翔ける赤光の朱雷電」1/3
5月7日 AM0:34 W.E本部 長官室
「なるほど。それほど手強い破片者と、まさか友達にねぇ……」
本部に帰還した創伍達は事の顛末を長官に報告した。
連行でも討伐でもなく……友達になった――という本来の想定より斜め上の結果に、長官は驚きを通り越して感心に至っていた。
「まったく……どうしてあなた達が同行しておきながらそんな勝手な判断を許したのよ! その破片者が人間を襲わないのは口約束だけで、保証は何処にもないでしょ!? それでもしアーツの存在が人間に知れたりでもしたら、誰がどう責任を取るって言うのー!」
一方アイナは、事前に相談もなく勝手な判断をした創伍と、同伴させたにも関わらずそれを諌めなかった乱狐や鈴々に対し喝を入れる。
「私はちゃんと忠告しましたわよ! ら、乱狐さんとかもうちょっと何か言うべきじゃありませんでしたの!?」
「いやいや仕方ないじゃん、創伍の問題だし。創伍の第六感がそうしろって言うんだもん。尊重してやんないと」
「アイナ……二人は悪くないよ。全部俺が決めた事で――」
「それがいけないのよ! どうして報告の一つも入れようとしないの!? いくら目を見て信用したからって、あなたを欺く為の一芝居だったとしたらもう手遅れなんだからっ!」
「うっ……」
アイナの正論に、ぐうの音も出なかった。パンダンプティと親交を深めたとはいえ斬羽鴉との繋がりが有ることは変わらず、100%無害であるとは断言できないのだ。鴉の悪知恵により、彼が再び創伍達の前に立ちはだかる可能性も十分考えられる。
「まぁまぁアイナ君……真城君は今朝の私の言葉を受け、自分なりに考えて判断したのだよ。そうだろ真城君?」
「……はい」
「ですが長官!」
「――我々の任務は異品を弾圧することにあらず。両世界のバランスと秩序、平和を守ることだ。双方無益な血を流してないのは、真城君だからこそ成せたものであり、素直に評価すべきだろう」
斬羽鴉に使役されてる破片者を倒すことは罠かもしれない――出動前、創伍に警戒を怠らないよう指示した長官は、自らの発言に責任を持った上で彼を擁護した。
「名声も求めず組織にも属さず、守りたい者の為に動く……。私とは違うが彼もまた信念の強い破片者だ。信ずるに足る人物だと思うよ」
「……長官がそう仰るのなら……私も憂いは無いです。取り乱してすみません」
「同じ破片者が言うのだからな。説得力が有るだろう? ハハハハッ」
笑い飛ばす長官に、場の空気は僅かに和んだ。
「ただしアイナ君の言うことにも一理ある。報告はすべきであったろうが今更撤回する訳にもいくまい。故に真城君、キミの判断も考慮しW.Eの一員と見込んで頼みたい事が一つ――その破片者の一週間の観察と、斬羽鴉など他の異品との接触がないか監視をして欲しいのだ」
「も、勿論ですっ。こうなったのは俺の責任ですから……! 俺にやらせてください。他の人の手は煩わせません!」
「シロも一緒にかんしするー! 毎日だって大丈夫だよー!」
「シロは動物達と遊びたいだけだろ」
「えへへ……バレちゃったー♪」
双方の考えを酌み取り長官が取り纏めたのは、創伍に任務という形でパンダンプティを機関の監視下に置かせることであった。本人も合意のうえ、アイナや乱狐達も異を唱えることなく場は収まる。
創伍本人は内心嬉しかった。今日まで保護監視下に置かれたままで、メンバーという扱いではなかったが、初めてW.Eの一員として任務を託された事でやる気に満ち溢れていたのだ。
「うむ。責任を持って務めてくれたまえよ」
「はいっ!」
ただでさえお人好しな創伍が無責任になるはずもない。創伍の意思を受け止め、長官も胸をなで下ろす。
「さてこれにて事は落ち着いたわけだが……出動前に釣鐘君が言っていた昇進の件――今回は四人とも等しく活躍したようだから、ひとまずお流れになるね」
「オーホッホッホ! んまぁ〜当然っちゃ当ぜ…………? んなぁっ!?!?」
