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90.決戦―アンゲルス(1/2)

「ファム……」


 意識を取り戻したファムは明らかに普通の状態ではなかった。

 そもそも『意識を取り戻した』という表現が正しいのかも分からない。目は(うつ)ろで視線も定まらず、抜け殻のような顔で俺達を見下ろしている。


「トリス!」


 隅に避難させていたヴァンが悲痛な声を上げる。しかしそれすらもファムの耳には届いていない。


 エノクは三人に祭壇の下へ向かうよう命じ、己の研究について悠々と語り始める。そこには悪意はおろか敵意すらない。研究成果を他人に紹介しようという研究者がいるだけだった。


「タルボットの表現を借りるなら、ディアボルスは野生の個体を捕獲して()()を施した天然物で、アンゲルスは幼体から育てた養殖物だ。それぞれ長所と短所はあるど、僕の研究に関しては養殖物の方が適していたらしい」

「野生の個体ね……要するに冒険者のことだろ」


 クリスの足に《ヒーリング》を掛けながらエノクを睨む。

 折れた部分の治りが遅い。よほど強く握られ、骨が複雑に砕けてしまったんだろう。しばらくスペルを掛け続けていないと治りそうにないが、そんな暇は与えてくれそうにない。


「失踪した冒険者はお前の犠牲になったんだな。捕まって改造されて、精神(こころ)までぶっ壊されたんだ。何が『冒険者ギルドを刺激するな』だ。テメェが一番あくどいことやってんじゃねぇか」


 装甲が破壊された巨漢の黒鎧の左肩には、ドラゴンを模した入れ墨が入れられていた。


 旅立つ直前、あるパーティのリーダーが行方不明になった仲間の特徴を伝え、見かけたら教えてほしいと頼んできた。


 筋肉自慢の女戦士。

 スキンヘッドで頭部に傷のある槍使い。

 とても小柄な投げナイフ使いの男。

 左肩に竜の刺青(タトゥー)を入れた大男。


 そのうち二人は変わり果てた姿で()()にいる。もしかしたら残りの二人ともどこかで出会っているかもしれない。そして一つだけ確かなのは、彼らがパーティの仲間の元に戻ることはもうありえないということだ。


「ああ、その話か。ギルドを刺激するなというのは、冒険者に手を出すなという意味じゃない。やるなら目立たないようにやれという意味だよ。秘密裏に材料を集めている横で、分かりやすい事件を起こして警戒されるのは問題だからね」


 何一つ悪びれる様子もなく、エノクはそう言い放った。


「僕の研究はね、人体の能力を極限まで拡張して『完全な人間』に近づけることなんだ。祝福(カード)に頼らず生物としての基礎スペックを上げようとした結果がディアボルスだったんだけど、結果はご覧の有様さ。生体兵器と考えれば有用だけど、完全な人間というには程遠い」


 どれだけ凄まじい腕力と生命力を持っていようと、心を失ってしまっては人間とは呼べない。理屈は分かるのだが、人間をそんな風にした張本人が罪悪感すら抱いていないことに反吐(へど)が出そうだった。


「僕は失敗の原因を『人体の固定機能を増強しすぎた』と推測した。中身を詰め込みすぎて器が砕けてしまったという仮説だね。だから次は器の質を向上させて、自由意志を失わないように工夫を凝らし、更に神の祝福を活用することにした。優れた機構(システム)は流用するべきだからね」


 ぱちん、とエノクが指を鳴らす。

 それを合図に、三人の白い少女が駆け出した。


引用(クォート)――《格闘術》」

引用(クォート)――《エレクトロウォール》」

引用(クォート)――《獣牙の腕》」


 ヘルマの、ファムの、メガレーの眼前にカードが現れ、それぞれの胸に吸い込まれていく。


 その現象が先程のエノクと同じだと気付いた瞬間、俺はコピー先を《瞬間強化》に切り替えてクリスを遠くへ放り投げた。


「カイ!?」

「悪い、治しきれねぇ!」


 円筒状に展開された電流の壁が俺と三人を閉じ込め、外部と遮断する。

 戦うには十分な広さがあり、それでいて脱出は極めて困難。問答無用で戦わせようという意図が感じられるセッティングだ。まるで、過激さをウリにした格闘技の金網リングのようだ。


