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 トカゲを放ったあの男は随分運動神経が良いのかもしれない。

 何故かというと私の顔面にトカゲをヒットさせただけでなく、頭の上や肩、腕、スカートにまでトカゲたちを纏わりつかせたからである。

「ひぎぃぃいいいやああああああああ!!」


 最初の目的を忘れた私は身体中に貼りついたトカゲたちを無我夢中で暴れながら払い除けた。その拍子に持って来ていた道具を手の届かない場所へと放り投げてしまい、致命的なミスを犯す。籠があればそれにミミズを入れて仕掛けができたけれど、気づいた時には手遅れだった。

 それに地面に着地して逃げていくトカゲたちを見ても尚、身体に纏わりついて這いずり回られている感覚が残っていて気持ちが悪い。私は前屈みになると震える両腕を摩った。


 もう腰が抜けてもおかしくない状況なのに、すぐ下にいるトカゲたちのせいで腰を下につけるわけにもいかず、必死に耐え忍ぶ。

 下半身は生まれたての小鹿よろしくガクガクに震えていた。いっそのこと失神してこの現実から逃れたい。けれど、なまじシンティオによって耐性ができてしまったために気持ち悪くても倒れるほどではなくなっていた。

 これは人類にとってはどうでもいい一歩であるが、私にとっては大きな飛躍であり――生き地獄のはじまりだった。



 私の醜態を指さして二人組は悦に入る。

「なんだよ、その家畜の鳴き真似みたいな声は。嫁ぎ遅れの女ってのは叫び声まで下品だなあ。つか、その恰好受ける!」

「これじゃあ、賭けに負けて店を取られた夜に慰めてやろうと思っても萎えるわ」

「は? おまえあの年増を抱けるっての? ないわー、銀貨一枚もらってもないわー」

 おいおい、私にも選択権てものがあるんですよ。それに自暴自棄になって自分の身体を売るほど私は落ちぶれてはいないし、賭けに負けるだなんて微塵も思ってないから!!

「酒で酔えば分かんないって」

「あ、それ盲点だわ」


 散々コケにされた私は憤まんやるかたない気持ちでいっぱいになった。今すぐにでもあのバカ二人に詰め寄って、みぞおちに右ストレートをぶち込んでやりたい。

 実際は未だ放たれたトカゲたちが私の足元で蠢いていて気持ちが悪く、気を抜けば身体の力が抜けてしまいそうで言い返すこともできなかった。


「さーて、面白いもの見れたしそろそろフィナーレといこうか」

 その発言に耳を疑った。まだ何かあるんですか? 

 疑わしげに見ていると彼らは背後からトカゲを入れていた桶とは別に蓋のついた素焼きの壺を取り出した。

 それをわざと高い位置から私の足元近くにめがけて落とすと、大きな音とともに割れた破片の中から蛇が現れた。


 まさか蛇まで捕まえてくるとは、やっぱり仕事がなくて暇なのか?

 蛇は相当機嫌が悪いようで鎌首をもたげて周りを見回した後、標的を私に定めて威嚇する。

 目の端に何かが動いて視線だけ下に向ければ、トカゲたちが俊敏な動きで草むらへと一目散に逃げだしていた。まさかトカゲに出し抜かれるとは思いもしなかった。

「それじゃあ、あとは爬虫類たちと楽しめよ。その蛇、嫌がらせしといたから相当機嫌悪いぜ」

「え、ちょっと一体何を……」

 ぱっと顔を上げるとそれが引き金となったのだろう。蛇は勢いよく飛ぶと大きな口を開いて襲い掛かってきた。


 私は恐怖で声も上げられず、きつく目を閉じて身構えると次に来る痛みを待ち構えた。しかしいくら待っても一向に痛みはなく、反対に男たちの声が耳に入った。

「おい、おまえ何してんだよ!?」

 何が起こっているのか訳が分からない私はたまらず目を開ける。すると、私の正面には白銀の髪を揺らすシンティオが立っていた。


 見ると片手で蛇の鎌首を掴んで、もう片方の手で優しく撫でている。撫でられている蛇は打って変わって大人しく、私の目でも分かるほどシンティオに懐いて嬉しそうに舌を出し入れしていた。

 すると、二人組のうち一人が地団太を踏んでシンティオに罵声を浴びせた。

「いいとこ邪魔してんじゃねえよ!! おまえ蛇使いか? だったら金は払うからその女を襲うように命令しろ!!」

「蛇を怒らせたのは其方らであろう? ならばその報いを受けるのは其方らというのが筋というもの。ルナは爬虫類が苦手ではあるが、わざと怒らせるようなことはせぬ。それはルナが生物の生態をよく理解しているとも言えよう」


 淡々と喋るシンティオに対して、二人組は話を理解していないのか愚鈍な表情を浮かべている。シンティオは呆れてため息を吐くと再び口を開いた。

「其方らが怒らせた蛇は、白霧山近辺にしかいない蛇だ。そして白霧山に棲む生き物というのは集団意識が強い。そこまで言えば……分かるだろう?」

 二人組の背後の茂みから草葉が擦れる音が聞こえると数十匹の蛇が姿を現した。それだけではない。石垣や木の上にいた蛇もそろそろと地面に下りると二人組を取り囲み、静かに様子を窺っているではないか。


 情けない声を上げる二人組は膝立ちになり、祈るようにしてシンティオに許しを請う。

「お願いだ、俺たちが悪かった! だから許してくれ!!」

 シンティオは懇願されると、顎に手をあてて思案する。やがて、思いついたように人差し指を立てた。

「では、もうルナにちょっかいは出さないでくれ」

 半べそをかいている二人組は頭がちぎれてしまうのではないか、というほどに何度も何度も首を縦に振った。

「分かった! もう手を出したりしないと約束する!! だから早く助けてくれ!!」

 そこでシンティオがきょとんとした顔で首を捻る。

「む? 我は許してくれと言うからルナにしたことは許した。其方らは助けてと言わなかっただろう? それに蛇を怒らせたのであれば、決着は蛇がつける。我ではない」

 きっぱりと言うシンティオに二人組だけでなく私も驚いた。いつも何だかんだ優しいシンティオが手を貸さないとは、同族を虐められてよほど腹でも立ったのだろうか。

 何にせよ蛇に取り囲まれ絶望の表情を浮かべる二人組を見て、私はほんの少しだけ気の毒になった。



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