95.決戦―ラストバトル(2/3)
人間を模した形状に戻ったボーン・ゴーレムが、白骨の集合体の拳を振り下ろす。その拳が俺に届くよりも先に、《ジャイアント・グロウス》と一体化した双剣が刃渡り数メートルに巨大化し、片方の切っ先が拳に突き刺さった。
巨大化した双剣は到底持ち上げられる大きさではなかったが、床の破損部分に柄頭を引っ掛け、ボーン・ゴーレムの拳を切っ先からまっすぐ受け止めることで、指一本触れることなくゴーレムの肩口まで貫通した。
「核を壊せば止まるんだってな」
「……っ!」
素早く双剣を元に戻し、先程クリスが見せてくれたSRスキル《五月雨斬り》をコピーして《双剣術》と融合させる。
「ふっ――!」
残像すら残らない超高速の連撃が、ボーン・ゴーレムの胸部を瞬く間に掘削し、骨格集合の復元速度を遥かに凌駕して胸部最奥の核を露出させた。
締めの刺突が核を貫くと、ボーン・ゴーレムはバラバラに崩壊して骸骨の山に成り果てた。
「……ぐっ」
俺は両腕に走る激痛をどうにか噛み潰した。
クリスが言っていたとおり、このスキルは反動が凄まじい。しかも二種類のスキルと《アクセラレーション・フィールド》の相乗効果で加速した剣速は、いつもの数倍程度では到底収まらない。
「手作業で壊すのはやっぱキツイな」
「調子に乗るなッ!」
《操影術》によって鞭と化した影が繰り出される。
まだ持続していた《スプリング》の効果で高く跳んでそれを回避し、スペルカードをコピーした《ワイルドカード》と双剣を融合させてストーン・ゴーレムの頭に突き立て、即座に祭壇の下まで一気に跳び下りる。
少し遅れて、ストーン・ゴーレムの頭部が内側から火を拭いて破裂した。爆発は瞬く間に胴体にも波及し、熱風を撒き散らしながら石材の集合体を焼け焦げた無機物の残骸に変えた。
「つーわけで、面倒だから全身まとめてぶっ壊す」
この戦い方は実にいい。
普通にスペルを唱える場合と比べて射程と威力が低下するものの、魔力消費を抑えられてなおかつ疾い。詠唱というワンアクションを省略できるのは、双剣を手に斬り込んでいく俺の戦闘スタイルによくマッチしている。
とはいえ、アルスランの奥の手の《メガ・エクスプロージョン》はさすがに消耗が大きい。魔力消費を抑えてもなおガッツリ持って行かれてしまった。
残るはクレイ・ゴーレムとフレッシュ・ゴーレムの二体。
対するこちらのコンディションは、電流と火炎による火傷と短矢の矢傷、横っ腹を殴られたダメージに両腕の激痛とその他諸々。そして最大値の半分近い魔力の消耗。
弱味を見せまいと耐えてはいるが、正直かなりキツくなってきている。
最後の賭けのためにも、魔力残量の半分……せめて四割は残しておきたい。そう考えて《アクセラレーション・フィールド》を解除した矢先、唐突に足元で異変が起こった。
「《クリエイト・ゴーレム》!」
「うおおっ!?」
地面が隆起して二体目のクレイ・ゴーレムが生成されていく。真下から現れた掌が、俺を乗せたまま天井に向かってどんどん上昇する。間違いない、生成の勢いに乗せて腕を伸ばし、俺を地下空間の天井に叩きつけるつもりだ。
クレイ・ゴーレムの掌から転がり落ちるように脱出し、手首の付け根に掴まって落下を免れる。直後に掌が天井にぶつかり、地下空間を大きく震わせた。
「はぁ、はぁ……」
「疲労困憊、満身創痍……圧殺は辛うじて逃れたようだけど、ここから逆転できる切り札はあるのかい?」
エノクは落ち着きを取り戻した様子で、遙か上方の俺を見上げている。
「『叡智の柱』を無力化した手腕は確かに見事だった。ゴーレムを二体まで撃破したことも賞賛しよう。けれど、ご覧の通り僕は完全に無傷だ。魔力だってゴーレムを二、三体は軽く作れるくらい残っている」
本人が言っているとおり、エノクは一度もダメージを負っていない、魔力の消費も《魔力共有》スキルで抑えられたはずだ。
だからこそ、長期戦にはできない。今すべてを叩き込む。
「さぁ! 首をここに! 僕を完全な存在へと導いてくれ!」
クレイ・ゴーレムの腕を足場に、土と岩がむき出しの天井に手を触れる。
「《クリエイト・ゴーレム》」
天井の土と岩が内側から激しく隆起し、クレイ・ゴーレムの上体が出現する。
ゴーレムの素材になるのは床や壁にある物だけではない。四方を土に囲まれた地下空間ならば天井すらも素材にしてゴーレムを生成できる。
