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86.白いヴェールの女(1/2)

 それからしばらく経ち、服と身体が渇いてすぐに、俺達は出発の準備を整え始めた。


 ちょっと前に『魔力の大半を消費するが、ここから脱出できるかもしれない手段』についてクリスに話したところ、一工夫すれば魔力消費(リスク)を抑えて挑戦できるというアドバイスを貰った。これからそれを試してみようというところだ。


「使うのはこれで二回目だけど、うまくやれっかな」

「できるさ。魔力を途中で断ち切ってやるだけだ。後はタイミングの問題だよ」

「それが難しそうだって言ってるんだけどな。まぁ、やれるだけやってみるか」


 分厚い金属の扉の隣に立ち、扉ではなくその横の壁面に手を触れる。


「《クリエイト・ゴーレム》!」


 壁面を構成する土と岩が盛り上がり、巨大なゴーレムの肩口を瞬く間に形成していく。俺は頭部と胴体の形成が始まる前に途中で魔力を注ぐのを中断し、ゴーレムの創造を取りやめた。


 ゴーレムの腕が崩れ落ち、壁面に開いた穴から大量の土砂が流れ出る。

 気持ちいいくらい狙い通りにいったので、つい口元に笑みが浮かんでしまう。


 俺が考えていた脱出手段とは、壁面の土をゴーレムの材料として消費することで穴を開けることだった。


 魔力残量の半分を使ってしまうと言ったのは、ゴーレムを完成させるのにそれだけの魔力が必要になるからだ。その問題もクリスのアドバイスで解決したので、こうやって人間一人が楽に通れる穴を開けることができた。


「これならもっと早くやっておけばよかったな」

「思いつくのがもっと早かったとしても、出発するのは身体が渇いてからだったと思うよ。こんな寒いところで濡れたままだと、あっという間に体力が奪われていくからね」


 壁の穴を潜って扉の向こうに足を踏み入れる。通路の気温はさっきの縦穴以上に低いようで、吐いた息がうっすら白くなるほどだった。


「ヴァン、この道がどこに繋がってるか分かるか?」

「ごめん……こんな場所があること自体、初めて知ったんだ」

「なるほど、手下にも秘密の監禁場所ってわけだな。やっぱりただの人質とかじゃなさそうだ」


 スペルカードの《ライト》の光球を引き連れて真っ暗な洞窟を進んでいく。同時に《暗視》もコピーして奥を警戒する。敵が来るとしたら進行方向からだ。


「そうだ、これをあげるよ。アルスランからもらった魔力回復剤だ」

「げっ」


 クリスに板ガム状の薬を渡されて、思わず顔を歪めてしまう。それを見てクリスはくすくすと笑った。


「アルスランが不味くて死にそうだって言ってたけど、本当に酷いんだね」

「そんな大袈裟な」


 二人ともこいつの苦さを甘く見ているようなので、ひとかけらずつちぎって食べさせてみる。


「……っ!」

「ぶはっ……!」


 クリスは口元を押さえて全力で顔を背け、ヴァンは盛大に噴き出した。

 青汁の粉をそのまま噛んだようなと表現したのは、決して大袈裟な言い方ではない。本当にそうとしか称しようがないのだ。


 それはそれとして、残り半分を大きく割った魔力を回復しておく必要がある。俺は苦さを我慢して残りを全て飲み込んだ。


 最初こそこんなやり取りをしている余裕もあたtのだが、それもなくなるような出来事がすぐに起こった。


「……待った。誰か来る」


 《暗視》スキルの視界に人影が映り込んだ。頭から足先まで白尽くめの人物だ。ヴェールとでも言うのだろうか。薄くて白い布で顔を隠しているので人相までは分からない。


 クリスとヴァンからはランタンの光が近付いてきているようにみえるだろう。向こうからもこちらの《ライト》の光が見えているはずなのに、警戒する様子もなければ歩みを止める様子もない。まるで俺達と出くわすために歩いてきているかのようだ。


