94.決戦―ラストバトル(1/3)
「――《スケルトン・アーミー》」
エノクの足元の影から大量の骸骨が噴水のように溢れ出した。
無数の動く骸骨それぞれの手に武器を持ち、カタカタと顎を鳴らしながら、我先に獲物めがけて殺到する。
「こんなモノッ……!」
慌てることなく双剣を振るい、頭蓋骨を片っ端から砕いていく。屍術師系のスキルやスペルで操られた動く骸骨の対処法は既に知っている。頭蓋骨の内側に充填された魔力が動力源になっているので、頭蓋骨を破壊してやれば機能を停止させられる。
地下墓所の探索の依頼のときに知り、結局使うことのなかった知識が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
数秒で十体以上を粉砕し、一旦後ろに跳んで間合いを離す。
雪崩を打って襲い掛かってくる骸骨の群れには協調性というものがなく、互いに骨を絡ませ合い、邪魔をし合いながら我先に武器を振り向けてくる。俺はその固まりから抜け出してきた奴の頭を順番に叩き割っていった。
「コピーしても意味のないカードを選んだつもりだったけど、それでも攻め切れないとはね。本当に惜しい才能だよ」
エノクの言うとおり、このスペル――《スケルトン・アーミー》はコピーしても使いようがない。材料となる白骨死体を自力で用意しなければ意味がないスペルだからだ。
《操影術》でどこかから持ってきているエノクとは違い、俺は《スケルトン・アーミー》の発動に必要な死体を調達できない。頭蓋骨を粉砕してしまっているので、倒した骸骨を再利用することも不可能だ。
「引用――《多重詠唱》《クリエイト・ゴーレム》《魔力共有》」
「くっ……!」
俺はその宣言を聞いた瞬間、すぐさま戦略を切り替えざるを得なかった。
《多重詠唱》、あれはまずい。ギルドハウスのショップで目にしたことでコピーのストックに加わっているため、スキルの効果は既に知っている。今の俺には到底使いこなせない代物だが、使いこなせば手に負えなくなるSRスキル。
「《クリエイト・ゴーレム》」
たった一度の詠唱が幾重にも反復され、異なる素材の四体のゴーレムが同時に生成されていく。
地面の土で構成されたクレイ・ゴーレム。
祭壇を形作る石材で構成されたストーン・ゴーレム。
黒鎧達の亡骸で構成されたフレッシュ・ゴーレム。
動く死体の残骸で構成されたボーン・ゴーレム。
《多重詠唱》とは一度の詠唱を増幅し、その効果を数回分同時に発動させるスキルだ。俺はスペルカードを持っていないのでコピーする意味がない代物だが、スペルと併用することができればこれほどまでに強力な効果を発揮する。
更に性質の悪いことに、同じ回数だけ呪文を唱えるよりも魔力の消費量が大幅に抑えられるという効果まである。例えば《ライトニング・ボルト》を三連射すれば俺の魔力残量はほぼ空になるが、《多重詠唱》スキルで五発同時に放ってもまだ余裕が残るほどだ。
それでも《クリエイト・ゴーレム》ほどになると消費量は馬鹿にならないのだが、ファムと同じように『引用』した《魔力共有》で『叡智の柱』から吸い上げているのだろう。
「ははっ! どうしたもんかな、これは……!」
最悪すぎる状況に変な笑いが浮かんでくる。
祭壇の階段と周辺の地面がゴーレムの材料としてごっそり持って行かれたされたせいで、足場は劣悪極まりない。これでは走り回って攻撃を回避し続けるのも至難の業だ。
「影武者も同じスペルを使ってたな。あいつも『叡智の柱』の仲間入りか?」
「まさか。彼にはカードの『引用』を受け入れる契約を結んでもらっているだけさ。『引用』される側には大袈裟な人体改造は必要ないからね」
四体のゴーレムが攻撃行動を開始する。
ストーン・ゴーレムの大質量の拳を回避して、《軽業》スキルの応用でバックステップを繰り返しながら祭壇を降りていく。
一瞬前まで俺がいた場所に大質量の拳が叩き込まれ、爆弾が炸裂したかのような衝撃とともに無数の石材の欠片が宙を舞った。
エノクを守るように立っていたボーン・ゴーレムが遠くから片腕を振るう。腕を構成していた大量の骨が素早く配置を入れ替え、祭壇の下まで届く骨製の鞭と化して、横薙ぎに襲い掛かってくる。
それを大きく跳躍して避けた直後、落下中の俺めがけてクレイ・ゴーレムの巨大な掌が迫った。材料の豊富さからかこのゴーレムが最も巨大だ。そのサイズを活かして俺を虫のように叩き潰すつもりらしい。
俺は即座に《ワイルドカード》を《スプリング》に切り替えて《軽業》と融合させた。これをやれるのはスペルカードと装備カードだけじゃない。スキルカードもその対象だ。
着地と同時に地面を蹴り、水平に跳躍する要領で追撃を逃れる。
行く手を遮るのは四体目――フレッシュ・ゴーレム。
黒鎧達の骨肉を組み合わせて作られているだけあって、表皮は不気味な白に濁った赤が混ざった不快な外見をしている。
