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 げっそりとした表情で私は大男の話を聞いていた。あれからどれくらいの時間が経ったんだろう。


 嗚呼、私はただ大男に下山してもらいたいだけなのに。それに、今日は昼間からニルヌの花の件もあって疲労はピークに達している。いい加減眠らせて欲しい。

 しかし、私の気持ちとは反対に大男は長広舌をふるった。

 拍車をかけた原因はシンティオが何度も相槌を打って、興味津々で耳を傾けていたからだと思う。


 大男は竜の伝説に始まり、伝承されている竜の生態についてこと細かに語ってくれた。

 さっきは蛇と竜は似ているって言っていたくせに、いつの間にか蛇と竜はちょっと似ているだけで実際は別物、という新たな持論を展開している。取り入れるの早いな。

 やがて、自分の言いたいことを凡そ吐き出して満足したのか大男は息を吐くと、憑き物が落ちたように穏やかになった。


「初めて自分の研究を聞いてもらえて、とても嬉しかったよ。竜のことになるとどうしても熱が入ってしまって、さっきは意固地になっていたけど明日は一旦下山するよ。捻挫も酷いし、これじゃ何もできないから」

「ほ、本当に!?」

 私がおどろおどろしい声で念のため聞き直すと、大男は力強く頷いた。

 さっきは這ってでも竜を見つけ出すまで下山しない勢いだったから、正直拍子抜けだ。

 私はホッとして安堵の息を吐いた。そして、どちらからともなく遅い自己紹介を始める。


 大男はアンスという名の学者で、顔が髪と髭で分からなかったけど四十になる男性だった。

 それが済むと、私の疲れの限界を二人が察してくれたみたいでやっと休むことになった。



 私はテントの中に入ると、外套と薄めの布を被って重たい瞼を閉じた。

 テントは洞窟の住居に二つあったから、それを持ってきた。

 いや、訂正する。二つしかなかったという表現の方が正しいかもしれない。


 ……お願いだからシンティオ、私のテントに入ってこないで!!

 二つしかなかったら男女で分かれようってなるでしょう常識的に考えて!!

 なんで当たり前みたいに入って来るの!?

 そしてぴったりくっつくなああああうぎゃああああああ!!


 ただ、今では口でツッコミを入れることも、絶叫することも億劫である私は、シンティオにされるがまま、心の中で毒づきながら意識を夢の世界へと手放した。

 明日復讐してやる、と誓いながら――。





 どれくらい眠れたか分からない。普段より短いのは確かだ。

 頭の隅でそんなことを思いながら、私はシンティオに肩を揺すられて起こされた。

 重たい瞼を開けると、辺りは暗くて起きるにはまだ早い時間帯だ。耳を澄ませると、隣のテントからアンスさんのイビキが聞こえてくる。

 シンティオは口元に人差し指を立て、私に外套を羽織るように指示をした。横掛け鞄も渡されて肩に掛けると、次にテントから出るように合図する。


 そっとテントから出ると、シンティオは足音を忍ばせて先に歩き出した。

 慌てて私も足音を立てないようにして後を追う。今日はいつもよりも歩調が速い。

 黙々と歩いていると、私が最初に落ちた穴に辿り着く。すると、シンティオがこちらを見て漸く口を開いた。


「さて、アンスが起きる前に黄金のリンゴを採ってしまおう。恐らく、もう色づいている」

 服を脱ぎながらくるりと背を向けて、手早く竜の姿に戻ると、シンティオは私を抱いて飛翔した。

 びゅうびゅうと身体に当たる風が刺すように痛い。夜明け前の山風は冷たくて寒いと分かっていても、我慢できる冷たさではなかった。

 シンティオの服をぎゅっと胸に抱いて、早く着け! 着け! と、私は心の中で何度も唱えた。



 野原に降り立つと、私は芯まで冷えきった身体に鞭を打ち、シンティオと並んでリンゴの木まで歩いた。

 辺りは薄暗いけれど、空を見上げれば白み始めている。じきに、太陽が顔を出すだろう。

 いつもならシンティオに声を掛けるけど、喋る気になれなかった。リンゴの木に近づくにつれて、緊張と不安で心臓が大きく脈打ち始める。

 私は汗ばんだ手をギュッと握り、表情を引き締めた。

 その直後、目の前のリンゴの木に太陽の光が射し込んで輝き始めた。


 木の頂から根元にかけてゆっくりと照らされていき、その光がリンゴの実に当たると、私は目を奪われた。

 それは少し赤みがかった黄金のリンゴ。太陽光を浴びて神々しく輝き、言葉では表現できないほど美しい。

「……やっと、できたんだ」

 私は腕を伸ばすと、リンゴの果梗に指を添えて上下に傾けるようにして捻る。すると、簡単に黄金のリンゴは枝から離れて収穫できた。

 それを布で覆うと、大事に鞄の奥底にしまう。

 胸の奥が変にフワフワしていたけれど、漸く手に入った実感が湧いてきて、私は喜びを噛み締めた。


「ありがとう、シンティオ。ここまで協力してくれて」

「礼など要らぬ。我はもともと黄金のリンゴを採りにここへ来た。目的は同じだ」

 優しい眼差しを向けるシンティオだったけれど、急に鋭くなった。

「ところで町へ下りる前に、黄金のリンゴのことで話しておくことがある」

「話?」

 一体なんだろう、と私は首を傾げる。

「そもそも黄金のリンゴは其方らにどういう風に伝わっているのだ?」

「えっと、『食べればすべてが手に入れられる』っていう伝説があるよ」

「それは竜にとっての話で、人間は違う。人間は決して食べてはならぬ。だから現竜王はわざわざ黄金のリンゴの周りを人が入り込めぬように造り変えたのだ」


 私は息を呑んだ。

 だから最初、黄金のリンゴの場所を覚えていたはずなのに探しても見つからなかったのか。

 そして現竜王は初代竜王に劣らぬとてつもない力を持っているらしい。

 いろいろ想像を巡らせて青褪めていると、シンティオが深刻そうな表情で言う。

「黄金のリンゴは見せるだけにして欲しい。万が一にもあれを人間が食べると――」

 その先の話を聞いて、私は血の気が引いた。

 動悸と眩暈がする中で、鞄の中に手を入れて黄金のリンゴに触れる。

 今後の振舞いについて慎重に考えないといけない。そう思うと、リンゴを触れる手に力が籠った。



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