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89.決戦―エノクの力

 巨漢の黒鎧が体格相応の大剣を振り下ろす。ゲームの類だと大柄な敵は動きが鈍いというのが相場だが、こいつにはまるで当てはまらず、嵐のようなラッシュを繰り出し続けている。


 紙一重の回避を続けていると、他の黒鎧が一体、二体と巻き込まれて両断された。目を覆いたくなるような光景だ。巨漢の黒鎧も他の黒鎧も、標的以外の全てをただの障害物としか思っていないらしい。


 巻き込まないようにという配慮は皆無。巻き込まれないようにという警戒は絶無。こんなものが実戦で使われるなんて悪夢でしかない。


「ったく! ろくでもない()()だな!」


 猛攻を潜り抜け、膝の側面に刃を突き立てる。どんな巨体であっても――むしろ巨体であるからこそ、脚の関節が破壊されれば立つことすら困難になる。


 俺は横目でクリスを見やった。クリスは負傷した足を庇いながら、四方八方からすばしっこく襲い掛かる小柄な黒鎧を(さば)き切っている。小柄なクリスでも片足がやられれば歩くことすらままならないのだ。


 そちらの応援に向かうために刃を引き抜こうとした矢先、手元に()()()()()()感覚が伝わってきた。


「……まさか」


 咄嗟(とっさ)に飛び退いた直後、駄目になったはずの脚が強烈な蹴りを繰り出した。格闘技のように技術のある動作ではなく、邪魔な物を蹴り飛ばす程度の雑な動きだったが、それでも直撃していればかなりのダメージになっただろう。


 たとえ痛みを感じないとしても、物理的に破壊されれば動かせなくなるはずだ。逆に考えれば、蹴りを放てたということは脚が破壊されていないということを意味する。手応えがあったにも関わらずだ。


「傷が塞がって……元に戻ったのか」

「いい素材で作ったと言っただろう?」


 素材(それ)が何であるのかは考えたくもない。


「全力で挑まなければ勝てない相手ということさ。君が持っているという、カードを複製できるカードの力、全て引き出してみせてくれないか」


 横薙ぎの一撃を回避し、《ライト》をコピーしたままの《ワイルドカード》を銀色のスペルカードに切り替える。気取られているなら隠す必要もない。エノクの望みどおりに動くのは気分が悪いが、そうしなければ危うい状況なのも確かだ。


 返す刃も潜り抜け、無防備になった左腕に狙いを定める。


「《ストーンジャベリン》!」


 射出された石の棘が鎧ごと左の上腕を粉砕する。その傷口は逆再生のように塞がっていき、数秒とかからず元通りになってしまう。


 その程度の隙でも十分だった。攻撃の手が緩んだ一瞬のうちに間合いを詰め、見上げるほどの高さにある兜の顔面に触れて、もう一度スペルを詠唱する。


 密着距離で放たれた石の棘に顔を砕かれ、巨漢の黒鎧はあらゆる活動を停止した。


「そんな倒し方はもう知ってるよ。他のを見せてくれないかな」

「知ったことか。これで充分だ」


 残念そうにしているエノクを一瞥(いちべつ)し、クリスの援護に向かおうとする。その直後、細剣を握るクリスの腕が凄まじい速さで動き、小柄な黒鎧を無数の突きと斬撃でずたずたにした。


「うおっ!」

「切り札という奴さ。反動が強いから、余り使いたくはないんだけどね……」


 クリスは細剣の実体化を解除し、腕を押さえてうずくまった。

 小柄な黒鎧は隙間という隙間を穿(うが)たれ、斬りつけられて倒されている。それほどの攻撃を一瞬のうちに繰り出したのだから、身体に相応の負担が掛かるったとしても当然だ。


 スキルの反動なら《ヒーリング》で治せるかどうか分からないが、足と一緒に治療を試しておいた方がいいだろう。


 《ワイルドカード》を別のスペルカードに切り替えつつクリスに駆け寄り――素早く振り向いてエノクめがけてスペルを唱えた。


「《ライトニングボルト》!」


 雷光が一直線にエノクへ襲い掛かる。しかし影から取り出されたアンチスペル・シールドがそれを阻み、雷撃を跡形もなく打ち消した。


「ちっ……」

「やれやれ、油断も隙もないね」


 こんな不意打ちで倒しきれるとは思っていなかったが、顔色一つ変えずに防がれると流石に舌打ちもしたくなる。


「その調子で色々な戦い方を見せてくれるとありがたいんだけど……」


 余裕に満ちていたエノクの表情が怪訝(けげん)そうに歪む。

 巨漢の黒鎧が滝のような血を流しながら立ち上がっていた。兜の面と一緒に砕かれた顔面を再生させながら、濁った眼球を俺ではなくエノクへと向け、血の泡と一緒に叫び声を吐き出す。


「ユル……ザン……! ギザマ……!」

「おや、頭蓋を砕かれた拍子におかしな反応でも起こったかな。()()は不可逆のはずなのに自我の片鱗が蘇ったのか」


 興味深さと不快さが入り混じった表情のエノクに向かって、巨漢の黒鎧が疾走する。標的以外が視界に入っていないのは何も変わらないまま、命じられた標的ではなく、自分自身の恨みの対象を標的と定めて。


 エノクは無機質な玉座に腰掛けたまま、ぱちんと指を鳴らした。


「いい機会だ。カイ・アデルが本気を出したくなるように、僕の実力を少しだけ見せておこう」


 祭壇の周囲に四色の光球が浮かび上がる。

 黒、白、赤、青――それぞれの光の中心には銀色のカードが座している。


引用(クォート)


 光球がエノクの身体に吸い込まれていく。そして巨漢の黒鎧が祭壇の階段に足を掛けた瞬間、それは起こった。


「《スパイクトラップ》」


 何本もの岩の棘が地面から突き出し、黒鎧の足から大腿(ふともも)までを貫通する。


 いくら再生力が高くても、物理的に縫い付けられては動くことができない。それでもなお、黒鎧は肉を引きちぎってでも前進しようとし、手にしていた巨大な剣をエノクめがけて投げつけた。


「《ガストウォール》」


 凄まじい突風が障壁となって吹き荒れ、投擲(とうてき)された大剣を弾き返す。


「《ウォーターテンタクルス》」


 鞭のようにしなやかな水の塊がその大剣の柄を掴み――


「《バーニングウェポン》」


 刀身が炎に包まれて、巨漢の黒鎧を脳天から喉元まで叩き割った。

 高熱で断面が焼け焦げたからか、出血はない。しかし確実に黒鎧は絶命し、今度こそぴくりとも動かなくなった。


「僕を相手に手を抜くのは命取りとだけ言っておこう。さて、次の相手は……」


 エノクの傍らに付き従っていた少女達が前に出る。先ほど戦ったばかりのヘルマと、これまで戦うところを一度も見たことのないメガレーと、そして――

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