第15話「8番目の破片者」3/3
「レディースアーンド、ジェントルメーン! ご来場の皆々様! 今夜はこの平成記念公園をお借りして、一度きりの特別マジックショーを披露致します。お菓子と飲み物を持って広場にお集まりくださーい♪」
今宵も始まる道化英雄の舞台。賑やかしのスポットライトがどれだけ漆黒の闇を照らそうと、数多の花火が鳴り響こうと、此処は干渉遮断結界に閉ざされた公園内――観客を集めようにも現界の人間達は床に就いている。
それでも結構。舞台演出上の観客が集まれば園内は満員御礼。最高潮の盛り上がりに達するのだ。
「な、何なんですのコレはぁ〜!?!?」
「ハッハッハッ……楽しみだなぁ。マジックは大好きなんだよねぇ〜……」
創伍達の能力を初めて目の当たりにし、驚愕する鈴々。一方パンダンプティは楽しそうにやんやと拍手を送るのであった。
「さぁさぁ毎度恒例! 我らの道化英雄と共に闘ってくれるスペシャルゲストをご紹介します! 実力は本物か? はたまた口だけか!? 自称・創造世界一の戦乙女――釣鐘 鈴々様で〜す! 皆様、盛大な拍手を!!」
「く……口だけってどういう意味ですのー!?」
「そして対する本日の破片者は……全方位無敵の熊猫――パンダンプティ! 頑強な装甲が自慢の巨大モンスターでーす! 大口叩きの怪力娘と大型破片者が入り混じる異色のマジックショー、どうぞ最後までお楽しみくださいませー!」
沸き起こる観客達――演出効果とはいえ肌で感じ取れるその異様な熱気に、鈴々だけは一人納得いかなかった。再び生きるか死ぬかの闘いを始めるというのに、何故こうも面白可笑しく戯けられるのかと……
「ちょっと乱狐さん!!」
「どったの鈴々」
「何なんですかあの二人は! どうしてもと言うから戦線に加えてあげたのに、人を笑い物にした挙句、無意味にどんちゃん騒ぎしてるだけじゃありませんの!」
「そんくらい許したげなって……あれでも真面目にやってんだから。一応鈴々は初めてだから念押ししとくけど、あたしの経験上これより先は創伍達の言った通りに動いた方がいいよ。舞台の一員が勝手なことしたら碌な目に合わないかんね」
「黙らっしゃい! あなたの指図は受けませんでしてよ! それに……私まで舞台の一員になんて勝手に数えないでくださいまし!」
百歩譲っての共闘ですら不服だというのに、憎き乱狐と肩を並ばされる舞台など屈辱の極み。それでもどこかで見せ場を総取りしてやろうと企んでいる鈴々は、敢えて本音を口には出さず、静かに時機を窺うことにした。
……
…………
「――それじゃあ乱狐さん、鈴々さん。俺の言った通りに頼みますね」
演出効果でパンダンプティの気を逸らしている間に、創伍は乱狐達に舞台中の役割を落とし込んだ。
「あいよっ、任せときな!」
「フン! 騒ぐ余裕がある程の必勝法でもお有りかと期待した私が馬鹿でしたわ……でもまぁいいでしょう。あの異品に一泡吹かせられるなら安いもんですわ。それに私もこのままでは虚仮にされっ放し……口だけじゃないところを見せるしかありませんしね」
舞台とは主役一人で完成するものではない。共演者も脚本に沿って役割を果たし、各々の個性を最大限に引き立たせることで、より良いものへと仕上がるのだ。
「さぁ~準備が整ったようですので! いよいよステージ開幕〜〜っ!!」
シロの掛け声を合図に、それぞれの役目を果たさんと散り散りになる演者達――
まず創伍が一人、パンダンプティの元まで芝生の上を駆ける。彼の走力はこれまで倒してきた破片者の能力が上書きされ、常人のそれを遥かに上回るものであった。
対するパンダンプティは、創伍が無策で特攻を仕掛けないと読み、出方を窺おうと創伍目掛けて両手の刃爪を突き入れる。
しかし――
「んー……?」
パンダンプティの貫手は、地面を抉るまでで創伍を捕らえられない。
一度や二度ならまぐれだろう。しかし創伍は、不規則に走り回りながらその尽くを躱していく。その動きが却って自らを罠へ誘き寄せていると勘付くパンダンプティだが、道化の手の内を見てやると試さんばかりに追い回す。
「はっ――!」
追われる創伍はというと、パンダンプティの貫手が地面に刺さった隙に反撃をするのかと思いきや……彼の装甲へと飛び乗り、そのまま背後へ回り込む。敵背を突こうともせず逃げに逃げ回るだけだった。
(……何をするつもりかなぁ……?)