そして彼等が着ていた黒色の鎧は拳や頭部などの要所に集積され、金属質の甲殻を形成していた。
フレッシュ・ゴーレムの動きは目を疑うほどに機敏で迅速だった。全身を構成する筋肉をフル活用して素早く動き、石ころでも蹴飛ばすかのような蹴りを繰り出してくる。
紙一重でそれを避け、更に地面を蹴って距離を離す。結局、祭壇と正反対の壁際まで追いやられてしまった。もう一度エノクに接近するには四体のゴーレムの守りをくぐり抜けるしか方法がない。
「ちっ……」
『カイ、聞こえる?』
《ディスタント・メッセージ》越しにクリスの囁くような声が聞こえてきた。
『ゴーレムを完全に破壊するには核になっている部分を壊すしかない。それが困難なら脚を破壊するんだ。破壊の度合いにもよるけど、再生が終わるまでの間は動きを封じられる』
「なるほどな……問題は相手も承知の上ってことだが……!」
祭壇の上から火球が次々に飛んできて、床や壁にぶつかっては爆発する。エノクが放ったスペルだ。近付けばゴーレムに迎撃され、距離を取ればスペルで一方的に攻撃される。考えうる限り最悪の状況だった。
「クリス、頼みがあるんだが――」
俺はついさっき思いついたばかりの作戦をクリスに伝えた。
受け入れにくい提案なのは理解しているし、通用するという確証もないが、恐らくエノクを無力化できる手段はこれしかないはずだ。
『――! けどアレは!』
「分かってる! だけどエノクを捕まえることが最優先なんだろ」
『それはそうだけど……分かった、君を信じる。そうしないといけない状況だね。使い方を手短に伝えるよ。アレは――』
「……ありがとな。それじゃあ……行くぞ!」
火球の爆撃の合間を縫ってスペルをコピーする。
「《アクセラレーション・フィールド》!」
地下空間一帯に加速力場を展開。更に《アクセラレーション・フィールド》のカードを《軽業》と重ね合わせ、一枚のカードを形成する。
スペルカードは発動させてしまえばカードが消失しても効果が続くという原理を利用した、加速効果の重ね掛けだ。その効果はまさに絶大で、スタートダッシュの一歩で目にも留まらぬトップスピードに到達した。
フレッシュ・ゴーレムの反応速度を凌駕し、鈍重なクレイ・ゴーレムの足元を潜り抜け、ストーン・ゴーレムの身体を駆け上がって大きく跳躍する。
このまま落下すればエノクに斬り掛かれる放物線を描きながら、横目でクリスの方を見やる。クリスは例のカードを実体化させてくれていた。頼んでいない高レアリティのカードも一緒に見せてくれているのはクリスの好意だろう。
ありがたい――これなら勝てる。
空中で《始まりの双剣》のカードと新たにコピーした金色のカードを融合させ、即座に実体化する。その双剣には、柄と刀身に鎖が絡んだ特異な装飾が施されていた。
「甘いっ!」
エノクは即座に反応し、ボーン・ゴーレムに命令を与えた。
ボーン・ゴーレムを形成する骸骨が素早く構造を変え、エノクを守る骨のドームを作り出す。
「単純な判断だ。この程度は読み通――」
「――読み通りだ!」
俺は骨の障壁のドームに着地して素早く再跳躍した。何体かの骸骨が俺を捕まえようと腕を突き出したが、あまりにも遅すぎる。
狙いは最初からエノクなんかじゃない。
その後ろ、開け放たれた扉の奥に佇む『叡智の柱』――
「祝福停止!」
縛鎖の双剣を突き立てると同時に起動コードを口にする。
双剣から半透明の鎖が広がり、瞬く間に『叡智の柱』を包み込んだかと思うと、ひときわ激しい光を放って消滅した。
変化はただそれだけだ。しかし俺は全てが上手くいった確信を感じていた。
ボーン・ゴーレムの骨のドームが解除され、エノクが『柱』の前に着地した俺を睨みつける。さっきまで失せることのなかった余裕の態度は消え失せ、悪鬼のような表情で顔を歪めている。
「貴様、何をした」
「分かってるだろ? 自慢のシステム、使ってみたらどうだ」
「……ッ! 引用!」
エノクの言葉が虚しく響く。しかしカードは現れることはなく、エノクに新たな力が宿ることもなかった。
「やはりか……! 貴様貴様貴様! アレをコピーしたのか! ギルドの限られた人間にだけに許される特権を! 《祝福停止》の特殊スキルをッ!」
「ああ、クリスに無理を言って頼み込んでな。『叡智の柱』とやらにされた人間は精神がぶっ壊されてるんだろ? だったら当然、抵抗の意志がないっていう使用条件も満たしているわけだ」
実際は確信のない賭けだったのだが、それはあえて顔には出さない。そうした方がエノクは怒り、冷静さを失うに違いない。
「貴様ぁ!」
四体のゴーレムが怒涛の勢いで殺到する。
あれはタルボットから『引用』されたスペルの産物だ。『叡智の柱』のカードを封印しても対象外だし、そもそもスペルの効果はカード自体を封印しても消えないだろう。
だが――これで逆転の糸口は掴めた。
俺は双剣と融合した《ワイルドカード》を金色のレアスペルに切り替えた。




