第16話「友情の芽生え」
道化行進の上映は終わり、舞台の演出効果や観客達は跡形もなく静かな闇夜へと消えていく。
その中で行われた破片者との激闘――勝敗はパンダンプティが白旗を挙げる結果となった。創伍達の前で跪き、敗者に訪れる運命を受け入れようとしていた。
「ふふふ……完敗だぁ……初めてだなぁ……僕がここまで追い詰められたのは……。さぁ僕の命を奪うといい……抵抗はしないから」
「ちょっと待ってくれって。キミと俺は戦う運命にあると言ってたけど……俺は別に周りに危害を加えない奴とは闘う気なんて無いんだよ!」
創伍は過去の記憶や、記憶から得られる能力に餓えている訳ではない。嘗て斬羽鴉に疑われた邪な心を否定しつつ、平和的解決を強調し誤解を解こうとするが、破片者にとってシロは「歩く死刑宣告」に等しい。彼女を同行している時点で平和的解決と謳うのは酷な話なのだ。
そんな行き違いの中――
「うわっ……何だ……って、イタ!? イダダダダ! 痛ってぇっ!!」
パンダンプティと創伍の間に何かが割って入る。それらは茂みの中から現れては、創伍の頭をつつき、顔を引っ掻き、肩や脚に噛み付くなど創伍を集中的に攻め立てる。
「なになに? まさか敵が加勢してきたとか!?」
「違いますわよっ。これは……動物?」
目を凝らしてみると、奇襲してきた者の正体は――嘴でつつく小鳥と、爪で顔を引っ掻く白猫。そして噛み付いて離さない芝犬とハムスターであった。
それ以外にも、梟や蛇、ウサギやワニ、カワウソやチンチラなど様々な種類の動物がパンダンプティを庇うように集まっている。
「わぁ〜可愛い動物さんがいっぱい!!」
シロが目を輝かせる奇妙な光景に、創伍達はますます彼が何者なのか分からなくなってきた。
「みんな……やめるんだ……。気持ちは嬉しいんだけど……彼はキミ達を襲ったりはしないよ」
パンダンプティの一声で動物達は攻撃をやめ、彼のもとへと寄り添っていく。
「ふぅ……一体どういうことだ。どうしてアーツでもない現界の動物達が、キミの言うことを?」
「連れ歩いてるだけさ……この子らは動物園から逃げたり、人間に捨てられたりした可哀想な子たち……。僕が安息の地を見つけないと、いずれこの子達は死んでしまう……。日中は人間に見つからないようにこの園内で見つけた界路に匿って、夜はこの広い公園で寝かせてあげる。そして少ない餌を分け合って……その場凌ぎの生活をしてるんだぁ……」
「ここで生活を……。人間を襲うつもりはないのか?」
「言ったでしょお……僕は自分の運命以外には従わない。僕はこの子らを守る為以外には闘うつもりもない。だから人間を襲っても、この子達を危険に巻き込むだけだ……」
パンダンプティは、捨てられた動物を守護していただけなのだ。鴉はそれを承知の上、破片者を狩る創伍達を差し向ければ、守るべき者のために闘うと読んだのだろう。
「僕は同じ動物として、この子達を守る守護者として、この公園でひっそりと暮らしたいだけなんだぁ……。でも僕は負けたんだ。敗けた破片者は記憶の断片を捧げなくちゃいけないから……煮るなり焼くなり好きにしていいよぉ……」
現界に居る理由が思いも寄らないもので、唖然とする創伍達。鈴々は泣いて同情すらしてしまう。
「おーいおいおい……! なんて優しいアーツですのぉぉぉ〜!」
「なんかあたし達が悪者みたいな感じじゃんコレ。どうすんのさ創伍」
「………………」
双方最早戦う理由はなかった。それよりも動物達の愛くるしい眼差しが、パンダンプティを見逃して欲しいと慈悲を求めてくる。
これほど大きな破片者が現界に居るとなれば、人前で姿を現した時こそ事件になり兼ねないが……。
考えに考え、創伍は一つの結論に至った。
「――わかった。キミは今日から、現界で自由に暮らせばいい」
彼の本心を酌み取った上で、パンダンプティに自由を与える選択。
創伍の発言に、シロ以外の者たちが耳を疑った。
「ええええぇぇぇぇ!? どうしてですの真城さん! こんな巨大な破片者とやらを無罪放免なんて、それは幾ら何でも甘すぎるのではありませんこと!?」
「無罪放免って……別に今日まで人間の姿で周りに怪しまれてただけで、何も悪いことはしてないしさ」
「つまり創伍……それってこの破片者の記憶も諦めるってこと? めっちゃキーパーツな記憶かもしれないんだよ!?」
「あぁ。諦める――」
乱狐の言う通り、創伍の記憶は誰がどんな記憶を持ってるのかは千差万別。パンダンプティ一体の持つ記憶で、核心的な記憶や絶大な能力を手にするかもしれないというのに創伍は惜しむ様子も無い。
「どうしてだい……? 僕が人間に害を齎さないという保証はどこにもない……もし万に一つ、僕は友達を脅かす人間が現れたら誰であろうと殺すつもりだよ……」
「俺もさっき言ったぞ。人を襲う破片者と戦うけど、人を襲わない奴を無差別に殺したりしない。だからキミがこの動物達を守る為に現界に居るのなら、俺は手を出さないよ」
「………………」
身近にいる破片者ならジャスティ長官も同じだ。自分と似た境遇のパンダンプティに対して、住む世界や価値観は違えど守りたい者がいる――それだけで強い親近感を抱いていたのだ。
「何なんですのこれはぁ! この鈴々の活躍で折角繋いであげたというのに〜!!」
「骨折り損のくたびれ儲けじゃん……これで本部から手間賃がなかったら、創伍に昼飯奢らせるっかんね!」
