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82.アンゲルスとディアボルス

「錬金術師の長きに渡る研究の成果のひとつに、ホムンクルスという人工生命体の創造があるそうじゃないか。君達や黒い鎧の連中を見ていると、どうしてもそれを思い浮かべずにはいられないね」


 ホムンクルス――(おれ)だってそれくらいは聞いたことがある。錬金術を題材にした創作では必ずと言っていいほど触れられる定番ネタだ。


 本来は『何でも知っているがフラスコの中でしか生きられない小人』らしいが、大抵の作品ではそれを無視して普通の人間のように振る舞っているのがお約束である。


「……詳しいんだな、あんた。けどその読みは大ハズレだ」

「と、言うと?」

「エノク様はとっくの昔にホムンクルスの研究に見切りをつけたそうだ。私達は正真正銘の人間なんだよ」


 ヴァンの態度はどこか不機嫌そうに感じられた。

 ホムンクルスと同一視されたことがそんなに不快だったのだろう。そうなるようにクリスが誘導していたことにも気付かず、ヴァンは自分達とホムンクルスの違いを強い口調で語り始めた。


「私達『アンゲルス』は普通の人間として生まれ育って、エノク様の手で後天的に今の姿になったんだ。フラスコの中の合成品と一緒にしないでくれ」

「へぇ。それにしてはただの人間と変わらないように見えるのは、ボクの気のせいかな? 君達は一体どんな実験を受けたんだい? まさか、身体の色素を弄って色を変えるだけとか」

「それは……」


「……分からない。二十人以上いたアンゲルスの中で、この実験の意味とエノク様の目的を知っているのは、特別な名前を与えられた三人だけなんだ」


 二十人以上()()と過去形になっているのは、やはり何らかの理由で欠員が生じてしまったからだろう。その原因も、タルボットの凶行を思えば想像がつく。


「なるほどね。しかし、だとしたら大問題だ。大昔ならまだしも、今となっては貴族が領民を人体実験の材料にしていたとしれたら、中央政府が喜々として取り潰しと家系断絶に走るだろうね」


 グロウスター邸への突入以前に、ストイシャも同じことを言っていた。

 帝国が成立して以来、貴族の特権は少しずつ着実に削られ続けている。領民の弾圧や虐待なんて付け入る隙を与える行為に他ならない。犯罪行為を口実に領地を減らされたり、完全に取り上げられたりしてもおかしくないだろう。


「それは違う。私達はエノク様がこの街に来る前から従ってきた。それに私達は、最初から帝国の国民として認知されていない。どう扱われても(とが)められない存在だったんだ」


 ヴァンがそう言ったのを聞いた瞬間、クリスの表情に陰りが生じた。会ったばかりのヴァンには気付かれない程度の小さな変化だ。


クリスのこんな顔を見たのはこれが初めてじゃない。前にも一度だけこんなことがあった。


 ――地下墓所の探索依頼。あのときのことだ。

 地下墓所に居座っていた少女が反帝国主義者の子供、つまり帝国の法律の保護を受けられず、国民として認知されていない子供だと知ったときにも、こんな風に辛そうな顔をしていた。


「だから例え人体実験の対象にされたとしても、エノクにすがるしかなかったわけだね」

「ああそうだよ。悪い?」

「いいや、何も悪くはないさ。君達は悪くなんかない。けど――」


 クリスは途中で言葉を切って、小さく首を横に振った。


「――いや、止めておこう。これ以上は何も言わないことにするよ」

「何だよ……変な奴だな」


 どうにもクリスとヴァンは馬が合わなさそうだ。何かと遠回しなやり取りをするクリスと、直接的な話し方をするヴァンとでは波長がズレてしまっても仕方がなさそうだ。


 二人の間の会話が途切れてしまったので、今度は俺がヴァンに質問を投げかけることにした。こういうのは《真偽判定》を持っているクリスがいるときに済ませてしまった方がいい。


 ……前に一度、クリスに「《真偽判定》をコピーさせて欲しい」と頼んで断られたことがある。切り札になりうるスキルなので当然だと思ったが、クリスの返答は予想外のものだった。


『こんなもの身につけない方がいいんだよ』――と。


 俺は未だに、その発言の真意を掴むことができないでいた。


「なぁ、ヴァン。お前達は『エノクが社会的に認知されていない子供を集めて実験の対象にしたモノ』ってことでいいんだよな」

「そうだよ。基本的に血の繋がりはないね。姉妹で拾われた子達は別だけど」

「だったらあの黒い鎧の連中もそうなのか?」

「……それは……」


 ヴァンは露骨に言葉を濁した。分からないのではなく、答えることを躊躇(ためら)っている反応だ。《真偽判定》がなくてもそれは理解できる。


 しばらく悩んだ末に、ヴァンは俺の目をまっすぐ見据えて答えた。


「……詳しいことは言えない。説明できるのは最低限のことだけだ。借りがあるから答えるけど、それでもかなりギリギリだと思う」


 ――ヴァン曰く、あの黒鎧はエノク達から『ディアボルス』という名で呼ばれているそうだ。


 アンゲルスと同じくエノクの研究目的に関わる産物らしいが、どのような経緯で生み出されたのかはヴァンも知らない。ただ、アンゲルスを生み出した実験とは別系統の技術によって作られているのは間違いないという。


 ディアボルスも人工生命体(ホムンクルス)ではなく、素体(ベース)になった人間はグロウスター領の領民ではない。それはヴァンにも断言できるそうだが、どこから調()()してきたのかは分からないそうだ。


 アンゲルス達の間では、死刑の決まった罪人だとか法の保護から外れた盗賊だとかを(さら)っているのではと噂されているらしい。


「詳しいことを知っているのは、エノク様やタルボット……それとエノク様の側近の()()()()()を授かった三姉妹だけだろうな」

「三姉妹? さっき言ってた『特別な名前を与えられた三人』のことか?」

「そうだ。あいつらが今名乗っている名前は――」


 ヴァンが口にした三つの名前は、俺に強い衝撃といくらかの納得感を与えるものだった。


「ヘルマ、トリス、メガレー。この三人がエノク様の側近だ」

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