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83.闇との遭遇(1/2)

 トリス――いや、ファムのことについて話を聞きながら資料室を物色し続ける。総量が膨大過ぎるので一つ一つ確かめていくことはできないが、大雑把に見て回るだけでもそれなりの情報は得られるはずだ。


「その三人はどんな連中なんだ?」

「ヘルマは私達の中で一番の信奉者だ。だからってわけじゃないけど、ハッキリ言っていけ好かないね。トリスは私みたいな下っ端にも良くしてくれる。メガレーは正直何を考えてるのかさっぱりだ」

「……トリスは良い奴なんだな」

「私達が失敗したときに(かば)ってくれるのはトリスくらいだね。側近に選ばれる前からずっとそうだったよ」


 少しだけほっとした。ほんの数日とはいえ行動を共にし、それなりに信頼も寄せていた相手が根っからの()()でないと分かったのは、正直言って安心する。だからどうしたと言われればそれまでだが。


 一方、資料室のラインナップは俺の知識では意味の分からないものばかりが並んでいる。背表紙に書かれたタイトルそのものは読めるのだが、そこから内容を全く想像できない。


 グーテンファルス領域における人体構造維持の観察記録と言われても、心の底からお手上げである。


「ワケ分かんねぇなこれ……ヴァン、あんたは理解できるか?」

「無理! 小難しい活字読んでたら頭痛くなるしな!」


 資料室の探索は空振りだったかもしれない。そんなことを思っていると、一人で先行していたクリスが満足顔で戻ってきた。


「待たせたね、そろそろ次の部屋に移動しようか」

「収穫はあったのか? ここの本、難しすぎて全く意味が分からねぇんだけど」

「ボクも専門家じゃないから全部は理解できないさ。けど収穫はあったよ」


 クリスは資料室の中央通路に立って辺りをぐるりと見渡した。


「膨大な資料の全てを頻繁(ひんぱん)に使っているはずがないだろう? 普段から利用しているのはほんの一部で、そういった資料は手に取りやすい場所に置いているはずだ。面倒くさがりで片付けられない輩ならまだしも、この部屋の所有者は隅々まで几帳面に整理整頓をする人間なんだからね」


 言われてみればそのとおりだ。中央通路の絨毯(じゅうたん)には何度も踏み付けられた癖が残っているが、奥の通路ほど新品同様のままうっすらと(ほこり)を被っていた。足を運ぶ頻度(ひんど)が偏っているせいでそうなったようだ。


 棚に収納されている本にも痕跡があった。特定の本はあまり埃を被っていなかったが、それ以外は上の方に薄く埃が積もっていた。

 掃除をするときに本の上までは意識が行かずに埃が残り、棚から取り出されたときに落ちてしまうことでこんな違いが生まれたのだろう。


「数ある収納棚の中で、特定の入り口に近くて頻繁に利用された形跡があった場所の資料。それとヴァンの証言を合わせて考えると、やはりエノクは人体改造を……人為的な操作によって人間を完全なモノに作り変える研究をしていたと考えるべきだろうね」

「その産物がこの子達(アンゲルス)黒鎧(ディアボルス)ってことかよ。予想はできてたとはいえ、何と言うか……」

「しかも、人間の精神を物理的干渉でコントロールする手法についての研究書まで見つかったよ。帝国から禁書指定を受けたいわくつきの一冊だ。グロウスター卿とエノクを糾弾(きゅうだん)する材料としては充分過ぎるほどの――」


 クリスはそこで言葉を切って、様子をうかがうようにヴァンの方を見やった。


 俺もうっかりしていた。俺達にとってエノクは倒すべき敵かもしれないが、ヴァンにとっては曲がりなりにも主なのだ。考えようによっては、行き場のない子供に野垂れ死によりはマシな居場所を与えた人物と言えるかもしれない。


 それなのに、ヴァンの前でエノクを追い詰める算段を立てたのは失敗だった。協力はここまでだと言われて再度敵対することになっても仕方のない状況だ。


 ところが、ヴァンの反応はどことなく冷めているように見えた。


「いいよ、別に気にしないで。私だってエノク様がろくでもない人だってことは理解してる。居場所を与えてくれた恩義はあるし、飲むのを止めたら死ぬような薬で縛られてるから従ってるけど、破滅しても当然の報いだと思ってるよ」


