第15話「8番目の破片者」1/3
PM22:55 平成記念公園
外灯が夜を照らす無人の公園内。創伍達は予告された破片者の攻撃を未然に防ぐべく、定刻よりも30分前に現場へ駆けつけていた。
一面に広がる芝生が、これから戦場へと変わり、破片者との闘いが繰り広げられる。
「………………」
一瞬の油断も許されない、と創伍は新たな闘いの前に気を引き締めるのだが……
「――ちょっとどうなってますの真城さん?! これだけ見晴らしの良い園内ならすぐ見つかるって宣ってたくせに、いつまで経っても見つからないじゃありませんのよぉ~!」
肝心な破片者が現れない。
予告の5分前になっても、敵が潜んでいるような気配すら感じられないのだ。
これには一番意気込んでいた鈴々も喚き散らし、創伍の胸ぐらを掴んで当たる始末。
「そ、そんなこと言われても……俺だってこんな状況は初めてなんですって!」
「…………あぁ、もう!!」
しかし創伍を責めるのはお門違いだ。彼らを此処へ招いたのは斬羽鴉であり、鈴々はその誘いに乗っただけ。見たこともない闘ったこともない相手に虚仮にされ、芝生を蹴って行きどころのない怒りを誤魔化すしかなかった。
「鈴々、そうカッカしなさんなって。もうすぐアイナさんの干渉遮断結界が23時ぴったりに発動するんだから、その前後に何も起きなかったら今回のはもうデマって事でいいじゃん?」
苛立つ鈴々とは対照的に、乱狐の方は割り切りが良かった。
というのも、現在アイナが公園の外から彼女のタロット術「リバーサル・プリーステス――孤立――」の準備をしているからだ。
その効果は空間への干渉遮断――指定した場所や空間そのものを、一時的に消すことが出来る。正確には空間が消えるのではなく、結界を張り巡らすことで、空間外の認知から外されるのだ。これにより術者を除いた園外の者は平成記念公園という場所があることすら忘れ、視界には通ることの出来ない大きな塀が聳えてる様にしか映らず、破片者との闘いを目撃することもない。
もし鴉が近くに居た場合、この公園そのものが消失すれば、破片者を差し向けた事実に矛盾が生じて違和感を覚えるはず。そこで鴉が動き出した時、長官の指示通りに動いて彼を捕らえる算段だ。
「出てくれなきゃ困りますのよ! カラスだかデブだか知りませんが、絶対にこの私が退治して昇進してやるんですわ! ですから乱狐さんは手を出さないで結構でしてよ!」
「……??」
ただし闘うのは創伍達であり、自分達はサポート側だ。この出動の意味を少し履き違えてそうな鈴々に、一抹の不安を感じる乱狐なのであった。
…
……
………
23時、30秒前。創伍はシロに今一度、破片者の気配が感じ取れないかを促した。
「シロ、最後にもう一回でいいから破片者の気配を探ってみてくれないか?」
「うん! やってみるね!」
両手の人差し指をこめかみに当て、瞼を閉じ険しい表情で周囲の気配を探るシロ。これまでの破片者との交戦では、たとえ相手が身を潜め声を殺しても、抑え切れぬ殺気をシロが察知し、見つけだすことが出来た。予告の時間になれば、これでデマかどうかがはっきりする。
(12、11、10、9……)
刻々と迫る時間、そしてこれまでと違うシチュエーションに息を呑む創伍。果たしてどんな破片者がどのように現れるのか……如何にシロや乱狐達のサポートがあるとはいえ鴉の考えることだ。きっと相当の実力を持つ破片者に違いない――
(3、2、1……0!)
遂に時刻は23時を迎えた。
「「「……っ!!」」」
敵の攻撃に備え、シロを囲うようにして同時に構える三人。
(何処だ。何処から現れる……!?)
