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 ベッドに入ると、薬のおかげで私はすんなり眠りに落ちることができた。けれど、翌朝の目覚めは最悪なものとなった。


 横になっているだけなのに激しい頭痛に襲われる。あまりの痛さにこめかみ辺りを手で押さえるけれど、それで痛みが引くことはない。

 本来眠り薬は、葡萄酒に混ぜて飲むと気持ち良く眠りに就くことができる。勿論、蒸留酒で服用しても効果が出るけれど、それはちゃんと水やお湯で割った時の話。二日酔いになりにくいとはいっても蒸留酒は薄めずに一気に飲めば酔う。


 現実逃避したいばかりに普段飲まない蒸留酒なんて飲むんじゃなかった。うっかり水で薄めるのを忘れてこのザマだ。


 今更遅い後悔をしながら、私は深いため息を吐いてベッドから這い出した。

 立ち上がると、平衡感覚が乱れているのか上手く歩けない。覚束ない足取りで壁や手摺を伝って一階へ行くと、サンおばさんとシンティオが居間で旅支度をしてくれていた。


 必要な食料や備品の包みが机の上に並び、それをシンティオが鞄に詰めている。時折、シンティオが備品の質問をして、それにサンおばさんが答えている。

 熱心に説明を聞くシンティオだったが不意に顔を上げ、目が合った。途端にシンティオは眉を顰め、慌てた様子で此方に駆け寄ると私の両腕を掴んだ。

「ルナ、一体どうしたのだ? 顔がとても蒼白いし、ふらついておるではないか! それに物凄く酒臭い」

「ちょっと頭が痛いだけだから……大、丈夫」

 そうは言ったものの、自分の声が随分と遠くで聞こえるし、目の前が荒れ狂う海の中を航海する船のように揺れて気持ちが悪い。シンティオが私を掴んで支えてくれなければ今頃倒れているところだ。


「墓場から這いずり出したゾンビみたいだね。酒を一気に飲んで二日酔いになるって予想はついてたけど、こりゃまた想像以上に酷い顔だね」

 朝から自分の失態を悔み、苦しんでいるというのに、どうして悪口まで聞かされなければならないのだろうか。教えてくれませんか――神様?

 立っているだけでやっとの私は苦い笑みを浮かべるしかない。サンおばさんは肩を竦めると腕を捲った。

「シンティオ、ルナを台所の椅子まで連れてっとくれ。薬を飲ませるよ」

 シンティオは頷くと私の身体を支えるようにしてゆっくりと台所まで一緒に歩いてくれた。


 台所中央にあるテーブル脇の椅子に座らされると、揺れる感覚が少しだけ治まったような気がする。

「あとはアタシに任せて、シンティオは旅支度を済ましちまいな」

 シンティオは私とサンおばさんを交互に見て何か言いかけたが、きゅっと唇を噛み締めると台所をあとにした。

 何を言おうとしたのか少しだけ気がかりだけれど、今はシンティオよりもこの頭痛をどうにかしたい。頭の重い私は、テーブルに突っ伏して目を瞑った。


 サンおばさんは薬を煎じてくれるのだろう。棚から材料を取り出す音や、液体が注がれる音が聞こえてくる。

 暫くするとテーブルに何かを置かれる音がして、私はゆっくりと目を開けた。

 サンおばさんが作る薬は即効性があるものばかりだから、これを飲めばすぐに二日酔いだって吹っ飛ぶはずだ。今日は白霧山に帰らなくてはいけないから体力がいる。早いところ回復しておかないといけない。

 未だガンガンと鈍器で殴られたような痛みを頭に抱え、耐えながら上体を起こす。


 視界に入った薬を見るや、私は口角を思いっきりへの字に曲げた。何故かというと、嫌がらせのように葡萄酒が並々と注がれていたからだ。

 ……これは悪魔の所業か?

 葡萄酒を一目見ただけで頭痛の激しさが増した私にこれを飲む気力なんてない。

 固まったまま動かないでいると、サンおばさんがいつもの不気味な声で笑った。

「イッヒッヒ。相変わらず冗談の通じない子だね。無反応で面白くないわ」

 そう言うサンおばさんは相変わらず冗談が過ぎますよ。

 心の中でツッコミを入れていると、葡萄酒のコップが下げられて代わりに湯気の立つ薬草茶が出された。


 二日酔いに効くエルダーフラワーやカモミールジャーマンなどの薬草がブレンドされているのかほんのりと果実の様な甘い香りがする。

 薬草茶は飲めば優しい甘い味が口いっぱいに広がり、美味しかった。身体もぽかぽかと温まってホッとするのも束の間、呆けていると背後からサンおばさんに名前を呼ばれた。反射的に振り向けば、無遠慮に何かを額に貼られる。

「頭痛に効くセージとオレガノの湿布だよ。それが乾く頃には体調も戻るだろうさ」

 湿布は注文がないと作らない代物だ。わざわざ薬草を圧搾して作ってくれたらしい。本当にお世話になりっぱなしで何度感謝してもし足りない。

「朝からいろいろしてくれて、ありがとう」

 サンおばさんはニコリともせずにいつもの無愛想な表情で此方を一瞥すると、居間へと戻っていった。





*****


 家々の煙突から白い煙が上がり、まだ人通りが少ない時刻――私とシンティオは再び白霧山へ向かうため、店を出発した。

 湿布と薬草茶のおかげで私の体調はとても良くなった。寧ろ元気になりすぎて朝からライ麦パンを二つも食べてしまった。

 体調が戻った嬉しさと朝の清々しい空気のおかげで目覚めの時とは打って変わって私の気分は晴れやかだ。


 サンおばさんは町の入口まで見送りをしてくれた。昨日はシンティオが、今朝は私が体調を崩してしまったのだから、心配するのも無理はない。

「トカゲの尻尾は持ったかい?」

「ええ、鞄に入れてたから大丈夫」

 鞄の蓋を開けてトカゲの尻尾が入った袋を見せると、サンおばさんは安心したように頷いた。続いてシンティオに向かって口を開く。

「シンティオ、くれぐれも私の可愛い娘に唾つけるんじゃないよ。分かったかい、んん?」


 言葉通りの唾なら既に滅茶苦茶つけられております、はい。

 なんて思ったものの、横に並ぶシンティオがどんな反応をするのか気になって、私はそっと盗み見る。シンティオは瞬かない目でサンおばさんをじっと見つめている。やがてふわりと表情を和らげると、フッと笑った。

「…………サンドラ、其方の歳だと娘どころか雲孫だろう?」

 おい、シンティオ! 真剣に考えるところはそこじゃあない!!


 わざとすっ呆けているのか、本心なのか分からない。でもここでシンティオの答えを聞く勇気もない私にはとてもありがたかった。

「えっと、それじゃあ行ってきます! サンおばさんお店のことよろしくね!」

 サンおばさんが次の言葉を口にする前に、私はシンティオを引っ掴んで速足で白霧山へと進んでいった。



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