創伍の狙いを掴めぬまま何時しかパンダンプティの周辺には、貫手によって出来た無数の穴が彼を囲うように広がっていく……。
「――さぁ~て、お待たせしました皆々様っ!! 本日初のスペシャルマジックの用意が整いました! パンダンプティの御足元をご覧くださーい!」
そこへシロの声が割って入り、パンダンプティの手が止まる。
見渡せば、何故創伍が反撃を仕掛けなかったのかすぐに合点がいった。
刃爪で抉れた穴の中から、なんと何人もの創伍が姿を現し、四方八方からパンダンプティを挑発するではないか。
「おいっ、こっちだパンダンプティ!」
「悔しかったら攻撃してみろー!」
「鬼さんコチラ、手の鳴る方へってなもんだ」
「創伍考案の破片者参加型マジック――その名も『創伍を探せ』! これよりパンダンプティには、一分以内にこの園内に居る100人の創伍の中から見事本物の創伍を見つけ出してもらいます! ハズレを引いたら罰ゲーム! 時間内に見つけられなくても罰ゲームが待ってますので、否が応でも頑張ってくださ~い!」
「ふ〜〜〜〜ん……モグラ叩きみたいだねぇ。退屈は…………しなさそうだっ――」
理屈はどうあれ創伍達が顔を覗かせる穴という穴を、見境なく抉り、穿ち、踏み潰していくパンダンプティ。
そんな創伍達もタダでやられるつもりはなく、穴に引っ込んではまた別の穴から変顔や膨れっ面をして挑発する。
どこぞの絵本を彷彿させるように一応当たり外れの区別はあるようだが、パンダンプティにとっては創伍が何人集まろうと、まとめて蹂躙出来ればそれで良い。
「ぐあぁ……っ!」
無作為に突き出していた刃爪が、遂に一人の創伍に刺さる。もし彼が本物ならば血飛沫が上がるなり、相棒のシロの反応なりで判別は容易いだろう。
だが……
――BOFN!!
ハズレであった。偽物の創伍の傷口からは血の代わりに白煙が吹き出し、風船のように破裂すると……
「――さっきのお返しぃ!」
「ぐっ……!?」
なんと乱狐が飛び出し、その白く長い脚でパンダンプティの顎を蹴り上げる。
天を仰ぎ、そのまま引っくり返る寸前で踏みとどまるパンダンプティだが、何が起きたのかは瞬時に飲み込めなかった。
「むぅ……これは……真城創伍の能力ではない……??」
「ピンポーン♪ ご名答!」
パンダンプティに一矢報いることが出来て満足気な乱狐は、宙で身体を華麗に回転させて見事に着地。
「乱狐流――『幻妖狐空蝉』。今のはあたしの影分身が創伍に化けてたのさ。本物の創伍は、その前準備をしてくれてただけ」
創伍がパンダンプティの攻撃を回避し続けていたのは、体を張って人間モグラ叩きという余興を披露したかったからではない。あたかも道化の戦術に思わせている間に乱狐を潜ませた後、敵の意表を突ける一瞬の隙を狙っていたのだ。
「舞台の主役は後半に出て盛り上げてくれるもんでしょ。あたしは只の前座ってワケ」
「なるほど……道化のアナウンスが割り込んだあの隙に、バトンタッチしたのかぁ……」
冷静沈着なパンダンプティという牙城を崩すには一人では勝てない。仲間との一層の協力と、発想を凝らした連携技がこの闘いの肝であると創伍は考えたのだ。
「っつーことで! ハズレを引いたパンダンプティには……罰ゲームっ!!」
「っ!!」
そして予告していた罰ゲームは、乱狐の手で執行されることとなる。
彼女の一声で、穴に身を潜めていた創伍達が一斉に拳や脚を突き出してパンダンプティへ飛び掛かる。
「「「おらー!!」」」
罰ゲームとは、残った創伍達による袋叩きであった。いかに防御に長けたアーツだろうと必ず何処かに弱点はあるはず――下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだろうという乱狐なりの考えだ。
「ふふっ……多勢に無勢だなぁ」
しかし追い詰められたパンダンプティは静かに笑い、背中の竹筒から再び爆竹の大玉を撃ち上げる。既に点火されていた大玉は、襲い掛かる創伍達の眼前でタイミング良く連鎖爆発を起こした。
空中で巻き起こる爆炎に次々と飲まれ、無惨に消え去る乱狐の影分身。数頼みの怒涛の攻勢は一瞬にして壊滅してしまう。
ただ一人を除いて……。
「見つけた……本物っ」
