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 母親が退室すると、目の前の景色が徐々白い霧にのまれ薄れていく。すっかり景色が消える頃には、元の白霧山の中に立っていた。未だに濃い霧は視界を遮り、木々の微かなシルエットがぼんやりと浮かんでいる。



 初めて知るシンティオの過去はあまりにも哀しいものだった。

 私は無言のまま、その場にしゃがみ込んだ。

 あの母親は兄ともいずれ劣らない竜を求めていたのだろう。

 初めて産んだ子が竜王様になったから、次も必ず素晴らしい竜が生まれてくると過信していた。だから白い竜のシンティオに罵詈雑言を浴びせ、殺そうとまでした。


「でも白い竜じゃなくても、強くない竜もいるでしょ。もしもシンティオが黒い竜で強くなかったら……。きっとあの母親はシンティオを虐めていたと思う」

 恐らく彼女は竜王様を生んだことを自分の手柄のように思っていたんじゃないか。

 彼女の発言を思い出すと、そういう風に読み取れてしまう。

 そんなの勝手過ぎる。子供は親のおもちゃじゃないし、自尊心を測る道具でもないのに……。

 だけどシンティオが白い竜じゃなかったら、虐めることはあっても殺そうとまではしなかったのかもしれない。

 どうして白い竜だと忌避されるんだろう。


『あの母親が言っていた通り、これまで白い竜というのは竜の一族の中で長く生きられない種だったの。力もろくに持てず、運命の相手である番とも巡り会えず、子孫も残せない。だから竜族の中には白竜破滅主義という白い竜を排斥しようとする者がいるの。シンティオが生まれる少し前に黄金のリンゴを定期的に食べることで他の種と同じように過ごせることが分かったけれど……長年染みついた考えを変えていくことは難しいわよね』

 無機質な少女の声が最後の方は皮肉っぽく聞こえた。

『竜王に保護されたシンティオはサンドラの手で育てられたの。成竜になるまでの百年、竜の国と人間の国を行き来しながら簡単に欲にのまれない術を身につけていった。同時にサンドラから教えられる竜の国で必要な知識も、人間の国で共生するための知識も吸収していった。そうして成竜になった時、竜王の命により側近になったの』


 竜王様はシンティオが戻ってくるまでに白い竜が虐げられないように法律を作ったらしい。少しでも白い竜が生きやすくなるために。可愛い弟が傷つかないために。

 彼のお陰で、表立って白い竜を虐げる者は徐々にいなくなった。

『だけどさっきも言った通り、長年染みついた考えを変えていくことは難しい。だから悲劇は起きたの』

「悲劇?」

『白い竜は運命の番には巡り会えないって言ったでしょう? 竜王様はね、シンティオのために番に先立たれた若い雌竜をあてがったの。雌竜も快諾したから最初は上首尾にいっているように見えた。でも違った』



 霧がまた違う景色を映し始める。

 今度は柱や扉、天井の至るところに金細工や貴石が装飾された豪華な空間が現れた。煌びやかな素材がふんだんに使用されているにも拘らず、野暮ったさはひとつもなく洗練されていて厳かだ。目を引いたのは天井に吊るされた色とりどりの貴石が発光していること。おかげで部屋はとても明るかった。

 その下で目鼻立ちがはっきりとした可愛らしい人の姿をした女がシンティオを抱き締めている。


 私はほんの一瞬動揺した。だけど何かがおかしい。

 目を凝らすと、女の手には短剣が握られていて、シンティオの背中に突き刺さっている。

 異変に気づいたシンティオは女を突き飛ばした。


「明日が我らの婚礼の儀というのに、夜更けに訪ねてきたかと思えば、物騒なことをする。其方の心の声が聞こえて来なければ、今頃は深くまで刺されて死んでおろうな」

 シンティオは手を背中に伸ばし、短剣を引き抜いた。刃先にはべったりと血が付着している。

 シンティオの声はいつもの調子だけれど、表情は血の気が引いていて黄金の瞳は激しく揺れていた。

 対して女は冷たい笑みを浮かべる。

「白い竜と番になんてなるわけないでしょ。私の目的はあんたを殺すこと。あんたさえいなくなれば、白い竜を擁護する竜王様の目が覚めるわ」


 女は困った表情をして頬に手を当て、「制御石が城に埋め込まれてなければ、直ぐにでも私の氷で貫いたのに」と感嘆の声をあげる。

「なるほど白竜破滅主義者か。今まで其方が我を嫌っているとは分からなかったぞ。好いてくれているように思えたから……芝居が上手いな」

「褒めてくれてありがとう。今日まで一生懸命あんたが好きなフリをしたけど、最後の最後まで不快だった。あんたは私のこと好いててくれたみたいだけどね。おぞましいったらないわ」

 女はわざとシンティオが傷つくような言葉を選んで口にした。

 表情や態度からは嫌悪感が伝わって来る。それを諸に食らうシンティオはとうとう力なくその場に倒れ込んだ。


 女は動けないでいるシンティオの前にしゃがむと、膝の上に頬杖をついて見下ろした。

「そろそろ黄金のリンゴの効力が切れる頃だからうまく遮断できないのね。嗚呼、可哀想に。今なら嫌でも分かるでしょ? あんたを殺して竜王様をお救いしようとする私たちの計画が!」

 途端に複数人の男女が部屋に入って来た。彼らも白竜破滅主義者なのだろう。

 シンティオを取り囲むと軽蔑の眼差しを向けている。


「たくさんの欲にのまれるのってどんな気分? 苦しい? だったら早く楽にしてあげないとね。最後くらいは同族として慈悲をかけてあげ……きゃああっ!」

 突然シンティオの身体が発光し、強烈な光を放った。

 あれは黄金のリンゴをシンティオが食べた時と似ているが、あの時よりも明るさの度合いが桁違いだ。


 室内の家具や装飾品、彼らの影もすべてが真っ白な光に飲み込まれてしまった。

 やがて辺りが夜の闇へと戻ると、シンティオを殺そうとしていた者たちがその場に倒れていた。

 シンティオはふらつきながら身体を起こすと、倒れている彼らを一瞥する。


「……白い竜に備わる力は光。光と闇は表裏一体。闇が集まればそれだけ光も強くなる。この部屋には力を揮えない制御石は置いておらぬ。いざという時の保険であったが……そうか、誰も我のことを、受け入れては……おらんかったのか」

 涙声になり、語尾が尻すぼみになっていく。

 シンティオは掌で目元を覆うと天を仰いだ。

 頬にはつうっと一筋の涙が流れ落ちる。



 彼は手の甲で涙を拭うと、決心したようにサイドテーブルに置いていた月長石の指輪を掴み、大窓から外へと飛び出した。

 そして竜の姿に変身すると、厚い雲の中に姿を消して竜の国を去ったのだった。



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