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 リンゴが黄金色になるまでの時間というものは意外とすることがなくて暇だ。

 この三日間、野原に生えている薬草を摘んでは薬の材料にするために乾燥させたり、熱湯で有効成分を抽出したりしたけど、多種多様な薬草が生えているわけではないので薬師としてすることはもうなくなってしまった。


 今日は朝から既に手持無沙汰なのでいつも使わせてもらっている洞窟住居を掃除することにした。

 もともと家具以外の備品は少ないので整理整頓はできているものの、床の隅や人の動線上は埃が溜まっている。

 埃を箒で掃いて一ヵ所に集めて外に捨てると、開け放っている窓のサッシに布団を掛けた。


 はたきの柄で布団を叩いて埃を払っていると、目の端にシンティオが映った。野原の日の当たる場所で、彼は身体を丸めて眠っている。

 傍にある月長石の指輪はシンティオに守られるようにして日の光を浴び、反射して遠巻きに見ても美しく光っていた。


 こう見るとおとぎ話に出てくる幻の宝を守る竜みたいだ。まあ、おとぎ話だと竜は黒くて鋭い牙が何本もあって、国を焼き尽くすほどの火を吹くという恐ろしい設定つき。

 それに対して、私に協力してくれている竜はどうだ。

 鱗は白いし鋭い牙なんて生えてないし、火は吹かないから危なくないし。

 性格だって優しいし世話焼きだし、ちょっと抜けてて可愛いし。

 犬みたいに毛がないのはモフモフできなくて残念だけど、岩みたいにごつごつはしてないから触っても痛くないし。

 体躯だって厳つくないからコロコロしてて可愛いし。


「ふふっ、竜って可愛い」

 微笑みながら独り言ちると、私は再び布団を叩こうとはたきを振り上げた。



 …………………………………………ファッ?!

 私今なんて言った?

 竜 が カ ワ イ イ ?

 振り上げた手からはたきが滑り落ち、音を立てて床に転がる。そして私は力なくその場に座り込み、頭を抱えた。


 うわあああああああああああああああああ!

 なんてこと口走ってんの私ぃぃ!!

 はい、今のなし! なし! なしだから!!

 嗚呼、もしかしてここ最近の心労のせいで気がおかしくなってるの? リンゴが完成するまであとちょっとなんだから耐えるのよ私!!



 心の中で激励をしていると、目の前が暗くなった。

「ルナよ、体調でも悪いのか?」

 不意に声を掛けられて顔を上げれば、シンティオが窓から顔を覗かせていた。

 さっきまで死んだように眠っていたのにいつ起きたのか。驚きのあまり、私は後ろへひっくり返った。

「だ、だだだ大丈夫! 元気元気!」

 地味に腰が痛かったけれど、何ごともなかったように立ち上がって乱れたスカートを直すと、床に転がったはたきを拾い上げた。


 シンティオは何を言うでもなく暫く黙って視線を落としていた。やがて、長めの息を吐くと視線を野原の方へと向けた。

「一つ提案なのだが、食事の材料も少なくなってきたし標高の高いところに生える山菜を採りに行かぬか? それと、上の方に綺麗な花が咲く池があるからルナに見せたい」

 ずっとここにいるより、いつもと違うことをすれば気が紛れて良いかもしれない。

 そう思った私は二つ返事でその提案に乗ると支度を始めた。




 再び指輪を預かると、私はシンティオに抱きかかえられて綺麗な花が咲くという池へと連れて行ってもらった。

 普段の白霧山なら標高の高い場所になるに連れ、厚い雲に覆われて視界は悪い。しかし、今日は薄い霧に覆われているだけで決して何も見えないということはなかった。

 視線を下に落とすと、シンティオの飛ぶシルエットが霧の中に浮かんでいる。その先に緑の山肌が見え、さらに視線を先に走らせれば、鮮やかなピンク色が目に飛び込んできた。


 シンティオは急降下すると、その鮮やかなピンク色の近くに降り立った。

 私も地面に下ろしてもらい、ゆっくりとそれに近づいてみると、池一面に鮮やかなピンク色の花が咲いていた。

 目を凝らして何の花か確認すると、私は声を上げた。


「ニルヌの花だ! こんなにたくさん咲いてるの初めて見る」

 一面に咲くニルヌは白霧山の標高の高い川や池に生息する水草だ。

 香りはリラックス効果があり、ストレスを緩和する効能がある。心労の私にはうってつけの香りだ。


 池の縁に腰を下ろしてニルヌの香りを楽しんでいると、丸くて淡い光がたくさん飛び始めた。蛍の様に飛ぶそれは水面に反射してより幻想的な光景を演出している。


「とても綺麗な場所だね。良い匂いもするし。連れてきてくれてありがとう」

 後ろにいるシンティオに礼を言うと、彼は私に顔を近づけて何故か匂いを嗅いできた。

「花よりもルナの方が美しいし、其方の匂いは堪らないのだ」

「へっ? 何言って……」

 雰囲気にのまれたの? って冗談めかして訊く前に、シンティオに頬を舐められた。

 しかも心なしか以前に舐められた時よりも量が多い。


「…………ルナ、食べて良い?」

 低くて色っぽい声が耳元で囁かれ、私は身体を強張らせた。


 ひぎゃああああああああああ! 食べて良い? ってどういう意味よ!?

 この場合の『食べる』は捕食するって意味ですかね?

 いや、前にシンティオは人間を食べないって言っていた。

 となると、残るのはあっちですかー。性的な方の……。

 『性的な』という言葉に私は顔を青くした。


 たった今思い出したことがある。

 ニルヌ、別名『夜を統べる女王』。

 香りは女性のストレスを緩和し、絶大なリラックス効果がある。その一方で、花の花粉は男性の性を目覚めさせる効果がある。そして、この蛍のような丸い光はニルヌの花粉。


 はははは、自分に男っ気がないからって油断していた。それにニルヌの特性を忘れていたなんて薬師失格だ。

「ルナ、食べて良い?」

 私は項垂れると両手で顔を覆った。

 誰か、この状況から私を救ってください!



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