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 持ってきていた羊の干し肉と白くて柔らかい小麦のパンをシンティオに取られたので私は薄く切ったチーズを乗せた黒くて硬いライ麦パンを両手に持ってもさもさと食べ始めた。ええ、勿論シンティオを背にして。


「其方、そんなに我と一緒に食べるのが嫌なのか!?」

 後ろからショックを受けた寂しい声が聞こえてきても、私は頑なに竜を背にして落ちた穴の先を無心で眺めていた。

 貴重な食料を無駄にせず、身体に十分な栄養を補給するためにはこの方法を取るしかない。いくら犬みたいで可愛いとちょっと思ったところで所詮奴は毛のないツルツルだ。日中でも薄暗い洞窟の中だというのに射し込む僅かな光を吸収して、その鱗がひとつひとつ主張して輝いている。


 普通の人が竜を見れば神々しく美しいと感涙にむせぶところだけれど、私があれを目にしたら落涙して嘔吐(えず)くに違いない。


 後ろからしくしくとわざとらしい鳴き声が聞こえてくるのを無視し続けていたけれど、徐々に激しくなってきたので私はため息を吐いてそのままの状態で口を開いた。

「シンティオと食べるのは嫌じゃない。ビジュアルが問題なのよ、ビジュアルが」

「だから、我は爬虫類ではないと言っておろう。ちょっと見た目がそれっぽいだけで本来ならば…………。とにかく、回れ右をして一緒に食べてくれても罰は当たらぬ。それに我の傷が治るまでこのままという訳にもいくまい」


 うう、今まで逸らしていた事実に向き合わせるなんて……悪魔め。


 シンティオの言うことは最もで、怪我の完治は早くても十日掛かる。それまで手厚く介抱しなければ私はここから出られない。

 つまり、少なく見積もっても二四〇時間をこの竜と共に生活し、怪我の様子を診るために身体に触れなければならないのであった。これは介抱するというより寧ろ爬虫類嫌いを克服する修行に近かった。


 黄金のリンゴを採るのにここまで苦行を強いられるなんて。全てが片付いたら絶対犬でも飼って癒されよう。もう毛玉まみれになる勢いのモフモフしたやつを飼ってやる!!


 そんな固い決意を胸に秘めて私は最後の一切れを口に詰め込んでいると、不意にある疑問が湧いてくる。

「そういえば、シンティオはなんでここにいるの?」


 竜族はもともと人間が絶対に踏み入れない場所に国を築いているとされている。その場所が空なのか、地中なのかそれすらも人間には分からない。彼らは人間よりも遥かに長寿であり、強靭的な力を持っている。そのため、玉座にふんぞり返る国の王様ですら彼らを前にすれば(たちま)ちひれ伏すのだ。

 王様がどんなに会いたいと切望しても竜族から会談の話が来なければそれは叶わない。要は人間側からすれば雲を掴むほどに難しいこと。従ってこんな一般人の私が会える存在ではないのだ。私にとっては有難迷惑でしかないけれど。


「我はもともと竜の国から黄金のリンゴの実を採りに来た。世界に黄金のリンゴの木は五本しかないゆえ。木は交代で百年に一度、実をつける。一度といっても一年ではなく、大体十年から十五年くらいは実をつけるのだ。だが、竜の国を出発する際に色々と小競り合いがあってな。その結果、怪我を負いこんなザマというわけだ。そのせいで暫くは国に帰ることもできそうにない」

 姿を見えていなくてもその声色から怒りと悲しみを綯い交ぜにした苦しみが伝わって来る。

 その感情が元恋人に振られた時の私と似ているような気がして胸の奥がズキズキと痛んだ。


 きっとシンティオにも何か辛いできごとがあったんだ。この竜は頼れる者もなく、一人でここまでやって来たのだろうか。私が運悪く穴に落ちなければ、きっと今頃――


 その先を想像して、腹の底が凍えるほどに恐怖を感じた。孤独は闇よりも恐ろしいと母を亡くした時に身をもって知っている。あの時は友人たちや近所の人に支えられて立ち直ることができた。もし独りぼっちなら私は生きる気力を失くし、死神に命を捧げていたと思う。


 私は自分の身体を抱き締めると、ゆっくりと振り返った。何か励ましの言葉を言いたかったはずなのに結局何も浮かばなかった。


「ル、ルナ何故そんな顔をする? こっちを向いて食べよというのは単なる我の我が儘だ。我が怖いなら無理はしなくて良いのだぞ」


 今にも泣きだしそうな私の顔を見てシンティオはギョッとして慌てふためいた。しまいには両手で頭を覆い、身を縮め始める始末。

 そんなことをしてもその巨体では身体が丸見えだ。しかし、身を捩りながら一生懸命小さくなろうとするシンティオの姿が面白くて思わず私は笑ってしまった。すると、笑い声に反応して尻尾が左右に揺れている。


 せめてこの優しい竜だけでも克服したい――


 私は目を閉じると心の中で独りごちたのだった。



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