92.決戦―大錬金術師エノク(1/2)
レベルアップした《ワイルドカード》の新たな機能――カードの融合。
本物の所持カードと《ワイルドカード》でコピーしたカードを重ね合わせ、両方を足し合わせた効果のカードを生成する。
ワイルドカードとはトランプのジョーカー。あらゆるカードの代用となる特殊なカード。ポーカーにおいては他のカードと組み合わせて『役』を作ることで真価を発揮する。
そう考えると、この機能こそが《ワイルドカード》の本領発揮なのかもしれない。喩えるなら《始まりの双剣》と複製の《アイスシールド》を組み合わせて氷の双剣という『役』を作ったようなものだ。
「……素晴らしい」
《ワイルドカード》の新たな力をを目の当たりにしたエノクは、表情を失い、驚きを露わにし、そして歓喜に打ち震えた。
「ただの模倣には留まらなかったのか! どのような効果だ? 二枚のカードから帰納的に割り出される既知のカードを生成しているのか? それとも全くの未知のカードすらも?」
エノクは歪んだ笑顔を浮かべたまま頭髪をガシガシとかき乱した。
「トリス、メガレー! 解析がしたい! 分析がしたい! 実験を続行しろ!」
やはり奴にとってこの戦いは実験に過ぎず、俺は実験動物に過ぎないらしい。ふざけた話だ。どこまでいっても人を人とも思わないわけか。
《従者の鎧》の上から《ミラージュコート》をまとったメガレーが疾走する。ヘルマほどのスピードではないが、《アクセラレーション・フィールド》で加速しているのでとても逃げ切れる速さじゃない。
更に《ミラージュコート》の効果が発動し、メガレーの姿が風景に溶け込んで見えなくなる。
「――っと!」
素早く横に飛び退いたが、避けきれなかった不可視の刃が二の腕に浅い傷を刻んだ。
目を凝らせば、陽炎のような空気のゆらぎが弧を描くように遠ざかり、再び近付いて来るのが見えた。しかし見えると言ってもほんの僅かな違和感でしかない。直接攻撃で対処するのは至難の技だ。
俺は氷の双剣を逆手に構え直し、背後の床に突き立てた。
「《ファイアブラスト》」
ファムが放った炎の奔流を氷の壁が受け止める。
俺が戦っている相手は一人ではない。油断すればすぐに横から攻撃を浴びせられてしまう。
一枚だけでは防ぎきれないのは体感したばかりなので、すぐさま同じ場所に氷壁を重ね張りし、左右に剣を振って両脇にも壁を出現させる。
半円形の氷壁で炎を防ぐことはできたが、裏を返せば逃げ場を自ら制限したということでもある。そしてやはり、炎の奔流と挟み撃ちにするようにして、陽炎のようなゆらぎが一直線に突っ込んできた。
「読み通りだっ!」
俺は氷壁の内側の窪みに足を引っ掛け、《ファイアブラスト》の範囲よりも高く跳び上がり、氷壁を解除した。
せき止められていた炎が濁流のように不可視のメガレーを飲み込む。
メガレーは《ミラージュコート》で身体を包んで炎に耐えたようだったが、《ファイアブラスト》が途切れた頃には《ミラージュコート》が完全に破損してしまい、不可視化の効果も消滅していた。
「――そこっ!」
「あっ――!」
俺は落下の勢いを乗せて双剣をメガレーに叩き付けた。
メガレーは大振りな三日月刀を盾にして攻撃を防いだが、氷の双剣の力によって腕まで凍りついた。すかさず足元や肩口の装甲にも攻撃を加え、ヘルマと同じように氷に閉じ込めていく。
「引用――《極大重甲冑》!」
メガレーが全身を覆う装備カードの甲冑を展開する。身体と氷の間に出現したその甲冑は、出現の勢いと圧力で氷の殻を粉砕した。
「そうなるよな……っと!」
俺はメガレーが甲冑を呼び出したのと同時に、《始まりの双剣》と融合したままの《ワイルドカード》の表面を撫でて融合しているスペルカードを直接切り替えた。