 足が治りきっていないクリスを、こんな状況下で戦わせるわけにはいかない。戦うのは俺だけで充分だ。


 ヴァンは俺の意図を察してくれたのか、まだ足を引きずっているクリスを支えて壁際まで避難してくれた。


「愚かね。二人がかりなら勝ち目もあったでしょうに」


 メガレーが装備カードをヘルマの腕に実体化させる。牙状の刺々しい外装の施された籠手(ガントレット)に包まれた拳が容赦なく繰り出され、双剣とぶつかり合って甲高い音を響かせた。


引用(クォート)――《ファイア・インフュージョン》」


 銀のカードがファムの前に現れ、新たなスペルが唱えられる。スペルを掛けられた籠手が燃え上がり、打撃の防御を更に困難にする。


 受け止めようと受け流そうと、その度に炎が柄を握る手を(かす)め、指に熱さと痛みが刻み込まれる。


 俺は《瞬間強化》の力でどうにかヘルマを突き飛ばして距離を取り、スペルカードに切り替えて唱え上げる。


「《エレクトロスタン》!」

引用(クォート)――《滑空の三日月刀》」


 地表に電流が走る直前、メガレーが新たな装備カードを展開し、空中に舞い上がった。特大サイズの三日月刀(シャムシール)にまるでサーフィンかスノーボードのように乗り、宙を滑るように上昇する。


 ヘルマとファムは電流を浴びて動きを止めたが、メガレーだけはそれを逃れ、空中から俺に狙いを定めてきた。


引用(クォート)――《オートマティック・クロスボウ》」


 短機関銃(サブマシンガン)じみた短矢(ボルト)の連射が降り注ぐ。


 俺は丸みを帯びた分厚い大盾――特殊な効果のない装備カードをコピーし、矢の雨を防ぎながら走り続けた。金属製ならではの強度と、表面の丸みで矢を受け流す作用で身を守りつつ、弾切れまで動き回って狙い撃ちを避ける。消極的だが有効な対処法のはずだ。


