80.白い少女達
「ぐ、お……! お……」
深手を負いうずくまるタルボット。ここまでしてもまだ生きているのには驚きだが、それくらい『只者ではない』ということなのだろう。
とどめを刺すべきか捕らえて尋問するべきか。作戦上は身柄を確保する必要はないが、重要な情報を多く知っているのも間違いない。だが、簡単に捕まえておける相手だとは思えない。
「……くく、く……ははは、ははははは……!」
タルボットがうずくまったまま壊れたように笑い始めた。
「そうか、俺はまた負けたのか……くくく……だがなぁ、カイ・アデル。貴様を行かせるわけにはいかんのだ……」
突然、斬り落とされた異形の右腕が泡立つように膨らみ始める。
「……っ! エステル、防御を!」
俺は反射的に飛び退きつつ、《巌の大盾》をコピーして即座に展開した。
次の瞬間、異形の右腕が大爆発を起こした。
猛烈な熱気と爆風が《巌の大盾》にぶつかり、防ぎ切れなかった余波が壁と天井に沿って吹き抜けていく。爆発音と天井の崩れる轟音が混ざり合って鼓膜を揺さぶり、聴覚を麻痺させる。
爆風が止んだのを確かめてから《巌の大盾》を解除する。
壁と天井が崩落し、瓦礫と土砂が通路を完全に塞いでいた。
俺はすぐに《ディスタント・メッセージ》を通じて向こうの三人に呼びかけた。何よりもまずは安否の確認からだ。
「レオナ、エステル、プリムローズさん! そっちは無事か!?」
『な、なんとか……大丈夫です……』
『エステルさんの防御スペルが間に合ったおかげで、全員軽症よ』
『それよりカイはどうなの? 埋まってないよね?』
ほっと安堵の息を吐く。軽症と言っているあたり全くの無傷ではなかったようだが、酷いことになっていないようで何よりだ。
「俺も平気だ。けど道が塞がってそっちに戻れそうにない。悪いけどここからは別行動だな」
『ちょ……別行動って。一人で奥まで行くつもり?』
「そこまで無謀じゃねぇよ。無難な範囲で色々やるつもりだ」
『……無理はしないでよ?』
「お前こそ。とりあえずアルスランかストイシャさんに現状を報告した方がいいな。そっちに頼めるか?」
『任せて』
通話時間の制限もあるので手短に用件を伝えながら、俺は鎧姿の白い少女達の方に歩み寄った。人数は四人。深手だがすぐには命に関わらなさそうなのが二人と、出血が多いのが一人、片腕を斬り落とされて一刻を争うのが一人。
俺は《ディスタント・メッセージ》のリンクを切って《ヒーリング》をコピーし、斬り落とされた腕を切断面にあてがって治療を開始した。
切断面同士が引き寄せ合う磁石のように密着し、正しい位置で復元し始める。
これくらいの傷でも切断面が綺麗なら治せるとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると驚かざるをえない。
「お、おい。お前……何やってんだ」
短髪の少女が震えた声を漏らす。ここにいる少女達の中では比較的軽症で、最も強気そうな顔立ちの少女だ。
「敵なんだろ? どうして《ヒーリング》なんて……」
「気分の問題だ。……っと、手数が足りないな。そっちの出血の多い子、早く止血してやれ。拘束用の紐があるからキツく縛るんだ」
もう一人の傷が浅い少女に紐を渡して、出血の多い少女の止血をさせる。《ヒーリング》でも失った血液は戻せない。出血多量でショック死というのは、このスペルでは防ぎようがない。
「スペルのレベルが上がったら二箇所同時に治せるらしいんだけど……」
「お前……本気で私達を治す気なのか……? 敵なんだろ……?」
「気分の問題だって言ってるだろ。お前らにこんな形で死なれたら気分が悪い。大人しく治されてろ」
脳裏を過るのは、俺の腹を刺した白い少女。
ごめんなさい――短剣を突き立てた直後、あの少女は確かにそう言っていた。俺を殺すことに罪悪感がないのなら、そんなことは口走らないはずだ。
