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ニュースや新聞のチェックをしましょう。

 パンっと手を合わせて軽く頭を下げる。


「いただきます」


 朝食は家族全員で。私の家の数少ないルールの一つだ。と言っても現在海外へ出張中のお母さんだけは例外だ。お父さんとおじいちゃん、おばあちゃん、それから私の四人で食卓を囲む。畑で採れた野菜と港で買ってきた魚。新鮮かつ栄養たっぷりですごくおいしい。きゅうりに味噌をつけただけでもご飯が進む。いっそ味噌味のきゅうりっていう品種が生まれればいいのにね。なんてことを口に出したら笑われるので黙々と食べる。

 もともと食事中に会話が弾む家じゃないので気楽だ。一番しゃべっているのはテレビの中のニュースキャスターだろう。今日はやや神妙な顔で大型台風の接近を伝えている。


「台風、直撃しそうだね」


 予報では明日の夕方から台風が上陸し、このあたりに一番近づくのは夜中みたいだ。さっき外にいた時は雲が多いかなって思ったくらいだったけど、これからどんどん悪くなりそう。今日くらいは持つとしても、流星群はたぶん見れない。

 おじいちゃんが明日出かけるなら気をつけなさいと言い、私は素直に頷いた。雨の日に海と丘には行かないのは周知の事実なので、おじいちゃんはそれっきり何も言わなくなる。

 流星群と台風もわざわざ一緒に来なくていいのに、なんて愚痴を味噌汁と一緒に飲み込んで、代わりにごちそうさまと言う。

 家族よりも先に食べ終えて、食器を流し台に片付ける。ついでに冷蔵庫からきゅうりの浅漬けを一本、デザート代わりにいただく。歯を磨きながら洗濯機に履いていた靴下を投げ込む。それから自室に戻ると机の上に置きっぱなしのトートバックを掴み部屋を出た。バックの中身は夏休みの宿題と筆記用具、あと小銭入れ。


「いってきまーす」


 今度はサンダルを履いて家を出る。外は早朝に比べて蒸し暑い。雲の隙間からの日差しはじりじりと肌を焼きそうなくらいだ。天気が悪くなるのは嫌だけど、夏の炎天下はもっと嫌だ。これくらいでまあ我慢できるかなってカンジ。

 歩き慣れた道を進み、角を曲がったところでこちらに手を振る女の子を見つけた。名古ちゃんだ。


「二度目ましてー」


 早朝となんら変わりのない、もっというならいつも通りの名古ちゃん。この近くに住んでいるわけではないだろうし、朝ごはん食べたのかな?

 さっきは結局軽いあいさつで終わってしまったので会えて嬉しい。


「うん。待ってたんだ」


 私の心を読んだみたいに一つ二つ先の会話を当たり前にしてくる。慣れるまでびっくりするけど、心が通じ合ってるみたいで素敵だな。

 私が喜んでいるのは不思議な力が無くてもわかると思う。だって全身で嬉しいって表現しちゃってるから。


「お待たせ。ありがと」


 二人で並んで歩きだす。名古ちゃんが制服を着ているせいか一緒に通学してるみたいだ。普段は学ラン寝坊助と一緒だからこの新鮮さが嬉しい。私も制服に着替えたくなってしまう。どうせなら名古ちゃんと同じ可愛いリボンの制服がいいな。私には似合いそうもないけどね。


「どーいたしまして。これからどこに行くの?」

「うーん……幼なじみ? のところ」

「どうして疑問形なの?」名古ちゃんはくすくす笑いながら尋ねる。私は正直に答えた。

「しっくりくる言葉が見つからないんだよ。友達っていうとなんか足りないし、兄妹みたいなっていうのは全然違うし、まぁ幼なじみが無難……かなぁって」

「ふっふっふ」


 名古ちゃんがしたり顔で人差し指をぴんと伸ばす。犯人はあなたですって言う名探偵みたいだ。


「ズバリ、腐れ縁!」

「あ、それいいかも」


 私の同意に名古ちゃんは満足げに頷く。大げさに腕を組んで頷く仕草がなんだか可愛い。


「うんうん。良いものだよ腐れ縁は。絆ってキレイすぎて嘘くさくなっちゃうしさー。ねぇねぇ、どんな人なの? 教えて教えて」

「ざっくり言うと変人天体オタク。天気の良い日は毎晩星を見てるの。今は夏休み中だからいいけど、授業中は寝てばっかりで先生を困らせてるんだってさ」

「へぇーお星さまかー。ふむふむ、そしてクラスが違うんだね」

「そもそも学年が違うんだ。私が中二であいつが中三。そういえば名古ちゃんは?」

「二年生だよ」


 ちょっと悩んだけど、たぶん中学二年生かな。高校二年生って言われても納得しちゃうけど、私に歩み寄ってくれてるから都合のいい方を選ぶことにした。


「そっかー」


 私はあいまいな返答をして、生け垣の切れ間から続く小道を下った。途中にある大きな木の下を通ると蝉がより一層騒がしい。道の先には一軒家が見える。周囲は田んぼと畑、それから山の一部の林だ。


「あの家? 結構近いね」

「走れば五分とかからないよ」


 程なくして見慣れた玄関に到着する。とりあえず呼び鈴を三回鳴らしてみたが、案の定何も起きない。

 名古ちゃんには玄関先で待ってもらうことにして、家の南側へ回り込む。縁側の雨戸はすでに全開で私はそこから座敷に向かって声をかける。


「まっきのー! 起きてるー?」


 ややあって座敷のふすまが動いた。

 昨晩別れた時と同じシャツに下は学校指定のジャージ。図らずともズボンは私とお揃いだ。

 牧之は眠そうに目を擦る。昨日は無かった蚊に刺された跡が手首に一つ。さては昨日、蚊取り線香をつけずに寝たなーっと分析できた。


「……今日も早いね。こっちは今起きたとこだよ」

「おはよう。早速だけど牧之に紹介したい子がいるの」

「誰?」


 まだ寝ぼけている牧之をよそに、私は玄関の方へ手を振った。名古ちゃんがとことことやってくる。なんだか少しだけ緊張しているような顔をしながらも、名古ちゃんは丁寧にお辞儀をする。


「はじめまして。桜坂名古です」


 牧之が名古ちゃんを見た瞬間、あっと声を上げた。私と同じように彼女から何かを感じ取ったのかもしれない。夏の色ではない風が吹いた気がした。

 牧之は寝癖を手で撫でつけてから、眠気が吹き飛んだ顔で彼女と向き合う。普段、星に対してしか見せない真剣な表情でぺこりと頭を下げた。


「夏川牧之です。はじめまして」


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