「――うおぉぉぉぉっ!」
爆煙の中から、一人の創伍が果敢にも飛び出てきた。
そう、パンダンプティが爆竹を放ったのは、乱狐の影分身を一網打尽にし、演目のルールにあった本物の創伍を炙り出すためにあった。見つけてしまえば最後、恰好の的となる人間を一人倒すなど造作もないこと。
今、目の前にいるのは紛れもない本物の創伍であると確信して……
「爆竹――」
照準を絞り、パンダンプティの大筒から放たれた爆竹は創伍に命中。
創伍はそのまま集中砲火を受けてしまう。
乱狐の人海戦術に紛れ、奥の手を放とうとした創伍の特攻も虚しく失敗――
「………………違う」
――したかに見えた。
創伍は止まらない。爆撃をまともに受けたというのに耐え凌いでおり、歯を食いしばりながらパンダンプティの元へ意地でも辿り着こうと躍起である。
「あれは……」
否、創伍は創伍でもあれは本物の創伍ではない。
「――さっきのお返しですわぁぁぁぁっ!!」
「は……!? んがぁっ…………!!」
創伍にしてはあまりにも不自然な口調と、振り下ろされる彼の手から手品の如く飛び出た巨大な釣鐘に、豆鉄砲を喰らったように驚くパンダンプティ。
――ズゴォォォォ…………ン
だが時既に遅く、脳天に直撃した鐘は重々しい音を響かせ園内を揺らすのであった。
「うんぬ……んぬ……っ!!」
両脚が地面に埋もれるだけに留まったが、気絶寸前のパンダンプティには、何が起きているのか理解するのも困難であった。
「おーっほっほっほ! まだ狐に化かされてるとお思いですの? 残念、今は私のターンですわ!」
「キミはぁ……」
「鈴々百面相! この鈴々が、真城創伍一人になりすまして影分身の中に紛れてただけですわー! どうです? 本物と見間違えますでしょ?!」
影分身の中にただ一人、頭髪や服装、声色まで創伍そっくりの鈴々が、得意のモノマネで彼に扮していたのだ。
「おかしいな……個性的過ぎるキミは……絶対見落とすことがないと思ってたのに……」
「簡単なことですわ。異世界モノマネチャンピオン決定戦6年連続優勝を誇るこの鈴々、百面相と言う以上顔真似声真似だけではありません。やるならとことんやる。ほらご覧の通り、真城さんの服は自前で用意し、真城さんの黒髪はカツラを付け替えただけですわー!」
「えっ……」
「ええぇぇぇー!! 鈴々のあの緑髪って、ズラだったの!?!?」
まさかの衝撃のカミングアウト。頭頂部から光沢を放つ鈴々の坊主頭に、バトンタッチしていた乱狐も驚きのあまり、隠れていた草むらの中から飛び出して確かめようとする。
「この鈴々に常識は通用しませんわ。モノマネチャンピオンの称号欲しさにこの鈴々百面相を極めていく内、この長い髪が大きな壁となって立ちはだかったのですが……大胆に髪を切り落としたことで見事優勝出来るようになったのですからね!」
「いやいやいや、これ大胆にも程があるでしょ! 女の子は髪が命って言うし……!」
「それはあなたの古臭い考えですわ。『ありのままの姿見せるのよ』って、当たり前なフレーズが人の耳に焼き付くご時世、私はプライドが堅くとも考え方は柔軟ですの。おかげでこの様に敵の目を欺いたコンビネーションが完成したのですから、感謝して欲しいくらいですわ!」
「もっと他の考え方には至らなかったのかよ……」
「………………」
人一人の仮装をする為にここまでするかと、乱狐もパンダンプティも唖然とする他なかった。
「ブラボー! 会場の皆々様、三位一体の大道芸を披露した英雄達と、それを確実なものにすべくカツラを付けてまでの鈴々様の拘りとカミングアウトに盛大な拍手をお送りくださーい!!」
「オーホッホッホッ! ファンサービスですわ! ご自由に撮影なさってもよろしくてよ♪」
客席からの大歓声にドヤ顔を決める鈴々。最初は嫌悪感を示していたが満更でもないようだ。
「――それではいよいよフィナーレ! 答え合わせをしまーす! 本物の創伍は……こっちらでーす!!」
「はっ……!!」
怯んでいたパンダンプティが我に返り、全身総毛立つような感覚に襲われる。
フィナーレとはこの場における決着――完全に創伍達のペースに乗せられているため、トドメを刺されると悟ったのだろう。
(どこだ……どこから本物が現れる……!)