それだけじゃない。四人を見送る前、長官が頭を悩ませていた鈴々との口約束――彼女の活躍により全員が無事に生還が出来た場合、正式なメンバーとして迎え入れる件も反故となった。W.Eの問題児を昇進させるという大事にも至らなかったのだ。安堵しない筈がない。
「ちょ、ちょ〜きゃ〜ん! そ……それはあんまりですわぁ〜ん!!」
「明日からも警備をよろしく頼むよ。キミにしか出来ない任務だ」
「ぐぬぬぬぬ……んもぉ! どうして私だけいつもこんな扱いですのー!」
「「「ハハハハハ……」」」
今日という長い一日は鈴々の骨折り損だけで済み、一同笑顔で終わりを迎える。
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』
――その時、突如非常サイレンが鳴り出した。
「どうした。何事だ!?」
それはW.E本部かブルータウン内に緊急を要する事件が発生した場合のみに鳴らされるもので、総員出動出来るよう大音量で本部内に響き渡る。屋外ではサーチライトも点灯し、数秒前までの静かな夜が一瞬にして騒がしくなった。
本部内とブルータウン周辺の警備は24時間体制で万全のはず――只事ではないと感じ取った長官は、素早く机の無線機に手を伸ばし状況確認をする。
『――こちらブルータウンA地区X-4! 何者かが物凄い速さでこちらに迫って……! うわ、助け――』
『こちらB地区Y-7!! A地区応答を…………ば、馬鹿な! もうこっちにまで!! あぁ――』
『A地区、B地区どうし…………た……わっ、わぁぁぁぁ――』
『こちらR地区D-12! 異品が通る所あちこちに火が回っている! すぐに住民を避難させ――』
『避難だって!? 住民達も襲われてるんだ! 異品を取り押さえるのが先……わっ、嫌だ!! やめろ!! ぎゃ……——』
次々と途切れる隊員達の叫び声。無線機からの状況報告では何が起きているのか情報量が余りに少なく、鈴々が痺れを切らしてしまう。
「長官! 一体何が起きているんですの!?」
「……界路の駐在隊員が次々と襲われている。おそらく一人の異品にだ」
「ひ、一人!?」
先程までの賑やかな空気は一気に冷め切った。
闘いを終えたというのに、英雄達に休息の時は許されず……新たな攻撃が仕掛けられたのだ。
「集団蜂起ならまだしも……たった一人、本部の目と鼻の先で好き勝手してるなど無謀にも程がありますわよ!!」
「それにブルータウンと現界との界路だけでも500箇所以上……どんだけ近くても5km以上なのにこんな短時間で攻め落とすなんて、一体何者……?」
耳を疑う鈴々と乱狐だが、長官室の窓から臨めばそれは現実に起きてしまっている。
「ひとまずヒバチ君とつらら君を向かわせる。別の任務より戻っている途中の守凱君にも至急連絡を取って現場へ急がせよう。真城君たちは闘いから戻ったばかりだ。その者が異品か破片者かどうか判明するまで、ここで待機してくれ――」
「………………っ」
隊員達や街の人々が、今まさに姿も目的も分からない者に襲われている――創伍が黙って待っていられるはずもなく……。
「長官、俺も行きます! シロも一緒に来てくれ!!」
「あいあいさー!」
「む!? 待て真城君っ! 勝手な行動を取るな!!」
呼び止めも虚しく、創伍とシロは長官室を飛び出した。
「なんということだ……まだ敵の正体も分かっとらんというのにっ……!」
長官の胸中は嘗て無い程にざわついていた。W.Eの本部前で夜襲をかけ、まるで英雄達の迎撃を待ち望むかのような大胆不敵な異品など、これまで戦ってきた敵よりも遥かに次元が異なる存在であろう――そんな予感がして止まないのだ。
「長官……!」
「うん!? どうしたかねアイナ君」
そのただならぬ空気は、長官に限らずアイナ達も感じ取ることになる。
「空が……! 裏ノ界の空が……赤いんです……!」
「何……!?」
長官が血相を変えて窓に張り付き凝視する。
裏ノ界の上空は確かに赤かった。そしてその予感を的中させる不吉な兆しが視界に広がり、部屋に居た全員が戦慄する。
「あれって……稲妻?? 雨も降ってないのに稲妻が走ってる……」
「それに空が赤いんじゃない。あの稲妻が赤いんですわ……」
「赤い稲妻……! まさか――」