三体目のクレイ・ゴーレムは上下逆さまに胴体を形成し、産み落とされる幼体のようにゆっくりと落下しながら、エノクのクレイ・ゴーレムを組み敷いていく。
それと同時に、俺は自分が作ったクレイ・ゴーレムの掌に乗り、俺自身をエノクめがけて投げさせた。
掌を蹴る加速も乗せた砲弾のような強襲。一秒にも満たない一瞬。《ワイルドカード》を切り替える暇はなく、防御も回避も、迎撃すらも許さない。
双剣がエノクの胴体を斬り裂く――
――着地の衝撃で足の骨が砕ける。
肚の断面から血潮が噴き出す――
――砕けた足に力を込めて、撥条のように身を起こす。
「……ぁぁあああっ!」
逆袈裟に振り抜いた刃が、エノクに二撃目の致命打を与えた。
肋骨を断ち切り、その奥のゴム風船のような肺を斬り裂く手応えがあった。
「かふっ……」
エノクが鮮血を撒き散らしながら仰向けに倒れる。溢れた血液が瞬く間に祭壇を赤く染め上げていく。
複数の致命傷に致死量の出血。これで死ななければ正真正銘の化物だ。
俺まで倒れそうになるのを堪え、足の痛みに耐えながら踏ん張っていると、祭壇を駆け上がってくるフレッシュ・ゴーレムの姿が視界の隅に映った。
俺が作ったクレイ・ゴーレムが抑えられているのは、他の二体のクレイ・ゴーレムだけだ。一回り以上も小さく動きの速いフレッシュ・ゴーレムまでは手が回っていない。
「敵討ちか? 面倒な奴だなっ……!」
痛む足を庇いながら祭壇最上部の隅に身を寄せる。
フレッシュ・ゴーレムは俺には目もくれず――目どころか顔すらないのだが――エノクを掴み上げると、のっぺりとした頭部にめり込む勢いで押し付けた。
粘度の高い泥水をかき混ぜるような音を立てて、フレッシュ・ゴーレムの腕と頭を構成する血肉が混ざり合う。
俺は唖然としたままその光景を見上げていた。
視覚と聴覚と嗅覚に、吐き気を催す情報が殺到する。病的に白い表皮が破け、露わになる真っ赤な血肉。その血と肉を粘土のように混ぜる音。鼻を突く猛烈な生臭さ。
ヒトの死体をこうも残酷に扱えるのかと思うと、今更ながら目眩がする。
そして、再構成された腕部が引き抜かれ――
「ふぅー……」
――フレッシュ・ゴーレムの顔面に、まるで浮き彫りのように埋め込まれたエノクの上半身があった。
「勝ったぞ……僕は賭けに勝ったんだ」
ゴーレムの体表から胸より上を生やした状態で、エノクは憎らしいくらいに恍惚とした表情を浮かべている。
「アンゲルスと『叡智の柱』の次の段階として進めていた研究の成果さ。充分な数のカードを蓄積した『叡智の柱』と僕自身が一つになり、『完全』に至ることができる万能の存在に位階を上げる……これこそが! 僕の研究の到達点! 試作段階な上に本来の融合対象と異なるから、成功するかどうかはハッキリ言って賭けだったが! 僕は勝った! これは運命だ! ははははは!」
エノクは誰にも頼まれていないにも関わらず、興奮したまま舌を噛みそうな勢いでまくし立てている。
まるで悪質なコラージュだ。首のない筋肉の塊のような巨体から、首の代わりに半裸の男の上半身が生えているなんて。B級パニックホラー映画でも、こんな終わっているデザインのクリーチャーは出てこないだろう。
俺は耳を塞ぎたくなるような雑音を聞き流し、可能な限り冷静に現状を分析した。
フレッシュ・ゴーレムと融合したせいか、エノクに与えた傷は既に塞がっている。しかし治癒しているわけではなく、ゴーレムの肉が傷口を覆って無理やり塞いでいるだけのようだ。
打倒手段はフレッシュ・ゴーレムの体内のどこかにある核の破壊。確実なのはこれだけだ。エノクにもう一度致命傷を与えれば倒せるかもしれないが、確証は全くない。けれど今の状況で核を破壊する手段があるかというと――
「――これ以上は、考えるだけ時間の無駄だな」
双剣を構えて異形と化したエノクを見上げる。
融合したエノクの首を斬り落とす。俺ができる対抗策はそれだけだ。
エノクは俺の戦意が折れていないことに気がつくと、哀れみと優越感の入り混じった笑みを浮かべた。
「まだ抗うつもりか? 大人しく頭を垂れるなら、一思いに首をむしり取ってあげてもよかったんだが。そんなに苦しみたいなら……」
フレッシュ・ゴーレムの腕が俺に向けて伸ばされる。
そのとき、エノクの眼窩からどぷりと血が溢れ出た。
長くなりすぎたのでもう1分割。本日中に投稿予定です。