外灯の上や、暗い木々の中など、破片者が現れそうな場所を見回していく。タイミング悪く園内に吹き抜ける風が、研ぎ澄ませた神経を過剰に反応させてしまうくらいだ。
しかし……
「………………誰も居ない?」
どれだけ視点を移しても、破片者の姿を見つけることはできない。
30秒経過したあたりで、徐々に乱狐達の警戒も弱まってしまう。
「ねぇ……真城、これはもう……」
「デマだったってことで、よろしいんですのね……?」
呆れ気味に創伍の判断を仰ぐが、本人はまだ諦めていない。破片者を探り続けてくれているシロの手前もあるが、このまま何も起きないとは思えなかったのだ。
(斬羽鴉は絶対何かを企んでる……俺に堂々と挑むって言ったんだからな)
用いる手段はともかく、鴉は虚言を流すだけの姑息な奴ではない……麟鴉に跨って逃げられたあの苦い記憶を思い出しながら、ある意味で彼という人物を理解しているようでもあった。
そして――
「創伍っ! 見つけた――!!」
ようやくシロが破片者の気配を掴み、その位置を指差した。
その先にあったのは芝生にポツンと立つ木製のベンチ。その後方の林から、一人の人物が姿を現したのだ。
「やぁ~~~~~~~~…………W.Eの皆さぁ~~~~~~ん」
「「「……え?」」」
開戦の合図には相応しくない、喉を低く鳴らすような男の声。殺気を孕んで襲ってくるわけでもなく、ただ気さくな挨拶をしながら大股で走ってきたのは、丸いサングラスに、白黒チェッカー柄の帽子とコートを着た中年の大男だ。
「――アレだよ! アレが8番目の破片者だよ!!」
これが一風変わっただけの人間なら見過ごしたかもしれないが、今この空間に人間が立ち入ることは有り得ない。
人間の皮を被った破片者はベンチの前で立ち止まると、息をぜぇぜぇ荒げながらそこへ腰掛けた。
「いやぁ〜〜……ごめんごめん……ちょっと近くのコンビニまで歩いて、大急ぎで戻ってきたんだ〜〜〜〜……はぁ~~~~~~~~……疲れたぁ…………」
「あ、アレが……」
「デブリって……奴ですの?」
「ど〜〜〜〜っ…………こいしょ〜〜〜〜…………」
多少の遅れはあったが予告通り鴉は破片者を寄越した。
「ちょっと何アイツ……これからやりあうってのに走り疲れて座ってやんの」
「ムキー! ちょっとやる気あるんですの!? なんかすごく舐められてる気がしますわ!」
「油断しちゃダメだ……きっと俺達の攻撃を誘い出す為の罠かもしれない……」
ただ予想より斜め上の登場の仕方に、創伍達は半分拍子抜けしてしまっていた。
そんな彼らなどお構いなしに、大男は手に提げたコンビニのビニール袋から、何かを取り出そうとする。
「何か仕掛ける気だ……みんな気を付けろ!」
まだ警戒を解いてない創伍は、飛び道具を出してくるのではと再び構えるのだが……
「ほぉ~~らこれ……小腹が空いた時の大好物~~……笹団子〜〜〜〜……」
……盛大にずっこける創伍達。
出現が遅れた理由は、空腹によりコンビニまでおやつを買いに行っただけ。
「あぁ~~~~ん……♪」
「創伍ー! あのお団子すっごく美味しそー! 帰りに買ってー!」
通常運転のシロを除き、完全に調子が狂ってしまった創伍達。事前に攻撃を予告されていたものの、相手は何も仕掛けていない為、創伍達も手を出す訳にはいかず拮抗。ただ笹団子を食べ終わるのを眺めるしかなかった。
「こんのぉ…………いい加減にしなさいですわっ!!」
「あっ――ちょっと鈴々さん!?」
そこへ痺れを切らした鈴々が、ベンチに座る男の前へ歩み寄り、なんと恫喝し始めたのだ。
「ちょっとそこの異品さんっ! 私達はW.Eですのっ! あなたが真城さんの言うデブリという反乱分子でよろしいですわね!? 本来ならあなたみたいな異端者、私がギッタギタのメッタメタに叩き潰して差し上げるところですが……私は平和主義者で暴力は好みませんの。ですから大人しく私の手によってお縄につきなさい。そしたら命だけは助けてあげてもよろしくてよ?」
「ん~~~~~~………………?」
「……ふん、ビビッて返事も出来ないですわね。そりゃそうでしょう……なんせ『全異世界強かな女性コンテスト』No.1のこの釣鐘 鈴々にとっては、あなた程度の異品、赤子の手を捻るようなものですもの! オーッホッホッホッホッホ!!」
「ん~~~~~~………………」
「…………………………」
「あ~~ん……」
しかし……対する男は動じない。耳が遠くて聞き直す訳でもなく、また笹団子を食べ始めた――
「ぐぬこらあッッ――!!」
それが彼女の逆鱗に触れ、案の定鈴々発狂。グラ◯プラー◯牙で見かけそうな憤怒に満ちた顔で飛び掛かる――だが一触即発のところを、創伍が体を張って必死に抑えた。
「ちょっと鈴々さん!! あんた暴力好まないって今言ったばかりでしょっ?! 俺との約束忘れちゃってんじゃないですか!」
「殺すッッ!! この釣鐘 鈴々を侮辱した罪、万死に値しますのょ~~ッッッ!」
「分かりました! 俺が何とかしますから!! ここは堪えて! ね! ね!?」
「ッッッッ~~~~~……!!」
鼻息を荒くするなど乙女らしさの欠片もない鈴々だったが、創伍が数分説得してようやく選手交代となる。
…
……
………
「ふん! たかが二人で何をしようってんですの?」
「黙って見てなっての。これから破片者の化けの皮を剥ぐんだからさ……」
