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93.決戦―大錬金術師エノク(2/2)

「仲間だって? ふざけてるのか」

「もちろん本気さ。僕は冗談が嫌いなんだ。それに、つまらない命乞いをしなければならない状況でもないだろう」


 祭壇の下に立つ俺に、エノクは祭壇の上から満面の笑みを向けた。

 苛立たしいことこの上ないが、エノクは本当にそう考えているようだ。《真偽判定》がなくてもそれくらいは理解できる。


「これまでの実験で、僕の研究内容について把握できたはずだ」


 エノクは大仰な身振りを交えて語り始めた。これではどちらが戦いを有利に進めているのか分かったものではない。


「僕は偉大なるヘルメスのような『万能』を目指した。そうでなければ『完全』には手が届かないと考えたからだ」

「それはもう聞いた。で、後ろの薄気味悪い肉柱がその成果なんだろ? 吐き気がするね」

「試行錯誤の連続だったさ。貴重なサンプルもたくさん使い潰してしまったよ」


 エノクがローブの懐から何かを取り出して階段に放り投げた。

 カードだ。まるで石灰のように劣化した数枚のカードをばら撒いたのだ。


「ヘルメスはレジェンドレアの『質』で万能を実現した。僕は大量のカードの同時運用という『量』でそれに挑んだ。最初は人体改造によって()()()()()の拡張を試みたんだけど、精神崩壊の問題をクリアできなかった」


 この失敗した技術を再利用して生み出されたのが黒鎧(ディアボルス)だ。カードのセットのコスト上限は肉体の強さ(ヒットポイント)に依存する。上限拡張実験の副産物として強靭な肉体が生まれ、あんな代物が出来上がったのだろう。


「次に試みたのは、他人のカードを必要に応じて()()する仕組みだった。セットしたカードは外せないという原則も、僕が発明した引用(クォート)という方式を用いれば無視できる。人体改造と定期的な投薬は必要不可欠だけど、本来の限界を越えた枚数のカードを運用できるシステムが完成した」


 エノクは(とどこお)ることなく(なめ)らかに喋り続けている。

 本音を言うと今すぐにでも斬り掛かってやりたいところだったが、俺はあえて我慢していた。理由はいくつもある。クリスがファム達のカードを封じる時間を稼ぎたかったし、魔力(MP)の回復を待つにもちょうど良かった。


 そして何より、レオナ達から報告を受けた『クルーシブル』の面々が応援に駆けつけてくれるのではという期待があった。


「ファム達はその試作品か」

「アンゲルスの殆どは失敗作さ。三十体近く作っても、期待通りの性能になったのは三体だけだったよ。気付いてるかもしれないけど、その三人にはヘルメス・トリスメギストスから取った新しい名前を与えてある」


 ヘルマ、トリス、メガレー。アンゲルスの中の数少ない成功例。

 ファムは『トリスという名前よりもファムという名前の方が馴染み深い』と言っていたが、そういう経緯があったのか。


 『ファム』と呼ばれて嬉しそうに笑った顔が思い浮かぶ。

 あの少女は『トリス』であることを、アンゲルスの成功例であることを喜んではいなかった。ヘルマのように誇ってはいなかった。それなのに、望まない悪行の片棒を担がされてきたのだ。自分自身と仲間達の命を盾にされて。


「だけど問題は残った」


 エノクの声のトーンがにわかに低くなる。


「凡人を何人改造してリンクさせても所詮(しょせん)は凡愚。クズカードを山ほど集めても『万能』には程遠い。かといって、優れた祝福(カード)と僕の理想への共感を(あわ)せ持つ人間もそういない」

「だろうな、俺だって願い下げだ」


 カードを引用、共有することで万能に近い群体を作る。机上の空論では成立するのかもしれないが、実現性には疑問符がつく。一体誰が好き好んで人体改造を受けて、命に関わる投薬生活を送りたがるというのだ。


 方法があるとすれば、ファム達のように弱い立場につけ込むか、エノクに共感するような珍獣じみた物好きを探すか、あるいは大金を渡して納得させるかどれも現実的な話ではない。


