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「ルナよ、これは一体どういうことなのだ?」
「どういうって見れば分かるでしょ。シンティオに合う服を選んでもらってるの」
私が連れてきたのは仕立て屋。通りを歩いていた時、店員が丁度開店を告げる看板を出していたのを見てこの際シンティオの服を新しくしてしまおうと決めた。
中に入って最初に飛び込んでくるのは精緻なレースが施されたワンピースやフリルが特徴的なブラウスなど、最先端の女性ものの服。それらが圧倒的に多いものの、奥の一角には男性用の服もきちんと設けられている。
待ち構えていた店員と店主にシンティオを引き渡して、私は大きなソファに座った。いや、正直なところ引き渡したというよりも掠め取られたと言った方が正しい。
ここは山入の前夜に私の店に押しかけて来た親しい友人の一人が切り盛りするお店。友人はこの町でも一番王都の流行に敏感であり、そのセンスは確かなもので彼女から作り出される服の一つ一つが洗練されている。
庶民だけでなく、上流階級の人たちも御用達で、ある程度の地位を築いた仕立て屋だ。故に口出しなど恐ろしくてできない私は大人しくソファに腰を下ろして一部始終を眺めていた。
猛禽類が如く目をぎらつかせる友人や店員に対して、狙われた小動物のように身を竦めるシンティオからは竜の姿の時のような威厳なんて微塵も感じられない。
友人はシンティオの腕を掴むと奥の試着室へと連れ込んでいった。途端にシンティオの悲鳴に似た叫び声が店内に響き渡る。
「や、やめるのだ! 其方、どこを触っているのだっ……そこはダメだ! ダ、ダメなのだ! ぎゃああああああ、ごめんなさいいいい!!」
はははは。ええ声で鳴きよる鳴きよる。今朝の仕返しも含めてここへ連れてきて正解だったわ。普通の服屋なら採寸もある程度のことで済むけれど、友人の店はあらゆる寸法を測った上でその人にあった服を決める。
きっと恥ずかしいところも測られたに違いない。ふふふ、計画通り! ともあれ、シンティオは一体どんな服を選んでもらうのか楽しみではある。
暫く続いた叫び声が静まると、試着室から澄ました顔の友人が出てきた。私はソファから立ち上がって駆け寄ると友人は口を開いた。
「ああもう、こんな化石になりつつある服を着るなんて冗談もいいとこだわ! 自分の価値を下げるなんてお馬鹿さんがすることよ」
毒を吐きながらも顔に喜色を浮かべているので仕事の出来は上々のようだ。
「でも、今回は悪くないと思うわ。私が腕によりをかけて作った服を着るんだもの。というか……化けたわよ」
友人の最後の言葉に何が? と尋ねようと口を開くと、それよりも先にシンティオが現れた。
灰に近い黒色のベストに、ズボン。紺のブラウスに身を包むシンティオは友人の見立てによって時代遅れからアーバンモダンな男性となっていた。服一つでここまで纏うオーラが変わるなんて思ってもみなかった私はシンティオの変貌ぶりにいつにも増して心臓が大きく跳ねる。
「……あんなことをされるとは苦行であった。しかし、この服は我が着ていたものよりデザインが秀でている。何よりも着心地がいい! ルナ、どうだろうか?」
「……そ、そそそうね。いいんじゃないですかね」
うまい言葉が見つからず、よそよそしい言葉を並べる。
友人が選んだ服はシンティオの容姿に合うというよりも、私が好む男性ファッションの典型だった。その甲斐あってかいつものシンティオが数倍にも美しく見えてしまった。……嗚呼、眩しい。補正って凄い。
これ以上は私にとっては猛毒で、目を泳がせていると店員たちがシンティオを取り囲んで称賛し始めた。その隙に友人に試着室の隣にあるスタッフルームへ連れられた。
扉が閉めるや否や友人は仁王立ちで腕を組むと「洗いざらい話してもらいましょうか」という言葉を添えて詰め寄ってきた。
「それでルナ。あなたリンゴ狩りにじゃなくて男狩りでもしてきたの?! というか元恋人といい、相変わらず面食いなんだから!!」
「いや、それはちが……」
「どこか違うの? あんな王子様みたいな顔の人なかなかいないし、正直これ元恋人よりも綺麗な人よ!! 黄金のリンゴの賭けはほぼほぼ無理でもこれで彼と結婚すればあの元恋人も見返すことができるわね。そう思わない?」
早口で捲し立てられても私はどう応えていいか分からず苦笑する。どこからどう説明していいか分からなかったし、下手をすればシンティオに迷惑が掛かる。
ただ、一点だけは誤解を解かなくてはならない。私は一息吐くと静かに口を開いた。
「彼は……そう、黄金のリンゴを探す協力者なの。だから私の恋人でもなければ私が狩ったわけでもないよ」
思い描いた返事でなかったせいか、友人は深いため息を吐く。心なしか一気に老け込んだように見えて私は期待を裏切ったことに少し申し訳なくなった。




