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88.決戦―ディアボルス

 ――転移は一瞬で終わった。影に飲み込まれてすぐに視界が開け、人工的な照明の光が目に飛び込んできた。


 ひどく殺風景な空間だ。自然の洞窟ではなく、明らかに人工的な加工が施されている。


 地面には石材が敷き詰められ、垂直の土壁と見上げるほどに高い天井には、木材の補強と照明機材がくまなく取り付けられている。地中であることを忘れてしまいそうなくらいの明るさだ。


「ここは……」


 エノクが宣言していたとおり、移動してきてすぐに攻撃を仕掛けられるということはなく、クリスとヴァンも無事に転移を成功させていた。


「いつまで掴んでいるんですか! 離しなさい!」


 ヘルマはずっと握ったままだった腕を振りほどいて奥に逃げていった。地下空間の最奥は階段状の祭壇のようになっていて、後ろに天井まで届く大きさの扉のようなものがそびえている。


 そして祭壇の最上部には、ローブをまとった若い男が佇んでいた。


「……エノク!」

「ようこそ冒険者。君は確かカイ・アデルという名前だったね。タルボットが執心していたからよく覚えているよ」


 ヘルマが祭壇を登ってエノクの横に(ひざまず)く。反対側にはグロウスター領に入ったときに見かけた白い少女――メガレーが無感情な表情で控え、背後には意識のないファムが横たえられていた。


 彼ら以外に人の姿は見当たらない。だが複数の通路で別の場所と繋がっているので、いつ増援がやって来てもおかしくない状況だ。


「そして冒険者ギルドの特務調査員と、うちの十八番目(ヴァン)か。ああ、いいんだ、彼らに助力したことを咎めるつもりはないからね」


 蛇に睨まれた蛙のようになっているヴァンに、エノクは妙に優しい態度で語りかけている。


 エノクの口調はまるで世間話でもしているかのような穏健さだった。敵意も悪意も不思議なくらい感じられない。俺達のことをどう認識しているのかも、まるで掴めなかった。


「さて、僕に聞きたいことがあるそうだね。この子達(アンゲルス)黒鎧(ディアボルス)のことかな。それとも本命の研究のことを?」

「全部だ。洗いざらい白状してもらうぞ」

「構わないよ。ただし、データ収集に協力してもらうけどね」


 エノクが合図を出すや否や、全ての通路から黒鎧達がぞろぞろと姿を現した。総数は十から二十。地下の警備が薄くなっていたのを考えると、地上にいる分を除けばこれが残り全ての黒鎧なのかもしれない。


「ヴァン。君は下がっていなさい。彼らには戦意のある者を攻撃するように命令してある。巻き込まれて死んでもいいというのなら止めはしないけどね」

「でも……」

「アイツの言うとおりだ。ここは俺とクリスに任せてくれ」


 ヴァンを安全なところに下がらせてから、改めてエノクを見据える。


「俺達に手を貸したことを裏切りだとは思ってないんだな」

「彼女達にはあえて自由意志を与えてある。意図的に不確定要素を発生させて、より幅広いデータを収集できるようにね。研究に支障を(きた)さない限りは許容範囲内だ。むしろ君達をここまで連れてきたことを褒めたいくらいだよ」


 エノクは無機質で飾り気のない玉座に腰掛けて、あくまで穏やかな態度で微笑んでいる。


「もちろん利敵行為や命令の失敗には罰を与えるけどね。ヴァンの自発的な行動は僕の研究のためになっているから、裏切り以前の問題さ。それじゃあ、そろそろ始めようか」


 俺とクリスを取り囲んだ黒鎧達が、統一感のない動きでばらばらに武器を構える。甲冑の中身があんな代物だと理解した上でそれを見ると、もはや嫌悪感しか浮かんでこない。


 仲間と動きを合わせて行動するという()()がないのだ。それぞれが命令通りに動いているから集団行動ができているように錯覚するだけで、そこに強調や連携など存在しない。そういうモノにされてしまったのだ。


「それにしても、敵対行為ではないときたか。どうやらボク達は、エノクにとって敵ですらないようだね」

「大方、実験動物(モルモット)か何かとしか思ってねぇんだろうな。下手したら、自分以外の全てがそう見えてるかもだ」

「確かにありえそうだ。さて……掛かる火の粉は払わないとね」


 黒鎧が一斉に襲い掛かってくる。

 凄まじいパワーとスピードを持つ相手ではあるが、これまでに何度も戦って慣れてきているうえに、技巧の面では大した脅威ではない。攻撃を正直に防ぎ止めずに受け流し、隙を見て甲冑の隙間に攻撃を加える。


「人間を完全な状態に昇華すること。それは全ての錬金術師の願望だ。当然、僕も例外じゃない」


 四方八方に注意を払い、一体ずつ確実に戦闘能力を奪いながら、それ以外の方向から振り下ろされる刃を回避する。


黒鎧(ディアボルス)はその過程で生まれた失敗作を発展させたものだ。肉体の強化を優先したせいか精神の崩壊が避けられなくてね。完全には程遠い代物だったけど、制御用の拘束具を付ければ戦力として使えなくもなかったんだ」


 エノクは無機質な玉座に座って俺達を見下ろし、自らの研究について語り続けている。余裕の表れか、それとも自己顕示欲の発露か。俺達に研究内容を明かすことに何の躊躇(ためら)いもないようだ。


 俺は黒鎧を片付け続けながら、エノクに向かって声を張り上げた。


「格納庫にあった鎧はアレか! 量産したこいつらを、どこぞの輩に売りつける準備をしてたってことか!」

「そう怖い顔をしないでくれよ。錬金術の研究にはとにかく金が掛かる。成果品を売りに出して資金を稼ぐのは常識さ」


 左右からの攻撃を双剣で(しの)ぎ片方ずつ対処する。

 そろそろ半分近く削ったかという頃合いで、一体の黒鎧が先に倒された仲間を踏み台に高く跳躍し、クリスめがけて飛び掛かった。


 体重全てを乗せた一撃は細剣では止めきれない。すぐさま飛び退いて回避しようとするクリスの足を、先に脚を潰されていた別の黒鎧が握り締めた。


「ぐっ……!」

「クリス!」


 双剣の片方を投擲(とうてき)して黒鎧を打ち落とす。それだけでは到底ダメージにならないが、起き上がろうとした瞬間に兜のスリットに細剣が突き立てられ、鮮血を噴き出して動かなくなった。


 クリスは足を掴んでいた手にも細剣を刺して振り払ったが、数歩よろめいたかと思うと、その場に膝を突いた。


 原因は一目で分かる。掴まれた部分が真っ赤になって腫れていた。

 あの凄まじい握力で握られたのだ。足の骨が砕けていても不思議はない。


「待ってろ、今すぐ《ヒーリング》を……!」


 クリスに駆け寄ろうとした俺の前に、他よりも頭二つ分は大きな黒鎧が立ちはだかる。


「ボクのことはいい! こいつらの排除を優先――」


 言葉を途中で打ち切って、クリスは何もない空間に細剣を振るった。

 カァン、と甲高い音がして投擲用のナイフが宙を舞う。何者かがナイフを投げたのだと気付いた次の瞬間には、明らかに小柄な黒鎧が他の黒鎧達を足場に跳躍を繰り返して、片足を潰されたクリスに襲い掛かっていた。


「彼らは少しばかり手強いと思うよ。いい()()で作ってあるからね」


 エノクの声色は、まるで工作の宿題を自慢する子供のように弾んでいた。

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