真夜中に夕焼けと見違えそうな赤黒い雲が渦巻く。その雲の中で、真紅の雷が見え隠れしていたのだ……。
* * *
AM0:42 アンダーアイズ・ブルータウン
本部から急いで創伍達が駆け付けたものの、ブルータウンの面影は今やない。市場の露店や煉瓦造りの住宅は破壊し尽されており、アーツ達で溢れ賑わっていた水上都市は、瓦礫と死体が転がる地獄へと変わり果てていた。
「みんな……死んじゃってる……」
街の活気さが気に入っていたシロでさえも、この凄惨な光景を目にして笑顔が消える。
事切れているアーツは大きく三種に分けられる。片手、片足、四肢、半身などをまるで巨大な刃で切り裂かれたが如し斬殺。次に原型を留めないまで黒焦げになった焼死体。それ以外は破壊された建物が崩れ落ち、その下敷きになっての即死……。
斯様な殺戮が、創伍達が到着するまでの数分間に起きていたのだ。
「一体誰がこんなことを……!」
あの日と同じ――怒りに震える創伍は、いつかの血塗れの電気街の光景と、燃えるブルータウンのそれを重ねてしまう。
異品でも破片者でも関係ない。こんな事をする奴をすぐにでも止めなくては――パンダンプティとの戦いを終えて間もないというのに、アーツ達を一瞬に殺める存在に対し、創伍は強い怒りを覚えていた。
「――創伍! こっちにまだ生きてるアーツがいるー!」
「っ!!」
その傍でシロが創伍を呼ぶ。一人の恐竜の顔をした男のアーツが奇跡的にも生きていたのだ。
作業服にはW.Eのシンボルが描いてあり、どうやら界路に駐在していた隊員のようだ。家屋の下敷きになっていたが、デカい図体が幸いして重体を免れていた。すぐにシロの念導力で瓦礫を持ち上げてから救助した後、創伍の右腕の力で傷を治癒していく。
「……すごいな。痛みも消えていって……生き返ったようだよ……」
「おじちゃん大丈夫?? 痛いところ無い?」
「あぁ、何とか大丈夫だっ。ありがとう……本当に……っ! 本当にありがとぉぉぉ……!!」
この惨状の中で唯一の生き残りだ。苦痛から解放させられ、今まさに生きていると感じないはずがない。命の恩人である二人に対して感謝の言葉が尽きず、泣き崩れてしまう。
しかし彼らが虎穴の中に居ることに変わりはない。まだこの地獄を作り上げた張本人が現れてないのだ。
「すいません……ここで何があったんです? 一体どんな奴が現れてこんな事を……?」
「うぅ……う……!」
九死に一生を得た隊員に、この数分間の出来事を聞こうとする創伍。
「うぅ…………! はっ……はっ……!!」
しかし隊員は話せない。手足が震えて覚束なく、嗚咽も止まらない。まるで見えない恐怖に喉を締められ、そのまま殺されてしまいそうであった。
「そ……そ、空に……見えたんだ……! 赤い……ひ、ひ、光…………!」
「赤い……光……?」
「光が……空……高く、飛んで……俺達……見下ろして……笑ってたんだ……! その後……み、み、み、みんなを!」
それでも死に物狂いで、その目で見たものを創伍に伝えようとした――
「みんな殺してやった。それも一瞬でな」
――が、必死の伝達はそこで止まる。何処からか別の男の声が割って入り、隊員の伝えたかった事を代わりに言われたのだ。
「あ……あ……!」
男は聞き覚えのある声に、呼吸も止まり悲鳴すら出せなくなる。
何故なら声の主はついさっきまで自分達を襲った張本人に他ならなかったからだ。
「フフフフ……全く天下のW.Eが呆れたぜ。軽い準備運動でひと暴れしてやっても、名のある大英雄一人寄越しゃしない。何処の界路も簡単に堕ちるし、見掛け倒しばかりの隊員を使ってるようじゃあ昔より質が落ちたとしか言えねぇよな」
聞き慣れない横柄な声に創伍が振り向くと、十メートル程先の赤い炎をバックに青年が一人立っていた。
「その証拠に、駆けつけたのはたった二人のガキじゃねぇか。嘗ては俺の赤い光を見ただけで、我先にと首を狙ってくる猛者が湧いて出てきてたのによ……。まぁその殆どは俺が殺してやったから無理もない話なんだが……」
赤いロングウルフの髪、鼻から首まで覆う紺色のマスク。首周りにファーの付いた紫色のロングコート……。