「それに、ギルドはカードの流通を厳しく管理してるからな。お前みたいなろくでなしがレアカードを買い集めることなんて無理だったわけだ」

「闇市場で調達しようにも、極めて高額だから大量入手は困難だった。最初は使用不能になったカードを再利用する研究をしたんだけど、ご覧の通り上手くいかなくてね」


 エノクは階段にばら撒いたカードを手で示した。

 石灰のように白化しひび割れた劣化ぶりは無茶な実験のせいだったらしい。驚いたのは、あんなになっても《ワイルドカード》のコピー対象のストックに登録されたということだ。


「全ての問題を解決する方法として考案し、完成させたのがこの『叡智の柱』というわけさ! 仕組みは一目で分かるだろう? ディアボルスの欠陥を利用して抵抗の危険性をなくしつつ、カードを引用し続けられる状況を整えたんだ」


 凄いだろう? とでも言いたげな表情だが、もうこいつの話をまともに聞くつもりなんてなかった。考えているのは『どうやって仕留めるか』ということだけだ。


「要するに、行方不明になった冒険者の成れの果てってことだろ」


 腕のコンディションを確かめる。肩から肘、そして指の先まで――問題なく動く。傷口は痛むが戦いに支障はないだろう。


「全てではないよ。調達は冒険者以外からもしているし、それに『叡智の柱』にするのは優れたカードを持つ者だけで、そうでない者はディアボルスだ」


 両脚はまだまだ余裕がある。疲労はしているが動きのキレが落ちるほどではないはずだ。


「さて――ここまで話したのなら、僕がどうして君の才能を欲しがっているか分かるだろう? カードの模倣、そして融合! 間違いなく『叡智の柱』のシステムを発展させてくれるはずだ! 是非とも研究の糧としたい!」


 ハラワタは煮えくり返っているけれど、頭はとても冷静だ。

 魔力残量……満タンにはなっていないが、充分に回復している。プリムローズの凄まじく苦い薬のお陰かもしれない。


 いつでも戦えるコンディションは整っている。後はいつ踏み出すかだけだ。


「君のことは事前に調べさせてもらったよ。村の復興資金を背負わされて、金が必要だそうじゃないか。冒険者ギルドと手を切って、研究に協力してくれるのなら莫大な報酬を約束しよう」


 もうエノクの妄言には耳を傾けまいと心に決めたのに、この一言だけは無視できなかった。


「……報酬だって? 金でお前に協力しろと?」

「ああ、資金源は心配しなくていい。ディアボルスの量産体制が整えば、裏社会でいくらでも資金を集めることができるからね。数十万ソリド程度はすぐにでも支払えるよ」

「ふざけるな」


 攻撃のタイミングを測る、なんていう悠長な考えは消え失せた。

 階段に足を踏み出し、一歩ずつ着実に祭壇を登っていく。怒りのままに駆け上がらなかったのは俺の最後の理性だ。


「テメェみたいな悪党からありがたく金を受け取れってか。冗談じゃない」


 階段を登りながら、実体化させた《ワイルドカード》の表面に手を触れて、金色の《上級武術》に切り替える。相手の出方が分からないときはこれが最善手だ。どんな手段で迎え撃たれても対応できる。


「俺はな! どんなに苦しくても犯罪にだけは手を染めてこなかった! 胸を張って他人(ヒト)に言えないような稼ぎ方だけはしてこなかった! 確かに無意味で無価値な人生だったかもしれねぇけど、それだけは間違いじゃなかった!」


 新堂海として生きた半生。両親が残した負の遺産の弁済に費やした十年。ただの一度も人の道を踏み外したことはなかった。それだけは絶対にしまいと固く誓ってきた。


 邪悪の犠牲になる人達の苦しみを知っていたから。他人を犠牲にする連中の悪辣さを知っていたから。


 だからこそ、エノクの放言がどうしても許せなかった。


「お前は俺を見くびった。()()()()()()()()()だと値踏みした」


 両手に《始まりの双剣》を実体化させる。

 エノクは眉をひそめて祭壇の最上段に佇んでいる。俺が怒っていることがそんなに不思議なのか。そんなに理解できないのか。だったら今すぐ教えてやる。双剣の刃を叩き込んで。


()()()ぶちのめす。他の誰でもなく、俺自身のためにな!」

「そうか、残念だよ。実験効率は落ちるけれど、首から上を『叡智の柱』に埋め込んで『引用』させてもらうとしよう」


 階段の残りを一息で駆け上がって双剣を振り上げる。


引用(クォート)


 エノクの手元に金色のカードが出現した。その名称は――

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