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*****


 翌朝、私は居間で自分よりも横幅の広い大きなリュックを背負っていた。事情を知ったサンおばさんは私が寝ている間に必要なものを準備してくれていたのだ。その中には羊の干し肉も白くて柔らかい小麦のパンも入っていた。

 これは昨晩の食事代を合わせても渡した銀貨一枚では足りる金額じゃない。いやはやどうして私の周りはこういったツンデレが多いのか。不意打ちの温かさは目頭が熱くなる。

 うう、最近涙腺弱いんだからやめて欲しい。


「金のリンゴだか銀のナシだか知らないけどね、とっとと賭けに勝ってきな! 負けたら承知しないからね」

 サンおばさんは黄金のリンゴの存在について一切何も言わなかった。きっと私に策があると信じてくれている。というよりも、もともと無類の賭博好きなので何でもいいから勝てということに違いない。


 それからサンおばさんは何かを思い出したかのように掌にぽんと拳を乗せると懐から布でくるんだ何かをリュックの右側面のポケットに入れてきた。私が怪訝な顔をするといつもの不気味な声で笑う。

「ちょっとした保険だよ。もしもの時はこれを使いな。きっとルナを助けてくれる。ほら後はアタシに任せて気をつけて行ってきな」

 ぽんぽんと優しく背中のリュックを叩くと、玄関まで見送ってくれる。

 私は感謝の気持ちを伝えると再び白霧山に向かった。




 ――それから数時間後。


 私は黙々と山を登るも、リュックが重たすぎるせいでうまく山道を進めないでいた。シンティオがいるところまで、あと三分の一ほど距離がある。こんなにゆっくりしていたら日が暮れて夜になってしまう。

 用意してくれたサンおばさんの前でリュックの中を物色することは失礼だと考え、食料以外は何も確認しなかった。いっぱい詰めてくれたのは嬉しいけれど、一体何を私に持たせてくれたのか。肩で息をする私は大きく一息吐くと、額に浮かんだ汗を服の袖で拭った。


 一度、休憩した方が良い。そろそろ体力も限界。

 私は心の中で呟くと座れそうな大きな岩を見つけ、リュックを地面に置いて腰を下ろした。

 サンおばさんのことだから、水の入った水筒も持たせてくれているはず。それにしても本当にこのリュックの中は何が入っているんだ。休憩ついでに確認しようと私はリュックの口を開けた。すると、突然視界が白み始める。


 私はハッとして顔を上げた。この状況は……(すこぶ)るまずい。何がまずいのかというと白霧山の特徴は一瞬にして現れた濃霧で山全体が覆われてしまうことだ。一寸先は闇、ではなく一寸先は霧と言いたくなるような濃い霧は見通しが悪く、自分の足元すら霞んで見える。

 白霧山という名前の由縁は中腹より上はいつも雪や厚い雲で覆われ、さらに下の部分も霧に包まれれば完全に山がなくなって見えるところからくる。

 この時期は滅多に霧が発生しないから大丈夫だと思っていたのに。迂闊だった。


 こうなってしまえばシンティオのところへ行けないし、町にも戻れない。中途半端な場所にいるから、霧が晴れたとしても本日は野宿がほぼ確実。

 はあ、こんな石ころが多くて水もない場所で過ごさなきゃいけないなんて。不運一つ。

 途方に暮れていると、前方に何か青白く輝くものが目に入った。不思議な光に導かれて、リュックを背負い直した私が近づいてみると、草むらの中にそれはあった。


 楕円に加工された透明度の高い綺麗な白い石の指輪。革紐が通っていて首に下げられるようになっている。輝きからして相当価値の高いものだと窺える。こんな高価なものは平民の私含め、町の住人は手にすることはできないし、見ることも一生のうちに数回あるかないかだ。

 だったら、なんでこんなものがその辺の石ころの如く落ちているのか。美しく輝く白い石を拾い上げて、私は顎に手をあてて思案する。


 ここで頭に浮かぶキーワードは二つ。平民が手に入れることが叶わない高価な石。頻繁に白い霧に覆われる白霧山。

 ……もしかして、貴族様のお屋敷で財宝を盗んだ強盗が白霧山に逃げ込んでうっかりこれを落としたとか? そうじゃないと辻褄が合わないし、普通こういう代物は屋敷の宝物庫で厳重に保管されているものだから。