二人の観客に見守られながら、創伍達は今宵のゲストとなる破片者と向かい合う。
「は、初めまして……だよな……。俺は真城 創伍で、こっちは相棒のシロ……」
「初めましてー! シロだよーっ!」
「……初めましてぇ……」
破片者との交流が始まるという前例のないシチュエーション。
挨拶を終えると、創伍はどのように切り出せばいいか分からず戸惑っていたが、シロは相変わらずのマイペースで話を進行させるのであった。
「おじちゃん、カラスのお兄ちゃんから聞いているんでしょ? 私達の事も、私達がここに来た目的も……」
「うん……聞いているよ~……僕を倒しに来たんだよねぇ〜……何せ僕の魂には、真城 創伍に関しての重要な記憶が入っているらしいからねぇ……。だから斬羽鴉は、ここでキミ達を迎え撃つよう僕に命令したんだぁ……」
「わっ! やっぱりそうなんだ!! でもカラスのお兄ちゃん、どうしてそんなこと知ってるの!?」
「さぁねぇ~~~~~~……僕も知りたいくらいだよぉ……」
緊張感の無さは似た者同士と言うべきか、男も笹団子を食べながらシロの問いかけに応じる。
だが長官の予感の読み通り――鴉はこの破片者が創伍自身の根幹に関わる記憶が蘇ることを知ってて、この男を差し向けたのだ。
「じゃあ……どうしてキミは襲ってこないんだ?」
「……………………」
そこで創伍は、一向に攻撃を仕掛けて来ない男に闘う意思が有るのか探りを入れた。
創伍自身も、出来ることなら破片者だろうと無益な戦いは避けたいと考えている。ジャスティ長官の様に話し合いに応じてくれる相手なら、その者が持つ記憶の欠片も諦めるくらいの心掛けだ。
しかし……男から返ってきた言葉は意外なものであった。
「確かに鴉の命令は受けたよぉ……。もし僕が彼の命令に従っていたなら……時間通りキミ達を襲ったと思う……。でも僕は――僕自身の運命以外には従わない。だからキミ達をどうするかなんて、僕の自由なんだよねぇ……」
「何だって……?」
「いずれキミと僕は闘う運命にあるのが、偶然にも鴉の命令と被っただけだよぉ……。僕達の戦いに、赤の他人が介入なんて許さない……だから鴉には、此処へ来ないように言い付けてるのさぁ…………」
「えっ――じゃあカラスのお兄ちゃん、今日は現界に来てないのー!?」
「そうさぁ……これで僕らは誰にも邪魔されることなく、ただ運命に従い……心置きなく戦えるんだよぉ……」
「えぇ〜〜〜〜!?」
「…………っ!」
予想外の展開に仰天するシロの横で、創伍は呆気に取られていた。
――何故ならこの闘いは、鴉が仕組んだものではなく、偶然だけが重なって成り立っているからだ。
鴉はこの男を闘いに差し向けたのではなく、本人の意思に委ねていた。もし彼に闘う意思が無くて、この公園に足を運んでいなければ、創伍達は無駄足を踏まされていたことになる。
――それでも男は闘う道を選んだのだ。
「さてぇ……おやつも食べたことだし……僕はいつでも闘えるよぉ〜……」
「まっ……待ってくれっ。もしキミの言う通り俺達が闘う運命だとしても……話し合いで解決する道だってあるだろ!?」
もしも鴉が創伍に記憶を集めさせたい理由があるなら、彼は脅してでも破片者を嗾けたはず。しかし自分に従わずとも、この男は創伍と闘う運命を受け入れている――そして自分に対抗心を燃やす創伍には、破片者をチラつかせるだけですぐ駆けつける――双方の心の内を読むように、鴉はそれとなくお膳立てをしただけだ。
「僕だって闘うのは好きじゃない……でもいずれ訪れるその運命以前に――僕には僕で闘い続ける理由が他にあるんだ……キミだって、きっとそうだろう……?」
「俺は……」
――この状況は、まさに彼の脚本通りに進んでいるのであった。
「もういいだろぉ……挨拶はここまでだぁ……。ワイルド・ジョーカー……舞台の幕を開けるなら、他の破片者同様、僕の正体を見破っておくれよぉ……」
破片者でもない鴉が創伍の記憶の欠片を熟知し、斯様な闘いを嗾ける真意とは――
この8番目の破片者が、自らの意思で闘う本当の理由とは――
そして……この破片者が持つ、創伍の記憶の欠片とは――
様々な謎に翻弄されながら、葛藤と諦観の狭間に立つ創伍は、シロに男の正体を見破らせる。
「…………シロ、頼む」
「……分かった」
闘うことでしか道は切り開けない――先に進むことを恐れて新たな犠牲が出るのであれば、創伍にはもう闘うという選択肢しかないのだ……。
「彼の名前は……真城創伍の破片者――『パンダンプティ』」
「っ……!!」
創伍の本質を知っているシロだからこそ成せる業――創伍の作品の名を読み上げることで、男は偽りの姿を全て引き剥がされる――チェックの衣服や帽子は灰のように飛散し、遂に破片者が正体を曝け出す。
「そう……それでいいんだよぉ……道化英雄……」
覚悟を決めた創伍達を見下ろしながら、座っていたベンチを潰し、芝生の上で胡座をかく破片者は小さく微笑む。
そして四人は……そんな彼を前にし、見上げながらたじろいでしまう。
「さぁ……どちらが勝つのか、負けるのか、白黒つけようかぁ~~……」
破片者の正体は、一軒家ほどの大きさに近い体躯の黒白の巨獣――「熊猫」であった。
そしてこれより8番目の破片者「パンダンプティ」との闘いの火蓋が切って落とされる……。
* * *