咄嗟に刃爪を構え、辺りを見回すが……
「さっきからずっとお前の後ろに居るよ――」
「何……!?」
振り向けば、殺気も帯びず落ち着いた様子でパンダンプティの背後を取っていた創伍。しかもポケットに手を入れながら、足をぶらぶらさせており待ちくたびれていたようだ。
「さっきの参加型マジック、本物はこの園内に隠れているってシロが言ってただろ? 俺は別にあのモグラ塚に隠れていた訳じゃない。ずっとこの園内で、お前が俺の分身に気を取られたあの時から、背後でずっと待っていたんだ」
確かにあの演目の際、創伍は園内には居たのだ。ただし必ずしもモグラ塚に居たのが100人という訳ではない。パンダンプティは98人の乱狐の影分身と、1人の鈴々に手を焼いていただけなのだ。
「……つまりさっきまでのは……僕の背後を容易く取る為のカモフラージュ……」
「そーゆーこと! 残すは俺の攻撃を通すだけさ――」
「フフフフ……その発想は流石だけど……そう簡単にやられは……あれっ?」
本物の創伍を見つけた以上、背後を取られる前に躱そうとするパンダンプティだが……そうはいかなかった。彼はさっきの鈴々の一撃をまともに受け、両脚が地面に埋もれたことですぐには身動きが取れなかった。
(まさか……これも全て計算していたとでも……?)
つまり今この時こそ、フィナーレを飾るための前準備が全て整ったのだ。
「陽気な火車が纏いし炎――その熱は万物を灰塵に帰すとも、見る者の心を燃え滾らすこと適わず。ならば英雄の手に宿りて、見る者を奮い立たす紅炎となれ!」
創伍の真紅の右腕が、シロの詠唱によって赤く発光し始める。そこから沸き起こるは紅蓮の炎。嘗て破片者オボロ・カーズを倒した時に手に入れた火炎能力。紅蓮魔ヒバチが使う様な業炎を想像することで、その手から発火現象を起こしているのだ。創伍のイメージによって膨らんでいるだけ故、火力はヒバチのよりも多少劣るが、足が地面に埋もれ背後が無防備な敵への火攻めに不足はない。
「道化遊具――『火吹き者の松明』ッ!」
大きく吸った息を、突き出した右手へ吹き掛ける創伍。火吹き芸の如く放射された火炎は、パンダンプティの背中から肩の装甲にかけて燃え広がる。
引火性の強い液体でコーティングされているのか、あれよとあれよと言う間に装甲は炎に覆われて勢いも増していく。
「うわぁぁぁっ……!!」
さっきまで余裕のあったパンダンプティも、これには堪らずパニック状態に陥った。
見た目だけで判別していたが……パンダンプティは火に滅法弱い――創伍がそれを確信したのは、例え背中に火をつけたとしても、パンダンプティは必ず次の一手を繰り出してくるとまで深読みしていたのに、これほど火に耐性が無かったとは予想外だったのだ。
加えて大筒に搭載されている爆竹にも引火したようで、背中や腕の装甲内部からは火花が飛散……。
フィナーレを飾る連続花火をその身で体現させられ、皮肉にも客席からは拍手喝采を浴びることとなる。
「水……水……水……水っ……!!」
創伍に背中を見せたまま、水を求めて走り回るパンダンプティに次の一手など浮かぶ筈がなく……真っ先に公園の溜池へと飛び込む。
この池は、スワンボートなどを楽しむ若者達に好評の広大なデートスポットでもある。そこへ家一戸程の巨体がドボンと沈んだため、池の水は月を覆い隠しそうな高さまで飛沫を上げ、大波も起きてしまう。
「ぎゃあ〜〜! 私まで巻き込まれてしまいますわ……ブクブクブク……!」
水の勢いは、パレードの舞台はおろか鈴々までも飲み込んでいき、園内は水浸しとなって静まり返る……。
……
…………
「っぷはぁ……!!」
水中から顔を出し、無事に鎮火できたパンダンプティだが、本来の姿では大筒や装甲を積んで超重量となり池に沈んでしまう為、やむなく武装解除。人間の姿に擬態して池から這い上がった。
「ここまでだ。パンダンプティ――」
「っ!!」
しかし……這い上がったすぐ目の前には、創伍が既に黒光りする滅殺の左手を翳しながら片膝立ちして待っていた。
銃口を向けられ脅される様な状況に、パンダンプティは遂に白旗を上げる。
「参った……僕の負けだよ……」
その敗北宣言を待っていたと言わんばかりに――
「ウィナー! 勝利を飾ったのは真城 創伍とぉ~……美影 乱狐、釣鐘 鈴々の三人でしたぁぁぁ~!!」
シロの一声で、夜空に再び打ち上げられる祝いの花火。
強敵パンダンプティとの闘いは、創伍達の健闘により勝利という形で幕を降ろすことができ、夜の公園にまた騒がしい歓声が戻るのであった。
* * *