火に巻かれたこの地獄の中で暑苦しそうな服装で、青年はファーを捻りながらW.Eに対して不満を垂れていた。
「お前が……お前がみんなを殺ったのかっ!!」
「あぁ? この状況ならそう解釈するしかねぇだろうがタコ。俺の能力は加減で調節出来るような便利なものじゃねぇ。女子供や弱い奴をいちいち区別して避けてもいらんねぇんだ。まとめて死んでもらったよ」
だが一切の隙を見せていない。彼の鋭く細い目から放たれる冷たい殺気は、既に創伍達も標的として狙っていた。
「っ……!!」
歯向かうなら容赦なく殺す――そう言わんばかりの青年の一睨に、創伍は寸前まで彼にぶつけようとしていた怒りをも押し殺してしまう。
「だいたいテメェにキレる理由なんて何処に有る? 掃いて捨てる程沸き出るアーツ共を守る義理も無ぇし、いつか異品に堕ちて人間の脅威となる可能性を俺が摘み取ってやったんだぜ。感謝されこそすれ恨まれる筋合いはねぇだろうよ」
「何だと……!?」
「そんなら俺だって、俺達の崇高な計画を実行する手駒共をテメェに殺されたんだ。被った損害を考えたらまだ釣り合わねぇくらいだぜ」
手駒……その単語が創伍の脳裏を掠めると、今日までの断片的な記憶が走馬灯の様に去来していき、ある確信へと繋がった。
「なぁ……道化英雄さんとやら―― 俺の殺戮とテメェの私刑には何か違いがあるのかよ?」
自分の名を知っているあの青年は、これまで倒した破片者や斬羽鴉などをその指先で動かしていた巨魁……創伍自身の運命をも大きく変えた惨劇の元凶であると。
「そうか……お前が……お前が異品達のボスって訳か!!」
それは勿論先程の殺気や、只ならぬ威圧感からで察した訳ではない。
彼は全てにおいて違う。力の差、流した血の量、潜り抜けた死線の数……そこから生き残ったことで培われる精神と、闘争心や狂気……またそれらによって殺された者の数が桁違いであることも……。
こうも目に見えるものなのだろうか――創伍は青年の背後に、彼に殺されたと思われる者達の絶望や苦痛に叫ぶ亡魂……その幻影が見えたのだ。
この世界の常識に則れば、彼が異品を束ねるに相応しい存在ということは火を見るよりも明らかだった。
そして間も無く、その現実を見せられる事となる……
「アイツらは罪も無い人々を容赦なく殺したんだぞ……!! それを高見の見物していた奴が異品達の仇討ちなんざ……ただの逆恨みじゃねぇかっ!!」
「そんなんじゃねぇ。確かに作戦の邪魔が入ったと知らされた時にゃイラッとはしたがよ……実力も志も低い劣等共が殺されたくらいで、この俺が仇討ちしに創造世界の表舞台にまで足を運ぶわけねぇだろ」
「だったらお前は、一体何が目的でこんな――」
創伍の目が瞬く刹那だった。
突如、青年の全身が光に包まれたかのようにして消えたのだ――
「――創伍! 危ないっ!!」
気付いた時には、創伍と隊員の男はシロの念動力で数メートルほど真横へ弾き飛ばされていた。
「ひぃいいい〜……っ!!」
「っ……! 不意打ちかよ……!?」
走る閃光、散る火花。周囲には耳を劈く破裂音。
理解が追い付かず混乱する創伍であったが、ハッキリした事が一つ。
青年は今、途轍もないスピードで真っ正面から襲ってきた。間合いを詰めてきただけというのに、石畳の地面は泥の如くひしゃげ、抉れている。まともに受けていたら致命傷は免れなかったろう。
――だが創伍など、青年の眼中には無かった。
「俺の目的ねぇ……手っ取り早く言やぁお嬢ちゃん――テメェに用があんのよ」
「……私?」
「なっ……シロだって!?」
青年の標的はシロ一人――既に彼女の眼前にまで詰め寄り、見下ろす様にして立っていたのだ。
「まぁ万に一つもないだろうが、嘗て全異世界のアーツから恐れられたあの愚者……英雄に仕えし道化は世界を震わす怪物の写し身か――この目で噂の真相を確かめに来たのさ」
「オーギュスト……? たしかカラスのお兄ちゃんも、あの時そんな言葉を……」
嘗て斬羽鴉と闘った時も、シロは愚者と喩えられつつ二人の実力を試された。しかし今度は状況が異なる。