 どうやら私はとんでもないものを拾ってしまったらしい。取り敢えずこれはポケットに入れてあとで自警団の人に届けよう。


 すると急に木々の奥から葉の擦れる音が耳に入った。視界が悪いため、姿は全く見えないけれど音はしっかりとこちらに近づいてきている。

 まさか、強盗がこの石を探しにやって来た? どうしよう、護身用の短剣を持っとかなきゃ。って、うわあああ! サンおばさんに準備してもらったからどこに何があるか全っ然把握してないんだった。不運二つ。



 いやいや。ここで慌てたり、心を取り乱したりはしない。だってサンおばさんは出発の前にあるものをリュックの右ポケットに入れてくれたじゃない。

 流石は放浪薬師のサンおばさんだ。亀の甲より年の劫、身が危ぶまれる状況を鑑みて悪者を撃退する何かを入れてくれたに違いない。『もしもの時はこれを使いな』というそのもしもは今だ!

 私は右ポケットに手を突っ込むと重要な品を取り出した。次に布取り払えば現れた品に目が点になった。

 ……はあ!?


 それは『楽しい応用薬学 ― 多分ポケット版 ―』と書かれた片手に収まるけれど聖書並みに分厚い本。

 なにこれ。しかも本のタイトルの上に線引っ張って上書きしてるよね? 『多分ポケット版』て何!?

 もしもの時の部類が違うからあああ!! いや、確かに応用薬学は大変重要なものでして、急病の時には重宝されるけれども。

 あんな言い方されたら護身用の何かだと思うじゃないですか。期待しちゃうじゃないですか。


 分厚い本の角って、投げつけられて当たると結構痛いからこれはこれで武器になり得る。

 え、私に物理攻撃しろと!? 飛び道具も扱ったことない素人の私に? 向こうは警備万全な屋敷から財宝を盗んだ凄腕の強盗ですよね?

 ……無理無理無理。絶対に命中しないから。よって、外す方に銀貨三枚賭けてもいい。


 音はいつの間にかすぐそばまで来ていた。ええい、女は度胸。イチかバチかやってみるしかない。私は応用薬学の本を片手に持つと、息を殺してタイミングを計る。

 しかし、ぼんやりと相手のシルエットが浮かび上がると、見覚えが大いにある私は声を上げた。現れたのは私の良く知る白い竜。霧の中とは言え相変わらず全身の鱗は主張し、神々しいオーラを放っている。


 シンティオは私を凝視して、ずっとその場に固まったままだった。

「どうしたのシンティオ?」

 私が声を掛けると、石化の魔法が解けたかのようにシンティオの瞳孔が縦長に細くなっていく。そして、開口一番に一喝された。

「ルナの戯け者! 一日経っても帰って来ぬから我は、我は……もの凄く心配したのだぞ!」

 今にも零れ落ちそうな涙を目に溜めてシンティオは勢いよく私に抱きついた。体格差によって私の顔は丁度シンティオのお腹の辺りにくる。

 幾何学的な鱗の模様がドアップで視界に入る私の気持ちがお分かりいただけるだろうか。あろうことかシンティオはさらにきつく抱き締めてくるので私の前身はピッタリとシンティオの身体にくっつく状態になってしまった。


「やっ……いや。シン、ティオ」

ぞわぞわと鳥肌が立つのを感じる私は震える声で訴えるしかない。

「なっ! 我の何が嫌なのだ!?」

「いや、そうじゃなくてだから」

「だから我の何が嫌なのだ!? 我はルナがいなくてとても寂しかったのだぞ。もう離れたくないし絶対に離さぬううう!!」

「ぎゃあああああああいやああああああああ! 放してええええ!!」


 至近距離で鱗を見た私は絶叫し、この後シンティオの腕の中でめちゃくちゃ嘔吐(えず)く羽目になった。



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