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78.研究棟の戦い(3/3)

 黒鎧の戦い方には技術が欠けている。凄まじい身体能力が生むパワーとスピードに物を言わせた戦闘スタイルだ。電流で硬直(スタン)させられてしまった時点でその強みは奪われ、一方的に倒されるだけの存在となってしまう。


 大きな音を立てたくないので、スペルはあえて使わない。双剣と槍を振るって四肢の関節を攻撃し、立つことも武器を振るうこともできなくしていく。普通なら関節狙いは難易度が高いが、今は《エレクトロスタン》の効果で動きが鈍っているので簡単に脆いところを狙うことができる。


 一体、二体、三体と手早く片付けてから、俺は曲がり角の向こう側の様子を(うかが)うことにした。


「増援は――」


 そのとき、鎧姿の人影が俺とぶつかる勢いで突っ込んできた。


 首を狙って横薙ぎに剣を振るって迎え撃つ。ところが、その人影の正体が小柄な白髪の少女であると気付いた瞬間、俺は反射的に手を止めてしまった。


 咄嗟(とっさ)の反応を悔やんだときにはもう遅い。少女が握っていた短剣が、俺の腹に突き刺さった。


「ぐぁっ――!」

「……ごめんなさい!」


 短剣を突き立てたまま逃げ出そうとする少女。俺は《ワイルドカード》を銀色のスペルカードに切り替えて、少女の背中めがけて唱え上げた。


「《パラライズ》!」


 鎧姿の少女が廊下に倒れ込む。《パラライズ》は発生速度、射程距離、発動間隔の全てが低水準のスペルだが、決まればこのとおり問答無用。相手を傷つけずに無力化することができる。


 ――この期に及んで()()()を選んだ自分の判断に呆れてしまう。


 血の溢れ出る傷口が、これが甘すぎる判断の代償だと言わんばかりに、強烈な痛みと熱さで(さいな)んでくる。腹を刺されたのは二度目の経験だが、とてもじゃないが慣れそうにない。


「悪い、油断した……一旦手当てをしてから……」


 《ヒーリング》をコピーしながらレオナに振り返る。

 どういうわけか、レオナは青ざめた顔で立ち尽くしていた。


「……レオナ?」


 唇を震わせ、目線は俺の腹に刺さった短剣に釘付けになっている。握り締めた槍もカタカタと震えていた。明らかに様子がおかしかった。レオナのこんな顔は見たことがない。


「おい……どうした、大丈夫か?」

「……っ!」


 レオナは後ずさり壁に背中をぶつけた。


「ごめん、なさい……ごめんなさい……私のせいで……」


 今にも泣き出しそうな顔で、レオナは謝罪の言葉を繰り返す。


 違う――これは俺に向けられた謝罪じゃない。レオナの心は今ここになく、謝罪もここにはいない誰かに向けられている。恐らくは、かつてレオナの眼前で俺と同じような目に遭わされた誰かに。


 現代知識で表現するなら、PTSDから来るフラッシュバックか。レオナは今、俺の知らない過去の記憶に怯えているのだろう。


 思えば、前にも似たようなことがあった。俺とアルスランが初めて出会った日のことだ。レオナはアルスランから貰った短剣を見て酷く怯えていた。あのときにも今と同じ記憶が蘇ったのかもしれない。


「ちょっと待ってろ……《ヒーリング》!」


 傷口に《ヒーリング》を掛けながら、少しずつ短剣を抜き取っていく。一気に引き抜いたら大量出血を起こす危険があるからだ。


「う……ぐっ……」


 抜き終えた短剣を投げ捨て、震えるレオナの肩を掴む。傷は塞がりきっていないし痛みも残っているが、そんなものは後回しだ。


「見ろ、俺は平気だ。お前は何も悪くなんかない。嫌なことを思い出したのかもしれないけど、そんなものは関係ない。だから落ち着いて……そうだな、深く息をするんだ。そう……ゆっくり……」