主人であるエノク達はともかく、白ずくめの少女達は悪意や敵意で動いているわけではない。一連の出来事を通じて、俺はそう確信していた。
「大方、ご主人様への恩義やら何やらで縛られてるのか、必要不可欠な『薬』をくれるのがエノクだけだから裏切れないかってところだろ?」
「……っ! どうして制御薬のことを」
当たり、か。
最初に出会ったファムも、ディーの居場所を聞き出した白い少女も、同じ薬を何よりも大事にしていた。自分の身の危険だとか、雇い主の影武者の安全だとかを引き換えにするのも躊躇わないくらいに。
そして彼女らの雇い主であるエノクは錬金術師だ。グロウスター卿の不治の病の進行を抑えられるくほどに腕利きの。
ここまで判断材料が揃えば嫌でも想像がつく。一体どんな効果の薬品かは知らないが、必要不可欠な薬の供給を盾に、自由意志に関わらず言うことを聞かせているんだろう――と。
「俺はな、立場や力の弱い奴を食い物にする連中が死ぬほど嫌いだ。もしもお前達がそういう連中の犠牲者だとしたら……見殺しにしておいて、後から『実はそうだった』と分かったら、自己嫌悪で死にたくなる。それだけだ」
顔を伝い落ちる液体を手で拭う。手の甲にべったりと血がこびりついたのを見て、そういえば顔面に斜め傷を負わされていたなと思い出した。
接合した腕の指がぴくりと動く。そして機能が戻ったのを確かめるように、ゆっくりと開閉を繰り返した。
「腕が繋が……痛っ」
「まだ痛むか? しばらく動かさない方がいいな。次っ!」
出血の多い少女の治療に取り掛かる。鎧の邪魔な部分を外し、その部分の服を切り取って傷口を露わにさせ、掌を押し当てて傷口の更に奥まで《ヒーリング》の光を浸透させる。
「……俺と戦う気がなくなったなら、鎧を脱いで武器を捨ててくれ。治療が終わってもまだ武装してるようなら、《ヒーリング》が要らない程度にぶちのめしてから先に行くぞ」
少女達は顔を見合わせて、次々に鎧と武器を脱ぎ捨てていった。短髪の少女はかなり躊躇っていたようだったが、他の二人が武装解除したのを見て諦めたように武器を捨てた。
こうして見ると、白ずくめの少女達はそれぞれ顔立ちや体格に個性がある。共通しているのは頭髪と肌と瞳の色くらいだ。
俺達をこの地に導いた少女、トリスことファム。例の模擬戦闘依頼の進行をしていた少女、ヘルマ。護衛依頼を終えた俺達を迎え入れた少女、メガレー。この三人の見た目はよく似ていたが、どうやら彼女達が例外だったらしい。
ひょっとしたら、あの三人は本当に血の繋がった姉妹なのかもしれない。
「……どこ見てるんだよ」
短髪の少女が俺を睨みながら身体を庇うように隠す。
「顔。あと髪」
ストレートに答えてやると、少女は何とも言えない表情で押し黙った。
出血が止まったのを確かめて、今度は傷の浅い二人に《ヒーリング》を掛ける。
《クリエイト・ゴーレム》の発動とその後の再生で魔力の半分以上を持って行かれたのだが、その割にはまだまだ魔力残量に余裕がある。きっとルイソンから貰った魔力回復剤が効果を発揮したんだろう。
後でプリムローズにお礼を言っておこう。良薬は口に苦しと言うにも程があるという苦情も添えて。
「……よしっ、これでいいな」
四人全員の手当を終えてから、最後に自分の顔の傷に《ヒーリング》を掛ける。既に血も止まっているし痛みも薄らいでいたが、念のためだ。
不意に、短髪の少女が一歩前に進み出る。
「な、なぁ……カイ・アデル」
「……? どうした」
「えっとだな。あれだ……」
短髪の少女は眉をひそめ、視線を泳がせながら口ごもっている。何か言おうとしているようだが、言葉にする一歩手前で迷っているといった様子だ。
「……その、あ……あ……」
「凄い爆発がしたと思ったら、随分と面白い状況になっているね」
ちょうどそのとき、聞き慣れた声が投げかけられた。
「クリス!? どうしてここに!」