 白尽くめは、普通の視覚でもお互いの姿が見える距離で立ち止まった。


「自力で脱出なさったんですね」


 顔を覆う白い布が取り除かれる。声を聞いた時点で分かっていたことだが、白尽くめの正体はやはりファムだった。


「トリス!」


 ヴァンの表情が一気に明るくなった。ファムもそれに笑顔で応え、そしてすぐに感情を殺した態度で俺とクリスに向き直った。


「既にご存知だと思いますが、私はエノク様の三人の側近の一人です」

「ああ……ヴァンから聞いたよ」


 ヴァンは気まずそうに俺の後ろに隠れている。情報を漏らしたことを(とが)められると思ったのだろう。しかしファムはそれを気にも留めていないようだった。


「これは罪の告白だと思ってください。私はエノク様の命令で多くの冒険者達をこの街に連れてきました。もちろん、エノク様が彼らをどうするつもりなのか全て知った上でのことです」

「俺達もそんなパーティの一つということか」

「トリスは悪くない!」


 俺とトリスの追求を遮るように、ヴァンがトリスを庇って立ちふさがった。

 そんなことは分かっている。俺だってトリス個人にどうこう言い(つの)るつもりは全くない。逆らえなくされた上で命令されたのなら、やらせた奴が一番悪いに決まっている。


「私達のためなんだ。私達(アンゲルス)は定期的に制御薬を飲まないと生きていけないけど、仕事を果たせなければ制御薬を与えられなくなる……トリスはそんな奴にも薬を分けてくれているんだ……だから……」

「ああ、分かってる。自分達の命を人質に取られてるようなものなんだろ。そんな奴を責めるほど物分りは悪くねぇよ」


 少なくとも俺は――という但し書きは付くが。

 幸運にも俺達のパーティからは誰も犠牲が出ていない。ファム個人に悪感情を向ける気が起こらないのはそういう事情もある。


 けれど、犠牲になってしまった冒険者の仲間までそう考えるとは限らない。

 実行犯として恨みや怒りを感じるのは当然だし、それを非難するなんて論外だ。やむを得ない事情があるんだから許すべきだと言ってのける奴がいたとしたら、俺はそちらの方の正気を疑う。


 だが、それは今ここで議論すべきことじゃない。エノクを倒して、真相を明らかにして、その後にするべき事後処理だ。


「ファムもこんなことを言うためだけに来たんじゃないんだろ?」

「はい。お二人にここから逃げていただきたいのです。もちろんこれはエノク様の命令ではありません」

「……いいのかい? ボクが言うのも何だけど、エノクに逆らうのは君達にとって都合が悪いんじゃないのかな」


 クリスがそう言うと、ファムは物悲しげに微笑んだ。


「ここまで追い詰められてしまった以上、エノク様は私達を見捨ててこの街を離れるでしょう。私達のような作り直しの効く()()よりも研究成果を大事にされる方ですから。これは最期の罪滅ぼしのようなものです」

「私があんた達に協力するって言ったのも同じ理由だよ。どうせ負けて見捨てられるなら、せめて良いことをして終わりたいだろ?」


 二人の顔にはある種の諦めのようなものが浮かんでいた。

 彼女達(アンゲルス)は制御薬がなければ生きていけない。だからこそエノクに付き従っていたのだ。ならば、エノクに見捨てられたらどうなるか。そんなものは改めて考えるまでもないだろう。


「……そんなのは駄目だろ。なんとかなるはずだ。ギルドなら同じ薬を複製できるかもしれない。クリスもそう思うだろ?」

「期待を持たせたくはないから肯定はしない。けれど、不可能とは断言できないとだけは言っておくよ」

「いいんです……私達にも報いはある、それだけのことなんですから。脱出できる場所まで案内します。ついて来てください」


 ファムが(きびす)を返して歩き出した矢先、その背中から細い刃が生えた。

 白一色の衣装がみるみるうちに赤く染まっていく。


「えっ――?」

「ファム!」


 全く見えなかった。《ライト》の光と《暗視》スキルの視覚の両方で警戒していたはずなのに、暗闇の中から()()()()()刃の予備動作が全く知覚出来なかった。


「ヘル……マ……!」

「私達は最後の一瞬までエノク様の物。そうでしょう、トリス」


 暗闇からもう一人の白いヴェールの女が現れて、崩れ落ちるファムを冷たい笑顔で見下ろした。

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