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 再び竜の姿に戻ったシンティオに抱き上げられると、まずはカノコソウが多く自生している草地へと飛んでもらった。辺り一面に咲くカノコソウを袋いっぱいに摘み終わると、次は三日月鳥の卵だ。


 三日月鳥とは私の国や近隣諸国に生息する野鳥である。ヒワの一種で主食は果実や木の芽などの植物。体長はスズメより一回り大きく、毛の色は雌雄ともに茶色い。

 一見、正面から見るとぱっとしない地味な鳥。しかし、両翼と背中にかけて大きな細眉を下向きに反転したような白い模様があり、日の光を浴びれば美しく反射する。三日月鳥と呼ばれる所以は背に三日月を背負っているように見えるからだった。


「三日月鳥は水辺近くの林縁に巣を作るって聞いたことがあるから、そこへ行ってもらえる?」

 袋の口を紐で縛り、それを横掛け鞄の中にしまいながらシンティオにお願いする。

 シンティオはひらひらと舞う鮮やかな青い蝶を目で追うのをやめると私の方を見た。

「うむ、任せるが良い。竜の目は人間の視力より何倍も優れている。すぐに卵のある巣を見つけられるぞ」


 言葉の通り、シンティオはあっさりと三日月鳥の巣を見つけた。

 近くの拓けた場所に下ろしてもらうと、必要なものだけ取り出して横掛け鞄をシンティオに預ける。

「ここでちょっと待っていて。採ってくるから」


 私は巣のある木に近づくと、靴を脱いで上を見上げた。枝は上の方へ行かないとないにせよ、足がかりになりそうな膨らみがあるので登りやすそうだ。それに、木登りは子供の頃に近所の男の子たちに交じって遊んでいたので得意である。

 私は手を擦って軽く叩くと木に登り始めた。


 勿論、最初は巣に手が届くシンティオに卵を採ってもらうことを考えた。けれど、厄介なことにこの時期の雌鳥は警戒心が強く攻撃的になっている。さらに、群れる習性があるので卵を採れたとしても敵と認定されてしまえば、逃げたところで向こうの気が収まるまで群れに追いかけまわされ、攻撃され続けるのだ。小型の鳥とはいっても大群に嘴で突かれたら一溜りもない。

 そうなると身体が大きく白い鱗のシンティオは目立つし、私一人で採りに行く方がリスクは低いのだ。


 気づかれないよう、巣のある幹とは別の太い幹に静かに登って跨ると、適当な高さにある枝を掴んで ゆっくりと立ち上がった。枝を伝って慎重に距離を縮めると、私はポケットから液体の入った小瓶を取り出した。

 それは薬箱に入っていたサンおばさんお手製の眠り薬。不眠症の人間から野生の生きものにまで使える万能な薬だ。それの蓋を開けてえいっと巣にめがけて中の液体を投げつけた。最初は液体に驚いた雌鳥が激しく翼を羽ばたかせていたけれど、とうとう鳴き声を上げる前に深い眠りについて動かなくなってしまった。


 私はさらに幹が折れないぎりぎりまで進むと、巣に手を伸ばした。

 雌鳥からはみ出ている卵を見つけると、人差し指と中指を動かして転がすように引き寄せ、慎重に取り出した。

 初めて手にした三日月鳥の卵は小石のように小さかった。恐らくシンティオの指では割ってしまうに違いない。卵を取り出して力加減がうまくいかずに割ってしまっているシンティオを想像して私は声なく笑った。

 卵は布で優しく包み、小さな筒状の籠に入れると紐で縛って、それを幹にくくりつけて垂らした。


 私は額に滲んだ汗を手で拭い、貼りついた髪の毛を取ると一息吐く。

 あとは木から下りて籠を回収すれば無事に任務完了――の、はずだった。

 突然、唸るような強風が吹き荒ると木々がそのしなやかな幹や枝を大きく揺らす。まるで、暴れ馬の上に立っているような状態の私は言うまでもなくバランスを崩して真っ逆さまに落ちてしまった。

「わあああああっ……!!」


 幸い、三日月鳥の巣がある木は川辺にある。幹は突き出すように川の真ん中まで伸びていたため地面に叩きつけられることはなかった。

 ジャボンと音を立てて落ちた川の水深は深く、私の身体は怪我なく川底へ沈んだ。

 因みに泳ぎも子供の頃に近所の男の子たちに交じって魚を獲っていたので得意な方だ。両手足を一定の間隔で動かして私は水面に浮上する。


「ルナ!!」

 異変に気づいたシンティオが川辺まで息を切らしてやって来た。木々が生い茂る一帯で飛ぶのは難しいのだろう。飛んで川から私を救い出したくてもできないもどかしさからか表情を歪めているように見える。

「我の手に掴まるのだ!」

 必死に手を伸ばして叫ぶシンティオ。あまりの必死さに少々大袈裟な気がすると私は思った。


 流れも穏やかだし、人間を襲う外敵もいないからそんなに心配しなくても良いのに。……もしかして、泳げるように見えないとか?