「でもでも! そこが創伍のいいところなんだよ!」
創伍のお人好しに呆れる者もいれば、笑顔になる者もいる。
そして何より……闘う前まで無表情を貫いていたパンダンプティも笑みを溢したのだ。
「ふふふ……面白いねぇキミは……」
「よく言われるよ。それじゃあみんな、本部へ帰るか!」
お褒めの言葉を笑顔で返し、パンダンプティに別れを告げようとした。
その時――
「待って……真城 創伍……」
「ん? どうした?」
パンダンプティに呼び止められた。創伍は戦わない以上他に何の用があるのかと不思議そうに振り向くが、彼の口から思いも寄らぬセリフが出てくる。
「僕と――友達になってくれないかな……?」
数秒ほど自分が何を言われたのか理解出来なかった。長官を除き、これまで生きるか死ぬかの戦いしか仕掛けてこなかった数々の破片者の中で唯一、友達になってくれと頼んできたのだから「はい喜んで」と即決までは難しい。
「やっ……や〜っぱり怪しいですわコイツ!! 真城さん、構う必要なんてありませんわよっ!」
「パンダンプティ……友達になってなんて、どうしていきなり……」
「僕は……嘗て大自然界という異界で日夜弱肉強食の殺し合いに明け暮れてた……。でもそれが嫌になって、あの惨劇の日にこの現界へ落ち延びてきたんだぁ……」
マンティスらによる異品達の反乱の最中に、パンダンプティだけは自由な世界を求めて現界へ訪れた。住む世界を変えたのは良いが、問題なのは「生きる術」だ。
「でも僕は……この世界で動物達以外に心を許せる友達がいない……。今の生活が他人との繋がりを無しにずっと続くとも思っていない。だから友達を通して少しずつこの世界に馴染んでいきたい。戒めとしても人間達に危害を加えないよう自分の中で境界線を設けたいんだぁ」
「互いに争わない為の繋がりってわけか」
「形だけのつもりじゃないけど……ダメかなぁ……?」
創伍はパンダンプティの黒い瞳を見つめる。その瞳の奥に悪意らしきものがないか、信ずるに足る人物なのかを知るために……。
創伍の選択は――
「分かった。人間に手を出さず、この世界の習慣とルールにちゃんと則って生活してくれるなら……友達になるよ」
手を差し伸べた。友になることを選んだ。異国の人間ならともかく相手はアーツであり破片者だ。だから創伍は前以て釘を刺しつつ、申し出を承諾したのだ。
「ありがとう……真城 創伍」
パンダンプティも頬を緩ませ、刃爪の先で創伍の小さな手と握手した。
シロは新たな友達に飛び跳ねながら喜び、乱狐と鈴々は人間と破片者の友情の芽生えに頭を傾げるのであった。
「わぁい! 新しいお友達だー!! じゃああの動物さんとも遊べるんだよねぇ?!」
「理解できないですわ……長官にどう報告するんですの!?」
「長官も分かってくれるさ。それだけ彼の目が本気だったんだ」
「本気ってあんた……もうちょっと具体的な説明をだな……」
「わ、私はこの後何が起きても責任取りませんからねー!」
……
…………
夜も更けてきたので、親交を深めたところで創伍達はもう帰ることにした。動物達も睡眠中に無理して起きてしまったので、それぞれの寝床へと戻っていく。
「本当に大丈夫ぅ? 公園こんなに荒らしちゃったけど……」
「平気さ。これはW.Eが朝までに元通りになるから安心してくれ」
「じゃあ……お願いするよぉ……」
公園内の緑一色だった芝生は凄まじい激闘の果て、荒れ野となってしまっていたが、この後本部のアイナと痕跡抹消班が後片付けをするため、この場で起きたことを誰かが知ることはない。
「じゃあ明日から、困った時はお互い様だ。俺も時々ここに立ち寄れるから、何かあったらいつでも相談してくれ」
「シロも毎日動物さんたちと遊ぶー!」
「うん……これからもよろしくね……」
創伍達は別れを告げて、公園から去っていく。
「それじゃあまた――」
「バイバーイ!」
「………………」
そんな彼らの背中を見送りながら、パンダンプティは小さな独り言を呟いた――
「どうやらぁ……もう一人の道化はまだ目覚めていないようだねぇ……」
既に創伍とシロは君臣の契りを交わしたというのに、それはまだ不完全ということなのか。パンダンプティは安堵する反面、今の創伍達を嘆いている様であった。
「この平穏がずっと続く方がいいけど……神様って無情なものだからねぇ……これから先待ち受ける過酷な運命を、何があっても乗り越えられなくちゃいけないよ……真城 創伍」
笑顔で帰る創伍達には知る由もなかった。自分達の周りに、これからの戦いがより熾烈を増す不穏な兆しが出ているということを……。
……
…………
………………
「フフフフフ……とんだ茶番だったな」
離れた高層ビルの屋上では、その一部始終を見届けた青年が立っている。公園内は干渉遮断結界は張り巡らされていた筈だが、彼にとっては子供騙しの小細工に過ぎなかった。
「ここまで期待外れってことは、斬羽鴉め……やはりアイツぶつけて何か企んでやがる。双方退くなんて結果は予想してたかもしれねぇがよ、この俺が介入したらどう動くか……試してやるぜ。道化英雄とも一度遊んでみたかったしな。フフフフ……」
九闇雄が一柱――天翔ける赤光の朱雷電。災厄の芽を摘み取ろうとする闇雄の魔の手が、創伍へ迫ろうとしていた……。
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