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「ううっ……これは酷いのだルナ。指輪を、指輪を我に返して欲しい」

 涙をぼろぼろと流して懇願する竜に私は嫌だと応えた。

「だがこのままでは……グスッ。目が痛くてかなわぬ」

 シンティオの周囲は身体を乾かすため、焚火で固められている。その中心に佇むシンティオは、舞い上がる黒煙に目が沁みて号泣していた。


 何故こうなったのかというと、竜の身体では一つの焚火では足りなかったからだ。

 身体の震えが一向に治まらないので、私は気を遣ってシンティオを囲むようにどんどんと焚火を増やしていった。

 その結果、もくもくと黒煙が立ち上る中でシンティオは身体を乾かす羽目になった。

 このままいけば、いずれ竜の燻製が完成しそうだ。


 私はというと、煙の当たらない少し離れた安全地帯から呆然とその光景を眺めていた。

 黒煙のせいでシンティオのシルエットは薄ぼんやりとしている。指輪を渡してくれと、黒煙の中から白い竜の手がこちらに伸びてきた。

「このままでは時間が掛かるし、下手をすれば煙で中毒死の恐れがある。人間になれば身体が小さくなるから乾きも早く、効率が良いであろう? 焚火も一つで済む」


 真っ当なことを言われてはぐうの音も出ない。

 でも、ここで簡単に引き下がる私ではない。

 指輪を渡せばシンティオは人間になる。

 つまり全裸シンティオになる!!


 自然に全裸シンティオが頭に浮かんだけど、首から下は自主規制しといた。

 数回目にしてしまったし、嫁ぎ遅れではあるけど、何せ清らかな乙女なもので。ええ。


「ほら、私に素っ裸を見られたら恥ずかしいでしょ?」

「何を今更。減るものでもないしルナに見られたところで我は平気だ! 何も困らぬぞ」

 いやいや、私が困るんだよ! これ以上私の目を穢すな汚すな腐らせるな!!

 ていうか、それ胸張って言うことじゃないから! いい加減、羞恥心を持て!!

 私は心の中で吠え、頭を掻き毟った。



 悶々としていると、ついにシンティオが苦しそうに咳き込み始めた。

「……」

 ここまで来て指輪を渡さなかったら、完全に私が極悪非道の鬼畜野郎じゃないですか。仮にも国家公認薬師が伝説の竜の命を助けずに見殺しにしたなんて知られれば免許剥奪並びに王国より処刑命令が下されるだろう。確実に。

 絶望に近い溜息を吐いてから私は腹を括ると、指輪を渡した。


 人間に戻ったシンティオは全裸で焚火を軽やかに飛び越えて黒煙の中から外に出てきた。

 私は慌てて鞄から長方形の布を取り出すと、顔を背けたままそれを差し出す。

「せめてこれで下半身くらい隠してよ」

「む? ありがとう」

 手から布が離れると、微かに擦れる音がする。

 音が止んだ頃に名前を呼ばれて視線を元に戻すと、ちゃんと下半身を隠したシンティオが焚火の前でちょこんと座っていた。

 シンティオが傍に来るように地面を叩くので、私はまごつきながらも応じる。



「さて、乾くまでさっきの話の続きをせねばならぬな。石が何故喋るのか疑問に思っているのだろう?」

 尋ねられて私はこっくりと頷く。

 シンティオは燃え上がる焚火に顔を向け、何から話すか思案している様子だった。

 温かなオレンジの炎が彼の瞳の中で揺らいでいる。

「……知っての通り石は元来喋らぬ。だが、澱みのない澄んだ水底や奥深い洞窟など生き物が近づけない場所で長い年月を経て不思議な石は生まれる。それは何故か卵から孵る竜の子のもとに現れるのだ。まるで、その竜に足りない部分を補うかのようにな。石は意思を持ち、竜を善き方向へと導く。悪い方向へいくと戒める。そして竜が死ぬとその石も役目を終えて粉々に砕けるのだ。一つ一つの石に不思議な力が宿っているから、我らは『精霊石』と呼ぶ」



 シンティオは指輪を嵌めた手を見えるように突き出した。

「例えばこの月長石は浄化の力を持っておる。長い間、生き物が住めない冷たい洞窟の中で月の光だけを浴び、静寂の中から生まれた。人間が精霊石の存在を知らぬのは、他の生き物よりも邪念が強いからだろう。人の世では生まれにくく、あったとしても権力者の争いの種にしかならんだろうしな」

 有益な資源が豊富であるほど、他国の侵攻の割合も高いと確かサンおばさんから聞いたことがある。

 今でも資源をめぐって戦争が勃発しているというのに、精霊石があれば戦争が数十年以上続くデスマッチになりそうだ。



 私は壊滅した自分の町を想像して、ぶるりと身震いをした。

 この石が人間の住む世界になくて良かったと心底思う。

「他の石はどんなことができるの?」

「そうだな、初代竜王が持っていた紅玉は強大な力を持っていた。うっかり人間の大国を一夜にして焼け野原へと変えてしまったらしい」

「……」

『うっかり』という単語に開いた口が塞がらない。

 竜の雄って頭のねじが緩んでるどころか十本くらい落っことして足りてないんじゃないか。

「あれ以降、人間たちは竜を極度に怖がるようになったな」


 私は苦い表情を浮かべるしかない。

 薬学に長けた本を作ったり、サンおばさんの兄だったりすることもあってとても尊敬してやまなかった初代竜王の株が今ので大暴落した。





 身体を十分乾かした後、再び竜の姿に戻ったシンティオに連れられて場所を移った。

 ニルヌの花が咲く池よりも標高の低い場所に降り立つと、私とシンティオは山菜を採り始めた。


 シンティオは身長を生かして高いところになった木の実や新芽を摘み、私は足元に生えている野草を摘む。

 この辺りにある山菜は食べられるものが多く、すぐに袋いっぱいになった。

 私は山菜で溢れかえる袋の口を紐で縛ると、新しい袋を鞄から出した。


「シンティオ、近くにたくさん黒スグリの実がなってたから摘んで来るね」

「分かったのだ。あまり遠くへは行ってはならぬぞ」

 二つ返事をして、黒スグリの実がなっている場所へと移動する。

「砂糖もまだあるから、黒スグリの実でおやつが作れるかも」

 甘いものに飢え始じめていたから良い時期に出会えた。

 これで何を作ろうか。ジャムにしても美味しいし、果実酒にするのも良いかも。



 夢中になって摘んでいると、不意に目の端で巨大な黒い塊が動いた。

 異変を感じた私は、徐に顔を上げる。そこには毛むくじゃらの塊が横たわっていた。

 正確には髪も髭もぼさぼさで白目を剥いて気絶した大男が倒れている。

 伸びきった無精髭の間から泡が吐かれていて、何よりも背筋がぞっとしたのはその身体に這いずり回る蛇、蛇。これまた蛇。

 私は思わず感嘆の声を上げた。


「うわああ……なんかめちゃくちゃ既視感ある……」



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