 私はシンティオに安心するよう声を掛ける。

「大丈夫! これでも私、泳ぎは得意……痛っ!」

 不意に右足首にピシリと激痛が走った。同時に私の視界は再び水面下に沈んでしまう。


 ……嘘でしょ。こんな時に足を吊ってしまうなんて!


 足をばたつかせてみるも、痛みで思うように右足が動かせられず、どんどん暗い水底へと引きずり込まれていく。そして、息継ぎをする前に沈んでしまったことで私の限界は早かった。


 このまま溺死するなんて……嗚呼、ふかふかのベッドで死にたい人生だった。もう、ダメ――。


 薄れる意識の中、最後に私は鈍い音と共に無数の泡に包まれた物体を見た気がした。






 *****


 火の爆ぜる音が聞こえて私はうっすらと目を開けた。辺りを見渡せば、そこはシンティオと出会った洞窟の中だった。脇にある焚火の温かなオレンジの光が辺りを照らし、優しく包み込んでいる。

「私……」

 ぼうっとする意識の中、一体何があったのか思い出せない。

「気がついたかルナ」

 耳元で囁かれ、頭を動かせば人間に戻ったシンティオが憂わし気な表情で此方をじっと見つめている。

「シン、ティオ?」

 声を掛ければシンティオは目を閉じて、その長い白銀の睫毛を震わせた。

「我がついていながら、其方を危険な目に遭わせてしまった。守れなくてすまない」

 漸く何があったのか思い出した私はあっ、と声を上げた。溺れた私はどうやらシンティオに助けられたらしい。

「いいえ、私も自分の力を過信していた。シンティオがいなかったら今頃死んでた」

 ありがとうと礼の言葉を述べてから、右足首の様子を確認するべく視線を下に向ける。そこで私はあることに気づき、顔色(がんしょく)を失った。


「ねえシンティオ、どうして私たち地面の上で毛布にくるまって寝てるの?」

「それは、ルナの身体を温めるためだ。部屋の中では火は起こせぬ」

 それもそうかと納得して頷くとまた違う疑問が浮上する。

「ねえシンティオ、どうして私は抱き締められてるの?」

「それは、ルナの身体を温めるためだ。毛布と焚火だけでは冷え切った体温は上がらぬ」

 またまた的を射た答えだと私は納得する。しかし、何故か分からないがまた疑問が浮上する。

「ねえシンティオ、どうして私たち素っ裸で……素っ裸ああ!?」

 飛び起きた私は毛布をシンティオから剥ぎ取るとその場に丸くなった。

 どさくさに紛れて何しているんだ、この変態竜は!!

「それは、ルナの身体を温めるためだ」

 もういいから! 私の身体を温めるためなのは十分理解したわ!! 問題はそこじゃなくてもっと大事なことがあるでしょうが!!


 燃えるように赤くなった私の顔を見て、察したシンティオは身体を起こすと顎を撫でながら口を開く。

「案ずるな、ちゃんとお互い下は履いているし、貞操は破っておらぬ」

「いやいやいや。もうこんな格好させられてる時点でアウトでしょう。前にシンティオ言ったよね? 仮にも私たちは雄と雌だからそういう自覚を持てって!」

 半ば叫ぶようにして言うと、シンティオは不思議そうに目をぱちくりさせる。

「それに対してルナは我の前なら減るものでもないし別にいいと言っただろう? だから何も問題あるまい?」

「……」


 ……もしかして、今まで私の目の前で服を平気で脱いでいたのはこの発言のせいなの?

 それは、シンティオが人間になるなんて思ってもみなかった時の発言であり、ペットと認識していた時の話だ。

 どうやら、私は自爆してしまったらしい。

 頭痛と眩暈に襲われた私は眉間に皺を寄せてこめかみに手を当てた。


「今日採って来た材料は保管してあるから其方はしっかり休むと良い。明日には山を下りて町に行かねばならぬからな」

「え、どうして?」

 黄金のリンゴに必要な材料は竜の血を除けば全て揃ったはず。何か足りない材料でもあるのだろうか。


「言っていなかったが、あと一つ黄金のリンゴに必要なものがある。それは町でしか手に入らない代物――トカゲの尻尾だ」

「……へっ?」



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