 同時進行で他の二人をどうにかするため、矢を防ぎながら全力疾走でヘルマに接近する。


「……くっ」


 メガレーが射撃を中断した。ヘルマに誤射してしまうことを恐れたのだ。

 黒鎧と違って味方の安全を気にする理性があると分かり、内心で安心しながら双剣の片割れを振り上げる。


引用(クォート)――《ストーンウェイブ》」


 突然、石礫(いしつぶて)の津波が横合いから叩き込まれる。


「ぐあっ……!」


 そのスペルは俺だけでなくヘルマまでも巻き込み、電流の壁ぎりぎりまで吹き飛ばした。


 すぐさま身を起こし、口元に(にじ)んだ血を拭う。

 次から次へと都合のいいカードが発動され続けている。まさかこれがエノクの研究の成果なのか。


「……よくやったわ。引用(クォート)――《痛覚遮断》」


 燃え盛る籠手が俺の胸ぐらを掴み、電流の壁に押し付けた。


「――――ッ!」


 激痛が全身を駆け巡る。同じダメージがヘルマにも伝わっているはずだが、スキルの効果で無視しているようだ。


 だから俺も、それを利用させてもらう。

 どんなシステムなのかは知らないが、連中が新たなカードを宣言するたびにカードが実体化している。ならば《ワイルドカード》の効果対象だ。


 アンコモンスキルだった《痛覚遮断》をノーモーションでコピーする。たちどころに全身の痛みが消え、嘘のように身体が楽になった。


 そして、絶対的な優位を確信して油断しているヘルマに、不意打ちで双剣の斬撃を叩き込む。


「ぐあっ!」


 ヘルマを蹴り飛ばして、その反動を使って電流の檻の外に脱出する。

 治療のために《ヒーリング》をコピーした瞬間、《痛覚遮断》の効果が消えたことで筆舌に尽くし難い激痛が体の隅々を貫いた。


「――ぐうっ! ヒ……《ヒーリング》……!」


 《痛覚遮断》を解除した瞬間に気絶しなかった自分を褒めたいくらいだ。

 駆け寄ってこようとするヴァンを手で制し、ダメージを癒やしながら相手の出方を警戒する。


 《エレクトロウォール》が解除され、三人の姿がはっきり見えるようになる。

 メガレーは地面に降りて装備カードを解除していて、ヘルマはファムから《ヒーリング》らしきスペルの治療を受けている。

 そしてファムは、未だに虚ろな表情で淡々と役割を果たしていた。


「お見事、よく(のが)れたね」


 静かになった空間に、エノクの気楽そうな拍手の音が響いた。


「君の切り札の発動条件は『対象のカードの現物を見ること』か。だとすると、こちらのシステムを使う度に新たな手札を提供してしまうことになるわけだね。いやはやこれは厄介だ」


 少しずつだがエノクの意図が読めてきた。

 エノクは「データ収集に協力してもらう」と言っていた。てっきり黒鎧(ディアボルス)白い少女達(アンゲルス)の実戦データを集めようとしているのだと思い込んでいたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。


 奴が欲しがっているのは俺のデータだ。

 より正確には、俺の切り札であるカード――《ワイルドカード》のデータを集めようとしているのだろう。ディアボルスやアンゲルスと戦わせているのもそのための手段に過ぎなかったのだ。


「他のカードを模倣するカード。察するに、コピー条件は仮の実体化でも構わないから対象のカードを目視することで、同時模倣数は一種類までかな。いいカードだ、実に羨ましいよ」


 エノクは人間性こそ最低極まりないが、研究者としての能力はつくづく本物だ。《ワイルドカード》の効果も見事に的中させている。


 だが、最後に耳を疑うようなことを口にした。


「それほどの効果なら、レアリティは最低でもS()R()()()()だね。ひょっとしたらS()S()R()に手が届いているかもしれない」

「……は?」


 《ワイルドカード》はレジェンドレアだ。SSRよりも更にもう一段上のレアリティである。エノクは《ワイルドカード》の効果を一段も二段も低く見積もっているのか。


「……SSRよりも上だとは思わないのか?」

「あはは! 駆け引きのつもりならもっと現実的なことを言うべきだよ」


 エノクはこれまでに見たことのないくらいの大笑いをした。


「レジェンドレアというのは絶対的なんだ。錬金術の歴史を変えた《ヘルメス・トリスメギストス》のようにね。もちろん君のカードが弱いわけじゃないけど、レジェンドレアには届かないというだけのことさ」

「そうか……」


 胸に手を置き、その奥に溶け込んでいる《ワイルドカード》を思い浮かべる。


「……俺はまだこいつを使いこなせてないんだな」


 口の端が自然と持ち上がっていく。レジェンドレアに届かないと言われても、全くショックではなかった。《ワイルドカード》がレジェンドレアであることに疑いの余地はない。転生の場ではっきりと確かめたからだ。


 レジェンドレアであるのなら、この程度の効果で収まるはずがない。つまり俺はレジェンドレアの――《ワイルドカード》力を引き出しきれていないのだ。


 まだ上にいける。まだ強くなれる。今よりも更に。そう思うだけで胸の高鳴りが押さえられない。


「エノク様。制限解除の許可を下さいませ。模倣できるのが一度に一種までなら物量で押すべきです」

「ん、そうだね。いくら遠隔会話系スペルを遮断しているとはいえ、時間を掛け過ぎたら彼等の仲間が追いついてしまう」


 ヘルマの提案を受け、エノクはおもむろに玉座から立ち上がり、背後の巨大な扉状の壁に実体化させた《上位錬金術》の金色のカードをはめ込んだ。


 スキルカードがカードキーのような役割を果たしたのだろう。巨大な扉がゆっくりと開いていき、閉じ込められていた冷気が溢れ出てきた。


「『叡智の柱』の全開放を許す。殺さない程度に叩きのめせ。首から上が無事ならそれでいい」

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