 ヴァンは一息に喋りきり、深く息を吸い込んでから、吐き捨てるように続けた。


「もちろん私も含めてな」


それは自責だったのか、あるいは自虐だったのか。俺は何の反応も返すことができなかった。


「で、どうする? まだこのあたりを調べるのか?」

「いや、資料室の探索はこれでよしとしよう。地上に出られる経路があるなら教えてくれないか」


 クリスがそんなことを言ったので、もう地下の調査を切り上げて脱出したいのかと尋ねると、そういうではないと軽く否定された。


「余裕があるうちに脱出経路を知っておきたいと思ってね。窮地に立たされてから逃げ道を探すんじゃ遅いだろう?」

「ああ……なるほどね」

「そういうことなら、こっちだ。けど、他の連中もみんな知ってる出入り口だから、とっくに塞がれてるかもしれないけどな」


 ヴァンの先導で、資料室を出て慎重に地下の奥へと進んでいく。


 人工的な光に照らされた地下通路は静寂に満たされていた。もっと厳重な警備が敷かれているのを想像していたが、見張りの一人も見当たらない。拍子抜けを通り越して不気味ですらある。


 そう感じたのは俺だけではない。クリスも、そしてヴァンすらもこの状況を不審に感じているようだった。


「おかしいな……誰もいないだなんて」

「もっと大勢いるはずなのか?」

「当然。グロウスター卿と影武者の護衛に回してる面子以外のアンゲルスが全員と、それなりの数のディアボルスが集められてたはずだ」


 それが本当なら、この静けさは確かに異常だ。タルボットが未帰還に終わったことは当然把握しているはずだろうから、この警備の薄さは意図的なものだと考えるべきだろう。


 問題は『何のために』という点だ。無意味に警備の手を緩めることはないだろうから、何かしらの意図がある行動のはず。その内容次第では厄介なことになるかもしれない。


「……着いたぞ。あの扉の向こうに地上へ出る階段がある」


 結局、何事も起こらないまま目的の場所に到着した。

 通路の行き止まりに堅牢な扉がそびえている。みるからに分厚い金属製で、まるで大きな金庫の扉のようだ。


「開閉に必要な鍵は?」

「内側から開けるときには要らないよ。そもそもこの施設は、侵入者は念入りに警戒しているけど、外に出ようという奴はあまり気にしていないんだ。限られた人間しか立ち入らないはずの場所だからな」

「つまり脱出用の出口ってことか」


 ともかく脱出経路を確認するという目的は達成できた。厄介事が起きる前に次の方針を考えた方がよさそうだ。


「それで次はどうする。俺は一旦外に出て他のメンバーと合流した方がいいと思うけど、クリスはどうしたい?」

「エノクの居場所くらいは確かめておきたいね。ひょっとしたら、警備がこの様なのは証拠隠滅と脱出の準備をしているからかもしれない。エノクしか知らない脱出手段があるかもしれない以上、急いで居場所の特定を――」


 そのとき、俺達の誰とも違う声が通路に響いた。





『いいや、その必要はない』





「――っ!」


 俺とクリスは瞬時に戦闘態勢を取って周囲を警戒した。

 黒い影のようなものがあちらこちらから染み出して、外へ通じる扉の前に積み重なっていく。まるで空間に開いた黒い穴だ。それが天井まで達したところで、影の奥から一人の若い男が姿を現した。


 見た目は俺と大差ない年齢で、影武者のディーが着用していたものとよく似た装束に身を包んでいる。幼さすら感じさせるその顔には、不気味な微笑が貼り付いていた。


「ほら。これで脱出する必要も僕を探す必要もなくなった」

「……何だ。探してみろだとか、街にいないかもだとか散々煽ったくせに、あっさり出てくるんだな」


 こいつの声を聞くのはこれで三度目だ。

 一度目は廃都市探索の依頼でタルボットと交戦し、撃破した後に。

 二度目はグロウスター邸の中庭でディーが交戦し、撃破した後に。


「錬金術師エノク。黒幕の割に大胆な登場じゃないか」

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