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08.旅立ち(2/2)

 ハイデン市に到着してすぐに、俺は冒険者ギルドへ向かうことにした。


 成人の儀式以前にも何度かハイデンに来たことがあるが、冒険者ギルドのある方面に行くのは初めてだ。そのせいで道がよく分からず、いつの間にか狭い路地に入り込んでしまった。


「あれ? 行き止まりだ」


 左右と目の前を家の外壁に取り囲まれた、完全な行き止まりだった。

 別に俺が方向音痴というわけじゃない。ハイデン市の裏路地が必要以上に複雑なだけだ。

 ……まぁ、田舎育ちなので都会の道に不慣れなのは否定できないけれど。


「さっきの道を曲がるのが正解だったわけだ……引き返すか」


 大きな通りに戻ろうと振り返ると、あまりお近付きになりたくない雰囲気の男が路地の入口を塞いでいるのが目に映った。痩せ気味で、服は薄汚れてボロボロで、目をギラギラとさせている。

 浮浪者というよりは食うに困ったチンピラという感じだ。


「すいません。そこ通りたいんで避けてもらえます?」

「よう坊主。どこに行こうとしてんだ? 何なら俺が有料で案内してやろうか」


 事を荒立てずに済ませようとした俺の配慮は華麗にスルーされてしまった。


「お断りします。冒険者ギルドくらい自分で行けますから」


 強引なセールスは明確に断るのが一番だ。それでも諦めないときは、少々強引な手段に出るしかない。


「だったらちょうどいい。俺も冒険者なんだ。今なら財布の中身全部と引き換えに案内してやるぜ」

「要らないんでお引き取りください」

「いいじゃねぇか。芋臭い服からして、ド田舎から出てきたばっかりのお上りさんなんだろ? 人の親切は有難く受け取るもんだ」

「全く必要ないんで、さっさとどいてくれませんか?」


 そろそろ無理やり押し通ろうかと考えていると、チンピラの方が先に我慢の限界を迎えたらしく、態度を一変させて凄み始めた。


「優しくしてりゃあつけ上がりやがって。いいか? この世は強えぇカードを持ってる奴がやりたい放題できるんだ。俺の《剣術》スキルで痛い目を見たくなかったら、さっさと言うとおりにするんだな!」


 チンピラの胸から漏れ出た光が銅のカードに姿を変える。確かにスキルカードではあるのだが、これはアンコモンのカードだ。

 《ワイルドカード》と《前世記憶》以外は《ステータスアップ》まみれだった俺が言うのもアレだが、ぶっちゃけごく普通のレアリティのスキルである。


「……何でアンコモンで威張ってるんだ?」

「う、うるせぇ! オメェが喧嘩に使えるカードを持ってねぇなら、それだけで俺にボコられる運命だって話だよ!」


 何というか、頭の悪さにくらくらする。どうして俺が戦闘向きのスキルを持っていないと、勝手に思い込むことができたんだろう。それとも片っ端から喧嘩を売っているだけなのだろうか。


 俺はチンピラと同じように《歩き旅》のカードを実体化させた。《剣術》と同じ銅のカードでレアリティは一段下のコモン。その表面を指先でなぞると、火花のような光を放ちながら金色のカードに塗り変わっていく。


 露骨に俺を甘く見ていたチンピラの表情が、あっという間に驚きと怯えの色に染まった。


「な、なんだそりゃ!?」

「こういうカードもあるってこと。痛い目を見たくなかったら、さっさと――」

「う……嘘だ! 偽物だ! デタラメだ! ちくしょう舐めやがって!」


 チンピラは《剣術》をセットし直して腰の剣を抜いた。

 脅かして穏便に解決しようと思ったのに失敗だ。しょうがないので、俺も《上級武術》に変化させた《ワイルドカード》を身体に戻す。


「あの世で後悔しやがれ!」


 チンピラの一撃を素早く潜って回避する。攻撃と回避の勢いを利用して、合気道の達人のようにチンピラの自由を奪い、縦にぐるんと回転させた。


「へ――? げふぅ!」


 空中で逆さまになったチンピラの胴体に掌底を叩き込む。たったそれだけでチンピラは軽々と吹き飛んで、道端に積まれていたダンボール箱みたいな柔らかい箱の山に突っ込んだ。


「……おーい、生きてるか?」


 ちゃんと手加減はしたのだが、余りに派手な吹っ飛びぶりに少し不安になってしまう。

 チンピラはふらつく足取りで立ち上がって、恐ろしいものを見るような目を俺に向けてきた。


「まだやるなら遠慮はしないけど、どうする?」


 と言いつつ、これ以上痛めつける気はないので《ワイルドカード》を《捕縛》スキルに切り替える。


 野盗が相手なら容赦なく斬り捨てているところだが、街中ではそうはいかない。法の保護から外されている野盗は殺してもお咎めなしだけど、街で暮らしている人間を殺したり大怪我をさせてしまうのは、相手がチンピラだろうと問題になってしまう。


 日本と同じく正当防衛が認められれば罪にはならないけれど、それが認められるまでの手間を考えると、生きたまま捕まえて役人に突き出した方がずっと楽だ。


「ぐう……じょ、冗談じゃねぇ、何者なんだ、あんた……!」


 ちょうどそのとき、騒ぎを聞きつけた誰かが路地裏に駆け込んできた。


「ブレット! またやったのね! 何度役人に捕まったら気が……あら?」


 怒り顔の女性は、チンピラの方がぶちのめされていることに驚いたようだった。チンピラはその隙に逃げ出したが、表通りに出たところで治安維持の役人に捕まっていた。


 何だか釈然としないが、これで一件落着ということらしい。


 一応当事者なので役人から話を聞かれることになったが、さっきの出来事をそのまま伝えるだけですぐに解放された。

 もっと時間を掛けて事情を聞かれると思っていたので、逆に拍子抜けだ。


「大丈夫だった? 怪我はしてない?」


 さっきの女性も役人の聞き取りを終えて戻ってきた。都会的なファッションのお洒落な女性だ。田舎の村にはこんなに洒落っ気のある格好の人は滅多にいない。


「ええ、どこも。さっきの奴、本当に冒険者だったんですか?」


 俺がそう尋ねると、女性は困ったように肩を竦めた。


「いわゆる冒険者崩れね。最低ランクの依頼すら満足にこなせなくて、あんな風にケチな犯罪に手を染める奴がたまにいるのよ」

「そうなんですか……」


 冒険者の質の低下――ギデオンが言っていた言葉が脳裏を過ぎる。


 脅しに使ったのがアンコモンのカードということは、最低保証のレアが戦いに使えないものだったのだろう。

 生まれ持った手札が相当酷かったのだとしたら、そこだけは同情する。


「ところで君、こんなところで何をしてたの? ひょっとして迷子?」

「冒険者ギルドに行こうとして迷ってたんです」

「あら。それなら案内してあげましょうか」

「…………」


 デジャヴを感じる提案だった。これで「はいお願いします!」なんて受け入れたら、美人の言うことならあっさり信じるお馬鹿さんに思えてしまう。


「大丈夫です。自分の足で探さないと覚えられそうにないですから」

「そう? けど私もこれからギルドに行くところなのよ。ついて来なかったら余計に迷っちゃうと思うんだけどね」

「…………」


 何だか手玉に取られてしまった気がする。背に腹は代えられないので、大人しく女性の後について行くことにした。

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