09.冒険者ギルド(1/3)
ギルドに近付くにつれて道行く人の雰囲気が変わっていく。見るからに普通の市民という感じの通行人が減り、旅の荷物や武器を携えた人が増えている気がした。きっと彼らも冒険者なのだろう。
「はい、ここが冒険者ギルドよ」
案内をしてくれた女性は、建物の前に俺を残してさっさと中に入っていった。
ギルドハウスの外観は大きな酒場といった印象だ。入ってすぐの所が広いホールになっていて、大勢の人でごった返している。
年齢も服装も千差万別。立ち話をしている集団や長椅子で休憩している者もいれば、壁際の掲示板とにらめっこしている団体もいる。彼らの共通点は、誰も俺の存在を気に留めていないことくらいだった。
これだけ大勢の人がいるのだ。見ず知らずの子供が一人混ざったくらいでは注意を引かないのだろう。俺は気にせずまっすぐ受付に向かった。
受付カウンターには陽気そうな雰囲気の女性が我が物顔で座っていた。
「すいません、登録手続きを……って、あ!」
……というか、さっきの女の人だった。お洒落な服装もそのままだ。
「ようこそ冒険者ギルドへ。なんてね」
「ギルドの人だったんですか。それならそうと言ってくれれば……」
「あはは。私が冒険者に見える? こんなにか弱いのに」
受付の女性は愉快そうに笑った。
「登録手続きをするならこっちの用紙に記入お願いね。文字は書ける? 書けないなら口頭でするけど」
「いえ、大丈夫です」
ギルドの係員ってこんなにフランクでいいんだろうかと思いつつ、用紙の必要事項を埋めていく。
カイは寒村の生まれではあったが、親父が『これくらいは必要になる』と言って徹底的に読み書きを叩き込んでくれたので、専門用語以外ならだいたい理解することができた。
昔は面倒に感じていたが、今となっては感謝するしかない。
「出身地はアデル村ね。この前の事件、聞いたよ? 大変だったね」
「おかげさまで何とかなりそうです」
「それはよかった。ウチとしては復興絡みの依頼がたくさんきて嬉しいんだけど、流石に喜ぶのは不謹慎よね」
嬉しいと言った時点で既に喜んでいる気がするのだが。それはともかく、ギデオンとアデル村の取引は予定通り表沙汰にされていないようだ。
サブマスターから金を受け取って冒険者になったと知られると、悪目立ちしてやり辛くなるだろうというギデオンの配慮だ。新入りを依怙贔屓していると思われたくないのもあるんだろう。
「紹介状はある? なくてもいいけど、あった方が面倒な手続きしないで済むし、ギルドカードの発効費用と加盟保証金を払わなくても良くなるから、色々楽よ」
「紹介状……これですね」
「はいどうも。えーっと、名義は……」
ギデオンから貰った紹介状を見せた途端、お気楽だった係員の表情が一気に固くなった。
「うそ! ギデオンさんの紹介なの!?」
ホール中の視線が一気に俺に集まる。
この瞬間、悪目立ちしてしまうことが決定した。頭を抱えたい気分だ。速攻で個人情報の情報漏洩をやらかされるなんて。
それともこの世界では個人情報保護の概念が希薄なのか。田舎育ちにはどうにも判別できなかった。
「……この前、ギデオンさんが依頼費用の見積もりで村に来たんですよ。そのときに、村のためにたくさん稼ぎたいなら冒険者になるといいって言って、一筆書いてくれたんです」
四十万ソリドの件は伏せた上で、それらしく聞こえる説明をする。大筋では本当のことなので嘘は吐いていない。
「あー、ギデオンさんってそういう人よね」
受付の女性も他の冒険者達もその説明で納得してくれたようだ。
「でもギデオンさんが直々に声を掛けたってことは、きっと見込みがあるのよ。サブマスターが無意味に人を誘うはずないんだから」
「……あはは……そうだといいんですけど」
結局、他の冒険者から注目を浴びる結果になるのは変わらなさそうだ。
「ギルドカードの発効まで少し時間が掛かるから、先にギルドのシステムの説明をしちゃうわね」
「お願いします」
受付の女性はメニュー表のような板を取り出して、それを俺に見せながら一つ一つ説明を始めた。
「冒険者は五つのランクに分かれてるの。駆け出しのEランク。初心者卒業のDランク。一人前として扱われるCランク。胸を張って一流を名乗れるBランク。そして、ギルドの運営にも口を出せる超一流のAランク」
更に受付の女性は、Cランク以下が冒険者の八割を占めると補足を入れた。
「ランクはただの肩書じゃないの。受けられる依頼もランクによって変わってくるのよ」
「どんな風にですか?」
「具体的には、命の危険がある依頼はEランクだと受けられないわ。怪物退治とか盗賊の討伐とかね。そういうのはDランクに昇格してからで、魔力を持つ怪物……いわゆる魔物と遭遇するかもしれない依頼はCランクより上にしか回せないの」
依頼の一覧表を見る限り、適正ランクと報酬額は露骨に比例している。適正ランクの高い依頼ほど報酬が高く、Eランク向けの依頼は日雇いアルバイトと大差ない金額しか貰えないようだ。
「重要度の高い依頼はBランク以上専用ね。難しくないけど信頼第一の依頼、例えば超重要書類の運搬なんかもBランクからになるわ」
依頼主としては、金をケチって信用度の低い冒険者を回されたくないだろうし、ギルドとしては能力の低い冒険者のミスで組織全体の信用を落とされたくないはずだ。ランクシステムはそういう実務的な要求の産物なのだろう。
「ランクについて何か質問はある?」
「えっと……ランクを上げるにはどうすればいいんですか」
報酬額とランクは密接に関係している。借金を迅速に返すにはランクを上げるのが一番の近道に違いない。
「依頼をこなし続けるしかないわね。詳細な条件は非公開なんだけど、達成した依頼の内容と報酬総額を基準とした審査があって、そこで認められれば晴れてランクアップ。場合によっては昇格試験を課されることもあるわね」
「地道にやるしかないのか……」
残念だが仕方ない。ランクシステムの存在意義が、能力があり信頼のおける冒険者を選別することにあるなら、働きぶりをじっくり見て査定したいはずだ。
一通り説明が終わったところで、カウンターの奥から別の少女の声がした。
「パティさん。魔石昇華の準備が終わりました」
「はいはい、今行くわ。……ギルドカードを作る準備が出来たみたいね。いい機会だから見学していきなさい」
受付の女性――パティに連れられて受付横の別室に入る。
そこにあったモノを見た瞬間、俺は思わず驚きの声を上げた。
「これは……!」
見間違えるはずがない。死んだ直後の海が女神に『転生ガチャ』を引かされたあの祭壇であった。