「フフフ……斬羽鴉か。あの馬鹿は創伍の方にお熱だったようだが、俺はテメェの仮面の下さえ分かりゃそれでいい。まぁ結果がどっちに転ぼうと、手駒共を戯け殺した落とし前はつけてもらうがな」
「……っ!」
これは手の内を見せ合う勝負ではなく、言うなら生き死にを賭けた殺し合い。そんな闘いは自分達の専門である破片者を限定に何度か繰り広げたが……彼は創伍に創られたアーツではない。それなのに凄まじい狂気と殺意を一身に纏い、自分の命を狙おうとする青年の恐ろしさを、シロは創伍よりもいち早く感じ取っていた。
故に――
「創伍……この人は今までの誰よりも遥かに強くて私達じゃ勝てない。ここは他の皆が来るまで私が時間稼ぎするから、創伍は早く隊員さんを連れて本部に戻って」
「し、シロ……!?」
オブラートに包むことなく、圧倒的な実力差を告げて創伍達へ逃走を促したのだ。
「何言ってるんだよ!? 二人でも勝てない奴を相手にして、キミだけを置き去りになんて出来る訳ないだろ! だったら俺もここに残る!」
「ダメ! 私はともかく……創伍をこんなところで巻き添えにしたくない! だから早く逃げてっ!」
普段は舞台を一人で進行し、創伍の奮闘を盛り上げるシロが、自ら囮になって彼の身の安全を優先にしている。
つまりシロにも勝算はないのだ。相手は捨て身の覚悟で闘わねばならない強者であり、仮にどちらかが勝ったとしても一方は無傷では済まないだろう。ならば標的が自分のみに絞られたこの状況に創伍を巻き込むべきではない――英雄に仕える道化師としてそう判断したのだ。
「創伍、私は大丈夫だから。絶対に死なないから!」
「シロ……」
我が身を案じてくれる創伍を安心させようと、いつもの笑顔と根拠の無い不敗宣言を送るシロ。
だが創伍には、その笑顔が今だけ作り笑顔にしか見えなかった。
「……隊員さん。悪いけどどこか安全な場所に隠れてください」
「えっ……お、おいまさかお前……」
創伍は恐竜顔の隊員を置いて、シロの元へと駆ける。
「フフフフ……嬢ちゃんの忠告も無駄な気遣いだったようだな?」
青年の背後に立つ創伍。その意思は闘うという選択に他ならない。
「創伍……どうして……」
「ごめんよシロ。足手纏いになるかもしれないし、こんな奴を前に逃げない俺はきっと大馬鹿野郎だ。でも……今だからこそ俺は絶対逃げちゃ駄目なんだ……!」
「……??」
あの青年は此処で殺されたアーツ達の仇であり、現界で殺された人間達の仇でもある。彼を倒さない限り、その指先一つで手駒達による殺戮は続くであろう。創伍がこの場を逃げてしまっては、道化英雄としての使命を根本から否定することになる。
「俺はシロと出会う前まで、不幸体質を受け入れていろんな困難から逃げてきたけど……今は違う。シロのおかげで変われたんだ。それなのに都合が悪くなったらシロを置いて逃げるなんて俺には出来ない。だからシロ――俺も一緒に闘わせてくれっ!」
ならば如何なる苦境に立とうとも、どちらかが欠けてはならない。二人でこそこの困難を越えられるかもしれないなら、その可能性に賭ける。
「……分かったよ創伍。でも絶対に無茶しないで。出来る限り私もサポートするけど、危険を感じたら自分を守ること。それも一つの闘い方だから」
「あぁ……分かった」
二人の腹は決まった。その覚悟も見届けた青年は、やっと終わったかと少し呆れ気味になりながらも創伍に最後の忠告をする。
「やれやれ……俺を挟んで茶番始めるのは構わんがよ、二人で挑めばワンチャンあると見込むたぁ舐められたもんだぜ。俺の名を聞いてから後悔する前に、無様に逃げ去った方がまだ賢明だと思うが……それでもやるってのかよ?」
「後悔なんてしない。お前は、俺達が必ず倒す……!」
「あぁそうかい。だったらテメェらもこの世界の歴史から消してやる……」
僅かな親切心も一瞬で拒否され、彼の中の箍が外れたのか……奇声と言うに相応しい甲高い声で青年は吠え叫びながら、遂に開戦へと踏み切る。
「この九闇雄が一人――天翔ける赤光の朱雷電の手でなぁぁっ――!!」
闇の英雄と道化の英雄――二人の英雄の死闘の幕が開いたのだ。