 呼びかけが功を奏したのかは分からないが、レオナは俺の言ったとおりに呼吸を整えて、段々と落ち着きを取り戻してきたようだった。


「……ごめん、ちょっと混乱しちゃって……」

「いいんだ。それより戦えそうか? 難しいなら離脱した方が」

「大丈夫、まだやれる」


 戦いが終わったのを見て、エステルとプリムローズが追いついてきた。

 とりあえず襲撃者の少女を拘束して無力化し、そのまま通路の奥に向かうことにしたが、やはりレオナは調子が良くないように見えた。


 エステルとプリムローズにはまだ事情を話していないが、二人ともレオナの不調には勘付いているらしく、さり気なく気遣っているような感じがする。


「……よし、行くぞ」


 パーティの()()()リーダーとして、レオナを後退させるか悩ましいところだったが、俺は一緒に行動させた方がいいと判断した。レオナだけを下げれば単独行動をさせてしまうことになり、かといって二人も同時に探索メンバーから外すわけにはいかないからだ。


 それに、一人の不調くらいは許容範囲だ。依頼の進行中にパーティの誰かが体調を崩すなんて当たり前に想定されることだし、それすらカバーできないパーティなら組まない方がマシである。


 体調管理が出来て一人前――それは確かに正論だが、常に全員が万全という前提で動くのは、リーダーにあるまじき非現実的な思い込みだ。俺はこの状況を、今後の活動に活かせる貴重な経験だと思うことにした。


 暗い廊下を黙々と進んでいると、不意にプリムローズが声を上げた。


「この匂い……ほんの微かだけど例の血の匂いがするわ」

「本当ですか?」

「ええ。通路の奥から風に乗って流れてきているみたい」


 どうやら大当たりを引き当てたようだ。もう少し奥を調べて確実な証拠を掴むべきだろうか。それとも気が早いけどアルスラン達を呼ぶべきか。


 ほんの二、三秒だけ立ち止まって悩んだ直後のことだった。

 突如として(まばゆ)い光が廊下を包み込んだ。


「なっ――!」


 暗さに慣れていた視神経が悲鳴を上げる。

 さっきまで全く気が付かなかったが、どうやら街中の街灯と同じ光源が壁に埋め込まれていて、それらが一斉に点灯したようだ。


 目が(くら)む痛みに耐えながら、奇襲を警戒して正面を見据える。


 通路の先には、いつの間にか何者かが立ちはだかっていた。先頭に立っているのは錬金術師のローブをまとった男。その背後に鎧姿の少女が数人、従者のように控えている。


「久し振りだな」

「その声……タルボットか!」


 Dランクに昇格して初めての依頼で俺達を襲った錬金術師。忘れようもない男がそこにいた。


 こちらが決定的な隙を晒しているのに、タルボットはその隙を突いて攻撃してこようとはしなかった。むしろ俺達の視覚が元に戻るのを待っているようにすら思える。理由が分からないだけに不気味な対応だった。


「貴様に奪われた右腕が(うず)くぞ。この苦痛は、今度こそ貴様を捻り潰さなければ消えそうにない。俺の本当の実力を知らしめてな……」

「なるほど、だから不意打ちしなかったわけか。意外と律儀なんだな、あんた」


 タルボットは腕利きの錬金術師かもしれないが、戦闘の玄人というわけではないようだ。侵入者(おれたち)を確実に撃退することよりも、傷つけられたプライドを取り戻すことに執心しているらしい。


 俺は手を振って、三人に後ろへ下がっているよう合図した。一本道の行く先を塞がれている以上、タルボットを倒す以外に選択肢はない。逃げても無意味だ。タルボットは必ず俺を追いかけてくるだろう。


「カイ君、援護は必要かしら」

「奥にいる連中を警戒してください。何かしてくるようなら対処をお願いします」


 タルボットの後ろには鎧姿の少女達が控えている。まさか賑やかしのために連れてきたとは思えないから、何かしらの役目を与えられていると考えるべきだ。


 しかしタルボットは薄気味悪い笑みを浮かべてそれを否定した。


「安心しろ。この()()()()()共は貴様らの死体を回収させるために連れてきた。それ以外のことはさせん」


 ローブがゆらりと動き、タルボットの()()が露わになる。

 あのとき斬り落としたはずの腕――その切断面から、病的なまでに白い新たな腕が生えていた。黒鎧の中身の肌と同じ色と質感。まるで奴らの腕をそのままつなぎ合わせたかのような。


 白い右手が奇妙な石を握り込む。魔石の輝きを濁らせたような鉱石。かつてタルボットが動物を怪物に変えたあの石だ。


「貴様を殺すのは俺だ。他の奴に譲ってたまるか」


 手のひらに石が取り込まれていき、瞬く間に右腕全体が変貌する。膨れ上がった筋肉。(なた)のような爪。硬質化した表皮。まさに怪物の腕だった。

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