琥珀色の刀身を分厚い甲冑の表面に叩き付け、刀身が帯びた電流を内側にまで浸透させる。
「がっ……!」
「《エレクトロスタン》付きだ。しばらく痺れてろ」
甲冑が解除されて露わになったメガレーの身体に、剣の腹部分を軽く押し当てて、念のためもう一度 《エレクトロスタン》の効果を浴びせておく。
残るは一人――操り人形状態のファムだけだ。
「悪いな、攻撃を利用させてもらった。さっきもそうだったけど、味方を巻き込んででも最善手を狙ってくるみたいだからな。逆用するのは簡単だったよ」
双剣を元の状態に戻し、実体化させた《ワイルドカード》を手元に置く。
「遠隔操作でもされてるのか、手段を選ぶなっていう指示で自動的に動いてるのか知らないけど、普段のお前ならハマらなかっただろうな。そうだろ、ヴァン」
「え……そ、そうだ! トリスはあんなことできる奴じゃない!」
ヴァンは急に話を振られたことに驚きながらも、強い語調で声を張り上げた。
それを聞いて安心した。こんな戦い方がファム本来の性格だと言われたら対応に困ってしまう。
「エノク。このままファムに戦わせても目新しいものは何もないぞ。スペルを自力で潜り抜けて、凍結か電流を浴びせて無力化する――それだけだ。データ取りが目当てならこれ以上は時間の無駄だ。さっさとファムを下がらせろ!」
「何を言い出すかと思ったら。けど確かに正論だね。彼女達では無意味な消化試合になるだけだ」
エノクが片手を上げると、ファムは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
すぐにヴァンが駆け寄って抱き起こし、壁のところまで引っ張って運んでいく。
「……クリス。その三人とヴァンのことは頼んでいいか」
《ディスタント・メッセージ》越しにクリスに呼びかける。遠隔会話は遮断されているそうだが、それはあくまで地下空間と外部の通話のことで、内部にいる者同士でのやり取りには支障がなかった。
エノクには決して聞こえないように、お互い最低限の声量で会話を交わす。
『任せて。カードも使えないように封印しておくよ』
「そんなことできるのか?」
『特別な許可を受けた者だけが一時的に貸与される特殊カードだよ。容疑者逮捕のための特別製だ。抵抗の意思がないか、抵抗できないくらいに弱らせておかないと効果がないんだけどね』
言われてみれば、カードの力を使うことができる限り、捕縛や逮捕をしようにもすぐに逃げ出されてしまいかねない。さっきメガレーが氷の殻を破ったのと同じようなことが当たり前に起こる。そのための備えがあって当然だ。
捕まえて刑が確定すれば、タルボットがそうされたようにカードを剥奪できるようだが、それ以前の逮捕の段階では『一時的な封印』に留まるようだ。
それがないと逮捕もままならないが、乱用してはいけない代物で、なおかつ制圧しておかなければ使うことができない。要するに現代日本でいう警察官の手錠のようなものか。
「見事、実に見事。リスクを承知の上で君を招き入れた甲斐があったよ」
「調子に乗ってるのはいいけど、自分の状況が分かってるのか?」
「もちろん。未だに圧倒的優位に立っているのは変わらないとも」
強がりでもなんでもなく、エノクは本当にそう確信しているようだ。
配下の黒鎧も白い少女達も倒されたというのに、それでもまだ優位にいると断言する根拠、あるいは切り札。そういったものがあると考えて間違いない。
「首から上が無事なら、君もこの『叡智の柱』の仲間入りをさせてあげられるんだけど、正直な話、それだと研究がしづらいんだ。そこで提案なんだけどね」
エノクは心からの善意を込めた言葉を吐き出した。
「カイ・アデル。是非とも僕の仲間になってくれないかな」




